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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
動乱の皇国編

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過給剛強薬

 魔力を高められる。

 こう誘われてしまうと、かなり人が魅力を感じてしまうらしい。


 魔法の才能は平等じゃないので、裕福な家に生まれたからって魔法が得意とは限らない。歴代の当主が魔法で成果を上げてきたのに突然才能が枯渇することもあるし、無名の家系から突然才能あふれる魔法使いが生出する事もある。一見、両親の才能が遺伝するようにも思えるけれど、それが全てじゃないと確信できるくらいには法則崩れが多い。

 一番知られている例として、過去の魔導士の才能が子に引き継がれた事はなかった。

 多分、私の子供も普通の枠に収まると思う。

 その逆も言える。

 私の両親はどちらも魔法を得意としている。間違いなく才能はあったし、それに見合う努力も重ねてきた。それでも、私と比べれば大きく見劣りしてしまう。魔導士は特異生出するのが一般的で、ノースマークで二人目の魔導士となった私はかなり特殊な例だった。王国三人目の魔導士となった女性は分家に嫁いだので、彼女の隔世遺伝でもない訳だけど。


 狙って才能を得られない以上、生まれた時点である程度の選択肢は定まってしまう。付与魔法が使えなければ魔道具技師になれないのは勿論、冒険者になっても魔法の強弱でおおよその限界が見える。

 才能が将来を左右するのは魔法に限った話ではないけれど、この世界ではより顕著に働く要素ではあった。


 そうした社会構造の中で、基礎魔力量を高めたいって願いは根強い。

 単純な肉体労働でも強化魔法の有無で残せる成果に差が出るし、属性魔法が使えたならそれを生かして職業を選べる。回復魔法や鑑定魔法を使える場合は、両手で数えきれないくらいの勧誘がやってくる。勿論、とんでもない好条件で。

 そして、これらの差は収入にも直結する。

 少しでもいい生活をしたいと思えば、魔法の才能を願うのが自然の流れだった。魔力の強弱だけでなく、緑の魔法みたいな特化した才能も高く評価される。


 こうした傾向は貴族も同じで、属性魔法が使えないからと継承の順位が入れ替わる事も珍しくない。私やカロネイアみたいな特殊な例を除けば当主が魔法を生かす機会はほとんどないにも関わらず、一種のステータスとして機能してしまう。身に付ける機会はいくらでもあったのに、それを生かさなかった怠慢として軽んじられる。

 領地を治める才覚があれば十分な筈のところ、魔法が見劣りするなら他にも欠点を抱えているに違いないと古い考え方を捨てられない貴族もまだ存在していた。

 だから学院でも魔法を学ぶし、必死で鍛錬に励む。繰り返しの使用で僅かに魔力量が上がった例が報告されているからと。


 そこへ来て、飲むだけで魔力を得られるという誘惑は悪魔の囁きに聞こえる。


 少しでも収入を得られる。

 今より周囲に認められたい。

 自分にはもっと相応しい仕事がある筈……。


 ふとした拍子に湧き出る願望に抗えない。そんな旨い話はある訳ないと分かっていながら、甘美な誘惑が理性を溶かしてしまう。もしかしたらそんな未来が手に入るかもと、都合のいい夢を描いた時点で正常な判断を失う。


 弱さに付け込む意地の悪さが腹立たしい。


「過給剛強薬が出回っている……って話じゃないよね?」

「……僕もまずその可能性を疑いました。薄めたあの薬を勧めて、定期的に飲めば魔力量の飛躍的な向上が望めると唆した手口は有名ですから」

「一時的に魔力値上昇効果が発生するから、測定器が手元にあっても嘘だと気付きにくい。おまけに副次的な効果でおかしな万能感を得てしまうから、薬に説得力が生まれてしまう。……質が悪い詐欺だったよね」


 まったくのあり得ない誘惑なら与太話で済むのに、魔力を向上させる薬は現実に存在していた。

 過給剛強薬がそれで、服用すると魔法の威力を高められる。

 ただし、あくまで効能は一時的なもので、恒常的な増強効果はない。おまけに繰り返しの服用は身体への異常をきたす。ベリル君が挙げた詐欺では希釈してあった事で変調は軽度だったものの、魔力精度が荒くなって事故が増加し、被害者が全身の疼痛を訴えて判明した。


 先日ウォズが皇国貴族に囲まれた際、瀕死状態の彼の命を繋いだのは魔力だった。痛みで意識が切れる事がないよう感覚を鈍らせ、脳や心臓が止まる事のないよう代謝を活性化させた。死にたくないって本能からの発現ではあった。ウォズも再現は難しいと言っている。それを既に魔力が枯渇しかけた状態で行なったものだから、体内で魔力を循環させる機構が損傷して数日に亘って昏睡する羽目となった。

 そのくらい、魔力と身体は密接に結びついている。

 この世界の人間は魔力を帯びているのが通常で、魔素から魔力を作り出すのが生態の一部として働いているくらいだから、魔力なしには生きられない。


 そんな体内魔力に干渉するのが過給剛強薬だから、無理があるに決まっている。

 過剰摂取で身体に障害が残った報告も珍しくないし、魔力循環機構の損耗で服用前ほどの魔法が使えなくなった話も聞いている。

 それでも、危険な薬が流通しているのは、魔物がいるからに他ならなかった。


 命の危険が迫った際、先の負担は考えていられない。辺境で暮らす村民や冒険者には一般的で、南ノースマークでも兵士や騎士に向けて支給している。彼等を使い捨てるためのものではなく、副作用については十分周知したうえで使用は本人の判断として。

 ワーフェル山での事件では、ほとんどの騎士が服用したと聞いている。明らかに副反応とみられる症状が出た人には、追加の見舞金を支払った。

 普段は服用を強要する真似もしないし、一、二度飲んだからと深刻な異常を発症するほどでもない。


 それでも冒険者ランクを上げようと濫用する話は後を絶たず、二十年前の出征で服用を義務化していた貴族が後になって罰せられた話も聞いた。

 けれど冒険者の生還率を上げたのは事実で、戦争でも成果は上げた。いざという時にはこれがあるからと、戦争に赴く緊張を和らげる一面もあるらしい。開発意図とは違う活用や犯罪利用もあるものの、規制するなら激しい反発が起こるくらいには浸透している。


 ふと気になってグラーさんの方を見ると、無言で腰のポーチに手を当てた。

 やっぱり持っているみたいだね。

 いざという場合には私の壁となってくれる覚悟のある彼等に、命綱同然の薬を手放せとは私も言えない。ウォズの事件で魔力が命を繋いだみたいに、過給剛強薬のブースト効果で延命できるって事もあるかもしれないし。


「……あの事件は金銭の搾取を目的としたものでしたので、その場限りの言い訳に過給剛強薬を使っただけでした。ですが、今回は恒久的な効果を売りにして、しかも現物を見せられたそうです」

「もしかして、手に入れた?」

「……いえ、持ち合わせがなくて買えなかったそうです。入手できたなら証拠品と共に報告できたのに、と嘆いていました」

「ああ、そこは不審を報告してくれただけで十分だよ」


 現物があるなら話は早かったのだけれど、そうでなかったからとオーラン君は責められなかった。

 治安が劣悪なシドで生活していた彼等の習慣として、留学生達は余分なお金を持ち歩かない。盗難対策であると同時に、余計な揉め事に巻き込まれないための処世術らしい。飲食代ならともかく、不審なお薬を買うお金なんて持っていない。

 そもそも、怪しい話を持ち掛けてくる人物なんて、初めから警戒対象だとしか思っていないだろうね。甘い話へ不用意に乗る可能性はゼロだった。


「……それから、見せられた薬は粉末だったそうです。確か過給剛強薬は液状ですよね?」

「うん。粉体へ染み込ませた可能性は残るけど、別物とみていいと思う」

「……報告はもう一つ、提示された金額はかなり低かったそうです。過給剛強薬だったとしても、少し驚くくらいに」


 あー、うん。

 この話、もう真っ黒だね。


 一時的であっても魔力を増強する薬、それが安価な筈がない。

 過給剛強薬すらそうなのに、恒久効果を謳う薬が安い訳がない。本当に夢の効果が実現できたり、何処かで成果を盗んできたりしたとして、それを安く売る理由は考えられなかった。


 そうなると、可能性は一つしかない。


「それ、中毒効果があるね」

「……はい、僕もそう思います。はじめは安く売って、手放せなくなってから値段を吊り上げる。麻薬販売の常套手段です」

「もしかすると、向精神作用もあるのかもしれない」


 むしろ謳い文句が嘘で、そっちが本命の可能性が高かった。大陸の長い歴史で過給剛強薬一種類しか開発されていないのに、都合よく魔力増幅効果が得られるとは思えない。そんなものが開発できたなら、副作用があっても製法を売れば巨額が手に入る。

 魔塔は勿論、私だって大金を積む自信がある。

 こそこそと薬を売りさばく理由があるとは思えなかった。


 普通に考えれば、そんな美味しい話が本当だとは思わない。誰もが欲する効果が永続的で、しかも自分だけが安価にこっそり手に入れられる……理知的であるなら突っ込みどころが多過ぎる。

 なのに話が広がっていないところから推察すると、顧客をかなり絞っているんだろうね。噂すら広まっていない。


「自分だけが手に入れた“特別”を言いふらしそうになくて、甘い話でも信じてしまいそうな人間……、人生経験が乏しそうな子供が対象かな」

「……オーランがそう見えたのでしょうか?」

「肉体労働に従事していて、学校に通っている気配もないから隙だらけに見えたんじゃない? その割に身嗜みが整っていて訳ありのお坊ちゃんくらいに」

「……本人には伝えないでおきますね」


 悪口のつもりはない。

 実状は、シドで将来を有望視されるほどのインテリさんとなる。道路工事だって、将来シドに敷設する時を見越した実習のつもりだと聞いている。実年齢に見合わない経験も多く積んでいて、犯罪への警戒心も強い。顔と名前が一致しているくらいには、私も頼もしく思っている一人だった。

 養護院では幼年組と遊んだり畑を耕す事も多かったそうなので身体は浅黒く、工事従事者と混じっても違和感ないけど。


 ベリル君と話している間に、フランの風魔法で呼び出しの届いたベネットが駆けつけていた。今回の一報は、領地全体で、しかも急ぎで対応しなければならない事態となる。

 犯罪組織の関与は確実で、その先に誰が繋がっているのであれ、もう許す気はなかった。


 ところで、こういった勢力を立ち入らせないように存続を許しているヴィム・クルチウス達は何をやっていたんだろうね?

いつもお読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきますの。是非、よろしくお願いします。

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