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粘虫を集めよう

 リジャの親子の裁定が終わって、立ち会った貴族が引き上げる中、私は残るように言われてしまった。こういう時は大抵面倒事と決まっている。


「今後、魔物領域への投棄は制限しなければならない訳だが、問題も多い」

「でしょうね。法整備を進めたとしても、意識はすぐに変わりません。特に魔物領域に接する辺境の町村では徹底も難しいでしょう」


 何しろ、近隣の街まで廃棄物を運んで正規の手続きを行うより、山に分け入った方が早い。村の規模によっては処理費用も負担になるし、これまで問題を起こさなかった実績もある。何かが起こった場合、真っ先に巻き込まれるのは自分達であると危機感を抱いている点で、少なくとも今回の無責任兄弟とは心構えが違う。


「だからと言って、国中の全てを監視して強制させるのも現実的ではない。……で、あろう?」

「そうですね。そんな余裕があるなら、今回のような物騒な代物が無警戒に運ばれるなんて事態もありませんでした」


 ついでに言うなら、法を整備しても国の監督には限界がある。

 領地をそれぞれ貴族に任せている弊害で、法律を遵守させるための体制作りは領主次第となってしまう。ゴミ処理について、ほとんどの領地で首長へ丸投げしているのが実情だった。

 町村単位でゴミを集積させるのが限界で、それを更に処理場まで運ぶとなると立地次第で負担の差が大きい。近くに便利な魔物領域(ディスポーザー)があるのだから、多少のリスクを呑み込んででもそちらへ捨てたくなる気持ちは分かってしまう。


 勿論、環境整備に不足のある貴族の怠慢ではあるのだけれど、意識改革が必要なのは彼等も同様だった。


「今回の件を教訓に改革に着手する貴族もいるのでしょうけれど、残念ながら決して多くはないでしょうね」

「だが、緩やかな変革を待っていられる状況にもない。その理由は伯爵も知っている事だろう?」

「……」


 痛いところを突いてくれる。

 虚属性と魔導織、発端を生み出したのは私だった。

 他属性との誘因性を発揮する虚属性は魔物の変異を起こしやすく、複雑に素材を組み合わせる魔導織は想定外の副作用を生みやすい。リスクを周知して拡散させているとは言え、発明者の責任と無関係ではいられない。

 そして、今回みたいな事態は増えると予想できた。


 うん、良くない流れだね。

 この弱みに付け込んで無理難題を押し付けられても断れない。


「無論、技術を認可した責任から逃げるつもりは私にない。これについてはアドも同じだろう。だが、管理体制の構築と意識改革の推進には時間が欲しい」

「それは分かりますが、私に何をしろと?」

「其方のところでは、新型分解槽を導入したと聞く。それを使わせてもらえないだろうか?」

「……」


 意図するところは分かる。

 あれ、魔力獲得手段の一つとして作ったけれど、今回の事態にも対応できる。

 主に無機物を捕食して棲息するウーズ粘虫は、他のものを食べられない訳じゃない。金属を分解するのは魔素を得るのが目的なので、有機物であっても捕食可能ではある。ただし原始的で脆弱な魔物なので、争いを避けて無機物を摂取対象にしてるってだけで。

 そして、分解槽の内面はオリハルコンで覆ってある。

 この世界でオリハルコンの不壊特性を突破する方法は存在しないから、どんな異常も外部へ漏れる心配はいらない。


 例えば今回のスポンジ素材で異常分裂を誘発したとしても、増殖は分解槽内だけで完結する。どれほど個体数を増やそうと、外へ漏れ出る危険はない。分解槽の体積以上の個体は圧死し、他のウーズ粘虫の餌となる。しばらくは蓋を開けられない状態になるけれど、死骸は魔素に分解されてゆっくりと体積を減らしてゆく。


 異常魔力を得て上位種に進化としても同じで、決して分解槽は破壊できない。どれほど凶悪な魔物になろうと、餌を与えずに放置すればいずれは枯死する。脅威は外へ出てこない。

 この世界の法則的にあり得ない話だけれど、竜や巨大種、まったくの別存在へ転身したとしても変わらない。内部体積を上回れば圧死するだけだし、オリハルコン製の固定具を外さないまま開放する事はできない構造にしてあった。

 私が内部から臨界魔法を炸裂させたところで、分解槽はびくともしない。

 もともと粘液が漏れないように低粘度オリハルコンパッキンで完全密閉してあるから、気体になったところで結果は変わらない。流石にないとは思ったものの、鏡面転移に備えてサンドブラスト処理まで施してある。オリハルコンの表面が曇りガラス状になっているから、鏡面対象とならない。

 廃棄物の分解に魔物を利用するのだからそれによって事故を起こしてはいけないと、皆で知恵を絞り合っただけはある。


 これでウーズ粘虫が外へ出てくるとしたなら、未確認の空間魔法に目覚めたときだけだね。あり得ない可能性であると同時に、それはそれで興味深い。


「でも、オリハルコンですよ?」

「そこは何とか調整しよう。現状で鑑定が可能なのはエッケンシュタイン子爵だけであるし、破損の心配もない。異常な強度である点は、南ノースマーク製である事を押し出せば説得可能だろう」


 なに?

 その領地全体が不思議存在みたいな扱いは?


「しかし、世間に定着した後で手放せますか? 現行の魔力除去技術の方が廃れるような気もします」

「まずは貸与という形をとるつもりだ。それなら、一時的な運用であると意識させられる。そもそも、其方の領地以外で製造はできないのであろう?」

「まあ、そうですね。加工にもオリハルコンを使いますから」


 サンドブラスト処理とか、粉状にしたオリハルコンを研磨剤に用いるからね。


「想定を超えて普及した場合は、その時に考えればいい。いずれはオリハルコンの公表もしなくてはならないからな」


 それだけ危急という事ではある。

 神の金属が量産可能になった事実は様々な混乱を招くと考えられるけれど、魔物領域での異常は容易く人域を滅ぼす。それがあるから竜郡の襲来で皇国中が震え上がったと思えば、魔物領域をディスポーザー代わりにする慣習は続けられない。


「分かりました。それほど大きなものは必要ないですよね?」

「そうだな。あくまでも魔力除去施設の代替、全ての廃棄物を処理する訳でもないからな。そのくらいの分別は徹底させよう」


 領外での活用を想定していなかったから大型槽の量産は想定できていない。大都市の廃棄物処理を代行させようと思ったら、工場の設計からやり直さなくてはいけなかった。

 パッと見オリハルコンと分からない偽装とか、簡単に開閉できる領外の人間へ向けた仕様変更とか、マニュアルの作成とか既に面倒事が山積みなのに、工場の新設まで引き受ける余裕はない。


「貴族への周知や管理の厳守はお任せしても?」

「そのくらいは当然だろう。今回の事があってまだ廃棄物の管理を甘く考えるなら、領地を任せる資格はない。そう突きつけるくらいはするつもりだ。技術の提供を願い出ておいて、伯爵にこれ以上の負担を強いようとは思っていない」


 異常繁殖には多くの貴族が振り回されている。加えて王国の上位貴族は侯爵家を筆頭に良識ある家が多いから、派閥単位で意識改革を進められそうには思う。

 リジャ子爵家の末路を見て、ああはなりたくないって消極的な動機でも構わない訳だし。


「貴族はそれでいいとして、実際に魔物領域と接した町村はどうです? 南部領地では警戒を密にしてただ事ではなかった実感があるでしょうが、北部、西部はどうでしょう?」

「領地ごとに基準の幅があっては困る。国の監督官を巡回させる他なかろう。反発する貴族も出そうだが」

「領地の管理に後ろめたい事があると言っているも同然ですけどね」

「そうした炙り出しの機会とも考えよう」


 王位継承に向けた体制作りを進めている以上、不安要素の解消も目的に入っていそうな気がした。旧エッケンシュタインから始まって、ガノーア、ローマン、ラミナ、バーグル、リジャ子爵と、問題のある貴族が多過ぎる。

 私の平穏のためにも、できる限り膿は排除しておいてほしい。


「ただ、新型分解槽を提供する上で、どうしてもお願いしなければならない事があります」

「……まだあるのか?」


 陛下は嫌そうな顔を見せたけれど、免除しては上げられない。ここまでの確認事項と比べても重要度が高い。


「必須です。何しろ、分解槽を運用する上で不可欠な部分ですから」

「……聞こう」

「大量のウーズ粘虫が必要となります。その収集を陛下にお願いしなければなりません」

「な、に……⁉」


 勿論、魔物領域へ陛下が赴いて集めて来いなんて無茶は言っていない。

 それでも、達成しなければならない前提の困難さに、陛下は愕然とした顔になった。


「廃棄物の拡散に関与した人物もいたとは言え、多くは義侠心で防衛に参加した冒険者や、広域の警戒に尽力した王国軍にウーズ粘虫を集めてくれだなんて、私は言えません」

「それは……、確かにそうであろうな」

「不用心に廃棄依頼を受けた冒険者に罰として命じる方法もありますが、それで足りる量とも思えません。ですから、陛下の責任でもって強制させるか、何か代替案の提示をお願いします。管理はお願いできるのですよね?」

「む……」


 分解槽が他領で使用できるように手続きや必要物資の手配を行なうのも管理の一環と言える。オリハルコンを使うから容槽の準備までは請け負うけれど、動力を用意する責任までは負えない。


 お金を積む?

 それなら小遣い稼ぎに王都周辺を探索する低ランク冒険者もいるかもしれないけれど、それで集まる量は知れている。いくつもの分解槽を稼働させるくらいウーズ粘虫を集めようと思ったら、魔物領域の奥地へ踏み入って群生地を探す必要が生じる。

 他には、餌となる廃魔鋼を設置しておびき寄せる方法もあるらしい。それでも、高位の魔物が闊歩する領域まで踏み込まなければならない状況には違いなかった。


 防衛への尽力で疲弊しているのに加えて、協力への報償が支払われている筈だから冒険者は懐が暖かい。これ以上酷使させられないって配慮を置いておいても、積極的に依頼を受けない可能性は高い。

 おまけに、きつい、危険、気持ち悪いと悪条件が揃っているので、平時でも敬遠されがちな依頼となる。そんな冒険者を積極的に動かすとなると、結構な出費になる気がする。加えて、異常事態として軍を動員して装備まで整えたから、国庫に余裕があるとも思えなかった。


「南ノースマークで使っているものを分けてもらう訳には……」

「とても足りませんよ。うちで分解槽が使えなくなっても困ります」


 だからって、無茶な要望は拒否させてもらう。

 領民の生活に定着し始めているので、今更取り上げると不満が燻ぶる。各地で処理待ちのゴミが積み上げられる事態も避けたかった。


 ここで権力を振りかざして無茶を押し通すような君主なら、そもそも技術供与に応じていないだろうけど。


「何とか増やす方法はないだろうか……?」

「高魔力を含有した餌を与え続ければ分裂を促進させられますけれど、得た魔力の分だけ次々と分裂を繰り返すスライムほど単純にできていませんから、どうしても効果は限定的ですね」

「うーん、なるべく急ぎたいところなのだが……」

「今回の事態の切っ掛けとなった新部材なら異常増殖を誘発できるでしょうけれど、試してみますか?」

「…………」


 何とか打開策を稼働させたい陛下は私の提案を真剣に検討する様子を見せた。けれど割と長い時間悩んだ後、慌てて頭を振って否定する。

 まだまだ未解明の元凶物質に辺境の安全を託す真似はできないよね。

 どれだけ増殖したところでオリハルコン槽を破れるとは思わないけれど、国の目が届きにくい辺地に不安要素を放置できない。


 そうでなくても増殖誘発特性は非公表案件として厳重に秘匿すると決まっている。兵器運用以外の実績を残す訳にもいかなかった。


「そうなると……、騎士と貴族に任せる他ないな」


 今回、騎士は王都周辺と直轄地の近隣を警戒したくらいで貢献はない。そうなると、配慮の必要もない。騎士の本分からは外れるけれど、陛下はそれを強制できる。


「魔物領域へ赴く事も少ない騎士団ですから、嫌がる者も多そうですね」

「だが、使える戦力が他にない。今回のような事態を避けるための施策と考えれば、貴族出身者が多いからと甘やかしている場合ではないだろう。ついでに従事態度を報告させれば、忠誠心を測る機会にもなる」


 物は言いようだね。

 私が旧騎士団を襲撃して以来、意識改革は進んでいると聞いている。なのに、ここに来て抜き打ちの査察があるらしい。第四、第九騎士隊くらいは多少の不満で済んだとして、他はどうだろうね?


 多分、あんまり態度が酷い場合は、経験を積んでくるって名目で軍へ長期出向させられる未来が待つ。


 もう一つの貴族への一任は、丸投げとも言い換えられた。

 不法投棄が決して行われないよう領主の責任でしっかり見張るか、分解槽を稼働させられるようにウーズ粘虫を集めるかの二択となる。

 労力が少なくて済むのは後者だけれど、実際にウーズ粘虫を拾いに行く領地所属の騎士や冒険者と信頼関係が築けていなければ、大きく戦力を削ぐ懸念が待っていた。それでも、前者を徹底するよりはずっと軽い難易度なのだけど。


「どんな采配するかを調査して、貴族の才覚を評価するつもりですか?」

「どうせなら、な。それで爵位を取り上げられる訳ではないが、今後の扱いの参考にはできるだろう」


 王太子殿下が即位する前に、貴族の権勢を削いでおきたいって目論見も見え隠れする。王家に協力的だったり有用な領地はその限りではないのだろうけれど、異常増殖の兵器化を熱望した貴族はおそらく牽制対象に入る。

 ウーズ粘虫を集めるって条件が、いつの間にやら無理難題に化けようとしていた。


 分解槽は既に稼働中で、その新技術を供与するって貢献も果たした私には関係のない話だろうから、増長している元第一王子派や暴走気味の元第二王子派は奇麗に掃除しておいてほしいところだね。

 面倒ごとの丸投げ(それ)が分解槽提供の対価なら破格かも。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 がたがた抜かす人達には、『お前を餌にして……』とでも言ったらいいかも。
汚い貴族の、大掃除よ〜〜
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