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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
動乱の皇国編

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不審火

 王都からの帰路、私はウェルキンでうたた寝をしていた。転移鏡で瞬時に戻るより、ゆっくりする時間を作ろうと空路を選んだ。

 利便性のみを追求して転移鏡を作った訳じゃない。

 空を進む爽快感や高度からの眺めを楽しむのも移動の醍醐味と言える。普段は移動中も執務や研究に追われて楽しむ余裕がないことも多いけれど、だからって無駄と切り捨てるつもりもなかった。


 こうして余裕ができた時には、遊覧を楽しむ事もできる。ウェルキンはダイヤグラムに縛られていないから、多少の寄り道を許される。お屋敷に戻ってリクライニングソファーでくつろぐのもいいけれど、見るとはなしに流れる景色で癒されるのも悪くない。

 クラリックさんくらいになると、ウェルキンとコントレイルの振動の違いも楽しめるらしいけど。


 異常繁殖への対応で執務が溜まり気味ではあるものの、ひと段落したのだからコキオまでの時間くらいは仕事から離れたい。戻ったら再開するつもりなので、切り替えるための移動時休憩でもあった。

 ゴミ処理業者と冒険者の証言からおおよその投棄場所特定も進んだので、その確認と異常への対処って役目も待っている。ほとんどは軍の装備で対応可能だとしても、新物質が想定以上の特性を備えていた場合の懸念があるから同行する流れとなった。

 これ以上、魔物領域での異常はいらない。

 本来、新規合成物を生み出した場合はそれだけの警戒心を持って管理しないといけなかった。スポンジ機構については既に問題を起こしているから警戒レベルも自然と上がってしまう。


 今回の事件を本当の意味で終わらせるためにも、今は英気を養っておこうと遊休の時間を読書に充てたところ、いつの間にか寝入っていたみたい。

 本は読めなかったけれど、気持ちよく微睡めて幸せな時間だった。

 そうして、そろそろ着くとフランに起こしてもらい、眼下を見下ろすと――


 コキオの街が燃えていた……!


 え?

 は⁉

 なんで?

 どうしてこう厄介事が立て続けに起こるかな?

 運命は私に恨みでもある?

 よっぽど特異な星の下に生まれたの?


 巡り合わせの悪さに愚痴をこぼしながら、すぐさま私はウェルキンから降下する。

 幸い、炎上範囲は広くない。

 現場は大樹広場近くで、商店を中心に数件が燃えている。空から見る限り、避難誘導は円滑に行われているように見えた。おそらく火属性を拒む特性のおかげで、キミア巨樹側の延焼が妨げられた事がいい方向に働いたのだと思う。安全な方向が明確であれば混乱に陥りにくい。


 なら、あとは火を消し止めればいい。

 私はリュクスを取り出して魔力を籠めた。


 規模的には水属性魔法使い十数人で対処可能だろうけれど、私の掌握魔法の方が早い。

 ――消えろ!

 少しでも被害を抑えるために魔力を周囲へ浸透させ、私の落下と同時に火属性の消滅を命じる。呆気なく炎は焼失し、無残に焼け焦げた被災跡地だけが残った。


「おおっ! 領主様!」

「凄い……。あれだけの炎があっという間に消えた!」

「ありがとうございます! おかげで助かりました」

「なんと迅速な……、流石大魔導士様!」

「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます……」


 上から落ちてきたと思ったら事件を瞬間終了させた私は目立っていたみたいで、大勢から私を称える声が上がった。領主が火事現場に急行する事もないからだろうけど、偶々だったので少しくすぐったい。

 特に際立っていたのはいつかの煌めき焼きの店主。彼のお店は全焼してしまったのに、これ以上火が広がらなくてよかったと何度もお礼を繰り返していた。できる限りの補償をしてあげないとだね。


「スカーレット様、ご助力ありがとうございます。おかげで住民や旅行者を不安にさらさずに済みました」


 声を掛けに来たのは騎士の一人だった。ウィード団長の傍で働いているのを見た覚えがある。ガーヴさん、だったかな。

 彼が今回のリーダーみたいで、他の騎士団員は住民の誘導を続けていた。避難の必要はなくなっても事情の聞き取りはしないといけないし、怪我の有無を確認する必要や、混乱に乗じて犯罪を働こうとする人間を見張る役目もある。


「被害者は出ているのですか?」

「私も出火の情報を得てから急行したので全てを把握できている訳ではありませんが、要救助者がいるとの報告は聞いていません」

「……分かりました。もしも重症者がいた場合は、特級回復薬の使用も許可します。住民を安心させる事を最優先にした上で、原因の究明と被害状況を報告してください」

「はい! お任せください」


 私がここに残っても住民が騒ぐばかりで邪魔にしかならない。どうして火事が起きたかは気になるものの、大人しくお屋敷で報告を待つ事にした。

 危急時に大魔導士(わたし)が降臨したと、既に余計な野次馬を集めている状況だったので、愛想を振りまきながら飛んで帰る羽目になったけど。


「お嬢様、何か気になる事があったのですか?」


 火事の経過について優先して報告を上げるようベネットに指示すると、意図を図りかねたフランから質問に遭った。

 大きく延焼して手が付けられなかったならともかく、商店の一角で済んだなら貴族からすると小事ではある。被害者が出ていないなら尚更に。


「うん。小火は仕方ないとして、今回みたいにそれが広がった話ってあまり聞かないでしょう?」

「……言われてみればそうですね。燃え広がる前に対処するのが普通です」


 理由は単純、魔法があるから。

 火属性の術師が炎を制御して、小規模の内に水属性術師が消火する。周辺を探せば該当属性を見つけるのは難しくない。消し止めるまではできないにしても風属性術師なら炎の勢いを弱められるし、地属性でも壁を作れる。可燃物をどかして延焼を防ぐのも強化魔法があるので効率が違う。

 初期消火が容易なのがあって、この世界で火事の拡大は珍しい。何事にも例外はあるからこれだけで不審を疑うには弱いけど。


 おかげで、お茶を楽しもうって気にもなれなかった。被災者への配慮もあるけれど、それ以上にモヤモヤしていて気分が悪い。くつろぐ気分でもなくなったので、モチベーションが上がらないまま決済待ちの書類に手を伸ばす。それでも集中できていないから、あまり効率は上がらなかった。


「つまり、お嬢様は何かしらの外的要因が加わったとお考えですか?」

「なんとなくそんな気がするって程度だけどね」

「日常的に様々な騒動に巻き込まれているお嬢様の直感ですから、何かあるかもしれませんね」


 あれ?

 私ってそんな認識?

 厄介事のプロみたいな評価は望んでいない。


 けれど、どうしてこんな予感が働いているかと考えれば、それこそ望まない繰り返しで感覚が研ぎ澄まされたとしか説明できなかった。そんな技能、まるで嬉しくない。


 今回の火事にしても、王都での大火が参考になった。私以外の人間の魔力には限界があるから、一定以上の火力には対処できない。応援を呼ぼうにも、属性によって効果には偏りがあるから人員を揃えるのに時間がかかってしまう。火災規模次第で必要となる人数は加速度的に増えてしまうので、あまりに火の勢いが強いと時間と共に対処が難しくなる。

 王都の大火では、火薬が炎を広げる役目を果たした。

 出火原因は未だ明らかになっていないけれど、違法に保管していた花火が大規模火災を起こし、貴族のお屋敷に保管されていた火器類が被害を広げた。出火が報告された時点で短期間での消火が望める状況ではなかったと聞いている。私が動かなければ、指揮を執っていたカロネイア将軍はお屋敷を打ち壊して延焼を防ぐ方針だったらしい。水属性術師より、地属性や強化魔法使いを多く必要としていた。


 あの件を考慮するなら、今日の火事も出火の時点で広範囲に燃え広がっていたと考えられる。

 今ある情報で出火元として有力なのは煌めき焼きを扱っていた店舗。カステラ生地を焼くためのコンロ型魔道具を導入していたから、扱いを間違えた可能性は高い。

 それでも、店舗を焼くほどの炎が出たとは考えにくかった。兵器用に作った訳ではないのだから、当然出力は調整してある。焼き型に塗る油くらいは用意していたとしても、量は多くないだろうから燃焼を促進させる効果は限定的だったと考えられる。火属性魔石は魔力を流す事で発動させるものだから、燃料にはなり得ない。

 延焼が境域でとどまっていたことから考えて助燃効果は長く続くものではなかったのだろうけれど、何かしらの要因が被害を広げたと考えられた。


 事故にしろ事件にしろ、放ってはおけない。

 前者なら原因を突き止めて対策を考えないといけないし、後者なら徹底的に調査して容疑者を追い詰める必要がある。

 胸に渦巻く嫌な予感が外れる事を願いながら報告を待った。

レティ「どうしてこう厄介事が立て続けに起こるかな? 運命は私に恨みでもある?」

運命(さくしゃ) 「特に恨みはありませんが、これが主人公の役回りなので……」

レティ「酷い!」

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― 新着の感想 ―
いつも楽しく読んでます! 逆に何事もなく平凡な生活だけだと、ここまで発展も成長も無かったかも(笑) どこかの神様ぐらいが楽しんでるのかもね〜!
ハードラックはチート能力の代償みたいなもの。
運命に恨まれてはいないでしょうが、愛されてはいるでしょうな。それがヒロインの宿命。主人公属性。まあ平穏無事に生きていては新たな発見のきっかけもないでしょうしね。仕方がないということでしょう
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