表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

661/681

祝賀会での三つの話題

「世代を重ねるだけで精一杯であったウォルフ領に望外の機会をいただけた事、感謝いたします。このご恩は今後の発展に協力する事で報いる所存です」

「この貢献で、エッケンシュタインの悪名を少しでも雪げたならば幸いです。改めて拝領いただいた地を皆様と共に発展させる事で、信用を勝ち取りたいと思いますわ」

「ノースマーク伯爵の躍進を支え、発展の礎となる事をここでお約束いたします。そして、ストラタスが先進都市と各地を結ぶ懸け橋となりましょう」


 私に続いてキャシー、ノーラ、ウォズが褒賞に対する宣誓をそれぞれ声にする。その後、優秀な次世代達に支えられながら明るい未来へ邁進するのだと、アドラクシア殿下が決意を表明して建国祭は幕を閉じた。


 私達に対しては称賛と同時に嫉妬や警戒の視線もあったものの、式典の最中にそれを露わにする貴族はいない。王国の聖剣を誇示したり、人工ダンジョンについて公式発表したりと、全体的には成功と受け取られたらしい。多くの貴族が満足そうに祭事場を出ていった。

 これで式典自体は終わりになるけれど、これから祝賀会が予定されている。深夜が回ってなお、行程は終わらない。


 しかも、私達は祝賀会までの待ち時間に正式な爵位の授与式が待っていた。

 理由は明快、祭主を務めたアドラクシア殿下に爵位を授ける権利がないから。近い即位を印象付ける事を優先したせいで、実のところは国中の貴族へ通達しただけに終わっていた。

 二度手間ではあるけれど陛下立会いの下、略式の典儀を執り行う。

 流石に予定が詰まっているのと、既に感謝と決意は述べたので、陛下から印章を受け取っただけ。


 子爵となった際に授けられたのとは別のもので、新しい爵位の格に合った素材に変わる。偽造防止で組成は公表されていないけれど、暗い灰色から光沢ある銀色へと変更された。これが今後、爵位の証となる。

 ちなみにデザインは変わらない。

 新しく自分達を象徴する紋様を考えたノーラとウォズは、ペンと本、羽根と帆をイメージした印章を手にしていた。


 おそらくノーラは構成素材を一目で看破しているんだろうけど、国の機密を漏らすような真似はしない。私もわざわざ知りたいと思わないし。


 そうして面倒な授与式を終わらせた後、私達には着替える必要があった。

 本気で建国祭の内容を見直すべきだと思う。

 男性は式典と同じシックな礼服での出席が認められているのに、祝賀会での女性は華やかさを求められる。髪型まで整え直す時間はなかったものの、私も赤のロングドレスに薄手で黒のレース上衣を羽織り、皇国で貰った扇子を手に会場へ向かう。

 どう対応したって皇国での活動は話題に上るから、文化方面へ誘導するための道具を持っておく。対外的には竜災害に遭った事になっていて、私一人との戦争に敗北した皇国の内情を明かせる訳がない。


「聞きましたぞ、伯爵。皇国の剛盾は卿に手も足も出なかったそうですな。格が違うのだと鼻が高かったです」

「比べるだけ失礼というものでしょう。こちらは国の危機を救い、帝国へも攻め込んで多大な戦果を挙げた本物の英雄、内乱を鎮圧するばかりの皇国魔導士とは事情が違います」


 グラスキー子爵が私を持ち上げれば、ミューマ伯爵がそれに追随する。二人ともリデュース辺境領に近接する貴族で、二十年前に実効支配を目論んだ皇国軍と接している分敵愾心も強い。


 勿論私は、塵灰のオイゲン騎士隊長も丸焼きにしかけたなんて事実は口元と一緒に隠して別の話題を口にする。


「けれど、今回の件で見識の狭さを痛感したフェリックス皇王は、争うより競い合う事で発展を促したいと方針を転換したそうですよ。ディーデリック陛下も賛成しておられました。あの国の良い部分は是非とも取り入れたい、と」

「そ、そうなのか……」

「スカーレット様、その良い部分というのは、貴女がお持ちの素晴らしい意匠も入るのでしょうか?」

「勿論です、ミューマ伯爵夫人。あちらの職人の腕は本当に素晴らしく、街を歩けばこのような細工がいくつも目に止まりました」

「まあ……!」


 皇国で贈られた扇子は決して高価な素材を用いたものではないけれど、刺繍や飾りつけの細やかさ、深みのある色合いが華やかな印象を生んでいる。持ち手部分の漆塗りも、同じ黒なのにリュクスの色とは趣が異なっていた。

 私が赤を好むからと様々な暖色で織られた扇面を開けば、鳳凰が翼を広げるように見える。


 お洒落を好むミューマ伯爵夫人なら、このセンスを気に入ってくれると思ったよ。


 建国祭の後なので、大抵夫婦がセットで行動する。娘や親族の女性を連れていたり、個人で参加したりって独り身以外はしないから、夫人の心さえ掴んでしまえば旦那さんは口を挟めない。

 新しい文化の前に、どっちの魔導士が強いかなんて話題は無価値だよね。


「これだけの品となると……、職人の育成は十年あっても難しいですわね」

「はい。根拠なく歴史を誇る皇国貴族の気質は理解できなくても、こうした工芸はあの国の歴史あってのものだと思います。反面、あまり評価されていないのが残念ではありましたね」

「……つまり、王国に取り入れる余地はあるとスカーレット様は思うのですね?」

「ええ、倣う価値はあると思っています。それこそ、競い合うという事でしょう?」


 真似る、とは言わない。

 皇国ほどでなくても自国への矜持はある。あくまで良いものを参考に、王国の新しい芸術分野を立ち上げる。

 現時点で自国以外の文化を見下す皇国貴族にはできない考え方だろうね。


「ところで伯爵? その扇子をいただく訳には……」


 祝賀会開始の時点から私の扇子に注目していたのか、話を聞きつけたガッターマン伯爵夫人が割って入ってきた。


「申し訳ありません、夫人。これは向こうの友人からの贈り物ですから、差し上げられません。しかし、ストラタス商会が芸術性の高い品をいくつか仕入れていましたから、夫人のお気に入りも見つかるかもしれませんよ」

「それは素晴らしいわ!」


 賠償金代わりに皇国から巻き上げたとも言うけどね。

 公式には私と戦争したなんて事実はないから、技術供与に感謝した皇国からの贈り物って事になっている。ちょっと洒落にならない量の。


 こうして奥様達を紹介するのは、ウォズの為でもあった。これまではストラタス商会が取り扱う品で商機を開拓すればよかったけれど、貴族となった以上は人脈を広げる必要性もある。

 顧客が望む商品を届けるだけでなく、希望の商品を取り扱う商会と貴族を中継するのも、これからのウォズの仕事になっていくだろうね。


「ミューマ領へも是非お願いします。新しい男爵さんともお話してみたいわ」


 そうでなくても私と繋がりの深い商会なので、その会頭のまま叙爵したウォズには注目が集まっているようだった。


 皇国関連で情報を望まれる私の他、ウォズの周りにも人集りができていた。シャクマ鉱をはじめとした固有素材の入手経路を構築しているのではないかと探りを入れられている。当然、貴族らしく対応できるかって試しも込みで。

 人工ダンジョン関連では、キャシーとノーラが質問攻めに遭っていた。特にノーラはエッケンシュタインにもダンジョンがあるので、人工製に切り替えるのかって関心を生む。


「ダンジョンにはまだまだ未知の部分が眠っていると考えております。人工ダンジョンで再現できたのは解明できた部分だけですから、更に可能性を広げるためにも、未踏破ダンジョンは一層の探索が必要だと思いますわ」


 彼女の回答は私も同意できるものだったけど、他のダンジョン保有貴族の反応は鈍い。ウェスタダンジョンには王国軍を動員して、岩石竜(ロックドラゴン)討伐には私が呼ばれたように、領主が実行できる部分には限界があるからね。冒険者の招集にもお金がかかるのに、リターンの保証はない。

 一方で、オリハルコンが見つかったみたいに新しい発見があるかもと考えれば、放置するって選択もない。領主としてはどこまで投資したものか悩ましい構造物だと思う。


 エッケンシュタインの深層ダンジョンの場合は私が拡張したものなので、探索したからって未知の何かが見つかるかどうかは疑わしい気もするけれど。


 皇国と人工ダンジョン、祝賀会での中心となった話題はもう一つあった。ただし、こちらは決しておめでたい話題じゃない。そして、私とも無関係ではいられなかったらしい。


「ノースマーク伯爵、少しよろしいでしょうか?」


 やって来たのはガノーア準男爵。

 深刻というか、陰鬱そうな様子に、私を囲んでいた奥様方も空気を読んで去っていく。


 他領で起きた事件だったので公式に帰国するまで私も知らなかった話なのだけれど、王国の南側で魔物の大量発生が散発していたらしい。エイシュバレー近郊での発生を皮切りに、この一か月で既に四度もの湧出が起きた。


「伯爵に頼み事ができるような立場にないのは分かっておりますが、どうか我が領地を守っていただけませんか?」


 そう言って頭を下げる準男爵の先代とは因縁がある。

 港のある領地を治めたいって意味不明の動機で、タウゾ・ガノーア前子爵は私の領地へ攻撃を仕掛けてきた。

 兵士を盗賊に偽装して南ノースマークの村を襲わせた当時の領主は処刑、家を引き継いだ彼の孫は爵位を準男爵まで落として、領都を除いたほとんどの土地は南ノースマーク領へ併呑されたのだけど、それで遺恨がなくなったとは言ってあげられない。処罰後も領地間の交流は断絶状態にあった。


 もっとも、隣人を惨殺された領民感情に沿っているだけで、現当主であるアツィラス・ガノーア準男爵に私個人が思う事はない。

 魔物の大量発生は予兆の見極めが困難で、ある程度の魔素濃度がある僻地なら何処で起きても不思議はない。規模によっては国の危機ともなり得るのだから、この危急に過去の因縁を持ち出そうとは思えなかった。


「どういった支援を望まれるのでしょう?」

「助けて、いただけるのですか……?」


 悪逆子爵を祖父に持つ彼からすると、私は最も頼れる近隣領主であると同時に、決して頼ってはいけない相手だっただろうから気持ちは分かる。


「過去の全てを水に流すとは言ってあげられません。けれど、自然の脅威に協力できないほど薄情にもなれませんから」

「……ありがとう、ございます」


 ここで私に声を掛けようって時点で相当の決意を必要としただろうしね。

 祝賀会の後で内々に話を持ってくるのではなく、人目のあるこの会場で因縁ある私へ接触してきたその誠意は評価できる。


 そもそも建国祭への出席自体、コントレイルで領地を空ける時間が最低限にできるから叶っただけで、そうでなければ軍隊を統率して警戒に当たっていたんじゃないかな。南ノースマークに使者を受け入れてもらえる筈もないから、救援も呼べなかった。

 かなり追い詰められていた様子で、顔色は青白く生気に欠け、配偶者も連れずに個人での参加だった。私への懇願に全てを賭けたのかもしれない。


「それなら、僕の領地もお助けください!」

「俺もです。どうか、防衛のご協力を……!」


 ここぞとばかりに便乗してきたのは、リジャ子爵とカーギー男爵。タウゾ・ガノーアが事件を起こした際、彼の側に付いた領主の次代だった。調子がいいとは思うけれど、拒絶するほどの恨みはない。

 この三領地を除いた周辺貴族との間では防衛態勢を整えつつあると、ベネットから報告を受けている。


 偶発的に起こる筈なのに、エイシュバレーの大量発生以来、徐々に南東へ発生地点を移しながら散発を続けている異様さに不審を覚えながら、ガノーア準男爵達との協力を約束した。

 既に五つの村と一つの街が壊滅していて、これ以上の惨劇は起こしたくない。

うーん……。

今回も木曜更新に間に合いませんでした。ゴメンナサイ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お忙しい中更新いただきありがとうございました。 またどこぞのテロリストが蠢いているのか…… 次回更新もお待ちしています。 猛暑続きですので、十分ご体調にはお気をつけくださいませ。
南ノースマークを攻撃するとき、子爵に入れ知恵した誰かがやってるだろ。そんな都合良く周辺地域だけ魔物がポコポコ出てくるとも思えない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ