想定外の火元
とても個人的な事情ですが、キャラの名前を変更しました。
タウロ騎士隊長→ガーヴ騎士隊長
私が気にしていると伝えたからか、火事の報告はその日のうちに上がってきた。聞き取りは目撃者を帰す前に終わらせないといけないとしても、その内容をまとめるのは楽じゃなかったと思う。
「ありがとう。迅速な対応に感謝します」
「いえ、とんでもない……」
心からの謝辞に、ウィード団長と共に報告へ来たガーヴ隊長がたじろいだ。
そこまで評価されると思っていなかったのかもしれない。
けれど実際、中間報告でも上がってくればと思っていたのに、きちんと書面に整えてくれた配慮には頭が下がる。無茶を言った形へ応えてくれたのだから、その成果にはできる限り報いたいと思う。
優秀な騎士がコキオにいてくれて嬉しいし。
「それでは、詳細を聞かせてもらえますか?」
「はい。スカーレット様のご助力で火はすっかり消し止められ、巨樹公園来訪客向けの商店が四軒と木彫り細工の工房が一軒の被害で済みました。住民、従業員の避難は確認できており、今回の火事による死傷者は死者が一名、軽い火傷を負った者が三人のみです」
え?
「ちょ、ちょっと待ってください! 死者が出ているのですか⁉」
要救助者はいないと聞いて、事態を軽く考えていた自分が腹立たしい。
所在確認ができていなければ救助の要不要を判断しようがないし、既に助けようがない場合も要請は発生しない。
それに、ガーヴ隊長も言っていた。火事の情報を得てから急行した、と。
はじめから不確かが前提での一報だった。
なのに、情報が錯綜した状態での報告を真に受け過ぎていた。消火活動を称えられていい気になって、被害者の無念を蔑ろにしてしまった。
「はい、確かに焼死体を一人分確認しています。ですが、この人物が被害者かというと、困るところです。火事の原因もこの人物ですから」
「えーと……?」
「菓子を売る店舗にふらりと現れて、何やら喚き散らしながら自分に火をつけたそうです」
「どうしてそんな事を?」
「分かりません。当事者から聞き取りはできませんでしたから」
それもそうだね。
「何かの拍子に引火したとか、魔法を暴発させたといった可能性は?」
「ありません。かなり大声で叫んでいたらしく、何事かと注目した目撃者が大勢いましたから、事故でなかった事は間違いないようです。どうも油を浴びていた様子で、瞬く間に炎が広がって助けられる状況にはなかったと」
「……そのようですね」
報告書に目を移せば、出火時の状況を図解入りで記してあった。
それによると、風向きとは反対方向にある工房へまず延焼している。油のせいで炎の導線ができていたのだろうと考察してあった。油を被ったのが火をつける直前でなかったのは、異常行動の時点で止められる可能性を回避したのかもしれない。
「傍迷惑な焼身自殺という事でしょうか?」
「おそらく、そうだと思われます。着火は自身の火魔法だったそうですから、油が可燃性であると知らなかったのでない限りは、意図した自死と言えるでしょう」
「死に至るほどの威力がないので、油を補助に使ったのだろう……と」
報告書を見ても齟齬はない。複数の目撃者の証言からも、間違えて油をかぶってしまって助けを求めていた様子にも見えなかったとの結論だった。
油も容器に入った状態なら表面しか燃えないけれど、布や紙に染み込んだなら空気との接触面積が増え、激しく燃焼する。それだけ燃え上がったなら、周囲に延焼する頃には絶命していた可能性が高い。
何のためにそんな自殺方法をとったのかも不明のままとなった。
「……何を叫んでいたかの詳細はないのですね?」
「はい。断片的に聞き取れるのみで、全容を把握している人間はいませんでした。かなり興奮状態だった模様で、ともかく思いの丈を解き放つのが目的であり、誰かに聞かせるための訴えではなかったようです。伝達の可否を判断できるほどの正気が残っていなかった可能性もありますが……」
「結局、何を意図したものだったかは分からないままという事ですね」
察しようにも、それを判断するだけの情報がない。
被疑者の身元すら明らかになっていなかった。
「所持品も全て燃えて、素性を示すものは何一つ残っていない訳ですよね?」
「はい。炎上直前、店主が見た人相が唯一の手掛かりとなります」
「……かなり頼りないですね。そして、心当たりの人物も見つかっていない、と」
証言の通り見覚えがないとも考えられるけど、人相書きが似ていない可能性も残る。本人が炭になった以上、似顔絵の出来栄えを確認する手段も残っていなかった。とりあえず、客商売の記憶力と絵師の腕を信じるしかない。
報告書によると、発着場での目撃情報は得られていないらしい。領外からの旅行者の場合、必ず身元確認を行なう決まりとなっている。そこで見つからなかったとなると、南ノースマークの住人である可能性が高い。
けれど住所や生年月日ならともかく、人相まで管理していない。
近所付き合いがあるなら特定可能かもだけど、コキオは新しい街なので顔見知りを作らないままでも生活できてしまう。そうなると、日頃から奇声を上げて周囲とトラブルを起こしていたのでもない限り、身元へ辿り着けない可能性も考えられた。
「一応、できる限りで探ってもらえますか? あんまり情報が出ないようなら、その時に中断を指示します」
「構いませんが、スカーレット様は何かあるとお考えでしょうか?」
「……そんな自殺方法をとった理由が気になる程度ですね。どんな背景でそんな決断に至ったものか、調べられるなら知っておきたいと思います」
「分かりました。続報をお待ちください」
ガーヴ隊長は敬礼をしてから去っていった。ちょっと面倒な仕事になるかもだけど、事件に関わった以上は私が納得できるまで協力してもらいたい。
最初の時点で気になった要因は解決している。
焼身自殺だなんて異常な着火源は想定の外だったけれど、油を使って激しく燃えたなら中途半端な火災範囲も頷ける。出火の時点で止められる勢いではなかっただろうし、油が燃え尽きた後なら建造物以外に助燃材料はない。街を燃やす事が目的ではなかったようだから、広範囲に油が撒かれる事もなかった。
ただの事故として考えるなら、これで終わりにしてもいい。
でも、今度は別の疑問が生まれてしまった。
焼身自殺だなんて、普通の精神状態で選択するとは思えない。個人的な精神状態の悪化なら問題ないけれど、公衆の面前で自殺せざるを得ないほど追い詰められたのだとすると、それも事件と言える。
領主としては、その原因を取り除かないといけない。
とりあえずはガーヴ騎士隊長の調査待ちだと思っていた三日後、事件は思ってもみない方向へ転がる事となる。
「……お時間を作っていただき、ありがとうございます」
私の前で丁寧に頭を下げるのはベリル君だった。彼から私に接触してくるのは珍しい。
アノイアス様に近況を報告する必要があるから学習態度や日常の行動についての情報は上がってくるけれど、彼等の母親を投獄した私から距離を詰めるのは避けている。
ベリル君もフェリリナちゃんも空気を読むのに長けているので、そのあたりを察して近付いてこないのだと思っていた。
その距離感を破った以上、必要性あってのものだと考えられる。
「最近の治安の悪化について、把握しておられますか?」
交渉事をゲーム感覚で楽しむらしいとは聞いているけれど、ベリル君はほとんど前置きもなしに本題へ入った。
私を相手に駆け引きしようって気はないみたいだね。
「勿論、知っているよ。冒険者の巡回や騎士の配置を増やしてはいるけれど、あまり効果が出ていないのが現状かな」
焼身自殺事件について関心を抱いた原因の一つでもあるのだけれど、皇国へ出向していた頃から細かい事件が領内で頻発している。
傷害や暴行、焼身以外の自殺や窃盗、詐欺、器物損壊といった様々な報告は届くものの、そこに一貫性はない。
「それとどの程度関連しているかは分かりませんが、一応ノースマーク伯爵の耳に入れておくべきかと思い時間を割いていただきました」
「私も困っていたところだったから、参考になるなら何でも歓迎するよ」
「ありがとうございます。これは、最近親交を深めているオーランから聞いた話になります。もしも詳細を知りたいようなら、本人に問い合わせください。伯爵への面会に気後れしているようでしたので」
オーラン……シドからの留学生の一人だったかな。
身分制度のなくなった国から来た彼等からすると、貴族である私と直接話すのは難易度が高いかもしれない。
現在、留学生達は座学や実習に加えてインターンシップに近い短期就労を行なっている。国に戻れば即戦力を期待されている彼等なので、知識だけでなく経験も積んでもらおうとの試みだった。
こちらから働き先を斡旋するのではなく、興味を持った職種を報告してもらい、私の方で就労先と調整する形を採用している。事前の打診がないから必ず働けるとは限らないものの、領主が立場を保証している状況で職業体験ができると人気だった。
オーラン君はそうした試みに参加した一人で、貴重な意見が聞けると度々報告会を開いているらしい。彼だけでなく、他の職場へ就労体験へ行った留学生とも意見を交わせる。こちらは私が指示したものではなく、子供達が自主的に開催しているのというだから頼もしい。
ベリル君が情報を得たのも、この集まりの中だった。
「彼は道路の整備に参加しているのですが、その帰りに魔力の高まる薬を買わないかと持ち掛けられたそうです」
は⁉
一気に事件の深刻さが跳ね上がった瞬間だった。
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