騎士団の変容
コミカライズ2巻の発売が決定しました!
発売は12月1日です。すでに予約も開始しています。
https://x.com/K1you170465/status/1973354794783002913?t=0lQ7QBUhplKpqxzn281IOw&s=19
アドラクシア殿下がチオルディ伯爵に聞き取りを行うといっても、すぐに実行できる訳じゃない。三日から一週間程度は猶予を設けるのが普通だった。
お互い予定を調整しなければならないし、場合によっては根回しも要る。魔力波通信機を導入していても大事な話は対面で行うのが暗黙の了解で、都市間交通網で移動時間を短縮できても段取りの簡略化にはつながっていない。今後変えていかなくてはいけない習慣を踏襲していた。
現状でこれを無視すると、根回しも許されないくらいの失態を犯したのか、気遣いが要らないくらいに王族と密接な関係にあるのかと周囲から勘繰られてしまう。
度々呼び出されている私の場合は後者だね。不本意なことに。
そんな訳で時間が空いたものだから、私は冒険者ギルドの王都支部へ向かった。
隠蔽魔道具横流し犯を特定できた訳じゃないから論文や設計図の精査は続けているものの、魔物増殖の原因となったスポンジ物質回収作業も控えている。出立前にギルドと打ち合わせておく必要があった。
「金を払うなら歴とした依頼だろう? 何を渋る理由がある」
「街の雑用係の分際で、口答えする気か? それとも、依頼料を吊り上げようってのか?」
「いえ、ですから……」
「否定の言葉は要らない。俺達の仕事を任せてやろうってんだから名誉な話だろう?」
「この格好の悪い帽子を被って街を練り歩くだけの簡単な仕事だ。平民どもに笑われるくらい、魔物を担いで歩き回っているんだからいつもの事だろう?」
「……お、おい……」
入り口をくぐると、不快な現場に出くわした。
受付で尊大な態度を隠そうとしていない連中は、格好から騎士だろうと察せられた。
突っ込みどころが多いけど、要するに探知魔法帽子を被るのが嫌だからと任務を冒険者へ押し付けに来たらしい。
服や装備が新品同然なので、普段から現場に出るのを嫌っている可能性もある。
「いい加減にしないか! 恥を知れ!」
さてどうしたものかと思っている間に、不良騎士達を叱りつける声が響いた。
その人物は私の隣に立つ。かつての自分と重なる部分があったのかもしれない。怒るというより義務感に奮い立っているように見える。彼とは今回もギルドに向かう途中で偶然出くわしたので、連れ立ってやってきた。
「ああン……? っと、いい女を連れているじゃないか」
「冒険者風情には勿体ない」
「俺はペグーノス男爵家の人間だ。そんな粗暴者と組むより俺の相手をすれば……ギャッ!」
あれだけ横暴に振る舞える連中なので、叱責されたからと怯む筈もない。それどころか、半分の視線は叱責者を素通りして私へ下卑た視線を向けていた。
けれど、彼らの言葉が最後まで続くことはない。
「申し訳ありません、ハワードさん。ちょっと黙っていられませんでした」
「……ま、まあ、スカーレット様の機嫌を損ねたなら仕方がありませんね……」
「ところでこのゴミ、どこへ捨てておけばいいですか?」
「ええと…………」
優秀な火魔法の使い手であるハワードさんが後れを取るとは思ってはいない。それでも、こんなところでは存分に魔法が使えないし周囲を巻き込むのもよくないと、私が魔法で制圧させてもらった。
ウォズの護身用にと改良した魔法で、対象へ激痛を与えつつ麻痺させる。昏倒させてしまうと尋問できないからと、絶対に気を失わないよう精神を刺激する効果も加えてある。無理をすれば何とか喋れる……といった程度で、悲鳴は上がらない。
ハワードさんと周囲は引いた様子だったけど、彼らは騎士爵。私への侮辱を適用して、一族の責任とするより温情的だと思う。騎士の振る舞いは彼等を従える王族の評判に直結するから、この連中がどう処分されるかに興味はないけど。
「ここに放置すると迷惑っスから、責任者に引き取りに来てもらえばいいんじゃないっスか?」
ハワードさんが答える前に、私の護衛であると同時に冒険者でもあるグラーさんがゴミの処遇について助言をくれた。
確かに、ここに転がしておくとギルドの業務に支障が出てしまう。
それなら丁度いい。立場的に口を挟めなかったのか止める様子は見せなかったものの、横暴には積極的でなかった騎士を一人残してある。
「それでは貴方、その“格好の悪い帽子”の製作者が話を聞きたいと、上に報告してきてください」
「は、はい……!」
以前に私が騎士団を襲撃した現場にいたのか、真っ青になって震える騎士は脱兎の如く駆けていった。あの様子なら、それほど待たなくてもいいかもしれない。
「ありがとうございます。おかげで大事にならずに済みそうです」
「たまたま居合わせただけですけれど、見ていて気持ちのいいものではありませんでしたからね」
「私も昔はあんなだったかと思うと、恥ずかしい限りです」
元騎士のハワードさんはあそこまで酷くはなかったとは言え、平民を見下すタイプの人間だったからね。
エルグランデ侯爵家の末子として増長していた彼は、実家と縁を切って冒険者となったことですっかり険が取れている。さっきの連中は間違いなく解雇だろうし、私の名前で生家へ苦情を入れれば十中八九絶縁されるだろうから、彼みたいに変わる機会くらいは貰えるのかな?
「スカーレット様は魔物の異常繁殖の件ですか?」
「ええ、いろいろと忙しいもので、計画の調整が必要となりまして……。ハワードさんも参加を?」
「はい。魔法の威力を買われて同行する事になっています。スカーレット様と同じ部隊かどうかは分かりませんが、顔を合わせた際にはよろしくお願いします」
聞けば、冒険者の階級はあまり上がっていないらしい。安全の確保が第一で、無茶は決してしないスタイルなのだとか。元貴族なのに、贅沢な暮らしには未練がないってくらい冒険者としての生活に染まっていた。
さっきの連中も、エルグランデ侯爵家の元令息だとは気づかなかったに違いない。
あまり長く話し込んでいると今日の稼ぎに障るだろうから、ハワードさんとはほどほどのところで別れて話し合いの場へ向かう。面倒な騎士を私が撃退した様子は会議室まで伝わっていた様子で、予定を変更することなく協議は行われた。
勿論、謝罪の到着を待ってあげる義理はない。
不良騎士達はハワードさんがギルドの隅へ雑に片づけていた。
会議室を出ると、第九騎士隊のキリト隊長が到着していた。ゴミは運び出したみたいで消えている。私から離れたところで、激痛は丸一日続くのだけど。
「この度は本当に申し訳ありませんでした……」
「事情も聞かずに許すとは言ってあげられませんが、キリト隊長一人ですか? 直属の部下だったという訳でもありませんよね?」
「はい。ですが、隊長格がずらりと並んで頭を下げるのもお嫌いでしょう?」
その通りなので何も言えなかった。
これだけの誠意を見せているのだから許してほしいと、過剰に下手に出られるのも気分が悪い。
襲撃から随分と経った今でも、騎士団の中で私は恐怖の象徴らしい。私を怒らせたと聞いた上層部は半狂乱となり、騎士団長が土下座してでも怒りを鎮めるべきだと右往左往する中、とにかく謝意を伝えて問題を起こした連中を回収するべきだと、キリト隊長がやって来たという事だった。
「連携すべき冒険者ギルドで横暴を働いていたのは勿論、まだ機構を公開していない機密魔道具を勝手に貸与しようとしていたのですから、騎士団全体へ処分を要求しますよ?」
「当然です。むしろ、未然に防いでいただいて助かりました」
「まあ、ギルドの職員は良識を持っている様子でしたから、不用意に要求を受け入れるような事態にはならなかったでしょうけど」
だからと言って、騎士団の責任は消えない。
「一体、何があったのです? 一度は改革に着手した筈ですし、あんな団員がいたような覚えもないのですけれど」
「あの者達は最近赴任したばかりです。スカーレット様と面識がないのは仕方がありません」
「なるほど……」
服装が新しく見えたのはそのままの意味だったらしい。
「しかし、とても騎士の態度には見えませんでしたが?」
「その通りです。通常なら、騎士学校を卒業することもできなかったでしょう」
「通常なら?」
「はい。オーレリア様の女性騎士学校設立の話が出て以来、王都の学校が危機感を覚えまして、王国騎士の枠を奪われてはならないと推薦者を嵩増ししたのです」
呆れる。
オーレリアの目的は女性向けの護衛輩出なので、王国騎士へ強引に捻じ込もうとは考えていない。とは言え、本人の希望があって適正と才能があるなら推薦くらいは考える。指導環境の充実を考えれば、あながち見当外れな危機感とも言えなかった。
それでも、騎士学校の体制見直しは必要になりそうだね。
国王直属の騎士を育成する機関が、ゴミを排出しているようでは意味がない。
「だからと言って、採用されるかどうかは別では?」
「それが……、断りにくい方からの後押しがありまして、女性騎士の増員を忌避する人事担当者が通してしまったのです」
「……なかなか、面倒な事態になっていますね」
「お恥ずかしながら。しかも、権力のある人物が後見だからと、一部の者達が増長している状況にあります。正直なところ、スカーレット様がここで介入してくださった事は連中の勢力を削ぐ機会となりますので、ありがたかったくらいです」
そこまで言うほど酷い状態だったらしい。以前の騎士団は戦闘力の優遇が過ぎたけれど、力による統制は取れていた。その意味では、外部勢力の介入で状況は悪くなっているのかもしれない。
「分かりました。こちらからも働きかけてみますね」
「ありがとうございます。迷惑をかけた身でありながら、申し訳ありません」
神妙に頭を下げるキリト隊長だったけれど、彼がここへ来た本題はこれだったのかもしれない。カロネイア将軍や王族、私ならこの状況に対処できる人間とコンタクトが取れる。
先日アドラクシア殿下が泥沼化を把握していなかったことから考えれば、今日までは改悪が内部にとどまっていたのだと思う。
でも、騎士団の腐敗は治安へ直結する。違法薬物が流通して危機的状況にあるのに、その取り締まり機関が機能不全に陥っているとか笑い話にもならない。急いで対処する必要があった。
なにより問題となるのは、あんな騎士達を後見した人物。
この国で貴族の最上位に位置する侯爵家はそういった不正に関与しないので、容疑者は限られる。密告に来たキリト隊長が実名を挙げなかったことを考えれば、特定は容易だった。