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捜査の進捗

「魔力増幅薬を作ろうとした失敗作ではあるようですね。実際の増幅効果はほとんどありませんが、無駄に高揚感と万能感は得られますから、効き目があるように誤認させられるかもしれませんわ」


 薬の現物はすぐ手に入った。

 原因が分かれば事件の見え方も変わる。これまで“治安の悪さ”と一言で片づけていた細々とした事件も、薬物が関わっているとなると本質が違って見えてくる。

 例えば焼死自殺者。

 キリル・エイドという男性だったらしいけれど、事件の際にはどう見ても精神に異常をきたしていたと言う。ところが元々は社交的な性格だったらしく、当初の懸念に反して彼の身元はすぐに見つかった。住居が事件現場から離れていたのでしばらく情報が得られなかったものの、移動の途中で潤滑油を大量購入していた事から足取りが掴めた。


 聞けば、仕事先でトラブルを起こしてから塞ぎ込みがちだったらしい。引き籠り生活がしばらく続いて、外出を再開したと思ったら人が変わったように怒りやすくなったらしい。それで何度か喧嘩騒ぎを起こしてもいた。

 その動機も蔑まれただとか、罵倒されたとかキリル氏は証言していたけれど、そうした行動は周囲から確認できていない。単なる行き違いとして処理されていた事件でも、薬物が絡んでいたと考えると捉え方が変わる。


 自宅に引き籠っていたタイミングで薬物を入手し、常用したせいで精神を病んでいったものと推察できた。

 そこでキリル氏宅を捜索したところ、常備薬に混じって不審な錠剤が見つかった。


 キリル氏に限らず、面識のない老人を突然刺した受刑囚や、自分は周囲から命を狙われているのだと家族とすら関わりを断った学生、辞書かと見紛う遺書を残して自殺した女性の部屋からも、同じ錠剤が見つかっている。

 中には家族がこっそり処分したケースもあっただろうから、動機が異常に思える事件全てで証拠品を押収できた訳じゃないけども。


 そうして現物を入手したなら、次は詳しく調べる必要がある。そして、私にはこういった場合にとても頼れる友人がいる。

 私同様に漸く魔物増殖の調査から解放されたばかりの彼女だったけれど、私の呼び出しに快く応じてくれた。


「不審な薬物の氾濫は、エッケンシュタインでも他人事ではありませんから」

「ありがと、ノーラ」

「それで、スカーレット様は不審な事件全てを再捜査するおつもりですか?」

「うん。禁止薬物を買った、その事実を有耶無耶にする訳にはいかないからね」


 万引き癖が常習化したとか犬猫への暴力といった軽犯罪や、ご近所トラブルで留まっているものもある。

 そもそも騙されたって同情の余地もある。

 でも、それで司法に携わる私は斟酌してあげられない。


 過給剛強薬はその副作用から、認可された商人以外の取り扱いは禁止されている。当然、製造にも国の認可が必要だった。違法と知りながら買った場合は、初犯であっても罰金刑となる。

 魔力増幅の目的で作られた薬剤は効果の有無に関わらず全て規制されており、常習となった場合は専用施設に収容した後、薬が抜けたと判断されてから更に禁固刑が待つ。過給剛強薬以外が実用化されていない背景には、類似を目指して作られた薬が悉く惨憺な副作用を生んできた歴史があった。

 放置すれば領地どころか国を蝕む薬に甘い対応はできない。


「傷口に塩を塗り込む行為かもしれないけど、不審薬物による自殺であるなら遺族にその旨をはっきり通達するし、近所での揉め事程度でもしっかり周知して依存症対策施設に放り込むよ。刺殺事件みたいに明確な被害者がいるなら、容赦しない」


 当然の流れとして、薬物を原因として事件を起こした場合は、その分罪が重くなる。

 前世なら構造の一部骨格を指定して禁止したり、特定の植物について規制したりと医薬品の開発に支障が出ないように配慮が必要だったけれど、この世界では貴族の強権で命令できる。

 物質構築に魔力が関与するから構造式が一般的じゃないし、薬品開発の壁になるなら都度例外を作ればいい。


「それで、何か変わった特徴はあった?」


 ノーラのおかげで違法薬物であるとは確定した。これで、徹底した取り締まりができる。ベリル君の情報からも悪意は明らかなので、私に敵対する意思があると思って間違いない。

 それに加えて量刑を決めるためにも、性質を詳しく知っておく必要があった。


「幸い……と言っていいか分かりませんが、向精神作用はないようですわ」

「ホント⁉」

「はい。けれど、中毒性はありますね」

「む……」

「服用する事で一時的に強い高揚感を覚えますが、それが消える際に喪失感が発生するまでが一揃いのようです。僅かながら得られる魔力増幅効果がなくなる事で心許無さを覚え、もっと魔力を得なければ、もっと薬を服用しなければと不安感や焦燥感を誘発させる仕組みだと思われますわ」


 最悪だった。


「魔力があるなら人生を変えられるかもしれないって希望に縋ったのに、増幅効果が消える恐怖に抗える訳がないよね」

「薬を頼る事自体が、その人の弱さですからね。喪失感に耐えて常用性を乗り越えられるなら、初めから不審な薬を頼る事もないと思いますわ」

「だから、一回目を飲ませる事に成功すれば商売が成立する。麻薬と違って後ろめたさより将来への期待が勝つから歯止めも利きにくい。人の弱さに上手く付け込んだものだと思うよ」


 勿論、褒めてなんていない。

 あくどく立ち回った分はしっかり報いを受けてもらおうって話だから。


 そもそも医薬品の開発って簡単じゃない。

 どういった物質を作れば薬となるのか、それは対症実験を繰り返して実験データを積み重ねるしかない。人間の体自体に未解明な部分が多いから、机上の理論が当て嵌まるまで至っていない。

 そして、都合よく体に作用する物質が狙った通りに作れるとも限らない。

 作りたい構造があったとしても、安定性が担保できなかったり、生成条件が現実的でなかったりと、化学的、物理的限界が壁となる。それを補おうと思えば類似物質、代替処方を用いる他ないのだけれど、それで生じる余分や不足は副作用の要因となり得る。

 しかも人体の構造は千差万別で、Aさんには薬として作用するけれど、Bさんにはまるで効果がない……なんて事まであり得てしまう。

 そういった問題解決には実験をやっぱり繰り返すしかなくて、効果はほぼ確実でも副反応の有無を判断し辛いなんて場合もある。入念な経過観察も必要だった。


 一方で脱法薬を作ろうと思えば、難易度はぐっと下がる。

 何しろ、コストを考えないで済む。常識的な限界はあるにしても、超過分は売値に反映させれば回収できた。

 副作用についてもほとんど考慮していない。余計な骨格が残っていようと、目的とした作用さえあればいい。極端な話、服用した直後に倒れるような事がなければ毒でも商品になると思う。売人心理としては、なるべく長く搾り取りたいだろうけれど。

 更に言えば、高純度を目指す必要すらなかった。反応条件が満たせなくて不純物の方が多くても、目的物が含まれているなら売り物になる。そもそも製品規格なんて存在していない。顧客の要望をクリアできればいいって程度だと思う。

 効果自体も劇的なものである必要はなく、服用者に効き目があると誤認させられればある程度の売り上げが期待できた。

 人目につかない製造設備が必要になるって難点があるくらいかな。小規模なら個人住宅で作れても、領地の治安が悪化したと思えるほど広まっているならその範疇にはもう収まっていない。それから、領外や未整備地域に製造拠点を持つなら輸送の苦労も乗る。


 でも、そんな程度の志で済むのなら、製薬業界はもっと躍進できた。

 魔力増幅薬だって、安全を前提とした厳しい審査があるから難航しているのであって、死兵を量産するだけが目的ならとっくに達成している。けれど、次に実用化するなら過給剛強薬を超えるものでないといけないから、今も大勢の研究者が奮闘を続けている。


 この不出来な錠剤は、そんな彼等の努力にも泥を塗った。


「ノーラ、これを作るのにどの程度の設備が必要?」

「そう……ですわね。違法に出回っているものにしては丁寧に副反応物を取り除いていると思います。そうでなければ毒素を除去できなかっただけかもしれませんが、中間体をしっかりと抽出したか、かなり精密な精錬装置があるか……、相当大掛かりな設備だと思いますわ」

「うん。じゃあ、ウォズにそうした装置を購入した人間がいないか探してもらうよ」

「それから、素材ですわね。この多量に含まれたヌクレオチド系化合物は、オーク由来だと思います。それも、ハイオークかラージオークではないでしょうか」


 錠剤一つでこれだけ情報を読み取ってくれるのだから、本当に有能だよね。

 精密な分析装置を使っても、突き止められるのはオーク由来ってところまでだったと思う。

 安易に私の領地で違法薬物を売り捌いてくれた怨敵も、これほどの手掛かりを残したとは考えてもいないだろうね。

 優秀な鑑定師としては世間に知られていても、実際に鑑定魔法を使うのは私達の前くらいだから、彼女の特異性は広まっていない。詳細を知っている王家としても、無駄に吹聴するより非常時に協力を求める方針を選んだようだし。

 捜査にあたって、私独自のアドバンテージには違いなかった。


「魔物素材なら、ウォズの専門分野だから情報も早く入りそうだね」

「ストラタス男爵に敵認定されて商売ができると考える人間は既に少ないでしょうから、情報の確度も高そうですわ」


 それでも敬遠する商人はいるだろうけれど、そういった人物は大抵ブラックリスト入りしているから特定も難しくない。


「周辺の貴族とも情報共有しておいた方がよさそうだね。他で活動している可能性も考えられる。犯罪組織を支援している貴族がいないか確認する必要もあるし」

「それから、王家ですわね。領地をまたいで活動する組織の情報は揃っていると思いますわ」

「うん。違法薬物の氾濫を看過できないのは陛下達も同じだろうからね」

「周辺領地にコントレイルを数台貸し出して、不審な施設や車両を探してもらいましょうか。当てもなく魔物領域を探索するよりずっと容易ですわ」

「そうだね。魔物の異常繁殖に協力した借りを、早速返してもらおう」


 犯人を逃がす気はなかった。


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