鉱化スライム片の可能性
すみません。
木曜の更新ができなかったうえに、土曜日の更新にも間に合わなかったので、こっそり上げておきます。
講義の予定はまだ残っていたけれど、敵対関係になってしまった以上、続行は叶わなかった。一応のお別れの言葉は交わした後だとは言え、急な打ち切りは残念に思う。ここまで残っただけあって、受講態度が真面目で優秀な人材も多かったからね。
受講者達へ悪感情は抱いていない。どこか同類だったってのもあるけれど、彼等の根底には国の為にって信念が透けて見えた。決して好奇心を満たそうとする利己的な動機だけじゃない。
残った項目、中継媒介を用いた大規模魔法については、後日派遣される教導技官に任せる事となる。皇国は技術を欲する一方で、それに値する姿勢を誤った。制裁は私に一任されたにしても、今後の対応は慎重になる。
特に大規模魔法は戦争への利用も容易だから、現状の皇国に伝えるのは時期尚早とディーデリック陛下も考え直したようだった。
極端な話、領地を覆って民の思考を誘導する……とか出来てしまうんだよね。現時点で皇国に持たせていい魔法でもないと思う。一定以上の技術には、それを扱うのに見合った倫理観や理性も要求される。皇国の支配階級に一番不足している要素かもしれない。
「恩に報いる事もできない蒙昧な国で、本当に申し訳ない……!」
皇国と敵対したからと、短くない時間を共有した受講者達に伝言だけ残すのは味気なく思って事情説明の時間を作ったところ、仰々しく頭を下げられてしまった。
微妙な情勢なので、気にしないでほしいとも言えないのだけれど。
リコリスちゃんはともかく、バルト老をはじめとした貴族子女達は無関係でいられない。貴族に名前を連ねる以上、多かれ少なかれ事件に対して責任が発生する。今の皇国を形成する一端を担ってきた。
だから、気にしなくていいとも言ってあげられない。
それでも、彼等が頭を下げなくてはいけなかった状況にイラっとする。
下げさせてしまった事が腹立たしい。
勝手な感情だとは思う。だって、皇国全体へ責任を問う選択をしたのは私だった。
王国に判断を委ねたところで、皇国側が受け入れられないくらいに無茶な要求を求めた事は間違いない。皇王の退位だとか、領土の割譲、入国手続きを必要としない飛行列車発着場の建設など、皇国の主権を脅かすレベルで。
そうなれば、結局皇国は武力で抗うしかなくなる。敗戦は確実だとしても、きっと抗戦勢力を抑えられない。
だからって、私から戦争を吹っ掛けた事実は変わらない。
戦争による被害を抑えようとか、王国を巻き込むほどの事態にしたくないだなんて、今回は考えていない。
ウォズを傷つけた皇国が許せなかった。
あんな事態になるまで馬鹿な貴族の専横を許した国を放置したくなかった。
胸の中に堆積したわだかまりを、このままにしておけなかった。
王国貴族の一人としても、今の皇国は放置できる状況にない。フェリックス皇王がどれだけ願ったところで、友好関係を築く相手に値しない。
皇国を構成するほとんどが普通の人だとは思う。王国敵視を教育に取り入れてきた帝国と同じで、大国である事への顕示欲を増大させる傾向にあったくらいかな。
それでも、暴走した魔導士を止めた私を英雄視する風潮はあったし、革新をもたらす私への感謝もあった。多少行き過ぎたきらいのある顕示欲も、ほとんどの場合は現実を受け入れられないほど曇ってはいなかった。大幅に工期短縮した規格住宅の件で協力を求めてきた商人がいたように、尊厳と利益を天秤に乗せられるくらいに王国と皇国の技術差を見極めている人もいた。
そもそも愛国心なんて、行き過ぎなければ決して悪いものじゃないからね。
なのに、一部の貴族は私を知ろうともしなかった。
無視するだけならそれでいい。実際、遠巻きに見るだけで接触しようとしない貴族も大勢いた。情報を正確に得るのが貴族の役割だとは思うものの、その能力がないなら関わらなければいい。
当然、私が来た事によって変化していく情勢を見極めようとする貴族もいたし、講義に参加した子女へ投資する貴族もいた。内戦へ参加した事で、私を非難する勢力から慌てて距離を置いた連中もいたね。私を好意的に迎えてくれる貴族は少なかったけれど、思想的に皇国優位を捨てられないのだとしても、現実をきちんと見つめられるなら構わない。
でも結局、事件は起きた。
私に敵対するつもりはない。不手際は是正する。王国と友好関係を築きたいと繰り返しながら、皇族はザイーゾ伯爵達の暴走を止められなかった。その意思に偽りはないのだとしても、結果に繋げられていない。
その報いは、皇国全体へ向けざるを得ない。
「問題は、私って脅威を正確に捉えられていないところにあると思うんだよね。ワーフェル山を消滅させた、帝国を圧倒した、教国を解体した、剛盾の魔導士は手も足も出なかった……そんな噂を耳にしても、実感を伴っていないんだと思う。理解しようともしていないんだろうけど」
結局のところ原因の一端は、私の活躍が想像し難いところにあるんじゃないかと思う。内戦の時には大勢の目撃者がいたものの、最後を天裁現象が持って行ってしまった……事にしてあるから、私の脅威が伝わり辛い。
「だから、誰が聞いても震え上がるくらいの脅威を見せつけようと思うんだよね」
言語が通じないならボディランゲージを頼るように、認識を共有できる指標は大切だと思う。
帝国では臨界魔法でそれを狙ったけれど、現地から離れれば脅威は薄れる。目撃した人間と伝聞だけの人間では齟齬が生じてしまう。国境を跨いだなら尚更で、脅威が正確に伝わる筈もない。
この世界に、大地へ大穴を開けられる兵器は存在していない。現実味を伴わない分、過小気味に伝わっている可能性が高かった。
人間は自分の信じたいものだけを信じる生き物だから、自分に都合の悪い現実からは余計に目を逸らす傾向がある。それは王国も同じで、未だ私を侮る貴族は多い。
ワーフェル山や帝国での活躍も、私が誇張しているものだと考えるらしい。自分ならそうすると考えるから、そんな暴力が自分に向くかもしれないなんて恐ろしいから尚更に。
それでも皇国ほど面倒な状況に陥っていないのは、派閥の多くを良識ある貴族が牛耳っているからだね。むしろ、そうでない貴族が派閥を作ろうとしたところで、速攻で潰される風潮にある。
私個人が皇国と戦争した噂は王国でも広まるだろうから、馬鹿な王国貴族を牽制する意味でも都合がいいね。
「レティ様をあんなに怒らせるとか、そのザイーゾ伯爵って人は命が要らなかったんでしょうか?」
「想像力が……、想像力が欠如していたのでしょう。内戦に参加した直後ですから、レティ様の情報が欲しいならいくらでも集まった筈です。それを考えない程度の貴族であったなら、仕方ありません」
「ウォージスさんがあんなにも痛ましい状態だったのですから、スカーレット様のお怒りも当然ですわ。スカーレット様がご自身での決着をお望みでないなら、わたくしが皇城を凍らせに行きたいくらいですもの」
「とりあえず、レティには存分に暴れて来てもらいましょう。不完全燃焼であのまま苛々されると、建国祭を辞退する貴族が続出しそうですから」
誰も私に同意してくれないと思ったら、キャシー達にまでドン引きされていた。
あまり自覚はないのだけれど、今の私は怒りを露にしているように見えるらしい。部屋の隅で何やら戦々恐々とされている。
「えーと……、別に八つ当たりしたりしないよ?」
「そこまでは疑っていません。けれどレティ、私達に相談したいなら、魔力の放出を抑えてください。私やノーラでも息苦しいです」
「あ、ごめん」
慌てて魔力の制御に集中した。自分では気づかないくらいに憤っていたらしい。ラバースーツ魔法を無意識に解除するくらい散漫になっているとか私らしくない。コキオでは随所に魔導変換器が設置してあるから何事もなかったけれど、そうでなかったらモヤモヤさんが充満していたところだね。多分、ますます機嫌が下降する。
モヤモヤさん漏れ対策で常時発動させているラバースーツ魔法がいつの間にか止まっているとか、初めての経験だった。ちょっと自分でも引く。
皇国の件はともかくとして、講義もなくなってぽっかり時間が空いた。
本来なら開戦までの準備期間なんだけど、私は身一つがあればいい。私個人でと言った以上は、領地の兵士を動員するつもりも、ウェルキンを動かす予定もない。箒のお手入れはいつも万全にしてあるから、魔法の補助にも困らない。
つまり、余裕があった。
それで、私の時間の有効活用法なんて決まってる。
緑の魔法についての発見があったり、オリハルコンの利用ついて考えたりと、ある程度の時間は確保できたものの、王国出立以来、研究のために割く時間は確実に減っていた。鉱化スライム片の製法だけ確立してそのままになっていたのがいい例だよね。意思を伝達できるって折角の特性についてはほとんど手を付けられていない。
領地の仕事もあるけど、私の判断が必要な書類については皇国まで届いていた。ベネットを中心にした体制についても定着しつつあるので、私が戻ったからって突然仕事が増える事もない。
そこで、皆を集めた。
必須ではなくとも、開戦までに完成させたい魔道具がある。
折角なのでこの時間で、私の脅威をこれでもかってくらいに伝えられる魔道具を作りたい。その説明に、ちょっと気持ちが入り過ぎてたみたいだけど。
「で、レティ様が作ろうとしているのが、魔物を操る魔道具ですか」
「うん。魔物の研究は進めるのにも有効だろうし、冒険者や間伐部隊の壁役を作るのにも使えるかなって」
「その試作運用も兼ねて、レティは魔物の群れを率いて皇国へ攻め込もうという訳ですね」
「まあね。ゴブリンや森狼はともかく、高位の魔物を恐れない人はいないでしょう?」
魔物を従えるなら、少なくともその上位存在だと思われる。そもそも魔物や動物を従える魔法ってこの世界に存在しないから、魔物を率いた時点で脅威と捉えられる。
「レティ様が魔王と呼ばれてしまいそうですね」
「それで私を軽んじなくなるなら、そのくらいは何でもないよ」
「あ、はい。そうですか……」
キャシーの冗談を受け入れてしまうくらいには本気だった。
この世界の魔王は魔物の最上位って扱いだから、魔物の上位存在と認識されたならほぼ間違いなくそう呼ばれるだろうね。
そのくらいの悪名を背負う覚悟がなかったせいで、ウォズは未だに目覚めない。これから新興貴族として悪意に晒されるウォズを護る一助になれるなら、今更躊躇いはなかった。
「少なくとも……、少なくともアンハルト-レゾナンス連合軍はゴーレムモドキを歩かせていたと言うお話ですから、意思を伝える事で行動を強制できるのだとは思います。魔物の思考をどこまで抑えられるかは分かりませんが……」
「そこは試してみるしかないと思ってる。鉱化スライム片の限界を知る意味でも、価値のある研究課題だと思わない?」
「それは同意しますわ。それで、スカーレット様の試作した結果がこれですか?」
「……う、うん」
私達の目の前では、カチューシャっぽい魔道具を身に着けたスライムがうごめいていた。
「これ、きちんと作動してますか?」
「い、一応、前進しろって命令には従ってる……よ?」
「レティ、スライムの前方がどちらかは分かっていますか?」
「…………」
思考をほとんど持たない下等な魔物で実験を……と考えての選択だったけれど、明らかに対象を間違えたかもしれない。生物として原始的過ぎて、行動が自主的なものか外的作用によるものか判別できない。
たとえ魔道具が完成していても、駆けろとか跳ねろとかスライムにできない行動を強要できるものじゃないだろうし……。
ちなみに、ペット状態の魔犬と小竜は参考にならない。あれは掌握魔法の応用で、私の魔力に屈服しているだけだからね。意思を強制していないから、命令によっては嫌がったり反抗したりといった仕草も見られた。真似ても汎用性のある魔道具にはならないし、躾けるのにも時間がかかる。
今回のインスタント的な使役獣作りには向かないね。当然、私の魔力で生まれたキミア巨樹も論外だった。
「うーん、前途多難そうですね」
「でも、鉱化スライム片で伝えた意思を虚属性魔石で浸透させる……、方向性は間違っていないと思いますわ」
「残念ながら、私の出番は遠そうですね」
招集にオーレリアも含めたのは、実験でどうしても魔物と接触する機会が生じるから。段階を踏んだとしても、想定外に魔物が暴れた際には処分してもらう必要があった。
グラーさん達も十分に頼れるけれど、咄嗟の速さは彼女が一番期待できるからね。
「目標を……、目標を明確にするためにも聞いておきたいのですけれど、レティ様はどんな魔物を率いる予定ですか?」
「できるなら、竜の群れとか率いて現れたらカッコいいよね」
「……」
「……」
「……」
揃って、正気ですか? みたいな顔をされた。
例外はオーレリア。彼女は呆れより、実験の為に竜を狩りに行く楽しみの方が勝っている。社交続きで私とは違う鬱憤が溜まっているんだろうね。
実際、開戦まであと六日しかない。無茶を言っている自覚も多少はあった。いや、でも、あくまで目標だからね? 最終的に届かなかったとしても、高みを目指した試行錯誤は無駄にならないし。
誠に遺憾ながら、この時点では無謀な試みとしか捉えられなかった……。
皇国へ攻め込むところまで進められませんでした。
皇国を圧倒するお話を期待していた皆様、申し訳ありません。もう少しお待ちください。