開戦前の訪問
魔物使役魔道具の開発は順調に進んだ。最初こそ不安を誘ったものの、コンセプトは間違っていない。洗脳や服従ほど絶対的な隷属を望む訳じゃないので、魔物の思考体系まで理解する必要はない。魔道具の登録者からの命令を優先的に履行するだけの強制力が発揮できればよかった。
仲間になりたそうにこちらを見ている……って某RPG的な改心は必要ない。
そもそも、この世界の魔物は人間と共存するような情緒を持ち合わせていない。どこまでも生存が優先で、その為にも高魔力を含有した獲物を求める。群れる種類がいるのもその為で、十分な魔力が得られないなら群れの中で喰い合う事まであった。種の保存すら求めない性質を考えれば、他の動物より極端な思考回路をしている。雌雄の区別が明確でなかったり、魔王種のような寿命を超越した唯一個体が存在したりするのがいい例だね。
そんな根本から異なる生物を理解しようって方が難しい。
悠久の時を生きた古龍だからと、人の言葉を解したり独自の文明を築いたりといった例もない。古龍と言えども魔物であって、理解できない思考回路のままにこの世界を闊歩する。
比較的人に慣れて見える魔犬と小竜にしても、強大な魔力を持つ私に従っているに過ぎない。私の没後は、誰であっても制御できないだろうと思っている。
なので、外部からの意思を虚属性で浸透させて、自分の思考だと誤認させる。
制御されている自覚がないから、抵抗される心配は要らない。反面、高度な社会性を持っていたり、明瞭な自我を持っている魔物には効果がないって欠点もあった。
意外なところで、ゴブリンには使えない。道具を自由に使い、環境に合わせて生活を変えるまでの順応性を持つ思考は魔物として特異過ぎて、ひとまとめにできなかった。思考のほとんどが食欲で支配されてるって話だから、ゴブリンが人間に近い訳でもない。似た人型の魔物であっても、オーガやミノタウロスといった高い凶暴性の魔物になると効果があるのだけれど。
魔物の思考回路を解き明かせば例外はなくなるのかもしれない。でも、現時点でそれをする予定はなかった。魔物がどんな思考をしていようと、生活には困らない。魔物への対策としても迂遠が過ぎる。かなり難解な課題になるし、何より興味が薄い。
それに、都合のいい側面もあった。
この魔道具を悪用して、人間を隷属させる事ができない。
回路をブラックボックス化して中枢部分を機密にする必要も、法整備で使用方法を限定する必要もない。魔物の思考を解明する苦労を考えれば、犯罪利用を心配する必要もなかった。
使役できる対象は魔道具使用者の魔力量次第となるので、魔物を操って誰かを襲わせるより、魔法で直接危害を加えた方が早い。基本的には弱い魔物を操る事になるだろうから、治安への影響も危惧せずに済んだ。
鉱化スライム片はともかく、意思を浸透させるための回路は希少な素材も必要とするので、軽犯罪への利用は割に合わないしね。
そうして準備を整えた私は、開戦当日、皇都へ飛んだ。
ウェルキンは皇国から撤退したけれど、転移鏡は十四塔に置いてある。撤去する予定は、皇国が信用できないため撤回となった。今後の情報を得る為にも、皇都への侵入口は残しておくと議会が決めた。王国からすれば、便利な潜入経路を塞ぐ意味もない。
存在が明かされれば国の信用を失うけれど、当然普通の鏡に偽装してあるし、許可を得た王国の人間でないと立ち入れない部屋に設置してある。そもそも十四塔自体、厳重に施錠してあった。
少なくとも国交が正常化するまではこのままだろうね。
王都の転移鏡を経由して十四塔へ戻った私は、存在を隠す魔道具を使って皇城へ向かう。私の来訪を隠すつもりはないけれど、侵入方法は謎のままとしておく必要があった。
「国境から攻め入ってくる予定ではなかったか?」
堂々謁見を申し込むと、頭を抱えたフェリックス皇王が迎えてくれた。
ウィラード皇子やペテルス皇子の姿はあるけれど、ヘルムス皇子は軍を率いて基地防衛に向かったらしい。もしかすると、フェアライナ皇女も鼓舞に赴いたのかもしれない。
私が皇城の正門に現れた事で、大魔導士がもう攻めてきた、話が違う、卑怯者、などと騒ぎになっていた。中には逃げ出す騎士もいたくらいの混乱ぶりだった。
「これから侵攻しますから、そのお知らせをと思いまして。各地の基地が壊滅した報告も届かないまま私が皇都に現れたのでは、戦争をしている実感がないでしょうから」
「過分な配慮に、怖れが跳ね上がったよ。これから……と言うからには、すぐにでも国境に向かえる移動手段があるのだろう?」
転移鏡は秘匿しても、転移が可能な事実を隠すつもりはない。
聖女であるクリスティナ様が限定的な転移魔法を使っていた事実は伝わっているだろうから、私も似たようなものだと思ってくれたなら都合がいい。大魔導士だからこそ超常的な移動も可能なのだと誤認してくれれば、王国が転移鏡を使う目くらましになる。
「王国との連携が密である事に違和感は覚えていたが、これほどの手法があったとは驚かされる。通信手段の発展だけではなかったのだな?」
「本来であれば、明かす予定はありませんでした。貴国に損害を与えるような使い方をするつもりもなかったのです。自由に転移できる手段があるなどと知られれば、無用な疑念と混乱を招きますから」
「そうだろうな。現に、十分に其方を警戒していたつもりで、まだまだ認識が甘かったのだと慄いているよ。其方の来訪を希望と喜ぶ以前に、もっと深刻に捉えておくべきだった」
ついでに、私がどこにでも現れるのだと警戒してくれれば私の脅威度が上がる。その為の訪問だった。急に現れた私を目撃した者も大勢いる。
皇王の傍でウィラード皇子が震えているから、十分に効果はあったのだと思う。
私が侵攻してきているのだと実感してほしいのも嘘じゃないけど。
「だからと言って、今更手心を加えるつもりはありませんよ?」
「分かっている。貴族を御せる保証もないまま其方を招いた私の失策だろう。もはや痛みを伴わない決着はないのだと、覚悟も決めた」
この展開で皇位に居続けられる筈もない。皇太子を喪って後継も決められないまま、彼はその座を次代に譲らなければならなかった。
首を貰っても何の役にも立たないから、命を要求する気はないけどね。
「そうであるなら、私からは何もありません。勿論、私の打倒がどれほど困難か、流石にご理解いただいていますよね?」
「ああ。たった一人の魔導士から国を守れなかった愚かな王として、この名を刻ませてもらおう」
「では、戦後処理の場で再びお会いしましょう」
今更許しを請おうとしたり、いきなり白旗を挙げようとしないだけ潔いと言っていいのかな。
大勢の前で私が宣戦布告した以上、何もしないまま降伏したのではもっと酷い事態となる。皇王の権威が失墜するから、国の歴史が終わる危険すらあった。敗戦を受け入れるにしても、貴族や国民を納得させるだけの理由が要る。どれほど勝率が低くとも、抗戦の意思は捨てられない。
私としても皇国の瓦解を望んでいる訳じゃないから、自棄になっていない様子が確認できて安心した。大国が潰れたとなると、王国にも多大な影響が出るからね。面倒なだけで得るものも少ない。
あの様子なら、竜の群れが皇都に迫ったからと錯乱する事はないかな。
遠慮なく蹂躙させてもらおう。
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