リジャでの襲撃
何度も何度も申し訳ありません。
魔物の描写のために百足の産卵について調べたら、写真で気持ち悪くなって手が止まってしまいました。
どうしてそんなものを書こうと思ったのでしょう……?
動きがあったのはあれから三日後の事だった。
前回の氾濫から十日と少し、それまでの三回よりは間隔が空いたけど、それでも十分早い。かなり異常な状態にあるのは間違いなかった。
現場となったリジャ子爵領へ救援として出撃するミーティアには、私も同乗する。魔物への対処は軍属だけで十分だと思うけれど、現場の状況を確認しておきたかった。
確認されているのはゴブリンと黒妖犬。少数ながら、屍喰鼠、大百足なんかの目撃報告もある。
「これは……、酷いですね」
思わずウォズがそう呟いてしまうくらい、眼下の山林が黒く染まっていた。ミーティアからは、大量の黒い粒が蠢くように見えて気持ちが悪い。
可能な限り、私は参戦しないように王太子殿下から言われている。
地方領主の要請で魔導士をゴブリンや魔犬に対して投入した実績を作りたくないし、兵士で対応可能な場面にまで私が介入していたのでは軍の練度が低下する。
あまり好きな考え方ではないけれど、ここで起こる冒険者や兵士の死傷は、長期的に見るなら礎として国を強くする。こうして魔物災害が存在する以上、個人に頼った防備はできない。兵士が成長する機会を奪う訳にはいかなかった。
私に許されたのは、あくまで調査と現状確認。
それで私専用のウェルキンではなく、ミーティアに乗り合わせる事になった。主目的は魔物の駆逐ではなく、その後の辺境探索となる。
「お腹の大きい個体が多いですね……」
「過剰魔力を摂取すると、特殊な興奮状態になって交配が進むって話だからね」
妊娠中だから安静に、なんて思考は持っていない。むしろ、子を産むためにも更なる魔力を必要として高魔力体を襲う。
普段なら共食いも躊躇わないくらいには節操のない下等種なのだけれど、周囲全てが飢餓状態になってしまうとそれに当て嵌まらない。空腹状況と魔力の消費具合がほとんどイコールの魔物達なので、どの個体も魔力が枯渇寸前で餌としての前提を満たしていない。飢餓感に突き動かされるまま、群れの外にいる生物を襲う。
「村への襲撃が成功すれば胚胎している分だけ増えると思うと、恐ろしいですね」
「うん。おまけに、ああいった魔物って成長も吃驚するくらい速いから、母体から得た魔力を消費してあっという間に成体同然になる。繁殖が可能になるには数日必要だとしても、成長で魔力が枯渇するからすぐに獲物を求めるよ」
「確か……、飢餓状態となった魔物は、絶滅を避けるための本能で普段の倍以上の幼体を産むというお話でしたね……」
卵を側部に張り付けたまま疾走する大百足を目にしたフランが青い顔で言う。
普通の百足と違って、魔物の場合は五十個にも及ぶ卵を抱いて温めたりしない。卵の状態で側腹部に付着させたまま移動し、母体から供給する魔力が行き渡った個体から孵化していく。
その分一度に産む数は減っているのだけれど、それでもこの異常時には三十近い卵を数珠繋ぎにしていた。正直、直視したい光景じゃない。
確認されている種族の中で最も少ない多胎数のゴブリンでも常時で五、六匹。黒妖犬なら八から十匹。
今はその倍と考えると、ネズミ算も吃驚の繁殖力だよね。
「私達の目的は襲来する魔物の群勢じゃなくてその発生源となった場所の捜索だから、もっと先へ進もう」
「ええ、数による暴虐は厄介ですが、援軍の到着で盛り返しているようです。あの様子なら俺達が見守っていなくても、スライム防壁が破られる事はないでしょう」
ミーティアはこのまま空からの援護を続ける作戦となっている。私達は飛行ボードで群れの頭上を飛び越え、森へと降下した。
何の備えもなければ村の存亡も危うかったものの、私達が来るまで持ちこたえるだけの戦力は配備されてあったし、南ノースマーク軍の火力に抗えるだけの上位種もいない。
火炎竜素材を利用した威力特化の魔法小手が群れの一部を灰に変え、ガトリング砲がミンチを量産する。
どちらも今回のために用意した新型で、強化魔法小手は連射できなかった欠点を解消してある。ガトリング砲は弾丸を火薬による爆発力ではなく、魔法によって射出する新方式の試作品だった。戦場では弾薬の供給より魔力の調達の方が容易なので、風魔法によって爆圧を発生させ、ライフリングに沿って設置した加速魔法の仕組みが弾丸へ更なる推進力を与える。
大量の魔力を必要とする仕様変更だったので、当然どちらにもオリハルコンを活用してある。強化魔法小手は素材の都合で火属性しか生産していないから、耐性を持つ魔物がいた場合の魔導ガトリング砲だったけど、今回はオーバーキルだったかもしれないね。
「よおおおぉぉしっ! 活路は開けた! 切り込め‼」
高威力武器の轟音が途絶えた直後、それにも負けない大声が響き渡った。
大型火器で魔物を散らして、それで終わりにはならない。飢餓状態でも決して敵わない脅威は魔物の本能が避ける。竜にも等しい新型武器の威力を浴びせられた群勢がリジャの村を再び襲う事はないけれど、飢餓状態のまま森の中でオークやバジリスクを襲って魔力を補給した場合、もう一度群れを再生させる危険があった。人里まで辿りついているのだから、子供を襲うだけでも幼体を娩出してそれなりの被害を出す場合も考えられる。
そういった二次災害を防ぐためにも、魔物を少しでも減らしておかないといけない。
けれど、南ノースマーク軍の大型兵器は散り散りに逃げる魔物の殲滅に向いていない。試作機のガトリング砲は大重量で移動を想定していないし、山林で無計画に熱線を放てば山火事を起こして魔物以上の大災害になりかねない。
南ノースマーク軍も武器を杖や銃に持ち替えて、魔物を各個撃破する必要があった。
なので、突撃に移行する指示は間違っていない。
とは言え、魔物の遥か後方を飛ぶ私達にまで届く大声は求めていない。
「誰……、あれ?」
他領なので村人や冒険者まで把握していないけど、少なくとも私が引き連れてきた部隊にあんな声量の人物はいなかった。
「リジャ子爵の令息ではないですか? 長男が騎士志望で、家を継がせるために王都から呼び戻したものの、教育が行き届かなくて代替わりができないのだと聞いた覚えがあります」
「あー、子爵が年嵩だと思ったら、そんな理由があったんだね」
「ええ、戦場で名を馳せたカロネイア将軍やスカーレット様に憧れがあるみたいで、この事態に功績を上げようと辺境の村を巡っていたのでしょう」
それで襲撃の現場に居合わせたなら、運はいいのかもしれない。
この非常時に前線にいるとか、どこかの脳筋皇子を思い出すけれど。
「……でも、私そんな報告聞いてなかったよ?」
「ビーゲール商会にいた頃に面識があったので、個人的に入ってきた情報ですね。個人の武勇が戦局に影響を与えるような事態ではありませんから、報告はしませんでした」
「それはいいけど……、南ノースマークとリジャ子爵領の関係が悪化してからも親交が続いてたって事? ウォズにしては珍しいね」
そういう相手はドラスティックに切るのかと思ってたよ。
「俺がケームル・リジャの細かい事を考えない気質を知っていたのと……、将来的に顧客として期待が持てましたので」
「代替わりの後まで因縁を持ち越すほどの対立でもないからね」
「はい。本人もそのつもりだったのか、父親は父親だと考えているのか、ただ図太いだけなのか……、度々商談を持ち掛けてきました」
「騎士志望って話だったよね? なのに、代替わり後の発展が期待できたの?」
「それは……、どうでしょう?」
「うん?」
領地にお金がないなら商機は掴めない。
「そのあたりは領地運営を支える側近次第だと思っていますので。けれど、ガノーア元子爵の事件の賠償金を支払いながら、領地を傾けていない様子を見れば可能性もあるのではないか、と」
「随分と分の悪い賭けに出たね。令息に見どころがあったの?」
「当主になったなら、武器を揃えて領内の魔物殲滅に乗り出すのだと息巻いていました」
「えー……と」
解放した魔物領域へ入植する方法は魔導変換器を使って確立したので、戦力拡充の方針が間違っているとまでは言わない。でも話を聞く限り、戦いたいだけって印象が拭えない。
どう考えても生活可能域確保の方がついでだよね。
「武器の販路として期待できるって話は分かったけど、領地を支える側近が許すかな? ケームル令息が望んでも、周囲が常識的な範囲で止めるんじゃない?」
「それなら個人資産で賄うと思いますよ。冒険者としても優秀ですから、今でも一か月くらいダンジョンに潜って帰ってこないのだと子爵が嘆いていました。あくまでケームル氏が稼いだものなので、賠償金の支払い時には手を付けていないとも」
「そこも強運なんだ……」
ダンジョンって、狙って稼げる場所じゃないからね。そこでひと財産稼げるなら、運に加えて直感も冴え渡っている事になる。
ますますどこかの脳筋に似てるね。
「彼が軍備に糸目をつけない確信があります。何しろ十年近く前、学院生なのに装甲車を個人資産で買っていった姿はなかなか忘れられませんから」
「あー、うん。常識で測れないのは分かった」
将来的な商機に加えて、新型武器を餌に誘導すれば簡単に操れそうってウォズの目論見も。
それなのに後継に据えないといけないとか、ちょっとリジャ子爵に同情する。
「と言うか、兄弟とかいないの? どう考えても領主にしちゃいけない人物に聞こえるけど」
「弟のスペンス氏は研究肌で、これまた領地運営に興味がないそうですよ。後継教育にもまるで関心を示さず、まだ義務として領主になることを受け入れているケームル氏の方が期待を持てると聞いています」
そんなところまで皇族兄弟に似てるとか……。
「あ、そういえば、弟さんの事は私知ってたよ」
「ええ、コキオに研究室開設希望で申請書が出ていましたね」
選別の際に間違いなく読んだ。
優秀さとか研究内容の将来性とか以前に、貴族の直系は採用しない方針だから選択肢から外してあったけど。
そのあたりの採用基準は魔塔と違う。
可能性のある研究課題があるなら、自分の領地で取り組めばいい。その利益の種を引き抜いて領主に恨まれるのは面倒だし、親族も説得できないようなテーマなら出資する価値もない。
そうこう話している間に、目的地へ着いた。
襲撃された村落からおおよそ三十キロ程度の場所に発生源はあった。
「明らかにここ……ですね」
ウォズの言うとおり、見間違えようもない。
鬱蒼とした密林の中に、ぽっかりと空間が開けている。そこだけ何もなかった。
生き物も、その残骸も、草木すらも……。
「多分この周辺で、手当たり次第に消化可能なものを口にしたんだと思う。最初の時点では過剰発生した魔力を浴びているはずだから、共食いもあったのかもしれないね。けど、個体を増やすうちに全体が枯渇状態に陥った」
「そうなってしまうと、周りのものを食べても飢餓感は満たされない。……それで、魔力の気配を求めて移動した訳ですか」
草木だって少量の魔力は含有している。樹木を貪って足りるくらいなら、勢力圏を離れるリスクは侵さなかったと思う。ここを離れれば強い魔物もいるし、別の縄張りに侵入すればそこの群れと争いになる。
リスクを判断できるような理性が残っていなかったのも間違いない。
多少の危険は数の暴力で捕食できても、結果として人里を襲って軍隊に蹂躙されている。普段の魔物はそこまで短絡的に動かない。
「うーん……、これは困ったね」
「ええ、何か異常があったとしても、その痕跡は魔物のお腹の中……でしょう」
魔力を放出しきっていたとして、その大本を口にしなかったとは思えない。
「お腹を裂いたら何か残ってると思う?」
「あったとして、どの個体がそれか分かりませんよ。あの群れの全てを確認するのですか? それに、既に消化されている可能性の方が高いと思いますが」
「……だよね」
何かが見つかる確信があったなら、この異常事態解決のために解体を指示する意義もあった。でも、今回の場合はそれで成果を得る確率が低過ぎる。
おまけにかなりの数が焼滅して、それ以外も大多数が肉片に化けている。追討作戦に移行後も、魔物の損壊とか気にしているとも思えない。普段なら魔石や素材が冒険者の収入源であっても、討ち漏らしが誰かに危険をもたらすなら躊躇する余裕はない。それに、魔物の襲撃が現実となった時点でギルドから多額の追加報酬が出る契約となっている。
結局、最初の調査で明らかになったのは、現象の原因を調べるなら大量発生後の跡地ではなく、予兆の時点でなければならないって事だけだった。
その察知が難しいから跡地の調査に来たんだけどね。
「つまり、無駄足ってこと?」
「可能性を排除するのも調査のうち……と割り切るしかないのでは?」
分かっていても帰りの足取りは重かった。
今戻れば、この鬱憤を魔物にぶつけられるかな。
「新型武器の試運転もできたと考えれば、成果がなかった訳ではありません。気分を切り替えましょう」
「……そうだね。砲身への負荷を考えずにあそこまで連射した事ってなかったから、加速機構の損壊が心配かな。今回の試用で見つかった問題点を洗いなおせば、もっと発展させられるかもしれないし」
「不格好で可愛くないと、キャスリーン様からは不評でしたからね」
「機構自体が新機軸の上、今回の討伐に間に合わせるための急ごしらえだったから仕方ないよ。私も、もっと小型化させないと実用化は遠いと思う」
威力だけなら、従来型の火薬方式でも同程度かそれ以上のものを作れる。それを新方式で塗り替えようって話だから、楽に成し遂げられるとは思っていない。今回の実績も、遥か遠い道程に対するほんの一歩でしかなかった。
おかげで気分が少し上を向く。主に話を逸らせてくれたウォズの気遣いで、だけど。
研究の程遠さを思えば、現象解明の無収穫も、何も分からなかったって一歩には違いない。徒労だったなんて腐ってる暇はないね。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきますので、応援よろしくお願いします。