閑話 昏き蒼窮の深龍
コミックス1巻、本日発売です!
ウルフェン・ザイーゾは自分の領地へ戻っていた。
訳も分からぬまま拘束され、貴族扱いも許されず牢へ入れられたと思ったら、碌に説明もないまま連れ出され、まるで荷物か何かのようにキャスプ型航空機で運ばれて領都の隅に放置された。
何が起きたのか分からない。
それ以前に、彼は自分が何を仕出かしたのかも分かっていない。不当に拘束されたと不満を抱き続けていた。当然、罪が許される筈もない。解放は皇国の都合によるものでしかなかったが、自分の権力を恐れてのものだと疑わなかった。
「まったく嘆かわしい……。王国の機嫌を損ねる事をあそこまで恐れるとは、皇王陛下も耄碌された」
未だ、王国と事を荒立てないために拘束してみせたのだと思っている。昏倒させられた被害者で、平民を害した程度で牢に入れられるほど運がなかった、と。
内戦で国が疲労しており、その隙を王国に突かれる事態を避けるための措置だと勝手に解釈していた。だからと言って、大貴族である自分がその犠牲になるなど許せない。
フェリックス皇王のああいった弱気の姿勢も腹立たしかった。
彼は王国を恐れてなどいない。
飛行戦力の開発と言う点で遅れはとったが、それもキャスプ型航空機の完成で既に並んだ。機動力も輸送力も追いついた以上、皇国が王国に劣る点など一切ない。むしろ、子供を魔導士に祭り上げなくてはならないほど人材の不足した王国を見下してすらいた。
その点については個人での宣戦布告と魔法の披露によって皇国内でも見直されつつあるのだが、牢にいた彼が知る由もない。
「あの弱腰では、我らの皇王として相応しくない。やはり、ウィラード皇子に即位していただかなければ……」
これでも国に対して翻意はない。
自分の考えが周囲に受け入れられて当然だと信じているだけで、皇国貴族としては珍しくもない。長年に亘って国に貢献してきた一族を束ねる自分は評価されて当然で、自分にはそれに足る能力があると根拠なく盲信している。
歴史を見れば貴族の意向を結集させて政権を牛耳った例もあったのだが、彼は現代でもそれができると思っていた。
エリーゼ・コールシュミットのように認知を歪ませている訳ではない。ただ、貴族の在り方を決定的に履き違えていた。
こういった人物なので、政治の場で発言力はない。ウィラード皇子を擁立した原因も、故・ロシュワート皇太子に相手にされず、消去法で取り入っただけだった。そもそも実兄の存命中にウィラード皇子が野心を抱いた事はない。ザイーゾ伯爵とその取り巻きが派閥を自称していただけで、ウィラード皇子もその内情を計りかねていた。
それでも自分の支持者であるのだから統制する必要があったのだが、接点自体が少なく、ザイーゾ伯爵の人柄すら把握できていなかった。
にも関わらず、即位に協力した実績で新王を自由に操れると本気で思っているのだから始末が悪い。
「このままでは済まさんからな……!」
彼には復讐するつもりがあった。
今はタイミングが合わずとも、戦後の苦況を乗り切れば王国へ進軍できる。皇国の総力をもって王国を蹂躙すれば、スカーレットも後悔するに違いない。魔導士であるなら戦場に出る可能性も高い事から、そこで討てるとも考えていた。
決して敵わない現実も、進言が通らない可能性も考慮できていなかった。
すぐに各地へ根回しをしようと、屋敷へと戻った彼はいつもと空気の違う邸宅に迎えられた。主人の帰宅を持て成す使用人達の姿も、苦労をねぎらう息子達も姿を現さない。
「お前達、何をしている?」
代わりに、大勢の騎士達が駆け回っていた。当然、そんな指示を出した覚えもない。
「おい! 私を無視するな。私を誰だと思っている⁉ そもそも、貴様ら誰の許しを得て私の屋敷へ入り込んだ?」
王国同様、領地で仕える騎士は爵位など持っていない。平民など、自分の目の届かないところで訓練に明け暮れていればよかった。呼んでもいないのに屋敷に上がり込むなど不愉快極まりない。
そう声を荒げると、面倒そうな視線がウルフェンへ向いた。
「許しもなにも、ウィドリー様の命令で活動中です。邪魔をしないでいただきたい」
「ウィドリーだと?」
反抗的な騎士の態度も問題だったが、彼にはもっと気になる名前が出た。
ウィドリー・ザイーゾは彼の息子である。
ただし三男で放逐した筈のと但し書きが付く。
いつも自分を称える長男と、自分によく似た次男、そして政略結婚という使い道のある長女と違って、この三男は昔から口うるさく嫌っていた。
そんな面倒な末っ子であったが、ロシュワート皇太子の覚えは良かったので成人後も仕方なく家に置いていた。しかし皇太子の死去で価値がなくなったため、縁を切って伯爵領から追放したのである。
何を言っても反発しかしない三男は、彼にとっては覚えが悪く、役に立たない人物であった。彼に似ず筋肉質で大柄なところも、ヘルムス皇子が想像できて無能に思えた。
そんな三男の名前が、どうしてここで出るのか分からない。
放逐には珍しく反抗せず、すぐに荷物をまとめて出て行った筈だった。
「何をしている?」
「あ、申し訳ありません、ウィドリー様。前伯爵が……」
「構わん。それの相手は俺がする。お前は部隊と合流しろ」
「はっ! 失礼します」
名前も知らない騎士がウィドリーを主人とするように傅き、ウルフェンを視界に入れようともしないのにも腹が立ったが、彼にはそれより聞き流せない言葉があった。
「前伯爵⁉ 私が? ……どういう事だっ⁉」
ウィドリーはその質問に答えようともせず足早に近づき、その勢いのまま父親を殴りつけた。内戦にも従軍した三男の拳は重く、歯の折れた口を押さえてウルフェンはのたうち回る。
「どういう事はこちらの台詞だ。まったく、とんでもない事をしてくれたな、塵が」
見下ろす視線は冷たく鋭い。
彼の怒りは父親のそれとは比べものにもならない。何しろ、一族の未来が閉ざされたのだから。家族の縁を切ったからと、ザイーゾ伯爵家の処分からは無関係でいられない。
「貴様の爵位はとっくに剥奪されている。本来なら俺も連座で処分が妥当だが、非常時故に猶予を与えられている。所縁のない人間を指揮官に据えても騎士達が混乱するからな」
「剥奪⁉ そ、そんな筈はない。実際にこうして私は釈放されているではないか!」
「……本当におめでたいな。これまでの扱いで、まだ貴族でいるつもりだったのか? 貴様を檻から出したのは、ノースマーク子爵がここを襲うように誘導するためだ。南の魔物生息領域との境界に配置してある基地が壊滅すれば、国の存亡が危ぶまれるからな」
ザイーゾ伯爵領は皇都と西方を結ぶ逗留地ではあるものの、皇族と辺境伯の確執からほとんど活用されていなかった。小国家群から流れる交易品はほとんど西方で消費され、皇都の商人と取引する場合は海路を使う。
ウルフェンのような人物が領主をしていても問題のなかった理由でもある。
近年になって北へ向かう街道が整備された事から重要度は上がってきていたが、国軍を常駐させるほどではない。常駐冒険者の増員と、南の対魔物拠点が防衛を兼務することで足りていた。
「ここが戦場になる? 馬鹿な、国境からどれだけ距離があると思っている⁉」
「馬鹿は貴様だ。空も戦場に加わった以上、国境で完全に足止めするのは不可能だ。しかも相手は大魔導士、皇国の兵器が通じるのかすら怪しい……!」
敵国の進軍ルートに合わせて布陣する時代は終わった。空を飛ぶ魔物にさえ対応できるなら、どこからでも越境できるのである。スカーレットとの戦端が開かれた時点で、皇国中を警戒する必要があった。
そこで、囮として価値が生まれたのが元ザイーゾ伯をはじめとした貴族達である。
「ウィドリー、君の言う通りだった。この期に及んで状況の見えていない父上に領地は任せられない」
「父様、我々が生き延びるためには、ウィドリーに賭けるしかないのです。ここで成果を上げられたなら、この土地に留まる事はできなくとも小領で細々と一族を存続させられるかもしれません。……可能性はほとんど潰えた話ですが」
少し遅れてやってきた長男と次男も、父親を冷たい目で見降ろした。少し持ち上げれば調子に乗って御しやすく、顔立ちが似ているというだけで贔屓する愚かな父親であったが、国家反逆までやってのける虚栄心は理解できなかった。
ちなみに、領主夫人は皇都近くにある実家へ逃げ帰っている。監視は外れていないので、一族郎党処分となれば諸共であるが。
ウィドリーは開戦が決定的になると同時に領地へ戻り、領民の避難と襲撃への対処を進めていた。スカーレットが一般人を無差別に襲うとも考えにくいので、標的は軍と貴族に限定されると想定し、この屋敷に全て集めた。火災等が広がらないように周辺家屋の取り壊しも行なっている。
当初は長男と次男の反発もあったが、騎士を率いて恫喝し、父親の所業を突き付けて黙らせた。
そもそもウルフェンの爵位が剥奪された時点でこの土地を治める貴族はいないのだが、囮としての役割を果たすためにザイーゾの名前を使うことが許された。当然、監視付きではあったが。
とは言え、その例外的措置が適用されるのはウィドリーだけで、どれほど不満を抱こうと兄達に権限はない。この危機的状況で、フェリックスが信じられるのはロシュワート皇太子が教育を施したウィドリーしかいなかった。
既に宣戦布告から七日。
約束の期日には達している。だからこそ、囮役が運ばれてきたのだった。
軍人達は全て避難誘導へ回し、騎士達は領主邸で迎撃態勢が整えられていると見せかけるのに忙しいので、前伯爵の監視は兄達に任せる。
牢に入れておいた方が楽ではあるし、殴り殺したい気持ちもあったが、いざと言うときに囮として役に立たないでは困るので堪えた。都合のいい事に、可愛がっていた次男にまで見捨てられて放心している。
「ウィドリー様!」
こんな小細工で襲撃の価値があると誤認させられるものかと不安を覚えていたところへ、見張りを任せていた騎士が駆け込んできた。
「西より一群が飛来。間違いなくここを目指しております!」
「来たか……」
囮としての成功は嬉しいが、それはここが戦場になる事でもある。彼女の恐ろしさは戦場で見た。恐怖を抑え込みながら次の指示を考える。
いや、その前に確認すべきおかしな点があった。
「一群? 対象は一人ではないのか?」
個人で皇国と戦争すると言ったのだ。貴族らしい彼女が約束を違えるとは考えにくかった。
それに、呼称がおかしい。
「一群で間違いありません。とてつもなく恐ろしい群れがこちらへ向かってきます」
騎士は答えを変えなかった。
ならば直接確認した方が早いと屋敷の外へ出て――絶句した。
二十を超える竜の群れが、領主邸を目指して飛んでいる。
確かに、こんな恐ろしい光景は見た事がない。
「ば、馬鹿な……」
「よりによってこんな時に⁉」
共に出てきた兄達からも悲鳴が上がった。
大魔導士の恐ろしさをウィドリーは知っていたが、おそらく彼女一人の方が衝撃は軽く済んだ。脅威としては大魔導士の方が上だとしても、実感が伴わない。けれど、竜はこの世界の人間が最も恐れる生き物である。
しかも、最強の魔物である竜は決して群れない。
番いや親子として行動を共にすることはあってもせいぜい数匹。二十匹以上が徒党を組むなど聞いた事もなかった。当然、その分恐怖は累乗される。ウィドリーは泣きそうだった。
けれど、絶望はまだ終わらない。
「あ、あ、あ、あれは……」
大魔導士襲撃に備えていた時機を狙って竜が襲ってくるなどあり得るのかとウィドリーが疑いを覚えていたところへ、長兄の震える声が届いた。彼は空を見上げたまま、涙を垂れ流しながらへたり込んでいる。
指し示すのはただ一点。
群れの最後方に更なる巨体があった。
「まさか……、昏き蒼窮の深龍⁉」
黒に近い蒼色の特殊個体を見間違える筈がない。
皇国の歴史に何度も登場し、恐怖の象徴ともされている竜だった。その存命期間は皇国より古い。周辺国家の統一が成される前から稀に姿を現し、破壊の限りを尽くした。深龍によって隆盛を失った旧国家も多い。非道を働けば深龍が来ると躾ける事から、皇国人なら子供でも知っている。
普段は聖地デルヌーベン近くの魔素溜まりで眠っており、周囲の環境に影響を与えて魔物を増殖させるような行動をとらない事から魔王種認定はされていないが、実際の脅威は分からない。最低限で見積もって、災害種相当なのである。
実際、どんな勇者も魔導士も対処できず、気紛れに現れる事態は災害と同等の扱いだった。ひたすらに逃げ、被害が少しでも軽く済む事を願う他ない。
魔王種に直接対峙した事のない皇国では、墳炎龍より深龍の方が余程厄災として扱われる。
しかも、その脅威の頭上には、赤い少女の姿があった。
「ははは……、あははは、はは、は……」
おかしい訳でもないのに、口から笑い声が零れていた。不思議と納得している自分がいる。
ウィドリーが抱いた疑問の通り、戦争に備えた瞬間に竜の群れが来襲するなんて偶然は存在しない。あり得ない脅威が現れたなら、それは今の事態と繋がっていると考えるのが当然だった。
どんな奇跡を用いたのかは分からない。
けれど現実として、王国の大魔導士は昏き蒼窮の深龍をも従えて絶望を振り撒きに来た。常人には決して不可能な従属も、火属性に特化した魔王種をも凍らせた魔導士には容易いのだろう。
勿論、昏き蒼窮の深龍を従える令嬢の脅威は災害種の魔物より上に決まっているが、そんな事があり得るのか⁉ ……と理解を拒む側面がウィドリーにもあった。どれほど現実から逃避したところで、竜を麾下に置いたスカーレットの脅威が消える訳ではないのだが。
たった一人で大国に挑むなど無謀が過ぎる?
とんでもない。
皇国を滅ぼすには過剰戦力だった。
「……逃げろ」
恐怖で半狂乱になってしまいそうな中、ウィドリーは必死で指示を絞り出す。これほどの事態を想定できていた訳ではないが、皇王から指揮権を預かった自分が騎士達の命を無駄に散らす訳にはいかない。
「え?」
「とにかく、逃げろと言っている。あれと戦おうなどと思うな。散り散りになって逃げさえすれば、助かる可能性は残る……!」
加えて、竜が制御化にあるなら無用な破壊活動まではしないと思いたかった。敵として相対する破目にはなったが、スカーレットの良識に縋る他ない。
「しかし、騎士である我々が何もせずに逃げると言うのは……」
報告に来た騎士は勇敢だった。いや、まだ現実から目を逸らせているだけかもしれない。
実際、どんな悪夢よりも恐ろしい。
「竜は己に敵意を向けた対象を徹底的に叩くと言う。それがどれほど弱く、何の痛痒も与えられない小さな攻撃だったとしても、絶対に敵対者を逃がさないと言われている。……分かるな?」
「は? あ、いえ、自分も聞いた覚えがあります」
「だったら、決して刺激するな。もしかすると上空を通り過ぎるだけかもしれない竜を、地上へ引き摺り下ろす必要はない。深龍が出現したと語られる御伽噺と同じだ。我々は逃げ、お互いの無事を祈る事しかできない。……そうだろう?」
騎士道など忘れてしまえばいい。
無駄な抵抗は被害を広げるだけだと諭して、屋敷に残った騎士達へ通達させた。財産も武器も一切を捨てて、竜と魔導士の関心が向かない事だけを祈って逃げなくてはならない。
ウィドリー自身、己に言い聞かせたのもあった。
時間稼ぎを成功させて一族が存続する未来は潰えたが、あれと戦う蛮勇は発揮できない。
何もせず逃げろとしか言えない自分に不甲斐なさを痛感しながら、仕方がないのだと諦めを何度も呟いた。
国境から警告が届かなかったのと同様に、あれの脅威を他へ伝える事すら叶わない。対抗できる機動力があるとするなら航空機だけだが、現物はまだ皇都にしかない。ここにあったとしても、真っ先に狙われる事態しか想像できなかった。
結局、無力感しか残らない。
せめて騎士達の逃亡を見届けてからだとなけなしの矜持を満たした後、ウィドリーは生家に背を向けた。腰を抜かした兄達も運ばなければならない。そうなると、父を運ぶ手は余らなかった。
「ひっ! し、死にたくない……、助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ!」
次々と変わる展開に茫然自失だったウルフェンだが、余力は残っていたらしい。放っておかれると理解した瞬間に駆けだした。血の繋がった息子達を一瞥する事もなく、門へと走る。
やはり唾棄に能う人間だとウィドリーが呆れた時、異常は起きた。
「――⁉」
無人となった門に到達した瞬間、見えない壁に弾かれたのである。
つい先ほどまで、大勢の騎士がこの門を通って去っていった。けれど、前伯爵はそれに続けない。
逃げるのが最後になったからか、ザイーゾに連なる者だからか。
どうやら閉じ込められたらしいとウィドリーは窮地を悟った。この事態を引き起こしたのがザイーゾの一族なのだから無理もない。
不思議と悪足搔きする気は起きなかった。ここで生き残ったところで、竜に怯えるしかできなかった自分達に先はない。潰えて当然の未来が、その通りになっただけだと受け入れられた。腕の中で兄達も大人しい。無様に騒いでいるのはウルフェンだけである。
諦めの境地で障壁を確認しようとして――ウィドリー達は普通に通り抜けてしまった。
「え?」
「な⁉ どうしてお前達だけ……! 私はどうする? 私はどうすればいい? どうして私だけがこんな目に⁉」
どうして、など明らかだった。
この事態を引き起こした張本人だから。
竜をも従える魔導士の怒りを買ったから。
そもそも、個人を識別できる障壁など、扱える心当たりはたった一人しかいない。竜にそれほど繊細な魔力操作ができるなんて話は聞かないし、それをする理由もないだろう。個人による違いを識別できているかすら怪しかった。
どうやら、囮を使った時間稼ぎには付き合ってくれるらしい。
決して打倒の叶わない竜の群れを前にしたその時間稼ぎに、どれほどの意味があるのかは分からないが。
「貴様を逃がすつもりはないらしい。囮としての役割を、しっかりと果たしてくれ」
見捨てる決断は早かった。
情などとっくに枯れ果てたし、助けなくてはならない理由も思いつかない。それ以前の問題として、助ける手段があると思えなかった。
「見捨てるつもりか⁉ 私はお前の父親だぞ? 父親の窮地をどうにかしようとは思えないのか、薄情者め!」
長男と次男まで放って逃げた男がよく言う。
彼等は気を失っていた訳ではなかったが、放置に反対する姿勢も、別れを惜しむ素振りも見せなかった。
この状況を待っていたのか、深龍の上に立つスカーレットは腕を振る。
それを合図に、竜達は次々と降下を始めた。完全な制御下にある事が窺える。
「ぎゃあああああぁぁぁーーーーーーーー‼」
ウルフェン・ザイーゾの悲鳴を搔き消すほどの勢いで領主邸を踏み潰し、地面を揺らす。特別な破壊活動など必要とせず、竜の群れが降り立つだけでウルフェンが贅を尽くした邸宅は粉々になった。
幸い、障壁のおかげで衝撃から守られたウィドリー達の視線の先で、ザイーゾ伯爵家の歴史は終わりを迎えたのである。
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