二面作戦とその後
「ミーティア、出撃準備! 合流組は待機、今回は拙速を優先するよ!」
「お待ちください、お嬢様!」
号令のまま駆け出そうとした私だったけれど、それをベネットが止めた。
アシルちゃんはノーラに魔物の異常発生を伝えに来たとして、そう言えば一緒に現れた彼女の用向きを聞いていない。私のメイドって役職を離れたベネットがアシルちゃんの付き添いとは考え辛い。
「移動中のウォージス様から緊急連絡です! 皇国からの帰還中、エイシュバレー南方で移動する魔物の群れを偶然発見したそうです。既におびただしい数で、町を襲う可能性が高いと思われます。至急、ミーティアの派遣を望む……と!」
「――!」
同時⁉
まさかの事態だった。
可能性がないとは言わない。でも、数年に一度起きるかどうかの異常現象が重なるってどんな確率?
一体、この王国南部で何が起こっているの……⁉
……いや、原因の究明は後でいい。
今考えないといけないのは同時発生した魔物への対処。最悪に備えて、防衛も並行して考える必要がある。そうなると、南ノースマークを守る戦力は動かせない。
「スカーレット様……」
話を聞いた限り、緊急性が高いのはエイシュバレー子爵領の方。エッケンシュタインは後回しにされるかもしれないと察してノーラが不安そうな様子を見せた。
運用できる戦力が限定されている以上、命に優先順位をつけないといけない場合もある。
でも、今はまだその時じゃない。
「命令変更、ミーティアはエイシュバレー領へ急行して! エッケンシュタインへは私が行く!」
「スカーレット様……!」
「ノーラ、アルベルダに出せる戦力はある?」
「はい! 小規模ですが、援軍を求められた場合に備えて領都にはコントレイルを待機させておりますわ」
「じゃあ、転移鏡でアルベルダに移動後、その部隊と一緒にラキ村へ向かおう!」
南ノースマークとの境界の村へ向かうには迂遠な方法になるけれど、ウェルキンは調査地に停泊中で足がないから仕方ない。
本来なら、応援を軍へ要請するのが常道だとは思う。
でも、王国軍の出動には王城へ経緯を届ける必要があって手続きが煩雑となる。南部の状況は国全体で把握しているから優先的に派兵してくれるとは思うけれど、小村の防衛はその僅かな遅れが致命となる恐れがあった。
おまけに旧エッケンシュタイン領の兵備をおおむね引き継いでいるとはいえ、かつての領地防衛軍は瓦解状態だったので、現子爵領の戦力が整っているとは言い難い。
そもそも私の参戦は絶対的に禁止されている訳じゃない。冒険者や兵士に経験を積ませる目的で自重を求められてこそいるものの、村が壊滅するかもしれない事態を傍観しろとまでは言われていない。
それにノーラと私の仲は王国中が知るところだから、友人の領地へ駆けつける事をとやかく言われる筋合いなんてない。
同時発生の一方がエッケンシュタインだった点は、運が良かったと言える。
「それではスカーレット様、急ぎましょう!」
「うん!」
エイシュバレーの群れについてはウォズが監視を続けているって話だったから、ミーティアの戦力で不足するようなら連絡がもらえる。
私はエッケンシュタインの事態に集中しようとノーラに続いて駆けた。
……と、あわただしい出発にはなったものの、魔物の殲滅はあっという間に終わった。
異常繁殖状態の魔物を襲撃する場合、優先すべきは逃がさない事となる。少数でも討ち漏らしが出れば群れを再構築されてしまうし、集団が分散してしまう恐れもある。そうなると余計に被害が拡大しかねないので、先制は戦力を十分に揃えてから行なう。
ラキ村からの救援は、それだけの人員を集められないからのものだった。
魔物が続々と増殖している近くで安穏と生活できる筈もない。領主が援軍を送れないなら、村の放棄も視野に入れての連絡だった。旧エッケンシュタイン時代からの住人なので、悲壮な決意もあったのかもしれない。
そんな心配は必要ないくらいに事態はあっさり片付いた。
私の役目は魔法の障壁で群れを覆っただけ。どうあっても逃げられない状況を作ったなら、確実に魔物を駆逐すればいい。エッケンシュタインの兵士だけでも一時間強で全滅させられた。私の助力があって、兜角兎や牙蜥蜴に苦戦する筈もない。
彼等に役割を残そうと攻撃は控えたものの、あまりに一方的過ぎて今後の参考にはならない経験だったかもしれない。
被害はゼロで終わらせられて、ノーラからはとっても感謝されたけど。
「で、これって何だと思う?」
危機が去ったなら、その後は調査の時間となる。
異常繁殖の比較的初期の時点で事態を察知できた例はこれまでなかったので、何か見つけられるかもしれないと期待があった。ウォズから再度の救援要請が来る気配もないので調査に集中する。
そうして見つけたのが、大きな嘴だった。
「……ランフォリンクスのものですわね。欠けているのは牙蜥蜴に齧られたからでしょうか?」
「魔力って残ってる?」
「ええ、以前に見た個体と同程度には。けれど、異常は特に見受けられませんわ」
「それは私も、だね」
魔道具の素材を見慣れたノーラは難無く答えをくれた。
ランフォリンクスは長い尻尾と特徴的な形状の嘴を持つ亜竜の一種となる。
経時とともに失われる魔力がモヤモヤさんとして染み出ているだけで、異常な性状は見受けられない。亜竜の一部だけあってかなりの量の魔力を含有してるから、繁殖する際の魔力源にはなったと思う。
それでも、異常繁殖の切っ掛けだとは思えなかった。
おかしな点は別にある。
「どこからやって来たのでしょう……? 亜竜がこんなところに現れたなら、もっと大騒ぎになっていた筈ですわ」
「翼竜だからね。あの大きさの飛来を見落としたって事態もないだろうし」
もっと奥地に棲息する魔物で、その素材は高く売れるからと遠征に出る冒険者のおかげでそれなりに流通はしている。
夜間に飛べるような視界は持っていない。そして、人類圏に亜竜が現れれば、大量発生とはまた別の脅威となる。増殖が活発化する前に連絡をくれた村長がいるなら、翼竜出現の報告も上がっていたと思う。
「他の部位は魔物が食べ尽くした後……という訳ではないですわよね?」
「もしもそれだけの食料と魔力を得ていたなら、群れはもっと大きかったんじゃない?」
「はい、おそらく……」
「そうなると、ここに偶々落ちていた?」
あり得ない。
好んで嘴だけ持ち運ぶ魔物なんていない。携行食の文化を持つ魔物がいるなんて話も聞いたことがない。
「あまり考えたくはありませんが、人の手が加わっている可能性が出てきてしまいましたわね」
被害が南部に偏っている原因として、説得力を発揮してしまう発見だった。人為的か自然発生を利用したものか、未知だった現象が途端に悪意を帯びて伝わる。
「でも、誰が? これまでに魔物の大量発生が起こった地域を思えば、相当広範囲に広がっているよ。それだけの場所に魔物素材をばらまくなんて、かなりの人手が必要になる」
「そこまでの組織……ちょっと考えにくいですわね」
大勢を動員できる立場の人間として、真っ先に思いつくのは貴族になる。けれど、国中の注目を集めた状況下で暗躍するのは難しい。
ラキ村に近い今回は例外として、これまでに異常増殖が起こった場所はもっと奥地にあった。そんな生活圏の外への運搬能力を持った冒険者は魔物の警戒や周辺の巡回に協力してくれている。一か所二か所ならともかく、南部地方を網羅して素材を仕掛けられるだけの実行犯を用意できるとは思えなかった。
自領で特殊部隊を育成したのだとしても、そんな大勢を動員すれば酷く目立ってしまう。
「それに誰かの暗躍だとしても、目的が見えないよ」
「確かに……。何度も魔物災害を起こして、それで得るものがあるとは思えませんわ」
「強いて可能性を上げるなら、何かの実験かな?」
「もっと大きな魔物災害を起こすための布石ということでしょうか?」
「それにしては、制御できているようには見えないけどね」
国が潰れて得する貴族は存在しない。犯罪組織にしても、必要以上に国が荒れると存続が怪しくなる。起こすことができても制御不能な魔物災害なんかで利益を上げられるとは思えなかった。
「国へ損害を与えることだけを目的とするなら……、他国からの攻撃でしょうか?」
「どうだろ? 今の王国を敵に回そうって国があるかな?」
皇国の報復には早過ぎる。それ以前に、報復を目論むような気力は残していない。
「帝国に残った反王国勢力でしょうか? 理屈ではなく感情が王国との融和路線を拒んでいると聞きますけれど」
「ここまでの大規模作戦を実行するだけの余裕があるかな? 今の帝国政府は王国へ牙向くなんて絶対に看過できないから、国境の警備はかなりのものだと聞くよ」
「それなら海外勢力……は、それほど大人数を動員できませんね」
「うん、そこまで入国審査は甘くない」
皇国でのレゾナンス侯爵みたいな現地協力者を見繕おうにも、両ノースマークにエッケンシュタイン、コールシュミットにパリメーゼと、海側に国を裏切るような領主は配置されていない。
帝国の反王国勢力については完全に関与を否定できないから、調査の必要はあるだろうけど。
直接の原因でないにしても初めて見つかった手掛かりだから、国へ報告する必要がある。誰かの思惑が介在しているなら、どれだけ可能性が低い容疑者であっても虱潰しに調べると思う。
それでも、解決に近づけたとはまるで思えない発見だった。
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