歪んだ功名心
何が契機になったのか、エッケンシュタインとエイシュバレーでの大量発生以降、各地で魔物の異常増殖が多発した。しかも、王国南東部に集中していた現象は徐々に北、西部にも広がりつつある。
これを受けてディーデリック陛下は緊急事態宣言を発令。
各町村で徹底した防衛手段を構築、安全が確保できない村には一時放棄を命じた。そこへ王国軍の主力であるオルカ、ウェイルに加えて、新造飛行列車のデルフィス、サンドゥを投入して広域警戒にあたっている。更に各地の地方守護師団基地には小型飛行艇ミノーを配備し、小隊単位での急行も可能となった。
ミノーは皇国での内戦勃発あたりから開発を進めていた新型で、闇魔法による影面走行を行なわず、重力制御による任意方向落下で移動する。影面走行と違って消費魔力が多いけれど、内部空間の拡張や貨物用の無動力車両といった余剰を省くことで消費量を抑えてある。
大型の飛行列車は皇国のキャスプ型航空機より機動性が劣りそうなので、その対策として設計をキャシーに依頼してあった。
それでも浮力を生み出すだけのキャスプ型の省魔力は優秀で継戦能力こそ劣るものの、操縦性は上を行く。皇国との関係が悪化した場合の備えだったけれど、投入する可能性は限りなく低くなった筈のものだった。
それが前倒しの実戦配備となって、ウォズがとても嬉しそうだったのは言うまでもない。戦地までミノー師団を運ぶ空母車両の開発にも着手している。
軍の警戒が本格化したことで、ミーティアの出撃頻度は減っていた。
元々協定を交わした南部領地を守るためものだったので、その範囲外で発生し始めた異常増殖には対応できない。善意であっても別領地への干渉は非難の対象となる。ミーティアに救援を求めて私へ借りを作るよりは、軍が機能しているなら国を頼ろうって貴族も少なくなかった。
だからって私が暇になる……なんて事はなく、増殖初期の群れや何らかの異常を発見した場合には調査に駆り出されている。何をもって異常と判断するかは個人の見解によるので、呼び出される頻度は多い。
転移鏡が使えない地点間の急行が増えて、移動時間の増加が私の生活を圧迫している。
それで現象の解明が進展したかというと、まるで進んでいない。
初めから闇の中を手探りで探している状態だったのに、探索範囲を広げて簡単に手掛かりを見つけられる筈もない。ラキ村の周辺で見つかったような不自然な魔物片すら発見できていなかった。
「ノースマーク伯爵、どうか俺を魔物討伐へ向かわせていただきたい!」
そんな状況に限って、面倒事が降ってくる。
声量を落とすことを知らない子爵令息が突撃してきたせいで、探索から戻ってミントティーの爽やかさに癒されていた私の心がささくれ立つ。
「ケームル様、その権限は私にありません。それでも戦いたいなら、一人で森へ入っては如何です? 運が良ければ何か見つかるかもしれませんよ」
言い方がきつくなるのは許してほしい。
目撃情報に振り回されて収穫なしのまま帰ってきて、この後に控えている執務のために気分を切り替えようと、鼻に抜ける清涼感を楽しんでいたところを台無しにされたんだから。
「俺はただ戦いたいのではない。戦果を挙げたいのだ!」
見習い騎士みたいなことを言う。
領主教育は受けても、武力で物事を判断しがちな根は変わっていないのかもだけど。
「同じ事です。現在の大群鎮圧は軍主導で行われています。そこへ呼ばれてもいない遊撃部隊が割って入ったところで、役割など与えられませんし、無理に介入すれば作戦を妨害したと糾弾されるだけです。手に入るのは功績ではなく叱責だけ、そんなものが欲しいですか?」
「だからこそ、伯爵へ頼みに来ているのです。魔導士なら軍へ口も利けるでしょう?」
「できませんよ。防衛の指揮を執っているライリーナ様は規律を重んじる方です。貴族の横槍を受け入れて、現場に混乱をもたらすような真似はしませんよ」
軍籍があると言っても非常用の超戦力。個人で戦局を変え得るから投入時には意見を聞き入れても、作戦に口出しできるような権限は与えられていない。あくまで人型兵器の扱いで、歴史を見てもただでさえ制御困難な超常魔法使いに不相応な権限を与えた例はなかった。
「だが、役割を分担すればよいではないですか。元々この周辺は我々で対処してきたのだから、せめてこれからも任せてもらえるよう交渉してほしい。……まさか、伯爵がこれ以上功績を上げないよう締め出されて……⁉」
「そんな事実はありません。私はこんな事で功績を上げようとも思っていませんし」
「――!」
はっきり否定すると、ショックそうな様子を見せた。どうも、そのあたりにこだわりがあるらしい。
「そもそも、役割を分担した結果が今ですよ。細かい取り決めをした訳ではありませんが、救援要請を受けた方が出撃する、それだけです」
「ならば何故、待機が続いているのだ⁉」
「現場の判断として、軍を頼っているからでしょう。そこに不満があるなら、私より貴方のお父様へどうぞ。この数日で二度、リジャ子爵領で襲撃がありましたけれど、私を頼らず軍へ連絡する判断を下したのは子爵ですから」
「ぐ、それは……」
活躍できる場を求めて出向してきたのに、そのタイミングで軍が出動する切っ掛けとなった同時発生が起こったのだから、当てが外れた気持ちも分からなくもない。しかも、到着したばかりでエイシュバレー遠征には関われなかった。
「しかし、それでは折角の活躍の機会に、何もできないまま終わってしまうではありませんか!」
「折角……?」
「そうです。帝国の目論見で起こった屍鬼の氾濫にも、帝国侵攻にも、俺は関われなかった。ワーフェル山での事件を俺が知ったのは全てが終わった後でしたし、貴族に名を連ねる俺は出兵にも加われなかった。国境に接していない小領地の後継候補の俺では、戦場で活躍できる機会なんてない。……だから、今回の異常発生の頻発は、俺が戦果を挙げる機会なのです!」
驚いた。
私にとって今回の事件は領民を守るために解決しなければならないもので、それで名前を売ろうなんて考えていない。大魔導士ってネームバリューがあるからミーティアの活躍は私のおかげだと恩を売れてるけれど、それが目的な訳じゃない。
命の失われた村。
あれを南ノースマークで引き起こす訳にはいかないし、救援を求められたなら手を貸すしかないと思う。
あの惨状を繰り返したくない一心で調査に繰り出す私には、決して理解できない交戦動機だった。功名心を否定する気はないけれど、リジャの村も危険に晒されたというのに自分の手柄に汲々とする心情は、理解したいとも思わない。
「分かりました。貴方を特例で防衛部隊に組み込めるよう、ライリーナ様と交渉してみましょう」
「本当ですか⁉」
だから、私はケームル氏との会話を打ち切った。
ノースマークで培った私の貴族感を押し付けるだけ無駄だと思えた。
事件の解決でなく魔物を狩ることだけ考えるなら、彼はここにいてもらわなくて構わない。大局を見られない人間は、一兵卒として扱った方が混乱も少ない。ライリーナ様は難色を示すかもだけど、貴族家出身で鼻持ちならない士官を戦況に影響の少ない末端仕事に従事させるのには慣れていると思う。
今は私も協力している体制にあるので、その私を煩わせる令息の受け入れ拒否はしないだろうって目算くらいはあった。
「ありがとうございます! 早速、移動の準備をしてきます」
移送にまで関知するつもりはない。都市間交通網でコールシュミットまで行けば、南部守護師団基地への便がある。私は魔力波通信機でライリーナ様へ一報入れておけばいい。
「……随分な態度でしたわね」
「そうでしょうか? 貴族子女としては珍しくないかと。特別扱いされて当然だと甘やかされるのが普通ですから」
意気揚々とケームル・リジャが去った後、黙って成り行きを見守っていたノーラとウォズが溜め息をこぼす。貴族の傲慢に失望してきたウォズの評価は辛い。
オーレリアは防衛軍の後方支援、キャシーとマーシャは小型飛行艇ミノーの調整にと今日も駆り出されて不在だった。特にキャシーは私達と同様子爵業務との兼任で、専用コントレイルに設置した転移鏡で行き来しながら多忙な日々を過ごしている。
社交もこなしつつのオーレリアは勿論、子育てと並行のマーシャも大変さでは負けていないだろうけど。
「彼等のように強さ……と言いますか、戦功を至上とする者達にとって魔導士は理想の存在で、貴族でもあるスカーレット様なら意図を汲んで彼にとって都合のいい環境を整えてくださるとでも妄信していたのかもしれませんね」
「その点で言えば、スカーレット様からお誘いになったのも勘違いの後押しだったのでしょう。憧れの大魔導士様に認められたとでも思った可能性が考えられますわ」
「うん、私が浅慮だったよね。人手が欲しかったのもあるけど、もっと人柄を調べてからにするべきだった」
カロネイア将軍や私、英雄譚の主人公が現実に存在するものだから、自分もと憧れる若者は意外と多い。それで研鑽を続けて高みを目指してくれるならいいけれど、簡単に後追いできると身の程を弁えないようでは困る。
才能は平等じゃないのに、貴族の血統って類似性にだけ着目して修練を怠るようでは決して成果に繋がらない。
ケームル・リジャの場合は鍛錬を敬遠する事こそなかったものの、努力は必ず成果に結びつくような錯誤が見られた。
それに、ヒエミ大戦が起こらなければ将軍が英雄視されることもなかったし、私が研究室に引き籠っていられたならここまでの評価を得ることもなかった。どちらも当人の与り知らないところで舞台が整えられていたもので、私達は望んで戦場へ飛び込んだ訳じゃない。英雄と謳われる活躍にはそうした運的要素も絡んでくるのだと、ケームル氏が分かっているようには思えなかった。
私的にはどう考えても不運で、できる事なら巻き込まれたくなかったのだけどね……。
彼と似ているだなんて、つくづくヘルムス皇子に申し訳ない誤解をしたものだと思う。
脳筋だと揶揄されて、その在り方が自分に相応しいと受け入れる快男児は難しいことを考えない代わりに、自分の立場も誇示しない。考え無しだと弁えた上で、信用できる人物を見極めて仕え、重用していた。決して余人にできる生き方じゃない。
「そもそもウォズが都合のいい顧客と考えていた時点で、思慮深い人物の筈がなかったね。高官の優秀さでリジャ子爵領が維持できていると言うなら、次期子爵として望まれているケームル氏は傀儡として最適って事だろうし」
「悪い人物ではないと思うのですがね。分からない事に無駄な注文は付けませんし、できもしない政務へ積極的に関わろうともしません。軍事面の充実にはこだわりがあるようですが、資金がないなら領民から搾り取れなどと無茶も言わないそうです。多少傲慢を拗らせているようにも見えましたが、貴族の令息としては軽微な方でしょう」
「お飾りとしては都合がよくて、弱点が明確で扱いやすいと言っているようにしか聞こえませんわ」
「まあ、その解釈でおおむね間違っていません」
叙爵以降、ウォズは貴族に対する配慮が減っていた。
これまでは一定の敬意を払って発言していたところ、当人に聞かれないなら多少の辛口評価は構わないと思っている節がある。実際、ここだけの話で終わるなら不敬に問いようもない訳だけど。
「それよりフラン、彼には監視を張り付けておいて」
「……お嬢様はリジャ子爵令息が何か問題を起こすとお考えですか?」
給仕に控えていたフランへ仕事を振ると、彼女にしては珍しく戸惑う様子を見せた。
ここまでのケームル氏への人物評には呆れがあるだけで、監視が要るほどの不安要素は話題に上らなかったからね。それと、領地から放り出した事でもう無関係だと、フランの中で完結していたとも考えられる。私への無礼に怒り心頭なのは伝わってきてたし。
「あくまで念のため、だよ。随分戦功にこだわっている様子だったから、必要以上に魔物領域奥地へ分け入って部隊を損耗させるかもしれないし、高位の魔物へ無謀に挑んで部隊を壊滅させるかもしれない。ライリーナ様に彼を押し付ける以上、問題を引き起こす可能性は排除しておかないと」
「確かに、忙しいわたくし達にこれ以上の面倒事は必要ありませんわね」
「分かりました。……万が一の場合は強引な制止が必要になる以上、レオーネ従士隊の何人かを下に就けても?」
「うーん、その方が無難かな。いいよ、オーレリアには私から話を通しておくから」
ノーラの意見には全力で同意するから、予防策で終わってほしいと切実に思う。
それならこのまま領内で飼い殺すって方法もあったけれど、これ以上あの大声に煩わされたくはなかった。あれで子爵令息なので、面会を求められたなら完全拒否は難しい。かと言って幽閉同然に扱うとリジャ子爵との関係がますます悪化してしまう。二代に亘る断絶状態までは望んでいなかった。
「それから、王家なら把握してるかもだけど、子爵領の状況は報告しておいた方がいいかもしれないね。もしかすると“執事”さんみたいな人を送り込むかもしれないし」
「この機会に王家にとって都合のいい貴族を作り出しておく可能性は十分に考えられますね。婚姻や子息の教育にまで関われるなら、数代に亘って影響を残せますから」
「スカーレット様は関わりませんの? 近隣貴族をこっそり従属させる機会でもありますわ」
「私はいいかな。リジャにそこまで興味もないし」
爵位が上がると責任も増える。伯爵位に相応しいだけの税収を目指して発展させなければいけなくなった。
旧エッケンシュタインみたいな特例は適用されない。
現状、領民の生活環境を向上させて税収は安定しているものの、絶対数が足りていない。おまけに、ある程度の頻度で国への貢献を示して同じ爵位内での発言力を獲得する必要もあった。
子爵領だった頃と違って、ウォルフ、エッケンシュタイン、ストラタス、ベールマンで構成する派閥の長になったから、周囲からの評価に無頓着って訳にもいかない。ノースマーク侯爵家やカロネイアとの友好関係を継続するためにも、それに見合った立場の構築を求められている。
南ノースマーク領だけでも大変なのに、この上属領を背負い込む余裕があるとは思えなかった。勿論、新興のノーラにも同じ事が言える。
実際のところ、魔物に煩わされている場合じゃないんだけどね。
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