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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
動乱の皇国編

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閑話 竜事変 2

 戦闘車による砲撃が直撃し、長い巨体が地に伏した。

 途端に腐敗し、見る見るうちに土へ還る様子もヘテロコンダと酷似していた。


「今ので三匹目だったか?」

「はい。先程、ちょうど十匹目の出現が確認されたばかりですが……」


 モレキュラー将軍からの返しに、イーノックは気が遠くなる。

 撤退を開始した直後、もっと竜種はいるのではないかと抱いた不安は当たっていて、数を減らすどころか増えていた。そろそろ戦闘車の砲弾は尽きる。


 もともと威嚇を目的とした配備だったので用意は少ない。確実に当てられる状況を将軍が見極めながら発射しているが、竜が増えては追いつかない。牽制を担当する火属性術師もかなりの疲労を溜めている状況にあった。

 王国から供与してもらった魔力回復ポーションに余裕はあるが、疲労まで取り除いてくれる訳ではない。


「あれは……、変異種なのでしょうか?」


 それが分かったところで突破口になる訳ではないが、少しでも判断材料が欲しいと将軍が疑問を口にした。


「そうだろうとは思う。けれど、複数の個体が一斉に変容している点については説明がつかない」

「……確かに。何かの拍子に高魔力体と接触する機会があったとしても、変異するのはその個体のみの筈ですな。複数のヘテロコンダを変異させるだけの魔力量だったとしても、その変容には個体差が生じるでしょう」


 環境によって健康状態も蓄積した経験も異なる。上位種に変化する際、それらが外観へも影響する筈だった。

 粘菌のように下等な魔物であったなら、分裂によって同一個体を増殖する事もあり得る。しかし、魔物の中でも最上位である竜の複製は考えられない。

 それにも関わらず、襲い来る竜種に違いは見られなかった。

 想像を超える事態が起こっているような気がして薄気味が悪い。


「今確認できている個体を討伐できれば打ち止め……と考えるのは想定が甘いのでしょうな」

「気持ちは分かるよ。けど、ヘテロコンダは帝国の南東部に広く分布していると聞く。ここにだけ集中していると考えない方がいいだろう」

「それでは、コーフックス伯爵領、そしてムロート辺境伯領は……?」

「…………」


 その質問に対して、イーノックは答えを持たなかった。

 撤退を決めた時から、どうしようもない無力感に苛まれている。


 伯爵領で暮らしていた人間は?

 更に東方の町村は?

 武装を制限された状態でどうやって抵抗を……?


 助けに行きたいと思う。民の安全を保障しなければならない立場にいる。見捨てたい訳じゃない。助けなければとも思う。既に竜種に蹂躙されているのだとしても、今なら生存者もいる筈だ……と。


 しかし、後退もままならない状況で、前進する術はない。

 今はコーナン砦に辿り着き、周辺の領地へ避難を呼びかけ、討伐、或いは防衛の準備を整えなければならない。それもできずにこの部隊が中途半端なまま全滅してしまったなら、多くの領地が無防備に喰い散らかされてしまう。

 ……そんな建前と同時に、死にたくないのもどうしようもなく本音だった。

 今も兵士に守られ、比較的安全な場所へ誘導してもらい、時折竜に丸呑みされる兵士を傍観している。

 不甲斐なさが過ぎて仕方ない。

 だというのに、彼等の代わりに前へ出る勇気も持てない。


 これが最善なのだと。

 我が身可愛さで逃げているのではないのだと、自らに言い聞かせる他なかった。


「一体、あの竜どもはどうやって移動しているのでしょう?」

「地中に残した尾が動いている気配はない。長い胴体を生かしてある程度離れた場所へ攻撃も可能なようだが、地面と接した場所が支点なのは間違いないみたいだね。そこを動かすには、一度潜らなければならないらしい」


 後方に控えている分、観察の余裕はあった。

 けれどそれが分かったからと言って、接触部は弱点になり得ない。地面と切り離せば魔力の供給手段を失って朽ち果てるのかもしれないが、太い蛇尾を切断する手段が存在しなかった。撃ち抜けば絶命する頭蓋と違って、広範囲への斬撃を必要とする。


「掘り進む振動を探知する、地属性魔法で動きを阻害するなど、あの特性を利用できないものでしょうか?」


 何とか事態を打開しようと、モレキュラー将軍が対応策を捻り出す。

 しかし、イーノックはその提案から期待を見いだせなかった。


 何しろ、水中も地中も潜航可能にした侯爵令嬢がいるのである。噂の潜航艇は、巨大な回転翼で地中から推進力を得たという。いろいろと訳が分からなかったが、竜種なら特殊な力場を発生させて似た現象を引き起こしても不思議はない。

 イーノック達の常識で測れるとも思えなかった。


「有効な攻撃手段を持たない地属性術師を遊ばせておきたくない将軍の発想も分かるが、現実的ではないだろう。彼等にはやはり、戦闘車の砲弾を生産してもらうべきだと思う」

「……」


 巨大竜種に対して唯一致命傷を与えられる施条砲が使用不能となれば、装甲車から取り外して運用している大型機銃が主武装となってしまう。個人が装備する短機関銃よりは威力が高いものの、竜種を仕留めるには心許ない。

 代替として、小銃の火薬と土属性魔法で即席の砲弾を成形させようと、イーノックが提案したのは二度目だった。しかし、モレキュラー将軍の反応は鈍い。


 それが仕方ない事も、イーノックは理解していた。専門の生産職ならともかく、即席製造した砲弾の使用には危険を伴う。施条砲は内部で炸裂させた火薬の燃焼エネルギーを殺傷力へと変える。内部の圧力に漏れが生じれば砲弾は十分な威力を発揮しないし、砲弾が内部で詰まって圧力を解放させられなければ爆発してしまう。

 素人が成形を担当する以上、暴発を覚悟する必要があった。


 そうは言っても既に全滅の危機である以上、分の悪い賭けにも乗らざるを得ない。

 射手を犠牲にする選択をモレキュラー将軍が命令できないのなら、イーノックが先鋒を務める決断を下そうとした時――


 ――ドンッ‼


 遥か遠方から炸裂音が響いた。


「――!」


 残念ながら竜種からも部隊からもかなり離れた地点へ着弾したが、蛇竜を倒しうる一撃には違いなかった。


「援軍、か?」

「助かった……」

「これで、帰れる……」

「まだだ! まだ戦闘は終わっていない! 未だここは死地である。死にたくないなら気を抜くな!」


 兵士達から安堵の息が漏れ、モレキュラー将軍からは安心するのは早いと檄が飛ぶ。けれど、声を張り上げる将軍の頬も緩んでいた。


「ミラーブ侯爵領のミュージ・アンマン少尉です! そちらは、元第四皇子のイーノック殿下で間違いないでしょうか?」

「今はアモントン公爵だ。貴君等の救援に感謝する。……ミラーブ領?」


 位置的に帝国軍の救援ではない事は予想できていたが、その所属を聞いてイーノックは動きを止めてしまう。彼等の所属は、予想外を超えて信じられないレベルだった。


 ミラーブ侯爵領は帝国の北東に位置しており、ここからだと山を越えなければならないほどに遠い。それだけの無理を押して駆けつけてくれた事も意外だったが、何よりイーノックを驚かせたのは、侯爵が救援を派遣した事実だった。


 何しろ、ミラーブ侯爵は反王国の急先鋒として知られている。王国への敵対心を捨てられていない東部貴族を取りまとめる中心人物であり、二十年前の奇襲を計画したのも彼だった。証拠は見つかっていないが、三年前のワーフェル山ダンジョン化事件にも関わっていただろうと確信している。

 現在も主張を曲げておらず、暫定政府は王国の傀儡で、従うだけの価値はないと言ってはばからない。領地軍の解散に最後まで抵抗したのも彼だった。けれどそれを強行していなければ、その武力を王国より先に帝都シャルルへ向けたに違いない。クーデターを起こしてでも、王国との対立を続けたい巨魁だった。


 そんな人物が現帝国軍の窮地に私兵を派遣するとは、軍旗に掲げられた侯爵家の紋章を見ても信じられない。

 帝国の危機でも自領の防衛にだけ徹し、暫定政府が弱体化する様を静観するのがイーノックの知るゾオン・ミラーブという人物である。


 見れば、援軍の部隊もかなり特殊な構成だった。兵士達の格好に統一感はなく、装備もバラバラ、一見すると冒険者の集まりにも思える。しかしその動きは統制が取れており、軍人として訓練を積んでいる様子が見て取れた。

 おそらくは領地軍を解散させたと見せかけて、私的に雇用し続けたのだろう。


 大型兵器も戦車のような自走砲ではなく、非運搬型の大口径砲を一般車両に無理矢理取り付けて運用している。監査の目を搔い潜るため、兵器として必須の部分以外は切り捨てたのだと窺えた。それでも魔力集束砲や小型弾道弾など、最新鋭の武器を隠し持っていた事になる。


 表沙汰になれば、間違いなく侯爵家が取り潰しとなる不正に違いない。

 なのに、ここに来てその秘密を解禁した。帝国の危機ではあるが、イーノックには侯爵の意図が読めなかった。


「……本当に、侯爵の指示で間違いはないのかな?」

「はい。西部に続いてこの辺りまで魔物に蹂躙されてしまえば、たとえ中央が存続しても帝国に未来はない、と」


 それが侯爵の発言であると、どうにも信じられない。


「十体近い蛇竜を一度に目撃したのはここが初めてでしたが、あの竜種の出現はかなり広域で確認されています。一定以上の武器を放棄した今の帝国軍では対応が難しいだろうと、各地へ戦力を展開しています。我々は、コーナン基地の部隊と合流する予定でした」

「それでここに……」

「はい。公爵をお助けできて、幸いでした」


 聞けば、情報から隔離された町村へも救出に向かっていると言う。ミラーブ領で避難民まで受け入れているとの話だから、理解が追い付かない。

 王国との戦争しか頭になかった侯爵が、帝国の救世主になってくれた。


「その……、こんな事をお願いできる立場ではないのですが、侯爵の貢献を評価して、減刑をお口添え願えないでしょうか……?」


 そう個人的に願い出るアンマン少尉は、どう見ても忠臣だとしか思えなかった。そんな彼が忠義を向けるのが侯爵なら、評価を修正せざるを得ない。

 最終的には王国の意向に沿って処分する事にはなるが、魔物への対処を甘く想定して武器を接収した王国の責任を突いてでも、ミラーブ侯爵家の存続を願おうとイーノックは決めた。ここで助けられた恩も返さなくてはならない。

 武器を隠匿した罪については、誰かに押し付ける必要があるかもしれないが……。


 風向きは変わった。

 ミラーブ侯爵の意外な決断のおかげで、可能性は開けた。

 ここは自分が動くべき時だと判断して、イーノックは拡声の魔道具を手に取った。


『聞いてほしい。危機は脱した。我々は絶体絶命の状況を潜り抜けた!』


 蛇竜が去った訳ではない。それでも、士気の上昇と兵器の追加で警戒を強めている。竜は知能が高いものだから、かえって状況の変化を無視できない。


『竜は恐ろしい存在である。しかし、我々の前に現れた竜は、特殊弾頭でなければ貫けない硬鱗も、一撃で我々を戦闘不能にする咆哮も、持ち合わせてはいない! 恐ろしい竜の一種ではあるが、十分な装備でもって立ち向かえば、斃せるのだ!』

「「「おおっ‼」」」

『警戒するべきは、希少な竜種にも関わらず次々と加勢を増やすその数である。既に各地で目撃されているとの話だから、ここを切り抜けても戦闘は終わらない。どれだけ倒せば蛇竜の増援が尽きるのか、先の見えない戦いになる』

「「「…………」」」

『だが、我々はこの事態を必ず乗り越えられる! 倒し切ろうなどと考えなくていい。僕達は竜の猛攻を耐え、この事態に震える民達を守り、自分達が生き延びる事だけを考えればいい!』


 負傷者の血で染まった蜂蜜色の髪をかき上げ、イーノックは力の限りに叫ぶ。危機を耐えきるだけの意思を灯さなくてはならない。


 これだけは、絶対の確信があるから。


『帝国は魔物なんかに滅ぼせない。希望は、東方より必ず来る……‼』

いつもお読みいただきありがとうございます。

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