探知魔法帽子と服用探索レーダー
違法薬物の調査。
前世だったら難航したに違いない。売り手は慎重に慎重を重ねているし、買い手だって非合法品だって自覚があるから隠す。取引自体が暗々と行なわれているから捜査の網に引っかからない。
そもそも、ルール無用で隠れる方が有利に決まっている。名称を偽装し、荷物の中に忍ばせ、取引とは無関係の人間に秘匿したまま運ばせる。
領地に入る荷物の全量検査なんてできないし、特に不審のない商人の荷物を強制的に改めるのも難しい。貴族の強権を振りかざす事はできるけど、あんまり理不尽に繰り返していると領地から彼等が遠ざかってしまう。
空から不審施設を探そう……なんて言ってみたものの、正規の手続きを得て建設した設備に偽装したり、正規品とは別レーンで非合法薬を作っていたなら見つけられない。容疑を絞り切れない状態で監査を断行するには対象が多いし、領地をまたいでしまうと私の強権が及ばない。
私と良好な関係を築いている貴族なら協力が得られるんだけど、別派閥だったり私に恨みを持つ貴族だったりした場合は助力が得られない。薬物を警戒しているのは同じでも、介入は無用と断られてしまう。それだけで違法薬製造に加担しているとは言い切れないし、そうした貴族間の関係を逆手にとって潜伏先を選別している可能性まであった。
それなら後手に回るのかというと、そんな訳がない。そんな事はさせない。
この世界には魔法がある。
犯罪者達がルールの外へ潜伏するというのなら、こちらは技術で網を広げればいい。
その一つが探知魔法。
捜索対象の現物が入手出来ている事が前提になるけれど、同一物の存在箇所を突き止められる。
ヴァンデル王国で違法薬物の流布が比較的下火なのは、これがあるからだった。危険と判断された薬物のサンプルが各地にあって、定期的に捜査されている。とは言え、呪詛魔道具のように製品が規格化されていない対象については適用外なので万能じゃない。
「レティがこの魔法を使えていたなら、もっと探索が早かったのですけれど」
「……適性がなかったんだから仕方ないよ」
オーレリアにディスられたところで、全属性である事と全ての魔法が使える事はイコールにならなかった。
魔法は個人のイメージが先行するから、その理屈を理解しなければ扱えない。
加えて、周囲へ術者の魔力を浸透させて情報を読み取るって鑑定魔法に似た手法である事から、得た情報を自分で理解できる知識に解読する適性が備わっていなかった。魔力操作は得意なので魔力を浸透させるまではできるものの、頭の中がもにょもにょするだけで意味はまるで伝わらない。
「オーレリアとノーラが協力してくれて助かったよ」
「魔法適性と精密な魔力操作が必要になるので術師の数は少ないですからね。でも、協力した分の対価は払ってもらいますよ?」
「うん、何でも言って」
便利な魔法である反面、特殊な才能が必要になるって欠点もあった。適性を満たした魔法使いは大抵貴族か富豪が保護するくらいには希少だった。
熱で感知したり湿気を広げたりと属性は選ばないものの、私と親しい中ではこの二人しか使用者がいない。
他にも領地中からスカウトしてあるので数十人が専属術師として従事しているのだけれど、探知範囲は術師の魔力量次第となる。領地全体を捜査するには心許ない。
そこで、魔道具化する事にした。
これまでに実用化した例はない。対象の情報を読み取って魔力の波長を合わせないといけないから、実用に足る魔道具にならなかった。様々な情報解析が必要となる鑑定魔法と同様に、魔道具化ができない魔法の代表とされてきた。
けれど、対象を今回の薬物に限定すれば不可能じゃない。得たい情報も存在の有無と対象の方向だけで済むから解析も難解とならない。
「01、01 10 1 10101 10100 11 00101 01……」(大変でした……)
「大丈夫ですの、キャシー様⁉」
「…………」
通信機の開発で魔力波についても研究したので不可能ではないと思っていたけれど、想定していた以上に苦労させられた。
頭の中を数字で汚染されたキャシーがまた言語を忘れるくらいには……。
魔物の討伐数とダンジョン鉱石採掘量の相関を確立させる目的で数字に塗れた前回は不参加だったノーラがキャシーを心配そうに窺うものの、彼女の顔色も悪い。私も似た有様なんだろうね。
マーシャは、無言で双子ちゃん達に抱きついて癒しを得ていた。母親の限界を察して頭を撫でてくれるケイン君がちょっとうらやましい。
「それで、今回レティ達が作った魔道具がこれですか」
「うん、これを被って捜索対象を思い描けば、一番近くにある対象を指し示すよ」
「目立ちますよ? どうしてこんな形にしたのです?」
「……なんでだろ?」
完成した魔道具は帽子型で、上部に人の手を模したマニピュレーターがついている。機械的で武骨な部分は手袋を被せて隠してあるので愛嬌があった。
どうしてこんなおもちゃっぽいデザインになったか問われても、三徹のテンションでおかしくなっていたとしか言えない。気が付くと何故だかキャシーがマニピュレーターを作っていて、魔力波を調整する手を止めて何色の手袋を被せるか真剣に議論していた覚えがある。ノーラとマーシャは赤を推したけれど、最終的にはシンプルに白で落ち着いた。赤い服を好んで着る傾向にあっても、私が開発したからってトレードマーク的に赤にはしたくない。
案外、難解な計算漬けから逃避したかっただけなのかもしれない。
地図に座標を投影するのがベストだと分かっていたものの、技術的に方向を示すのが限界だったって理由もあるのだけれど。
それでも機能はきちんとしたもので、今回の魔力増幅薬モドキの他にも警戒が必要とされる薬剤五種類の魔力波長を基板に記憶させて、帽子部分に内蔵してある。更に鋼化スライム片もセットしてあって、着用者が思い描いた捜索対象へ切り替えられる仕様となっている。
皇国で使われた魔操銃の探知魔法版だね。
調整には膨大な計算を必要とするけれど、捜索対象の記憶基板は今後も追加、付け替えが自由に行なえる。
「それに、今回は南ノースマークへ流入した不審薬物を探知できればいいので、汎用性は捨てると言っていませんでしたか? どうしてより難解な開発に挑んでいるのでしょう?」
「01000? 11011 11 110、00101 10100…?」(え? どう、して…?)
オーレリアに言われて初めて気が付いた。いつの間にか開発題目が発展している。
「確か……、確か、魔力波を記憶させる基板と探知魔法の発生を分割すれば対象の切り替えができると発言したのはノーラだった筈です」
「そ、そういえば……。で、でも、その転換に鋼化スライム片を使いたいと言ったのはスカーレット様でしたわ」
「1110 001 10100 11 00101 01!」(そうでした!)
「要するに、できそうだったから……って事でいいのかな?」
だって、誰も止めなかった。
全員で暴走したのは間違いない。好奇心に負けたとも言う。
「つまり、レティ達のその疲労は自業自得って事ですね」
……返す言葉もなかった。
と言うか、この魔道具を使った捜査の指揮はオーレリアに任せて今は寝たい。
何しろ、捜査用の魔道具はもう一つ開発している。
こちらは特定の魔法に反応するもので、増幅薬モドキ服用者を突き止められる。緊急性の高い対象を探せる代物だった。
含有魔力を向上させるのだから、単純な化学反応や生態現象では収まらない。何らかの超常現象を発現させ、人体の魔力へ干渉しているとしか考えられなかった。そして魔法であるなら、虚属性を薄く散布すればいい。
以前に作った呪詛探知レーダーの逆だね。
電磁波に乗せた虚属性に反応して、弱く誘因性を発揮する地点を察知できる。こちらは距離と方向が正確に割り出せるから、地図への投影もできた。当然、探索範囲も広い。
ちなみに、魔力回復ポーションと魔力増幅薬はまるで別物と言える。私達がかつて開発した魔力回復ポーションは凝縮させた魔素をアルコールに溶かしただけのものなので、含有魔力限界に干渉するような効果はない。
過剰に摂取した分についてはモヤモヤさんとして体外へ排出される。
魔素を魔力へ変換するのはこの世界の人間にとって生態の一部であるため、今回の服用探索レーダーに引っ掛かるような事もなかった。
どちらも犯人を直接見つけられるようなものではないけれど、確実に連中を追いつめられる。特に探知魔法帽子は、購入はしたものの服用する前に思いとどまり、処分に困って隠し持った状態の増幅薬モドキ根絶も期待できた。
欠点を挙げるなら、使用する素材が希少且つ、基板の調整がシビアなので量産に向かない点がある。
それでも探知魔法帽子の需要は高いだろうから、製法を伝達して各領地の職人さん達に頑張ってもらう他ないね。そのためには、製法の管理を国に任せる書類も書かないといけない。
コキオ捜索に必要な分は作ったけれど、捜査範囲を領地中へ広げようと思ったら増産の必要もある。
魔道具が完成しても、まだまだやるべき事は山積みだった。
でも、とりあえずは寝ます……Zzz…
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