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火事の原因

 探知魔法帽子と服用探索レーダーの導入によって、捜査のスピードは格段に跳ね上がった。的確に違法薬所持者、常用者を特定して捕縛する。既に周囲とトラブルを起こしていたり、精神の変調で会話が成り立たなかったりと犯罪者予備軍みたいな服用者が多かったけれど、全員が違法薬に飲まれていた訳じゃない。買ったまま飲む踏ん切りがつけられなかった者も多くいた。

 そうした人物との接触を繰り返せば、売人の情報も集まってくる。


 コキオを離れれば明らかにならず者然とした怪しい人物の目撃情報が集まるのだけれど、領都に限っては普通の外見をした人物が売り捌いている様子だった。顔の特徴が少なく、分かっているのは冒険者らしいという事だけ。

 どうも、不審人物として警戒されないよう一般人へと偽装しているみたいだった。もしかすると、薬物を製造している組織の人間はコキオを訪れず、雇った人物へ指示だけ出しているのかもしれない。前世の闇バイトみたいに。


 それならそれで構わない。

 前世のような直接の接触なしに実行役を操る都合のいい手段はない。魔力波通信機は作ったけれど、購入できるのは貴族か、それに並ぶ富豪に限られている。不自然に購入したとしても特定は容易で、似つかわしくない人物が所持していたなら酷く目立つ。おまけに魔力波は専用の魔道具を使えば観測可能なので秘匿行動に向いていない。

 組織の幹部が直々に指示を与える事はないにしても、彼等の意向を下へ伝える役目は存在する。だから、販売担当さえ捕まえてしまえばそうした人物を辿って製造組織を追跡できると期待できた。


 今のところ薬物を持ち歩いていないのか、探知魔法帽子の網に引っ掛かるような事はないものの、それでも情報が重なればおおよその予測は立てられる。


 そうして容疑者を押さえようとしていたところへ、ヴィム・クルチウスが現れた。彼なりのお土産……らしきものを持って。


「ここに死体を持ってこられても困るのですけれど……?」


 信用していない人物を屋敷に通すつもりはないので玄関先で面会すると、彼は血塗れの人間を連れていた。耳が削ぎ落とされていたり、指が全ておかしな方向に折られていたり、正直なところを言えば直視したくない。

 後ろに控えるフランの顔は真っ青で、護衛のグラーさん達まで顔をしかめたあたりで悲惨さは察してほしい。全力で領主の仮面を被ったけれど、内心では泣きたい気持ちでいっぱいだった。

 ポーカーフェイスを貫いた私を褒めていい。


「もしかして、誤って殺してしまったからと自首しに来たのでしょうか? 最終的に私のところまで報告が届くとはいえ、捜査を担当しているのは騎士団です。そちらへ出頭してもらった方がありがたいのですけれど」


 当然、気分が悪いから口調はどうしてもきつくなる。


「儂等が死に際を見誤る真似はしやせん。まだ生かしてありますよ、これでも。死人から情報は得られやせんから」

「殺してないなら罪にならない、などと思っている訳ではありませんよね? ここへ来た目的を話すつもりがないなら、貴方をここで処断してもいいのですけれど?」


 罪状を詳細に積み上げるまでもない。叩けばいくらでもホコリの出る男の処分なんて、私が命じるだけで十分だった。


「そいつは勘弁してもらいところですな。儂も、何も好き好んで暴力に訴えている訳でもないんでさぁ」


 ……よく言う。


「では、この陰惨な被害者をここへ伴った理由を聞かせてもらえますか? 納得させられなければ、法に則って裁かれる覚悟あっての暴挙なのでしょう?」

「おお怖い。領主様に協力しようと馳せ参じたこの爺を、そう脅さんでくだせぇ……」


 爺と言われても、見た目四十前後にしか見えないから違和感しか生まれない。

 それはそれとして、私の声が尖っているのには正当な理由もあった。血塗れで連れてこられた人物はこの領地の住民に違いない。それをこんなに手酷く害しておいて、満足いく回答なしに許すつもりはない。

 端々に滲む脅しは冗談でもなんでもなかった。


「協力? これで、ですか?」

「ええ、伯爵様が最も望む情報、《グラーフト》を売っている人物についてです。あんまり強情なもんで尋問にちょっと力が入り過ぎましたが、信憑性は確かでしょうな」

「……」


 《グラーフト》、今回私が追っている薬物の俗称となる。

 そこは捜査の過程で判明している。公式には疑似魔力増強剤としてしか扱われないけれど。

 違法薬物について、私はヴィム・クルチウスに何の情報も渡していない。それでも、領内での違法薬物氾濫を許した事で私から見限られるって危機感はあったらしい。彼等なりの方法で調査していたのは分かった。


「この人物が違法薬物を売っていたと?」

「いえ、本人ではありません。売人はこいつの息子ですな」

「それなら、どうして彼をここまで?」

「行方不明なんでさぁ、本人は。それで、父親なら息子と連絡を取り合っているんじゃねぇかと」


 どうやら、私が得た情報とそう外れていない様子だった。

 違法薬物を買った大勢へ声をかけていたのは冒険者で、最近は目撃情報がない事。その人物の実家が土産物屋を営んでいて、最近はキミア巨樹広場近くに店を出している事。

 ちょうど、その行方を確認しようと父親へ接触しようとしていたのだから、ヴィムが一歩先へ行っていたのは間違いない。それに、被疑者本人へなら多少強引な取り調べはできても、密売容疑のある人物と血縁があるからってその対象は広げられない。犯罪者の行方を知るためだとしても、ここまでの仕打ちはできなかった。

 家族の証言の信用性は高くない。匿っているとも考えられるし、代わりに罪を被る事だってあり得る。行方不明の根拠を確認できないまま、容疑者の捜索を継続しないといけないところだった。


 それを思えば、ヴィム・クルチウスのおかげで情報の確度が判明したのは事実なのだけれど、その手段は許容したくない。

 だから私はウィッチを抜くと、回復魔法を施した。


「おや、助けてしまうので?」

「私は現時点で、この人を罰する理由がありませんから」


 ヴィムと同じ道理で動くつもりはない。迂遠な方法であっても、領主(わたし)は正道を往く。

 もしも彼が息子の逃亡を幇助しているのだとしたら、判明した時点で改めて罰を与えればいい。決めつけで罰するような真似はしない。


「話を、聞かせていただけますか?」

「……領主様⁉ ――っ、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありませんっ……!」


 私が顔を覗き込む形で声をかけると、しばらくボーッとした後、1メートルくらい飛び上がった。どうも意識が朦朧としていたみたいで、自分がどこへ連れてこられたのかも把握していなかったらしい。

 そのまま頭を地面にこすりつけると、何度も謝罪を繰り返す。

 とても冷静でいられないからか、土下座と言うより身体を縮こまらせて丸くなっているだけだった。


 その人物が誰かを確認する必要はない。密売人の父親である事は調査済みだったし、私と面識もあった。本当に顔を合わせたくらいではあったけれど、二度目は火事の現場で、一度目は“煌めき焼き”を買う際に。


「キリル・エイド氏の目的は貴方の息子さんだった。つまり、あの火事は貴方の息子さんが起因してのものだったと知っていたのですね?」

「申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません」


 謝るばかりで会話は成立しない。だけど、質問を否定もしなかった。

 原因を知っていての行動だったとするなら、私が炎を消し止めた際、今と同様に過剰なくらいに感謝を繰り返していたのにも説明がつく。


 おそらく、焼身自殺の動機は薬が手に入らない事への八つ当たり、或いは当てつけだったのではないかと思われる。調べたところ、密売人はもう一月近く目撃されていない。つまり、火事の時点ではもう随分と供給が滞っていた。魔力増幅薬モドキが手に入らない事への不安感から逃れられなくなっていたキリル氏は、何度も取引場所へ通っていたのだと思う。でも、密売人は現れない。

 だから、悲観したまま油を被った。


「あの時点で息子さんの悪事を知っていた貴方は、キリル氏の異常性が違法薬のせいだと推測できた。だから、そのせいで起きた火災の被害が最低限のもので済んだと安堵したのですよね?」

「すみません。すみません。すみません。すみません。すみません。すみません。すみません。すみません。すみません。すみません。すみません……」


 やっぱり会話は成立しない。これ以上の尋問は無駄だと判断して、騎士に連行してもらった。これまで通報がなかった以上、意図した隠蔽だと判断する他ない。


「……やり過ぎではありませんか?」

「仕方ありやせん。息子は冒険者として仕事に出たまま戻らないと言われても、証明する術がなかったもんで」


 依頼の遂行中に死亡と冒険者ギルドが処理してあっても、街の外での事なら偽装はできる。まして、密売組織と繋がりがあるなら余計に事実の改竄は容易だった。そうした兆候がなかったか、詳しく詰問したため拷問も過剰になったと言う。


「けれど、信じてもいいでしょうな。売人である息子は、魔物の異常繁殖への対処へ駆り出されたってぇ話ですから」

「なら、あそこまで過剰な暴力は必要なかったのでは?」

「そこは、念のためってやつでさぁ。偽情報を伯爵様のところへ持ってきてしまえば、痛い目に遭うのは儂等ですからな」


 自分の身可愛さに他人へ容赦なく暴力を振るえる感性は分からない。

 それでも、あれだけ怯えているなら信憑性は確かだと思えた。完全に心を折ってある。


 加えて、異常繁殖への対処で動員されたなら、ギルドからの呼び出しは突発的だっただろうから偽装は難しい。密売で荒稼ぎしていたところで、表の身分は強制的な対処を求められるので否応なく事件に巻き込まれる。

 ゴブリンや黒妖犬、それほど強力な個体の飢餓暴走ではなかったとはいえ、集団に襲われて命を落とした兵士や冒険者も存在する。

 状況的にも納得できた。


「それで、領主様はこれからどうするおつもりで? 売人から辿る糸は切れてしまった訳ですが」

「問題ありません、心配していただかなくて結構ですよ。足掛かりが一つ消えたからと言って、糸口が完全に途絶えた訳ではありませんから」

「……ほう」


 餅は餅屋。ヴィム・クルチウスは違法増強薬って時点で製造組織に見当がついていたのかもしれない。

 この機会に助力する事で私に借りを作らせようとしていたのか、当てが外れた顔をする。


 けれど、それには及ばない。

 煌めき焼の店主は、父子であそこに暮らしていたと言う。でも普通に考えて、自宅の近くで裏取引をする人間はいない。それにも関わらずあの場所で取引をしていたというなら、そこでなくてはならない理由があった事になる。


 なら、私が探しているものが見つかる筈だった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

申し訳ありませんが、次回9/20の更新は休ませていただきます。9/25再開予定です。

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