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一対一国

 私が皇城に向かうと、皇都に滞在していた貴族を集めて協議の真っ最中だった。

 国賓を殺害しかけたのだから、その対応を話し合う必要がある。


 本来なら国政に携わる人間だけで済むところに、領地の運営が主軸の貴族まで集めたのは、現実を突きつけるつもりがあったらしい。

 未だ、私と王国を甘く見ている貴族は多い。


「そもそも話し合うつもりだったザイーゾ伯爵へ、先に危害を加えたのは先方だったと聞いています。そんな乱暴な使者を送りつけてきた王国へ苦情を伝えるべきでは?」

「使者と言っても子供のお使い程度の者達でしょう? 少し金を握らせて、皇国での評価を盛っておけば、戦争まで発展させるとは言わんでしょう」

「派閥の長たるウィラード皇子に責任を取ってもらえばいいのでは? 確か、あの小娘は皇子の婿入りを望んでいた筈です。それを叶えてやればいい。それで連中の体面も保たれるのではないですかな」


 入口の前で聞き耳を立てていると、やっぱり馬鹿な発言が聞こえてきた。ここに至っても認識を改める気はないらしい。

 特に最後の提案。

 角が立たないよう断っただけなのに、ウィラード皇子を差し出せば私が喜ぶとでも思ったのかな。皇子の輿入れはもう贖罪にならない。求婚の時点なら政略の価値がなくもなかっただけで、私はウォズに決めたんだから、既に隣は空いてない。


 ――!


 これ以上立ち聞きしていても不愉快な言動しか聞こえてきそうにないので、私は謁見室の扉を消し飛ばした。


「……」

「……」

「……な、何事?」


 さっきまでの喧騒もピタリと止まって、入室した謁見室はとても静かだった。皇都中の貴族を収容できるだけの会議室がなかったからと謁見の間を協議の場に選んだと聞いていたけれど、大勢が集っているとは思えないほどの静寂ぶりだった。

 私も音を立てないように手段を選んだ甲斐はあったかな。臨界魔法を使ったので、轟音が響くような事も、破片が飛び散るような事態も起きていない。扉と壁は魔素に分解して、綺麗に刳り貫いてあった。


「突然の訪問、失礼いたします。フェリックス皇王陛下にお伝えする事があって押し通らせていただきました」


 勿論、許可は得ていない。

 面会依頼を出していなかったから通せないと城門で止められたけれど、強引に突破してきた。ウォズへあれだけの事をした国に、今更礼儀を払おうとは思っていない。


 ただ、途中でオイゲンさんに会ったものだから案内してもらった。一応、彼が監視する事で自由を保障してもらっている。あくまで建前上で、入口へ穴を空ける際にも止める気配はなかったけれど。

 先日の剛盾の件で格付けは済んだ。

 彼なら私を傷つけられる可能性がない訳じゃないけど、ほとんど命を賭すのと同義になる。明確な国の危機でもない限り、武力衝突は避けたいだろうね。

 私としても、現時点で皇国に対して戦意がある訳じゃない。


「今、皇国としての賠償について協議しているところだ。少し時間を貰えないだろうか?」

「それは構いませんが、私が方針を曲げる事はありませんから、無駄になるだけだと思いますよ」

「…………」


 そもそも、金品の支払いや領土の移譲で済むと思っているところがまだ甘い。当然、ウォズに暴行を加えた連中の首を差し出されたくらいで気は晴れない。

 謝罪で済む段階はもう過ぎた。


「……分かった。そちらの要求を聞こう」

「現時点でこちらから求めるものはありません。私は宣戦布告に来ただけですから」

「…………」


 入室した時点でかなり顔色は悪いと思っていたけれど、まだ悪化できる余地があったんだなぁ……と、どうでもいい事を考える。

 そのくらい、皇王の沈黙は長く続いた。ウィラード皇子の足元だけ地震でも起きているように、彼は大きく震えている。意外と器用なのかもしれない。ヘルムス皇子は難しそうに俯き、ペテルス皇子はいろいろと諦めたように項垂れる。


「王国は今回の事態をそこまで重く見ていると? こちらには全面的に要求に応える用意がある。私の退位も受け入れる。関税の決定権も差し出そう。だが、民を巻き込む事態は避けてほしい」


 そんな事を言われても信用できない。

 滞在場所として何もない土地へ案内されて以来、是正すると繰り返しながら裏切られ続けてきた。その気がなかったとまでは言わないけれど、貴族の手綱を握り切れていない皇王の言葉を鵜呑みにできない。


「たった今、反対意見が耳に入ったのですけれど、彼等の反発を抑えられると? 彼等のような貴族の暴走を予想できなかった結果、ウォズがあんな目に遭ったのでは?」

「それは……」

「更に言わせていただくなら、どれほど王国に有利な条約を結んだところで、政権が変わったからと反故にされたのでは意味がありません」

「ぐ……」


 フェリックス皇王は反論の言葉を持たなかった。

 ほとんど無条件に王国に屈するなら、現皇族の権威は失墜する。権勢を失ったなら、現皇族を推す貴族も激減する。緩やかに進行中だった改革も、頓挫する未来が予想できた。

 そうなればクーデターまではないにしても、新しい皇族の血縁者を立てて体制を一新する可能性はあり得る。王国に反発を続ける貴族なら、それくらいはしそうに思う。

 国中が徹底的に叩きのめされる敗戦と、無条件降伏は同じじゃない。


「それと、勘違いされているようですから訂正しておきます。今回の宣戦布告に、王国は一切関係ありません。私、スカーレット・ノースマーク個人が戦争の申し入れに来たのです」

「――」


 私の発言に対する反応は、二通りに分かれた。

 一方は何ら深刻さを軽減できていない。基本的に皇族はこちら側で、顔を青くしたままだった。王国軍と正面衝突するのと同じ程度には脅威と捉えてくれているらしい。

 更に上の評価だったのはヘルムス皇子で、眉間のしわを益々深くした後、大きく溜息を吐いて諦観する仕草を見せた。私を止める手段が思いつかなかったのかもしれないね。戦闘において彼は直感を外さない。

 もう一方には白けた空気が漂う。何を言っているのだと、呆れを隠そうともしなかった。


 勿論、私は勝算があって言っている。

 内戦に参加したので、皇国軍の装備についておおよそ確認できた。キャスプ型航空機も開発されたし、帝国軍みたいに空への備えが皆無って訳じゃない。二重貫通弾頭への理解が早かった事から、対空兵器の開発を進めていたのは間違いないと思う。

 それでも、アンハルト-レゾナンス連合軍がフェアライナ様を止められなかったくらいには、対応できていなかった。つまり、空戦を見越した配備は国の重要拠点のみって事になる。それもオルカやウェイル、軍用飛行列車を想定した程度で、私のウェルキンは止められない。私が単独なら尚更だね。

 帝国同様に、軍事施設を蹂躙できる。


「魔導士とは言え、一人で戦争? 思い上がりが過ぎるのではないか?」

「ハハハ、情夫の為にと怒る自分に酔っているのかもしれんが、勇猛と無謀を履き違えているらしい」

「いいのではないかな? 自慢の魔導士を撃退すれば、王国も弱腰になるだろ――グェッ!」


 暴言を吐いた三人目は、最後まで言い切る前に巨石の下敷きとなった。他の二人も炎上し、半身を凍り付かせている。

 皇国版回復薬で命は助かるくらいに加減したつもりだったけど、ウォズまで侮辱した二人目はちょっと加減を誤ったかもしれない。箒の補助なしに魔法を使うと、感情が威力に反映されてしまうね。


「既に通達は済ませましたので、ここは私にとって敵国です。皇王陛下とのお話に割って入る愚か者を排除しましたが、問題ありませんよね?」

「……仕方あるまい。開戦云々以前に、貴族として礼儀を失している。ストラタス卿を毀損したばかりか、ノースマーク殿に礼を払えない者など貴族だとは思わぬ」


 つまり、現状を国の危機だと認識している皇王にとっては些事でしかない、と。


 ちなみに、ワーフェル山や帝国での活躍が先行しているせいで、私が全属性って事実は意外と知られていない。剛盾の魔導士を地属性魔法で圧倒した事実も、神罰の脅威に上書きされてあまり伝わらなかったらしい。

 だからこそ、複数の属性を難なく操る異常性に恐怖が広がった。


「念のためにお伝えしておきます。彼女を止める戦力として私に期待しないでいただきたい」


 許可を得た上で、オイゲン騎士隊長が口を開いた。

 彼としても、過剰な期待を向けられても困る。私の脅威についての改めての説明は、ダメ押しになるので都合がいい。


「ノースマーク卿がここで戦端を開いた場合、私は陛下を連れて逃げる事を優先します。それでも、逃走が成功する可能性は低いと思っているくらいです。他の方々を護る余裕はございません。それだけの戦力差があるのだと、ご理解ください」

「「「なっ⁉」」」


 オイゲンさんからすると当然の言い分ではあったけれど、周囲を取り巻く恐怖は更に色濃くなった。


 実際のところ、ヘルムス皇子が捨て身で私を牽制して、オイゲンさんが広範囲魔法で目を眩ませながら逃走を計れば、謁見室から離脱くらいはできるかもしれない。それでも視界に入ったならマジックハンド魔法で捕まえられるから、逃げ切るのは難しいんじゃないかな。

 そんな事態に陥れば、勿論ここにいる貴族はほとんど全滅する。


「けれどご安心を。このまま皇城を陥落させて終わりにしようとは思っていません。ウェルキンで王国まで一度帰還した上で、改めて侵攻する予定です」

「……配慮、感謝する。できるなら、別の解決方法を協議したいところだが」

「それから私がここにいるからと、王国の誰かを人質にしようと考えるのはお勧めしません。既に対策済みです」


 その忠告で、こっそり謁見の間から出ようとしていた貴族が足を止めた。

 やっぱりここの貴族は信用できない。

 まあ、突破できないだけの防護性能を付与して、誰も中へ通さないように指示してきたから無駄だけど。


 十四塔へ行ったところで、既に防備は固めてあった。

 現状、あの塔はウォズのお守りと同程度の防衛力を有している。対象が大きくて魔力保持限界にも余裕があったから、千や二千の攻撃ではびくともしない。絶対不落の要塞と化していた。


「どうあっても引く気はないのだな?」

「そうですね。甘い対応を続けた結果が今ですから。私も、反省しているのですよ」

「……分かった。こちらも迎撃準備を進めよう」


 フェリックス皇王も覚悟を決めたように頷いた。

 そもそも宣戦布告なんて一方的に通達するもので、その時点で話し合いの余地なんて残っていないものだからね。現時点の降伏を私が認めない以上、痛みを伴わない結末は存在しない。


 とは言え、今すぐ始めましょうって訳にもいかなかった。一方的な侵攻は非難の対象となってしまう。私と同じ機動力を皇国にまで期待できないのもあった。

 開戦は一週間後、もともと帰国を予定していた日となる。


 私が謁見室を出た後、ほとんど半狂乱となった貴族達の悲鳴が聞こえたけれど、今更が過ぎるよね。

6/14、コミックスの一巻が発売します。

一話から五話まで収録、さいピン先生の書下ろし短編もいい仕上がりです。

私も短編を書かせていただきました。「魔物との初接触」角の生えた熊が登場します。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
技術協力者として派遣した子爵が、その派遣先の国へ宣戦布告をかます事態になるとは、ディーデリック様もさすがに予想できなかったでしょうね。 マジでどうしてこうなった状態になりそう。
基地外アカやうんこパヨクのクズが発狂する展開で草
皇国側は口だけで配下を御す気が全くないしね
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