捜査協力
密売人の死亡が確定して、南ノースマークでの違法薬氾濫は小康状態となった。探知魔法帽子による捜査は進んでいるし、領地の出入りは監視レベルを上げているから更なる流入は難しい。コキオ以外へ違法薬を売り捌いていた連中も、ヴィム・クルチウスが襲撃したそうなので敵対組織の売買手段は潰している。
そうなるとしばらくは状況を見守るしかない。
私の活動場所は王城へ移った。
南ノースマークの密売人なんて、密造組織からすれば末端でしかない。魔力増強剤モドキを根絶しようと思えば、組織の大本を叩かなければいけないので、それには私の権限が足りていない。
私は南ノースマークの領主ではあっても、国政に介入するだけの役職は持っていないから、薬物の危険性を訴えて広域捜査を依頼するしかできなかった。
「これは……、一見機能を分割しているように見えて、その実同機能の魔道具を重ね合わせる事で増幅効果を期待しているだけだから違う。……こっちは、分割させた魔道具を同期させられていないね。分割というより、複数の魔道具を同時作用させているだけだから違う。これは設計の時点で理論が破綻しているから問題外っと……」
報告したからと、貴族の義務を果たして無関係……となれるかと言えば、これまた違う。
今後の展開を考えれば魔導士の協力は必須だからと、隠蔽の魔道具の制作者捜索を手伝わされていた。的確に個性差を見抜くには専門知識が有用だから適材適所だとは言え、それで私の通常業務が免除される訳じゃない。
論文や設計図の精査は国家の治安を揺るがす事態への協力で、私の執務は領地の運営。行政の枠組みが異なるから仕方のない部分はあるものの、同時進行は激務に違いなかった。
「ところで、探知魔法帽子の外観が騎士団から不評なのだが、何とかならないものだろうか?」
おまけに、こんな愚痴まで降りかかってくる。
「知りませんよ。不満があるなら自分達で改良するか、魔塔にでも依頼してみてはどうです? 国家研究機関なのですから」
「打診はしてみたのだが、今はそれどころではないと導師殿に断られてしまってな……」
それはそうだろうと思う。
現在、魔塔は漏洩者探しで躍起になっている。
まだ隠蔽の魔道具が魔塔製だとは判明していないものの、その調査の過程で技術漏洩がいくつか明らかとなった。横流しではなく管理の杜撰さや研究員の機密意識の低さが原因ではあったけれど、国家の最先端技術開発機関の保持体制がザルでは笑い話にもならない。
エリート意識ばかりをこじらせて能力もないのに塔長の座に居座る悪習を撤廃し、能力主義で身分に関わらず評価する機関へ戻そうとアルドール導師が尽力した矢先にこれだから、彼の苦労が偲ばれる。
腐敗組織の改革が簡単じゃないって典型で、長年上からの成果搾取が当たり前となっていた弊害として、研究者達が成果物に対する誇りを持てておらず、彼等の自己評価も低かった。そのせいで情報を秘匿する意識が欠けていたのだから、改革の貫徹は遠い。
いっそ、若い世代や外部からの研究員を大勢迎えて、これまで蔓延ってきた習慣は間違っているのだと突きつける必要まで考えられた。
とは言え、それはそれで魔塔研究員ってブランド価値が下がるから、最後の手段としたいけど。
魔塔はそんな状況なので、魔道具の改良なんかに着手している余裕はない。外部の研究員の不正にまで目を向けている場合でもないから、協力者でしかない筈の私へ各領地から届く論文や設計図の確認作業が圧し掛かっていた。
魔塔員の不正なら内部監査の過程で明るみに出るだろうから、そちらはアルドール導師達に任せればいい。
「不法薬物の発見は捗っているのでしょう? なら、見た目の不満程度は気にしなければいいではありませんか。捜査は結果が何より優先ですよ」
「……しかし、だな。あの帽子を複数人が被って捜索していると、市民達から笑われるのだと苦情が届いているのだ」
分からなくはない。真面目に調査する現場なのに、頭のマニピュレーターを頼りにしながら王都中を駆け回る光景はシュールに映ると思う。
けれど――
「それで捜査に支障が出ているのですか、アドラクシア殿下」
「いや、そこまではない。魔道具の成果は確かなものだと報告も上がっている。しかし、騎士達の意欲が削がれているのも確かなのだ。それに、首都を警護する騎士達が笑いものにされている状況というのは好ましくない。できれば、改善してやりたいと思う」
「意欲の問題だと言うなら、王都の守護者として自覚が足りていないだけですね。違法薬物を摘発する事で治安維持に貢献しているのだと示し続ければ、騎士が侮られる事もなくなっていく筈です」
「し、しかし……」
「能力主義が行き過ぎて武力ばかりが持て囃されていた騎士団は変わった筈です。これまで訓練ばかりで市井へ姿を見せなかったせいで、物珍しさが探知魔法帽子の滑稽さを際立たせているだけでしょう。慣れればかえって親しみを覚えてくれるかもですよ」
「そこを何とかならないだろうか? 不満は確実に燻ぶっているのだ」
「市民との壁を取り払ういい機会だと考えればどうです? ……それとも、こちらの調査を代わってもらえるのでしょうか?」
「…………」
私達の前に山積みの書類を突きつけると、アドラクシア殿下は途端に黙った。
専門知識がある分作業が手早い事から手伝いを買って出てはいるけれど、製法流出者の捜索も間違いなく騎士の職分となる。
「……」
「……」
「分かった。今回の不満は自分達で解消するよう、騎士達には言い聞かせておこう」
私だけでは無茶だと協力を申し出てくれたノーラとキャシーからも冷たい目を向けられて、漸く殿下も折れてくれた。
立場を弁えて不満を表に出さないだけで、マーシャだって同じ気持ちだろうしね。
軍と違って独自の開発機関を持っていないから、騎士に魔道具を改良する手段なんて存在しないけど。
「むしろわたくしとしては、どなたがそんな不満を訴えたかが気になりますわ」
「ノーラ?」
「だって、そうではありませんか? 氾濫する薬物に対して何の手立ても持ち合わせなかった騎士の誰かが、捜査手段を差し伸べた貴族へ苦情を申し立てたのですわよ? しかも、その折衝のために動かれているのは王太子殿下です。いろいろと順番がおかしくありません事?」
「あ」
「……すぐに調査する」
こちらが取り合わないから不満くらいは好きにすればいいと思っていた私と、些細な訴えにも対処する事で王位継承前に騎士達の信用を得ておきたかった殿下は気付けなかったけれど、考えてみれば不遜もいいところだった。
また騎士団に変な風潮が芽生えているのかもしれない。それでもキリト隊長やカッツ隊長が抑止力として動いていないなら、まだ初期だろうから根絶は容易い。今のうちに判明してよかったと殿下に任せる事にした。
そう何度も騎士団のトラウマになってあげるつもりはない。
「……ところで、不審な人物は見つかったか?」
殿下もすぐに話題を変えた。騎士団についてはそう深刻な問題とまでは考えていないのだと思う。
ついでに、魔塔の研究者が関与した可能性は低いのだろうとも推察できた。
「一件だけですね。あくまでも疑いの段階で、他の論文も確認してみたいって程度ですけれど」
「どこの家の者だ?」
「チオルディ伯爵家です。あそこには大きな研究機関がありますから」
数代前の話になる。まだエッケンシュタインから優秀な研究者が時折輩出されていた頃、領地発展を目的としてその一人を婿として迎えた事がある。チオルディの政治に口を出させないための条件として設備の整った研究機関を用意し、その所長へ座らせた。
魔塔や私のところみたいな華々しい成果は上げていないけれど、国中で知られている程度の規模と歴史はある。
「チオルディか……、ならば私が当主を呼び出して揺さぶりをかけてみよう」
「いいのですか? まだもしかするとといった段階で、伯爵自身が関与した可能性はほぼありませんよ?」
「構わん。チオルディ伯爵家なら、私に詰め寄られた時点で切り捨てるくらいはするだろう。その上で研究者本人を調べればいい」
そうするなら話は早い。
貴族の後ろ盾があるかどうかで、尋問のために必要となる根拠は変わる。伯爵家との専属ともなれば、決して言い逃れできない程度の証拠固めが要る。領地ぐるみでの不正がなくとも、お金で研究成果を売る人間を雇っているなんて醜聞、貴族がおいそれと認める筈がない。下手に疑いを向けると、内々で処理されてしまう危険まであった。
そんな事態になってしまうと、密造組織への手掛かりが途絶えてしまう。
「あの家は、派閥を問わず婚姻を繰り返して影響力を強めてきた反面、見切るのも早い。捜査を妨害して王太子の機嫌を損ねるより、容疑者を差し出してあくまで個人の暴走だと言い張るに違いない」
その展開は容易に想像できた。貴族同士なら強気に拒否できても、王族を相手に我意を通す真似はしない。捜査に協力的だったと王族に恩を売れるなら、失態が最低限に伝わるよう立ち回る。
お父様が早々に縁を切ったのもあって私にはあんまり実感がないけれど、祖母の実家なのでそうした性質は知っていた。
逆にアドラクシア王太子は貴族に無理を言ったと悪評を被るのだけれど、捜査の迅速化を優先するなら乗らせてもらう。
論文を見る限り、事実無根なら私のところで雇えばいい。流石に、切り捨てられたチオルディ伯爵家へ戻るとは言わないだろうし、あの家が放逐を覆すとも思えない。
逆に有罪だった場合は、どんなに優秀でも自分の成果を簡単に売り払う人間なんて要らないけどね。
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