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蛇の道は蛇

 魔力増強薬モドキの密売人が死亡しているのだと判明して、私は巨樹広場近くの火事現場へ移動した。観光客からの印象が悪くなるからブルーシートで覆ってはいるものの、まだ取り壊しには着手していない。

 焼身自殺が違法薬物を切っ掛けにしたものだと分かった時点で、何かの手掛かりがあるかもしれないと現場は保存してある。


 実際、こうして訪れる事となった。


「スカーレット様はここに何かあるとお考えで?」


 有力な情報を流す事で、薬物の流入を許してしまった失点を挽回したかったヴィム・クルチウスが訊いてくる。火事の現場検証としてではあっても散々調査した後ではあるし、一見すると何もない。


 けれど、そもそもここを訪れたのは不審情報の確認が最初だった。

 あの時は何もなかったと結論付けたけれど、前提条件が変わったなら結論も変わる。ここが違法薬物の取引現場だったなら、それを隠蔽するための仕掛けがある筈だった。


「本当にそんなものが稼働してるので? 火事で全部燃えちまったんじゃあねぇですかい?」

「それなら、何かしらの痕跡が見つかっている筈ですよ。おそらくは魔道具、そして魔道具の多くは不燃物ですから」


 私の調査でも何も見つからず、火事の検証でも不審物が見つかった報告はない。つまり、私を欺くほどの効力が働いている――とも限らない。その点に関しても前提は覆った。


 魔導線や魔石で構成する以上、可燃物のみの魔道具製作は難しい。王都の大火ほどの大火力だったならともかく、短時間で消し止められた火災に魔道具を完全に焼いてしまうだけの勢いはない。

 魔道具の痕跡と判断されれば不審物として報告されていただろうし、魔道具の研究者なら燃え残りからでもおおよその機構を推察できる。


 けれどそうした残骸が確認されていない以上、魔道具の設置場所はここじゃない。

 魔法の効果範囲には術者の周囲に発生するものと、遠隔で効果を及ぼすものがある。それは魔法を模倣した魔道具でも同じで、火事の被害は受けていないのだと推察できた。周囲展開型の魔道具の方が圧倒的に多いので、意外と見落としがちだけど。


 おそらく、取引を行わない場合は魔道具を止めていたのではないかと思う。ON・OFF切り替えの際に発生する力場の気配が、ここで魔法を使っているのではないかと観光客に不安を与えた。隠蔽を目的とした魔道具としては、作りが甘い。

 けれど、今は効力を発揮していない。

 密売人がここを離れて、魔道具も役目を停止した。魔道具が稼働していないのだから、私が調査に来た際も異常は発見できなかった。


 でも、ここに隠蔽の魔道具があるのだと確実になったなら、捜索できる。

 どこに魔道具を設置すれば偽装できるか、推察も可能になった。


「……あそこかな?」


 最初に目を付けたのは、広場を照らす外灯。

 魔力充填器はそれなりの大きさになるので隠匿に向いていない。かと言って、魔石から魔力を得るなら頻繁に交換する必要が生じて目立ってしまう。つまり、動力は外部から供給していると考えられた。

 コキオの魔力は全てキミア巨樹が供給源だから、設置場所の推察は難しくない。魔導線の中継器や配線ボックス、すぐに五つの魔道具端末を発見できた。


 これは認識阻害や意識誘導、それぞれが違った効果を発揮するもので、指定範囲も微妙に違う。機能を分割する事で同時稼働を可能にし、複雑な効果を生む構造だった。そして、この手の魔道具はそれぞれの集束地点に本体がある――筈、なんだけど、そこは取引現場で炎に包まれた場所でもあった。

 何も見つからなかったと結論が出ている。

 それを覆すほどの発見はない。子機の集束地点ってだけでは別の可能性を探る根拠として弱い。


「そうなると、地下かな」


 魔道具の性能を決定づける一番見つかっては困るもの。それなら、最も厳重に隠してあると想像できた。コンクリート舗装してあるけど、埋めなおした後でエイジング効果を施すくらいは、魔法を使えば難しくない。


 私は適当に地面を叩いてあたりをつけると、目星をつけた個所を円柱状にくり抜いた。

 探知魔法は使えなくても、振動を地属性魔法で感知して異物の有無くらいは察知できる。コンクリートの下からは、熱で少し歪んだ箱状の物体が露出した。


「おお、見事なものですな」


 ヴィムの見え透いたお世辞は取り合わない。

 それより、魔道具の観察の方が優先順位も高い。


「そんな損傷した魔道具から、何か手掛かりが得られるもんですかい?」

「いろいろと分かりますよ。たとえば、魔道具の専門家が手慰みに作ったり、犯罪組織が適当に組み上げたものではないって事とか」

「ほう……」


 新規の魔道具開発というのは膨大な資金と時間が必要になる。それでも、確実に期待していたものが出来上がる保証はないのだから、長期的な投資や環境構築も考えなくてはいけない。当然研究者側も完成を目指して全力を尽くすし、結果を残せるよう工夫も凝らす。だからと言って、期待と成果が釣り合わない場合も往々にしてあった。

 どんな天才だって、要求達成率百パーセントだなんてあり得ない。

 時には妥協も考えなくてはならないし、失敗の繰り返しも開発の過程と言える。けれど、周囲がそれを許容するのは難しい。人間、誰だって分かりやすい成果を望む。


 そういった事情で民間企業ですら開発費の捻出を渋るのに、犯罪組織が潤沢な資金を投じる訳がない。魔力増強薬モドキのように、偶発的な成功があればよかった。

 多くの場合、魔道具の基礎を齧った程度の人間がいい加減に素材を組み合わせる。本格的な設備も入念な検証も要らないから、出費も最低限で済む。結果が出せないようなら、早々と担当者を切り捨てる。次に迎える人物の脅しくらいには使うかもしれない。それで出来上がるのは多くの呪詛魔道具がそうであったように、どうしてそんな効力を発揮するかも分からない不格好な代物となる。

 当然、理論に沿って配置した魔導線の精緻さはないし、開発者が機構の勘所を理解していないせいで無駄だらけとなる。そして、ほとんどの場合で再現は叶わない。


 けれど、この魔道具は違う。

 熱による変形はあっても、こういった場合に備えた防護機構のおかげで重要な部分は損なわれていない。機能的に隠蔽が前提と考えて、衝撃や過度な温度変化、過酷な環境にも耐えられるように素材を選定してある。

 そもそも機能を分割して効果を高めようって試み自体が、熟練の技術者の作品だと明示していた。素人に毛が生えた程度の研究者では、分割した端末を連携して稼働させる事すらできそうにない。


「へぇ……、そういうものですかい」


 根拠を説明すると、ヴィム・クルチウスは感心する様子を見せた。彼にはない考え方だったらしい。

 まあ、世間に流通するものを購入するだけなら開発の苦労なんて知る必要もない。


「これだけの魔道具を開発できる機関は国内でもそう多くありません。貴族が極秘で研究させていたとしても、犯罪に使われたと突きつければ、自分の関与を否定するために情報を開示するでしょうね」

「その貴族が違法薬物製造も指示しているってぇ可能性もあるんじゃありやせんか?」

「ないですね」


 その可能性はきっぱりと否定する。


「画期的な魔道具を開発しておいて、それによって得られる栄誉より、貴族が違法薬物による利益を優先する? あり得ない話です」

「ははは、貴族の愚かなところもよく知っておいでで……」

「研究者が個人的にお金を必要としたか、研究機関から窃取したかのどちらかでしょうね」


 高性能な隠匿の魔道具は需要が高い。

 諜報部をはじめとした秘密部隊で重宝するのは勿論、軍の極秘行動、貴族の密会、非公式な会合から愛人との逢瀬まで、利用の機会には困らない。一方でほとんどの技術は非公表案件として製法が管理されているから、独自手法を得ようと多くの貴族が研究させている。

 詳細は伏せられるとしても、新機構の開発に成功したってだけで名声を得られるから、横流しの可能性は考えにくい。


「ついでに言うなら、魔道具の設計には個人の癖も反映されます。普段は着目する事のない特徴ですが、過去の研究成果と照らし合わせれば特定も可能でしょう」

「ひひひ……、隠蔽のための魔道具が、その機能とは関係のないところで犯人を追い詰める訳ですか。そいつぁ、皮肉な話ですなぁ」

「納得したなら、そちらの手札も明かしてもらえますか?」


 詳しく解説までしたのは、何も親切心からじゃない。そもそも調査の成果を自慢しあう仲でもないから、はじめからこの話題転換が目的だった私の捜査方針を開示するから、そっちも情報を出せ、と。


「こっちは密売組織そのものについてでさぁ。ただし、支援している貴族については辿れていやせん」


 随分と核心に近い情報だったらしい。

 ただし、組織の根がどこまで広がっているのか私には分からないから、頭を潰して終わりって訳にもいかない。


「どういった経緯で得た情報です?」

「偶然なんですがね、最近他所から流れてきた若いモンが地方で取引している人物の顔を知ってました。そいつの根城を強襲して情報を吐かせてあるんで間違いありやせん」


 彼らなりの方法で裏も取ってあるらしい。

 調査というには過激ではあるものの、一般人への被害を出さない限り、私はヴィムのやり方に口は挟まない。


「貴方とその組織と共謀している、なんて事はありませんよね?」

「そんな疑われ方は面白くありませんな。儂等の縄張りで薬を売り捌いていた時点で、奴等は敵だ。どんな利益を提示されようと、過去にどんな義理があろうと、潰すより他に選択肢はねぇんですよ」


 答えるヴィムの迫力が変わる。

 私がこの件で怒っているのと同様に、彼にとっても譲れない一線があるらしい。


 この裏組織の首魁は暴力を躊躇わないところがあるし、人を騙す事にも良心の呵責を覚えない。本人にも外道の自覚があるから、悪を手段として使うところがあった。

 例えば、南ノースマークでだって詐欺や横領事件は発生する。他所の犯罪組織に唆されて密売人になった冒険者がいたくらいだから、誰もが善人って訳にはいかない。多くは騎士団によって検挙されるのだけれど、手口が巧妙で発見が困難な場合もある。そういった犯罪者の一部を、彼の組織が食い物にしている。

 当然、正義感の発露じゃない。

 犯罪加害者を標的にする場合には、私が何も言わないから。法律の裁きより酷い目にあったとしても、自業自得だと割り切っている。泣きつかれたところで、相手にするつもりもない。

 騎士団とは違う抑止力として働くなら、領主(わたし)にとっても利用価値がある。


 冒険者って選択肢があっても、誰もがお金のために身体を張れる訳じゃないって事情もあった。

 勉強は嫌い、協調も無理、喧嘩くらいしか取り柄がないって人間は存在する。それで群れて暴力沙汰を繰り返すくらいなら、ヴィム達に統率してもらったほうがいい。無秩序な暴力は治安を悪化させるけど、彼等ならそう言った連中もうまく使える。

 勿論、やり過ぎには徹底した罰を与えると釘を刺した上で。


 そんな彼等も、薬は扱わない。

 南ノースマークへ根を張る前にも、扱った実績がない事は調べてあった。ヴィム自身が嫌いらしい。一時的には儲けを上げても、氾濫すれば社会を壊す。身をもって思い知っているようだった。


 そんな事情を分かっていての確認だった訳だけど、反応を見る限りは信じてもよさそうだね。

 方針を転換した様子はない。

 私に対してはっきり言い切ったあたり、他所の組織に感化された部下がいないかどうかも調査済みだと思っていい。


「なら、黒耀会残党の始末はお願いします」

「……知っていたんで?」

「数ある領地の中で、わざわざ私のところを狙う存在に他の心当たりがなかっただけですよ」


 確証があった訳じゃない。違っていても構わなかった。けれどこうして先んじておけば、ヴィムに余計な借りを作る事もない。

 距離を詰めるつもりもないのに、言質を取られるような隙を見せようとは思わない。

 基本的には信用していないからね。


 他にも、地方には組織の人間が入り込んでいるのにコキオには近付かないとか、魔力増強薬モドキが過去に帝国で蔓延った偽剤と似ているとか、一応の根拠はあった。


 ちなみに、黒耀会は国内全ての拠点を壊滅させている。

 元々帝国を後ろ盾にしていたので資金面が揺らいだのに加えて、ジローシア様殺害事件でファーミール囚人へ呪詛魔道具を供与したのも連中だったため、壊滅作戦が断行された。諜報部を動員し、人間扱いしないレベルの尋問で組織実態を洗いだし、大部隊で囲んで拠点を焼いた。

 明確に王国の敵と認定されたから、一切の情けが掛けられなかった。

 私が国外を転々としていたころの話で、作戦には関わっていないけど。


 それでも、討ち漏らしは発生する。散り散りになって逃げた筈の一部が結集し、組織壊滅の一端となった私へ恨みを向けているって話らしい。


「連中の殲滅はこちらからお願いしたいくらいですが、支援している貴族の調査と対応はお任せしやすぜ」

「ええ、そちらは私が担当します。魔道具の製造元から辿れるでしょう」

「最終的には人手が要ると思うんで、兵を貸していただいても?」

「貴方に指揮権を預けるような真似はしませんが、偶然近くで演習を行なっている事くらいはあるでしょうね。当然、()()()()があったなら殲滅させますけれど」

「ふひひ、それで十分でさぁ……」


 餅は餅屋。正攻法で潰しきれなかった訳だから、今度は邪道を頼る。

 そもそも、私が恨まれる覚えはない。ニュースナカでの事件は火の粉を払っただけだし、呪詛魔道具の根絶は虚属性魔道具実用化に必要だった。まして帝国との戦争なんて、私も巻き込まれた側でしかない。そうして資金源を失ったからとファーミール囚人に取り入ろうなんて判断ミスを私に向けられても、だから何? ってくらいにしか思えない。

 せっかく拾った命で私と敵対しようって訳だから、連中の道理で地獄に落ちてもらおう。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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