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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
1年生編

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水じゃなかった

 漸く研究室生活に戻った。


 と言うか、既に1か月が経過してるけど。

 お父様達もとっくに領地に戻って、弟成分もすっかり枯渇したよ。


 この1か月、特に何も起きていない。魔塔絡みで何かあるかもと身構えてたけど、思ったより大人しい。

 第5塔の噂はすっかり貴族間に浸透した。あの2人、思った通り、他でもいろいろやらかしてたみたいで、尾鰭背鰭がたくさんついて、2人揃って笑い者になっている。仕返しに、ノースマークのある事ない事言って回ろうとしたみたいだけど、相手にされなかったらしい。

 裏口採用の件で、導師は法務大臣に呼び出されたとも聞いた。こちらは管理見直しの徹底を勧告されたくらいで、今のところ大事にはなっていない。でも、腹の内は煮え繰り返ってると思うんだよね。

 きっと動きがあるだろうと思って情報は集めてもらってる。この件、お父様に任せられて、王都邸詰めの人員を動かせるから、逐一報告が上がる体制を作った。バカバカし過ぎて話が通じる相手じゃなかったけど、報復行動まで愚かとは限らないからね。

 もっと短絡的に何かしてくるかと思ったけど、意外に動きが無くて少し不気味なくらい。まあ、何があっても対応できるようにしておこう。


 研究の方は順調に進んでる。

 分割付与の基礎研究はひと段落して、後はほとんどビーゲール商会や軍に投げたし、小型魔導変換器と新しいポーションは烏木の牙の報告待ち。属性変換の回路も少しずつ形になってきてる。


 新しい発見はないけど、それはここまでが出来過ぎだっただけ。新技術なんて、そうポンポン出てくるものじゃない。

 そんな訳で、程々の忙しさで済んでいるよ。

 私は学院内の交流の方が忙しいくらい。軍や魔塔に接触したことが伝わって、自分も何とか利を得ようと近付いて来る人が増えたからね。


 学院の研究室としては、これが自然な在り方だと思う。本来、室長が率先して実験するような、本格的な研究の筈じゃないからね。他の研究室はもっと緩いんだよ。

 研究を楽しんでると忘れそうになるけど、学院の目的は学生同士の交流だしね。


 でも、私個人としては煮詰まってます。


 モヤモヤさん掃除機の改良、つまり、効果範囲をもっと広げたいんだけど、これがうまくいっていない。


 魔石の純度を上げて出力を増大させるんじゃなくて、装置に出力増幅機能を持たせたい。それなら他にも応用が利くと思うし、何より安価に製作できる。

 たくさん作れば、国中綺麗にできるかもしれないからね。


 多重付与、分割付与問わず、いろいろ試したけどまだ先は暗い。付与関係の書物も嫌ってくらい読んだけど、現状を打開できるヒントは見つからなかった。

 まあ、これがホイホイできるようなら、誰かが魔導変換炉を改良してただろうけど。


「レティ、何をしてるんですか?」


 騎士団の訓練から戻ったオーレリアが疑問に思うのは無理もない。


 私の前ではスライム達がくるくる回ってる。


「んー、気分転換」

「つまり、またうまく進んでないんですね」


 実験台には付与の失敗作がいくつも転がってる。

 あんまり失敗が続くものだから、最近は、付与の初期化とかできるようになったよ。普通は付与術式を消して、魔力を吸引する専門の装置を使うんだけど、自分の魔力なら吸収もできる。付与基盤に触れながら、消えろとイメージするだけ。

 ウォズ曰く、熟練の職人技術らしいけど。

 私の魔力操作がデタラメなのは、今更だよね。


「こうして見るとスライムも少し可愛いですね」


 和んでくれたなら何よりです。

 ただの思い付きで、特に意味とかないからね。


 ロータリーエバポレーターって機器がある。新しいポーション作ってた時に導入したんだけど、基質を減圧しながら、低温加熱で蒸発させて、液体を回収する機械。

 主に実験室で使うものだけど、これで回収したトマトの水分だけを料理に使うってところ、前世で見た事がある。旨味や栄養、捨ててない?


 突沸を防ぐ為に、フラスコを回しながら熱を掛けるんだけど、今はそこに、赤、白、黄色のスライムが詰まって、コロコロ転がっている。


 新年のお祭りで釣ってきたやつ。

 水気の多いところに置いておくと長生きしやすいって聞いたから、水を少し入れた水槽に住ませていたら、水を吸ってブクブク膨らんでいた。


「レティのスライムは今日も元気ですね、お祭りのスライムって、あまり長生きしないって聞いていたのですけど」

「スライムの育成には環境が、環境が大事って聞いた事がありますけど、よっぽどここが気に入ったのでしょうか?」


 実験結果をまとめていたマーシャも話に加わってきたけど、実は私、その答えを知っている。


「これでも魔物だからね、ここは魔素や魔力を扱ってるから、居心地がいいんじゃない?」

「なるほど、そうですね」


 嘘でもないけど、本当のところは言ってない。ごめんね。


 スライムは虫や小動物を食べるとされてるけど、それ以上に魔素を好むんだよね。多分、ファンタジーでしか説明できない不思議な体を、魔力で支えてるんだと思う。


 丸い核とゼリー状の体で構成された単純な構造は、アメーバに近いけど、その生態はひどく不可解だったりする。何しろ、積極的に餌を求める行動をとらない。キャシー達が時々虫をあげてるけど、身体の大きさと摂取カロリーが明らかに釣り合っていない。

 水に沈めたままでも死なないし、容器を密閉してみたけど平気だった。呼吸もしてないみたい。遮光しても元気だったから光合成もない。緑色は釣れなかったしね。

 排泄もないから、摂取した虫がどこへ消えたかも謎です。

 核さえ無事なら、熱にも冷気にも衝撃にも耐える。

 水に浸かっていると欠落部分も戻るどころか、更に膨らむ。核だけ水に漬けても戻るんだから、滅茶苦茶だよね。水で再生できる細胞って何だろね?


 飼うのが難しいと言われてるのは、狭い空間に入れておくと、そこに在る以上は魔素の補充ができないから、身体を維持できなくなって死んでしまうんだと思う。

 ここの子達は、私がこっそりモヤモヤさんをあげてるから元気です。

 もしかしたら、魔素だけでも生きてるんじゃないかな。


 あまりにも不思議な生物だから、専門の研究者が学院にいたりする。魔塔では、スライムの生態なんて役に立たないって相手にされなかったらしいけど。

 リッター先生、遊びに行くとスライムについて熱く語ってくれる。

 最近では、スライムが生き物なのか、自然発生した魔道具みたいなものじゃないのか、真剣に悩んでた。魔物の中にはゴーレムとか、死霊とかいるからね。


 ちなみに、このスライム達は研究室のペットじゃない。

 害はなくても魔物だし、生き物の条件を満たしてるのかも疑問だから、皆も飼ってるつもりは無い。私が時々生態を調べて遊んでいるのと、無属性の魔石採取が目的なので、実験動物に近い。

 餌をあげてるのも、大きくなったら魔石の質が上がるといいなってくらいだしね。


「レティ様、このまま加熱したら、縮むでしょうか?」


 だから、キャシーがこんな事言っても、誰も可哀そうとか思わない。

 一部切り取って再生を試したのは私だけど、核を抉って水に漬けるってアイデア出したのはオーレリアだったかな。


 この研究室では、思いついたものはすぐ試す。

 減圧して低温加熱、なんてしない。直火で問題ないよね。痛覚ないし、炙るどころか、マーシャの火魔法でもケロッとしてたから今更かな。


「熱しても動きに変化がないから、あんまり面白くなかったですね」

「熱くて嫌がったりしませんからね。あ、でも、キャシーさんの言う通り、縮んできましたよ。形はそのままです」


 受け器側に液体が溜まっていくから、スライム濃縮は成功してる。

 回転を止めたら、加熱部分との接触面だけ縮むのかな?


 撹拌スイッチを切ってみようかと考えていたら、マーシャが叫んだ。


「れ、レティ様! こ、これ、これっ!?」


 彼女が指差してるのは、装置の温度計。

 簡易的に沸点が調べられるよう、登頂温度計が取付けてある。実際の沸点よりは少し低めの温度しか見えないんだけどね。


 マーシャは何を気にしてるんだろうと、私も温度計を見てみると―――え!? 120℃???


 これ、水じゃなかったの!?

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] スライムの性質、進化、およびカロリーまたは光合成エネルギーの代替としての魔法の力に関するこの理論化は興味深いものです。
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