閑話 ウォズの失敗
すみません。
更新予約のミスに今更気付きました。
ウィラード皇子との面会を終えた帰り道、無駄に長い廊下を歩きます。皇国独特の文化として上階を作らないため、各所を結ぶ廊下はどうしても長くなるのです。
特にここは皇族の居住棟ですから、人通りも少なく余計に寂しく思えました。
今日の俺は一人です。
皇子の謝罪について話す場に護衛であろうと連れて行くべきではないと、同行を見合わせました。スカーレット様からも再三注意されていますが、まだまだ一人の方が気楽というのもあります。
廊下がこう静かだと、誰かと話しながら歩いた方が気も紛れたかもしれませんが。
王国に戻ればほどなく建国祭で、それに合わせて叙爵となります。いい加減自覚を持たなくてはと思っていても、実感が追い付いていません。数年前まで貴族嫌いであったというのに、自分が貴族になろうしているのですから。
「あくまで手段でしかないのも理由でしょうね」
目標ではあっても、終着点ではありません。貴族になったからと特権を意識するつもりはありませんし、更なる国への貢献を目指してもいません。商売に役立つなら利用する……くらいでしょうか。
血統を誇る貴族は嫌がるでしょうけれど、俺にとって爵位はその程度のものです。
スカーレット様へ求婚する資格を得た。
それで満足しています。
その意味では、まだ念願が叶った訳でもありませんしね。急かすつもりはありませんし、時折俺の方を意識しながら頭を悩ませている様子は誇らしい時間です。
少なくとも、あの方の結婚相手として検討してもらえる余地があったという事です。そうでなければ、先日のウィラード皇子のようににべもなく切り捨てられていたでしょうから。
こうしてスカーレット様が望む素材を調達したり、商機の拡大を目指す事が、どれほど影響を与えているものかは未知数ですが……。
「……」
話し相手もいないのでスカーレット様の事を考えながら歩いていた俺でしたが、違和感を覚えて立ち止まります。
皇族の居住区から共用区画へ出ようとする境界に、数人の貴族が立ち塞がっていました。出入りを監視する騎士もいましたが、反応する様子がありません。ならば戻って皇子に助力を求めたいところでしたが、後方――俺がやって来た方からも騎士が歩いてきます。
その顔にはつい先ほど見覚えがありました。
ウィラード皇子の後ろに控えていた護衛です。しかも、その視線は皇子の私室にいた時点から好意的なものではありませんでした。今は不快さを隠そうともしていません。そんな騎士が退路を断つように向かってきます。
それで正面の貴族達にも見当がつきました。
第四皇子の即位を望む派閥でしょう。顔は把握していませんでしたが、いくつかの家名が頭に浮かびます。
「……参りましたね」
護衛を置いてくるべきではありませんでした。こういった事態が起こり得ると、警戒しておくべきだったのでしょう。少なくとも、部屋の前で待ってもらうくらいの必要はありました。
「私に何か御用でしょうか?」
動揺を表に出す事なく、貴族達と対峙します。
碌な用でないのは予想できましたが、だからと言って弱気な態度は見せられません。
同時に携帯していた映写晶を作動させて、せめて記録は残します。
「何、貴様に栄誉を与えてやろうと思ってな」
尊大に口を開いたのは中心にいた男ではなく、その隣に並んだ人物でした。首謀者は、暫定の男爵などと口を利く価値もないと考えているのでしょう。隣で不機嫌そうにこちらを睨むだけでした。
書類で名前だけは知っていたウルフェン・ザイーゾ伯爵は第二皇妃の遠縁で、ウィラード皇子の即位を昔から強く推している人物です。先日まで皇太子一強だった次代候補の中で第四皇子を支援していたくらいですから、時代の流れに乗れていない貴族でもあります。
取り巻きの口ぶりからも、旧態依然とした皇国貴族らしさが窺えました。
おそらく、王国との協調路線に同意できない貴族の集まりでしょう。
「栄誉、と言われましても、両国の橋渡しをしている時点で十分な評価をいただいております。それを上回るほどの役目があるのでしょうか?」
「ふん! 田舎国家で小娘のおまけをしている程度では決して得られぬ財と役職を用意してやろう」
アンハルト侯爵と同程度には先がない貴族が全財貨を吐き出したところでストラタス商会の資産に届くとは思えませんが、ここの集まった貴族の富を掻き集めるつもりでしょうか? だからと、話に乗る気は微塵も湧きませんが。
「それで、皆様は私に何を望まれると?」
既に爵位を確約している事実や財力の差を突き付けたところで、考えを曲げるとも思えません。俺は先を促しました。
聞く価値があるとも思っていませんが、時間稼ぎは必要です。
「傍にいるなら、あの女の弱みを一つ二つくらいは握っているだろう? それを吐け。我々が有効に使ってやろう」
「あの女……、スカーレット・ノースマーク暫定伯爵でしょうか?」
「決まっているだろう。その女伯……爵?」
スカーレット様の実際の立場を教えてあげると、強気だった貴族の声は急速にしぼんでしまいました。自分達の主導者と同格と知って怖れを抱いたのでしょう。
暫定ではありますが、皇国に滞在する事で叙爵の機会を遅らせていますから、皇国では伯爵として遇するように通達してあります。皇国でも周知している筈ですから、スカーレット様が子爵呼びを許容しているのをいい事に都合よく解釈したのでしょう。過去に固執するだけの貴族に期待もしていません。
「子爵であろうと、伯爵であろうと、田舎者で女の成り上がりなどに価値はない。私に協力するなら甘い汁を吸わせてやろうと言っているのだ。素直に従え!」
漸く口を開いたザイーゾ伯爵はあくまで強気でした。
彼は彼で、俺達が国賓である事実がはじめから抜け落ちているようですが。
正式な王国からの使者である俺にこんな口を利いていると皇族に知られた時点で、彼等の命運は尽きます。それが分からない程度の人物なのは間違いありません。
確実にスカーレット様の逆鱗に触れますし、これからの皇国にも必要のない人材です。誰も容赦しないでしょう。俺には、一族諸共破滅を志願しているようにしか見えませんでした。
しかし、俺がそんな彼等の末路を見届ける為には、この場を切り抜ける事が絶対条件です。
間の悪い事に、誰かが通りかかる気配はありません。良識ある人間の介入は期待できないでしょう。伯爵に皇城の通行を制限する権利があるとは思えませんが、王国との協調路線を疎んでいる人間は貴族以外にも多いのです。選民意識を拗らせた役人や使用人は、ウィラード皇子を擁立して方針を転換させる彼等の企みに乗ったのかもしれません。
求婚騒動は皇王陛下が頭を下げる事で落着としましたが、君主の謝罪自体を快く思っていない皇国人は多いと聞いています。現在の皇国の立ち位置を弁えず、皇子の求婚を拒絶した事自体を不快に思う者も多いのです。
「話になりませんね」
けれど、俺ははっきりと拒絶しました。
この場を切り抜ける為には、適当に話を合わせて彼等を退けた方が賢いのかもしれません。適度におだて、ウィラード皇子を持ち上げさえすれば、とりあえずの安全を確保できます。
彼等にとって俺は平民扱いのようですから、楯突かれるなど考えてもいないでしょう。身分と暴力で脅せばどうとなると思っているからこその傲慢です。その皇国貴族らしさに付け込むのは容易でした。
それでも、俺には頷けません。
「俺は技術教導を任せられたスカーレット様の副官としてここにいます。あの方の不利益になる事など、僅かでも口にできません」
たとえ嘘であろうと、ここで彼等に取り入る態度を見せれば、ストラタスの名前に傷がつきます。それで、どうしてスカーレット様の隣を望めるでしょう。
情に甘い。公平性を重んじ過ぎるところがある。咄嗟の欲に忠実……など、いくつか交渉上の隙は思い浮かびますが、それは俺が補えばいい事です。
そんなスカーレット様らしい欠点を、傍にいるからこそ見える人間らしさを、他人に漏らせる訳がありません。これは、身内だけが共有できる特権です。
「その強気がどこまで貫けるものか、試してやろうか?」
伯爵は思った以上に短絡的だった様子で、傍にいた騎士に剣を抜かせました。いち商人の反撃など警戒していないのでしょうが、その通りです。
確実に助けを求められる対象は皇族ですが、その居住区への廊下は封じられています。
そもそも皇王は執務中、第五皇子ヘルムス様はリンイリド監察官を伴って軍備の再編、第八皇子ペテルス様は学園で魔導織に夢中、第三皇女のフェアライナ様はレゾナンスを慰問中です。第三皇妃の子女達は幽閉の身にありますから、頼れるのはウィラード皇子とその弟妹しかいません。
今更国を傾けるだけの貴族に皇子達が同調するとは思いませんが、助けを期待するのはかなり分の悪い賭けでした。
「腕の一本や二本でも斬り落とせばその強情な口も滑りやすくなるか?」
こちらに向かってくる騎士は、最初からこの展開を期待していたように嗜虐的に笑います。スカーレット様に同行しているだけの平民と俺を見るなら、鬱憤を晴らす対象としては絶好でしょう。
――! ――!
繰り出される剣線を一撃、二撃と躱しますが、それが限界です。
生まれ持った魔力量が少なくて自衛程度の強化魔法がやっとの俺と、立場に奢っていようと日頃から戦技を磨いている騎士では勝負になりません。
間断なく繰り出された突きが俺を捉えます。
――‼
次の瞬間、吹き飛んだのは騎士の方でした。
「何だ⁉ 何があった……?」
唐突な展開に伯爵達は慌てますが、俺は冷静でした。
万が一の絶対防御。
スカーレット様が持たせてくれたお守りです。
俺に向かう悪意と危機に対して的確に作動し、騎士を弾き飛ばしました。
一般的な防護のお守りは身を護るだけの使い捨てで、障壁を展開した上で衝撃を反射するような性能はありません。スカーレット様の特別製だからの超性能でしたが、事態を好転するまでは至りませんでした。
争いごとに不慣れな貴族達こそ混乱した様子を見せましたが、騎士達に対してはかえって警戒を刺激してしまいました。後方で道を塞ぐ役目だった騎士も含めて、油断なくこちらを窺います。銃や魔法による同士討ちを避けるように展開しつつすらあります。
もっと隙があったなら強行突破も可能だったかもしれませんが、その余裕は与えてくれませんでした。
最初から俺を警戒していた訳ではないでしょうが、包囲する貴族がそれぞれ護衛を連れている状況が恨めしいです。協力する騎士も合わせれば、二十人を超えていました。
お守りは防護が目的なので、こちらから特攻する際にその後押しを期待できるものではありません。自在に障壁を展開できる魔道具とも別のもので、騎士達の接近を押しとどめる事もできません。
あくまで狙撃や不意打ちを防ぎ、防御や逃走の態勢を確保する時間稼ぎが目的でしかないのです。
咄嗟の一撃を防いだ後を任せる為に、貴族は護衛を引き連れているのだとつくづく思い知りました。この反省を次に生かせるかどうかは分かりませんが。
スカーレット様のお守りは一度の使用で効力を失う事はなく、しばらくの安全は保障されていました。オーレリア様の極限風刃魔法ほどでなければ防いでくれます。
それからもう一つ。
自衛用として所持している短杖も取り出します。
これはスカーレット様達が意見を出し合って作ってくれたもので、魔法の使用を補助する為のものではなく、触れた対象を昏倒させる効果があります。ただ気を失わせるだけでは面白くないと、激痛を与える効果も追加したと言っていました。その程度は試した事がありませんが。
こちらから手を出すのはいろいろと問題がありましたけれど、ここから先は自衛と言い張れます。皇国に招かれた立場なのですから、誰に危害を加えようと、どれほどの被害になろうと、自衛として正当な権利となります。
とは言え、お守りの効果も無尽蔵ではありません。
悪意へ的確に反応し、防護性能も高くて反射効果まであるのですから、消費魔力もそれなりに膨大です。
スカーレット様のできる限りの魔力が籠っていようと二十回か三十回……、破格の防御もいつかは尽きます。
他は特殊短杖に拙い強化魔法と、状況は決して良くありません。命を投げ出すつもりはありませんが、何処まで奮闘できるものでしょう……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきますので、応援よろしくお願いします。




