お散歩デート
キミア巨樹は今日も盛況だった。
葉っぱを散らすことがない代わりに、冬の間は茶色く萎れさせていた枝葉を再び茂らせ始めている。その様子が珍しいのか、最近では植物学者を名乗る人々も訪れるようになった。
どうも栄養を分け与えているみたいで、巨樹の周辺では草花も色鮮やかに咲き乱れて見ごたえがある。季節の変わり目に植えても開花時期に間に合うのだから、いろいろと意味が分からない。
そんな巨樹の振興具合を確認してからお屋敷へ戻る。放っておいても目立つ変異魔王種は今日も大人気だった。
往路は車だったけど、天気がいいので復路は歩き。
目についた“煌めき焼き”なるものを摘まみながら帰路を辿る。今日の約束は夕方からなので、散策の余裕くらいはあった。
「なんで煌めき?」
「巨樹に実る魔石にちなんだお菓子との事です。今日のように日差しが強いならキラキラと輝いていますから」
「へー、なるほど。……うん、味は悪くない」
前世で例えるなら、形状はベビーカステラに近い。
白く表面を焼き上げたそれを、色とりどりの飴でコーティングしてあった。甘さはかなり強めでもっちり。今度、お茶菓子に買ってきてもらうのもいいね。
見た目が鮮やかなので、盛り付けを工夫すればお客様にも出せる。
「色付けは食紅かな? 残念ながら、色で味の違いはないね」
「屋台で出すならそのあたりが限界ですね。元々、飴の味は差をつけにくいですから、これ以上の手間をかけると値段を下げられません」
「工夫次第じゃない? カステラの中にジャムを入れるとか」
ますます甘くなりそうだけど。
「……それはいいですね。飴に頼るよりいろいろな風味を試せそうです。使わせてもらっても?」
「いいけど、もしかしてウォズの立案だった?」
「いえ、俺は名物を作りたいと相談されただけです。構想自体は店主のものですよ。俺は、魔漿液を採集した後のスライム粉を色付けに提案しただけです」
再利用品だったらしい。スライムなら無味に決まってる。
スライムの残骸だから廃棄すれば土に還るけど、無駄を無くすのは悪いことじゃない。
先日の建国祭以来、キャシーとマーシャは武器の量産で忙しくしている。
魔物の異常発生はどこで起こるか予想できないから、広範囲で備えるしかない。ガノーア準男爵領をはじめとした周辺領地はいずれも小規模なので、戦力の提供を依頼された。伯爵になってもまだ新興の南ノースマークに外部派遣できるだけの兵力はないので、高威力武器の貸与で対応している。
本来なら反乱を警戒して、過剰の戦備は厳しく制限してあるものの、今回は非常事態なので許可も下りている。前例のない多量発生頻発は、王国を揺るがす事態として注視されていた。
その状況を利用する訳ではないけれど、指導したばかりの騎士学校に生かせないかとオーレリアも奔走している。
前線には出られなくても、終わりの見えない警戒は得難い経験となる。貴族側も人手を欲していた。
そうした影響で、今日の同行者はウォズだけとなった。
デートと呼んでもいいけれど、巨樹周辺の視察はもともとの予定として組まれていた。最近、このあたりで魔法を使ったような痕跡が報告されている。
「けれど、何もありませんでしたね」
「まあ、領主が来るとなったら警戒するだろうし、抑止力として働くなら意味はあるよ」
何か見つかるってほどの期待があった訳じゃない。今のところ被害は確認されておらず、不安を覚える観光客が増えているとの報告だったので、その解消が目的だった。
大魔導士の抑止効果は高い。
モヤモヤさんを目視できる私の眼でも、不審な魔素の動きは察知できなかった。少なくとも設置型の魔道具が仕掛けられていないってだけでも収穫と言える。
建国祭の後でお父様達には婚約者としてウォズを改めて紹介したし、貴族同士の結婚になるので爵位を統合する手続きも行なった。王族の許可を得る必要があったから、叙爵翌日の手続きは初だとアドラクシア殿下には呆れられたけど。
とは言え、おおむねこの婚約話は好意的に捉えられている。
いつまでも結婚する気配が感じられなかった私が婚姻を決めたなら、周囲の貴族も安心できるんだとか。物理的にも権威的にも強要が難しい上に、これと決めたら考えを曲げない私が選んだ相手によっては、貴族関係を揺るがしかねないと王家含めて大勢が不安を覚えていたらしい。
その点、新興貴族なら派閥に影響しない。ウォズと私の関係が強固なのは今更だしね。
ちなみに私が選んだのがウォズだと知って、お父様は天に感謝を示すくらいに安心していた。
大袈裟だと呆れたら、それだけ深刻だったのだと返された。なんでも、私が信頼と認識していたこれまでの関係は、貴族からすると熟年の夫婦でもなかなか見られないほどの絆だったらしい。同性のオーレリア達なら微笑ましいで済んでも、ウォズが相手となると、距離感どころか私の頭がおかしいレベルだったのだとか。
そんな状態なのに婚約を結ぼうとしないのはウォズの身分が問題で、彼への恋情を隠そうともしないまま、書類上だけの夫を迎えようとしているのだと思われていたって話だから笑えない。
王国の歴史では前例がない訳じゃなくても、醜聞には違いない。私情的な問題を私へ面と向かって批判する命知らずの貴族がいなかっただけで、徐々に評判は下降していた。
普通の令嬢ならはしたないと誹りを受けても、功績がいっぱいあるから私の場合は非難しにくいって事情もあったらしい。その分、口撃はウォズへ向いていた。
ウォズは笑って許してくれたけど、随分と迷惑をかけていたと思う。
お母様からはたっぷりお小言をもらったよ……。
「ご婚約おめでとうございます、領主様」
「ウォージス様も、よかったですね」
「お祝いに、映写晶で今日のお姿を残しませんか?」
「相変わらず仲がよろしいですね。お幸せそうで何よりです」
二人で歩いていると、いろいろな人が祝福してくれる。公式な発表はまだだけど、いつの間にやらすっかり広まっていた。
さっきの煌めき焼きも、買おうとしたらお祝いにって貰ったものだった。
カミンとオーレリアみたいに、大々的な婚約式を行う予定はない。あれはカミンの成人を待つオーレリアの婚期が遅れるからっていうのが一番の理由で、貴族としての必須じゃない。侯爵家と戦征伯家、大貴族同士の縁組を喧伝する目的も大きかった。あれだけ派手に周知したのだから、割って入ってくるなと牽制してある。
私は伯爵であっても新興だし、世間的にウォズは平民上がり、私達の場合はかえって悪印象を与えかねない。
もうすぐ成人の私達はいつだって結婚できるし、邪魔しようって命知らずがいるなら処せばいい。コキオの人々はこうして祝福してくれてる訳だから、これ以上大袈裟にする必要はないと思ってる。
そもそも、街を歩く私とウォズの距離感は変わっていない。
手を繋いだり、過剰なスキンシップなんてない。勿論、人前でキスだなんてとんでもない。
前世の恋人同士なら普通であっても、貴族の行動としては印象が悪い。反スカーレット派は今でも健在だし、短期間での陞爵を快く思っていない貴族も多いので、突かれる隙は作らない方がいい。
……無自覚に破廉恥な婚活を繰り返しておきながら今更って話だけども。
貴族の人前でのイチャつきは賛美が基本。
相手がどれだけ素晴らしいか。恋人のどんなところを愛しているか。一緒にいるだけでどんなに幸せなのか。思いの丈を言葉で重ねる。語彙を凝らす分には咎めを受けない。
ウチのお父様がいい例で、ふとした拍子のお母様の仕草がとても可愛らしかった……なんて惚気が公の場でも自然と漏れる。ディーデリック陛下も知っているくらいだから、本当に場所を選んでいない。
けれど、それで悪評が立つ、なんて事はない。
聞き飽きたり呆れたり、疎ましく思う事はあっても、ほとんどの場合で好意的に受け取られる。貴族の夫婦が険悪になると実家や周囲を巻き込むから、夫婦仲が円満な主張に文句なんてない。
うん、私にはハードルが高いかな。
「あ。そういえば、ウォズに渡すものがあったんだった」
「俺に、ですか?」
「うん。織物工房の見学に行った時、ウォズに似合いそうだなって」
「工房……もしかして、皇国の文化を取り入れる話ですか?」
「そう、それ。南ノースマークの水準を確認しておこうと思って」
買ってきたのは濃灰色の布地に金糸で羽根を広げた鶫を刺繍したブックカバーだった。サイズはちょっと小振りで、ウォズが普段使いしているメモ帳に丁度いい。
早速装着してもらうと、途端に高級感が増した。
「あ、ありがとうございます……」
「お礼はいいよ。貴族になったんだから、見た目にも気を使わないと」
こう言っておかないと、どこかへ出かけるたびに贈り物が用意されてしまう気がしてる。
「見た目……、服や靴は整えましたが、小物までは気が回っていませんでした」
「仕方ないかな。実用には問題ないから特にだね」
「……そうなると、これに合うペンも揃えなければなりませんね」
「そっちはいいのが見当たらなかったから、自分で適当にお願い」
目についたからってのは本当で、私がウォズをコーディネートしたい訳じゃない。そこまでセンスに自信もないし。
実のところ、こうしている間にもどこかの村が魔物に襲われるんじゃないかって不安はあった。魔物の氾濫自体偶発でしか起こらない現象だけど、四度も続くと次もあるって確信できた。
何か異変が見つかるかもと訪れた襲撃現場は、惨憺たる有様だった。
敵国や盗賊の襲撃と違って、生き残りの気配がない。人間ばかりか家畜やペット、ネズミみたいな害獣すら喰い尽くされていた。異常な繁殖で餌や魔力が不足するのだと知識では知っていたけれど、飛び散った血まで舐めとった跡があるのは衝撃だった。
自然が引き起こしたもので、魔物も生きるのに必死なのは分かる。
それでも、あそこまで何もかもがなくなってしまうと心が重くなる。食欲より魔力の補給が危急なので、動物なら好んで口に入れようとしない髪の毛までもが残っていない。建物への被害は比較的少ないのに、魔石を得る目的で魔道具はことごとく叩き壊してあった。
ああいうのを見ると、どこまで行っても魔物は人間の敵なのだと思い知ってしまう。
何らかの理由で魔物が異常繁殖するといっても、それほど高位の魔物は発生しない。高魔力源があるからと、急な増殖を起こすのは低級の魔物に限られる。
ナイトロン戦士国で出現したゼルト粘体がいい例だね。
ダンジョン核から無尽蔵の魔力供給があっても、粘菌型の魔物がその数を増やしただけだった。過剰な魔力を得ただけで、上位種に進化できるほど単純でもない。
そういったある程度弱い魔物でも、寄り集まったなら脅威となる。
人間は高魔力を含有する割には魔法の才能に差があるので、戦える人間は限られる。強固な防壁でもなければ防衛は難しい。
魔物への対策を考えてあっても、異常発生となるとその備えをあっさり飛び越えてしまう。
魔物の大量発生を恐れて開拓を諦める、なんて考えは生まないくらいには稀な現象だった筈なのに……。
とは言え、大量増殖した魔物はそれほど広範囲に広がれない。多少は拡散しても、徐々に高位の魔物に捕食されて終息する場合が多い。飢餓状態のせいで群れるってほど連携した勢力拡大はできないから、異常な状況は長く続かない。
私達が知らないところで起きる異常発生もある筈だし、運良く人里到達前に駆逐される場合もある。
それでも、自然の脅威の前に人間は弱者側なのが悲しい現実だった。
あんな悲劇はこれ以上起こしてはいけないと、各所に通信機を設置して異変を伝える体制は整えた。鉱化スライム片を利用して、恐怖や救命、強い感情を遠方に届ける魔道具も作った。混乱で通信機が使えない状況でも役立つと思う。ギルドは特例として南部の冒険者を増員したし、キャシーとマーシャが頑張ってくれているから山村の戦力も向上している。土塁が間に合わないなら、スライム防壁も提供した。
でも、完璧な備えなんてない。
大量発生自体が異常な状態なんだから、その増殖量も場所も予想できない。
原因不明の魔力溜まりが発端なので、臨界魔法を撃ち込んで終わりってほど単純にもいかなかった。
きっと、不安に震える人は大勢いると思う。中には近隣の町へ避難を決めた村もあるらしい。それで安全は確保できても、今度は生活への懸念が残る。
南ノースマークはともかく、急な戦力増強を強いられたガノーアやリジャに、避難民へ十分な補償を行なう余裕はない。
「大丈夫です、スカーレット様」
「え?」
「俺達は必ず、次の魔物襲撃を食い止められます。それに、異常な事態が続く以上は、そこに何かの原因がある筈です。スカーレット様ならそれを突き止め、この事態を解決できると俺は信じています……!」
「あ……」
お屋敷が見えたところで、ウォズが強い調子で言い切った。私の中で渦巻いていた不安を、吹き飛ばしてくれる。
壊滅した町村を目の当たりにして、私は思った以上に打ちのめされていたらしい。
けれど考えてみれば当たり前の話で、おかしな状況には必ず原因がある。魔物の急増殖は魔力異常が原因として、それが続く理由は? ……今のところ、分からない。
でも、糸口はきっとある。
こうした状況に加えて、既に大勢が魔物被害で亡くなっていることを思えば、暢気に恋人と散歩する私を非難する声もあるかもしれない。
けれど、私は普段通りに過ごすと決めた。
第一、魔物の氾濫はいつ起こるかわからない。常に気を張っていたのでは擦り切れてしまう。それに、私が死者を悼んだところで事態は好転しない。私が重荷に感じるほど身近な誰かが亡くなった訳でもない。私が塞ぎ込むくらいなら、いつでも平静に指示を出せる精神状態を保ったほうがいい。
そう決めたんだから、貫かないと……だね。
「私、頑張るよ」
「はい……!」
支えられていた事に感謝して、お屋敷への道を急いだ。
完璧はない。なら、少しでも近づけるようにできる限りで足搔こう。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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