怒りの鉄槌を振り下ろせ!
皇都カムランデでの最終確認を済ませた私は、ウェルキンへ戻った。現在、ウェルキンは聖地近くの森林地帯に停泊してある。皇国を離れる必要はあったものの、王都ワールスまで帰してしまうと侵攻が大変になるからね。
それからもう一つの理由として、竜の捕獲に都合が良かった。
使役の魔道具は使用者の魔力を登録した上で、対象の頭部に設置する必要がある。野生の魔物に対して遠隔で命令を伝えるような便利な魔道具には仕上がっていない。今後改良するかどうかは、技術的な課題を精査してからになる。
その為にも、今回の侵攻は丁度いい実験だった。国内で竜なんて率いていたら、間違いなく大混乱が起きる。いろんな人から叱られそうな実験はそうそうできない。
それと、竜の棲息数は多くない。
巨体で目立つと言っても、広大なソーヤ山脈で探すとなると手間がかかる。繁殖以外で群れる魔物じゃないから、数を揃えようと思ったら相当な労力が要る。
その点、デルヌーベン近くには比較的巣が集中していた。以前に訪れた際、複数匹に襲われたくらいだから他とは密集度合が違う。
「でも、これは集め過ぎじゃないかな?」
私の目の前には、二十体近くの竜が待機の命令に従って蹲っている。
五、六匹も集まればいいかな……と思っていた筈の群勢は、皇国どころかヒエミ大陸を焦土に変えられそうな凶悪な集団となっていた。
「旋風竜や雷閃竜だけでは属性に偏りがあるからと、オーレリア様が一日中探し回ったからだと思いますわ」
「高魔力種の竜には青い炎が有効だからって、見つけた端から凍らせて捕らえていたのはノーラだったよね?」
「皇国が最も恐れる深龍を従えられれば威嚇効果が高いからと、捜索範囲を指定したのはレティだったではありませんか。そのせいで竜が密集している地帯を発見したのですよ」
つまり、竜の捕獲に来た三人共が暴走した結果となる。
聖地デルヌーベンの近くを飛ぶだけでそれなりの危険を伴うので、自衛手段の乏しいキャシーとマーシャはコキオで留守番してくれている。なるべくいろんな竜に魔道具を試してほしいと言っていたのはキャシーで、できるだけ多くの竜を従える実験データが欲しいと願ったのはマーシャだった気がするけれど。
おかげで、見るだけで絶望の底へ叩き落とせそうな一群が結成された。
ちなみに今回は迅速に侵攻する目的で対象を飛行可能な竜に限定したので、この倍は竜を目撃している。
「これほどの竜と遭遇したなんて、わたくし達が初に違いありませんわ」
「ほとんどの人達にとって、竜なんて御伽噺で語られるだけの存在ですからね。いくら飛行列車があっても、レティが一緒でなければ真似できる事ではありません」
まるで、全部私のせいみたいに言う。
目的は皇国の人々に私の脅威を伝える事なので、群勢が凶悪になる分には問題ない……のかな?
重体だったウォズに対応したノーラは勿論、オーレリアも皇国の所業に怒っているのは間違いなかった。私と一緒に攻め込みたいとまで言わなかった分、準備への協力は徹底したいって気持ちなのかもね。
「それじゃ、行ってくるね」
「ええ。スカーレット様なら問題ないとは思いますが、お気をつけて」
「二度とレティや王国に歯向かう気が起きないくらい圧倒してきてくださいね」
「うん、任せといて!」
力強く頷いた私は、蒼龍の背に乗る。
最も巨大で目立つからって以上に、竜を制御する意味でも上位個体を中心に従えるのは理に適っていた。
「目標、皇都上空! 飛翔開始!」
――――‼
私の戦意に呼応するように竜達は一斉に咆え、その巨体を舞い上がらせる。
翼はあっても羽ばたきではなく特殊な力場の作用で飛ぶので、竜の背にいる私が振り落とされる心配は要らない。風も、震動も、私へ届かない。
そして、疾い。
あっという間にウェルキンの車体は後方へ消えた。その巨体からは想像もできないくらい軽やかに風を切る。
翼にそういった器官があるのか、風属性の竜ばかりか氷竜も炎龍も一塊りとなって飛ぶ。個体差による速度差はあまりない様子だった。
そうして、いくらもしないうちに皇国の要塞が見えてくる。
国境に被害を与えると小国家群との均衡が崩れるので、最初の砦は威嚇にとどめた。ただし、単に通り過ぎるのではなく、高度を下げて周回する。人は豆粒くらいで形相までは確認できないけれど、慌てふためく様子は見て取れた。
いきなり竜の群れが現れたなら、誰だって怖い。隣国の侵攻や魔物の襲撃には備えていても、竜の群れに襲われる想定はしていない。
下方で大勢の人間が動けば、竜の関心を引く。意思を塗り潰すまではしていないので、唸り声や威嚇の咆哮を上げる個体もいた。それがますます混乱を助長する。
三十分ほど恐怖を振り撒いてから、国境を離れた。
先は長いので、一箇所にそれほど時間はかけられない。
とは言え、私の侵攻を印象付けておく必要もあるので、次の基地では深龍と共に地面へ降りた。戦争である以上は威嚇だけで終われない。防護壁を踏み砕き、臨界魔法で大型武器のいくつかを消滅させる。
竜を目撃した際の対応は逃げるか隠れるかの二択で、普通は戦おうって意思すら湧いてこない。王国の対竜兵器が数か所に配備されるだけだったように、竜と戦う事態はほとんど想定していない。
けれど、恐怖に耐えられなかったか、蛮勇か、竜へ向かって攻撃する者もいた。
そうなると、余計に被害は広がってしまう。使役の魔道具は竜の本能を抑え込むように作っていない。攻撃を向けられた竜はその射手へ襲いかかり、周辺諸共損壊させた。群れる習性がないから他の竜が倣う危険はないものの、一体でも十分過ぎる被害を出した。
私はそれを止めない。
破壊を伴わない戦争なんて存在しない。
ウォズを賓客扱いしなかった皇国を叩くと決めた。
ザイーゾ伯爵の暴走なんて知らなかったとしても、皇国に属する以上は手心を加えてあげられない。
前世の倫理観的に無関係な人間を巻き込む事で生じる躊躇いも、貴族の責務と握り潰した。貴族に名を連ねながら、国家主義は捨てられない。個人による制裁を強行した以上、生半可な衝突では終われない。
竜は私の武器なのだから、その攻撃を止めようとは思えなかった。
大型兵器は私が狙って潰すものだから、竜の鱗を貫ける手段は残らず、一方的に蹂躙される。尾は城壁を砕き、爪は魔法障壁も切り裂く。抗戦の意思を残して竜へ敵意を向けた者達は、もれなくその破壊に呑み込まれた。
勿論、私が指示して竜を降下させる場合もある。貴族に脅威を突き付けるのも目的なので、貴族の屋敷を見つけた場合は竜達を敷地へ下ろした。四、五匹が着地するだけなら半壊くらいで済む。
ザイーゾ伯爵邸だけは意図して瓦礫に変えたけど。
侵攻は一直線に進まない。軍事拠点を狙って竜を差し向けるのに加えて、北のバリータオール公爵領、西のヴァイシンズ港、南のハンマストン山を迂回して皇国を周回する。恐怖を一部地域で終わらせない。
そうして一巡りした後、再び西部へ戻った私は平原へ降りた。
その眼前には皇国最大の要塞、皇都の壁でもあるゼンダイ城砦がある。十分な距離をとった場所へ竜達を待機させ、私は単身城壁へ歩く。ここだけは、私が陥落させる必要があった。
先立って、威嚇の目的で竜を接近させた。けれど、しっかりと統率された皇国軍に揺らいだ様子は見られない。
正直、その統制具合には感心する。
恐れる気持ちは間違いない筈なのに、無駄に攻撃を加える気配も、配置を乱す醜態も見せなかった。
「そのまま竜に襲わせておけば、ほどなくこの城砦も落とせたのではないか?」
「それでは意味がありません。私が突きつけたいのは竜の脅威ではなく、私の恐ろしさです。竜を率いたから勝てたのではなく、竜をも屈服させる私に敗れるのだと、知らしめる必要があるのですから」
迎撃に現れたのは二人だけ。
ヘルムス第五皇子とオイゲン騎士隊長。現皇国の最大戦力だった。
前衛は脳筋皇子、後衛が塵灰の魔導士。おそらく立案はリンイリドさんだろうから、部隊を率いて障害を増やすような真似はしない。
それでも城砦から私を狙う兵器は見て取れたけど、皇子の大剣や塵灰の火魔法ほど威力のありそうな装備は見当たらなかった。
「はじまりは、吾輩が王国のような発展を望んだ事だった。そのせいで貴殿に不愉快な思いをさせてしまったと、申し訳なく思っている」
「今更、どちらが悪かったかなどと議論はやめておきましょう。私も、皇国貴族の愚かさを甘く見積もって、技術競争ができる未来を願ってしまったところはあります。ここに至った以上、勝者が正しい、それだけです」
「……違いない」
「内戦を勝利に導いてくださった恩は忘れていません。私がザカルトに敗れて生じた危機を防いでくださった事へは感謝しております。ですが、それで手加減はできません!」
「勿論です。今回の侵攻は私情ですから、私も容赦するつもりはありません」
短く言葉を交わしてリュクスを構える。
私もヘルムス皇子達も、言葉で何かが変えられるとはもう思っていない。心はとっくに固まっている。
「おおおおおおおおおおっ‼」
雄叫びと同時に、ヘルムス皇子の足元が爆ぜた。
別格の強化魔法を活かした巧遅拙速。弾丸と化した巨漢が私を襲う。神速の振り下ろしは私の反応速度を越えた。
「――⁉」
けれど、刃は私に届かない。
脳天の数センチ手前、絶対的な壁で隔てられているかのように止まる。
防護はあった。強化外骨格、ラバースーツ魔法を強化した防鎧が大剣を阻む。
かつて、私は武威を競う者ではないと言った。武技の積み重ねが私の魔法を突破する可能性もある、と。
そこに嘘はない。
けれど、今は前提が違う。研鑽の成果を見せ合う場ではなく殺し合い、私達は戦場に立っている。それなら当然、対策を練る。入念な準備を重ねる。
そして、私は侵攻前に竜の生息地にいた。そこは災害種相当の昏き蒼窮の深龍が好むほどの高濃度魔素地帯で、十分以上のモヤモヤさんが補給できた。
今の私は、魔王種の討伐も可能にするくらいの準備を整えてある。
その状態で発動させた強化外骨格が、大剣くらいで貫ける筈がない。再び皇国入りした時点から、攻防一体の魔法を解いていない。たとえ自分の臨界魔法でも耐え抜く自信があった。
「……ここまで、か」
全力をあっさり破られて、それでもヘルムス皇子に驚きはなかった。どうあっても勝てない可能性まで直感して、それでも愚直に向かってきたのだと思う。
皇国最大戦力を温存したままの敗戦は決して受け入れられないから。
それだけの覚悟で向かってきたなら、防御だけ見せつけて終わりなんてあり得ない。
私はリュクスをバットに見立てて、思い切り皇子をぶっ叩いた。
私に野球の経験なんてないし、動きに無駄も多くある。技術的には稚拙もいいところだと言っていい。
けれど強化外骨格魔法を発動して、膂力を限界まで高めた私の動きは理外に至る。ヘルムス皇子に態勢を立て直す暇も与えず、私の反撃が脳に伝わるより速く打ちのめした。当然、突撃してきた際より更なるスピードでぶっ飛び、城壁に激突してその一部を倒壊させた。
相当な衝撃の筈だけど、丈夫な人だからあれでも多分生きてると思う。
「はあああああああああああっ‼」
皇子が何もできずに敗北する様を眼前に、けれどオイゲン騎士隊長は魔法を完成させていた。叫声と同時に大火球を現出させる。全てのものを灰に変えると言う強力な火属性魔法を凝縮して放つ全身全霊の一撃。
もしかすると、皇子諸共に焼き尽くす作戦だったのかもしれない。
それでも私は躱さない。今の脚力なら魔法の効果範囲外まで退避する事も可能だったけれど、その安全策は選ばない。
オイゲンさんが本気なら、それを圧倒して打ち破る。
私はリュクスを突き出すと、大火球を正面から受けた。
発動するのは火属性。
剛盾を土の壁で打ち負かしたのと同様に、塵灰の死力も火属性で超越する。彼の魔法が全てを灰にすると言うのなら、私の魔法は大地をも蒸発させる……!
「――‼」
オイゲンさんが全てを込めた火球は、私の炎に呑み込まれた。
視界の全てを赤く染め、地形をも変える魔法に竜の半分ほどが逃げたけど、役目は終えているから構わない。竜すら恐れる存在だと知ればいい。
森林地帯へ戻る途中で街を襲ったとしても、戦争の一環だから問題ないしね。
時間にして数十秒で勝負は決した。
でも、敗北を宣言できる総大将は瓦礫の下なんだよね。
それならと、私はダメ押しにリュクスを高く掲げた。
現状で城砦側の被害は二人だけ。皇国軍に彼ら以上の戦力は残っていないとしても、敗戦が決定的ってほどの結果は示していない。
「じゃあ、誰が見ても明らかなくらいの損害を与えればいいよね」
強化外骨格魔法は私自身にだけ影響するものじゃない。髪や服にも行き渡っているように、私が触れる全てを強化する。
そして、リュクスは私が注いだ魔力に応えて高く、長く、天へと伸びた。
当たり前の話だけど、大きさを変えたからって強度が失われる事はない。それどころか、強化外骨格魔法の影響下にあるリュクスの強度はオリハルコンにも並ぶ。
「ま、まさか……」
誰かが震える声で呟いた。
けれど、それは私が止まる理由にはならない。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……いっ‼」
皇国の絶対防衛線として長く頼りにされてきたゼンダイ城砦はこの日、箒の一撃によって粉砕されたのだった――
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