閑話 ウィラード皇子の謝意
コミカライズ5話、本日から公開されています。
成長中の元気なレティが見られますよ。
スカーレット様が領地へ戻られた後、俺はバルト元伯爵達に振り回されました。
正直、魔導織について俺が分かっている事は少ないのです。
素材の組み合わせによって魔法陣に近い現象を構築する……と定義を知っている程度で、どうしてそんな現象が起こるものか理解が及んでいません。素材それぞれが属性を保有し、固有の特性を備える事は理解できても、その相性や成分の詳細、組み合わせによる相関関係となるとまるで分りません。
実習を監督する俺にできるのは、現象を詳細に記録する事だけです。
どういった効果を目指していたのか。どんな素材を、どんな配合で組み合わせているのか。更に発展させるためにはどんな工夫が必要だと思うか、事細かに聞き取りを行なって、スカーレット様に報告するのです。スカーレット様が評価に困らないためにも、細大漏らさず書き留めなければいけません。
そんな中、建設的な助言がもらえない事に退屈した権威者達が、利用例について聞かせてほしいと願い出てきたのです。
「どのような構成になっているのか教えてほしいとまでは言いませぬ。ただ、この素晴らしい発想からスカーレット様がどのようなものを生み出したのか知りたいのです」
探りを入れられているのは明らかでしたが、言い回しは悪いものではありません。
容器に入れた液体が瞬時に凍る、片方の板に書いた文字がもう一枚に映るといった程度の効果しか発現できていない技術が、どのような実用品になっているのか知りたいのは当然の欲求だろうと思います。
そこまで到達するだけの技術は持ち合わせないまでも、目指すべき高みを知っておくのは励みになるだろうとも思います。
とは言え、王国の優位性を失ってしまうような情報漏洩はできませんが。
「スカーレット様はまず、魔剣の再現はできないものか考えていらっしゃいましたね。ダンジョンでしか採取できない特殊な魔力を帯びた金属でしたが、人工的な合成もできるのではないかと」
「そうか! 魔物の爪や鱗を金属と混ぜる事で特殊な硬度や耐性を持たせる事ができた。あれも広義では魔導織か……!」
「バルよ、こうはしておれん。すぐに鍛冶工房へ情報提供を願おう。各工房の秘伝としてきたものが、魔導織で解き明かせるかもしれん! 少なくとも、魔導織の実例を収集できるぞ!」
皇国技術の第一人者であった二人は早速動き始めました。権力の行使も躊躇いがありません。あれで元貴族家当主ですから、使いどころも知っています。彼等のこの行動力が、皇国の発展を牽引してきたのでしょう。
彼等に影響されて、領地で利用例が見つからないものかと相談を始めた令息達もいました。ここまで講義を受けてきた生徒達ですから、学んだ技術を昇華させようと貪欲です。
「あ、そっか。金属は魔力を均一化させる性質があるから、必要な個所に偏向するよう素材を混ぜれば……」
そして誰より際立っているのがリコリス嬢です。
あれだけの話で魔物素材を用いた鋳造技術の本質を理解して、金属と素材を書き連ね始めました。どうやら、直感で金属と素材の相性を導き出しているようです。
スカーレット様によると、学んだ素材の性質や過去の利用事例の全てを記憶し、それらを独自に編集して法則性を見出しているのではないかとの事でした。実際、あらゆる経験を糧として働くのが魔法感性です。強化魔法の練習着でも、魔力の動かし方を目視する事で自分の潜在部分を刺激します。
リコリス嬢の場合、その感覚的能力を複数方向へ伸ばしているのでしょう。
望む魔法の効果と多少の手掛かりを得る事で、瞬間的に魔力の操作方法を導き出す様子は、完全に理屈を超えて見えます。
そんな彼女を軽んじる人間は、もう講義参加者の中にはいませんでした。最初こそリコリス嬢の理解の速さへ苛立ちを覚えていた子女も、自分が理解を深める為の助言を貰える存在として頼りにしています。
そもそもメルヒ元侯爵とバルト元伯爵が頼ると同時に重用しているのですから、彼女を貶める発言などできよう筈もありません。スライム、魔漿液が絡むと途端に饒舌となって、リコリス嬢へ次々希望を述べるペテルス皇子もいます。
勿論、スカーレット様がアンハルト元侯爵令嬢を捻じ伏せた件も大きく影響していました。
この様子なら、皇国での魔導織普及は想定より随分と早いものになりそうです。
商人としては優位性を揺るがされそうな事態を憂慮すべきかもしれませんが、スカーレット様は多様性の発現を望まれています。普及が速くなるなら、想像を超えた魔道具の開発も期待できると喜ばれるでしょう。
講義の一環として、魔剣が魔導織の一端であるとそれとなく伝えるよう指示していたのもスカーレット様です。こうして学習意欲を刺激するのも織り込み済みだったのでしょうね。
「……そうか。その様子なら講義の後も彼等には期待が持てるね。しばらくは互いに切磋琢磨できるよう交流体制を築いておいた方がいいかもしれないな。いくつかの班に分けて協力体制を整えるのもいい。将来的に講師役を任せる為にも、理解を深めておいた方がいいに決まっている。……父に相談しておくべきかな」
翌日、俺はウィラード皇子の元を訪ねていました。
雑談の一環としてスカーレット様の講義状況を報告したのですが、その内容は満足のいくものだったようです。
戦争での醜態や先日のスカーレット様への無謀な求婚など、残念な場面を目にする一方で、故・ロシュワート皇太子の補佐を務められるくらいには優秀な人物ではあるようです。
国の利となる方策を柔軟に考え、特権意識に固執しない皇族らしさを見せてもらいました。考えの浅い部分があるところが、亡くなった皇太子との差だったのでしょう。こうして話す範囲では、優秀な補佐さえいるなら皇位を任せられるようにも思えました。
けれど実際にスカーレット様の求婚へ走ってしまった状況から察すると、信頼できる相談役はいないのだろうと推測できます。
これから頼れる人物を探して関係を構築しなければならないと思えば、目標の成就はまだまだ遠そうです。
「しかし君に相談しておいてなんだが、女性への贈り物としてこれはどうなのだろう……?」
今日は、先日の求婚騒動を皇子が謝罪する為の場となる筈でした。
スカーレット様にそれほど不利益があった訳ではありませんが、大勢の貴族の前で皇子の面目を潰さないよう煩わされた事には違いありません。本来なら一考の余地もなくお断りするところを、皇子が王国へ婿入りするなら検討できると譲歩もさせられました。
結局はフェアライナ皇女が現実を突きつけた事で、皇子の対面は丸潰れとなった訳ですが。
それでも迷惑をかけた事に違いはないと、謝罪を考える姿勢は悪くありません。今後の王国と皇国の関係を考えればスカーレット様との縁は残しておきたいという思惑もあるのかもしれませんが、せめてスカーレット様が喜ぶ贈り物を……と俺に相談してきたくらいですから、誠意は感じられました。
「花や装飾品を贈られても、職務上の贈答くらいにしか受け取られません。勿論謝意は受け入れられるでしょうが、印象は薄いと思います」
「う……うむ。そうか」
「皇子も、誕生日などで貰った物品で詳細を覚えているものは少ないのではありませんか?」
「ああ、そう言われれば理解できる。碌に知りもしない相手から贈られてくる絵や武器など、ほとんど覚えてもいないな。皇子の誕生日に何もしないのは貴族として対面が悪いのも理解できるが、義務的に贈られても倉庫でホコリをかぶる事になる」
「けれど、きちんとした気遣いのできる貴族なら違うのでは?」
「そうだね。その時に探していた稀覯本や思い出深い菓子など、実際の値段以上の価値があった。それで考えるなら……、なるほど流石ノースマーク卿というか、女性としてどうなのかというか……」
そのあたり、スカーレット様は特に難しいのです。
家族や友人、身内なら使い捨ての魔道具や古本であっても喜ぶのに、交流を望む貴族から贈られる機会は調査能力を計る指針にしか思っていません。その査定方法で評価を得るのは、決まって実用品でした。
「喜ばれるのは間違いありませんよ」
「君が言うならそうなのだろう。そこは疑っていない。しかし……」
ウィラード皇子が用意したのは、ダンジョン外で採取される珍しい特殊鉱石です。産出箇所がハンマストン山頂上付近に限定されているため、皇国以外では手に入りません。
シャクマ鉱とも呼ばれるそれは魔法の触媒になる事から他国への輸出を制限しており、こんな機会でもなければ皇国が差し出す筈もないでしょう。皇子の独断で贈答できる訳もないので、皇王や皇国上層部の了解を得ている事は間違ありません。その為の労力と採取の困難さを思えば、十分な謝罪の意思と評価できました。
「謝罪の場は改めて設けるが、これだけのものを差し出す意思がある事は君の方から伝えてほしい」
「はい、間違いなく。シャクマ鉱の価値はスカーレット様もよくご存じです」
スカーレット様が帰領中である事は公表できる訳がないので、臥せっているとだけ伝えてあります。皇子が謝罪する意向は前々から聞いていたので、こうして贈答品の確認に俺が来たのです。謝罪する側である皇子が無理を言える訳もありませんから、噓がばれる心配もしていません。
けれど、皇子のこの選択には俺の都合が入っていました。
もしも装飾品を贈られた場合、お礼を言う場で一度は身につけるという礼儀が発生します。お祝い事などで複数人から一度に贈られる場合は例外ですが、今回の場合には当て嵌まりません。謝罪の為であっても、贈答品には違いないのです。
つまり、希少な宝石や細緻を凝らした装飾品を贈った場合、スカーレット様がそれを身につける事となります。
別段俺はウィラード皇子を嫌っても、婚約騒動を疎んでもいませんが、彼が贈った品を身につけたスカーレット様は見たくありません。装飾品を身に着けるなら、それに合わせて装いを調整する必要もあります。スカーレット様の方から謝罪を求めるほどの関心がないのだとしても、彼の為に着飾るスカーレット様を見たくありませんでした。
とても狭量な理由ではありますが、シャクマ鉱をスカーレット様が喜ばれる事は間違いありませんし、王国との良好な関係も維持できます。
ウィラード皇子は謝罪を好意的に受け止められて満足。スカーレット様は以前から欲しがっていた希少鉱石を手に入れられて満足。俺も、あの方が喜ぶ筋道を立てられて満足。誰も損しませんから、このくらいの我儘には目を瞑ってもらいましょう。
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