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コミカライズ連載開始記念 番外 私のメイド

本日11時より、コロナEXにて“大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢~世界が汚いので掃除していただけなんですけど……~@COMIC”が公開されています。

なんと、一挙4話公開の大ボリュームです!

序盤は話の起伏が乏しいので、レティのトンデモが分かるところまで駆け抜けてほしいなぁ……とこぼしたところ、なんと実現してくださいました。さいピン先生、編集さん、ありがとうございます……!

さいピン先生が描く可愛くて元気な赤ん坊レティを、どうかお楽しみください。

 目が覚めると、おむつがしっとりしていた。

 ……既にいつもの事だけども。


 前世の記憶があるとは言え、今の身体は一歳になったばかりなのだから仕方ない。抗利尿ホルモンの分泌が不十分で、寝ているからっておしっこの生成が制限される訳じゃないし、膀胱が小さくてすぐいっぱいになるのに上手く尿意が伝わってこない。

 つまり身体がいろいろ未発達なのが原因なので、どうしようもないのだと諦めた。そもそも幼い頃は排泄の機会も多い。少し前までは一日に十回も二十回ももよおしていた。お母さんのおっぱいが中心で離乳食もミルクや水気が多めでドロドロだから、水分を多く摂取する。排泄が増えるのも当然だった。

 これでいちいち恥ずかしがっていたのでは、日々の生活が成り立たない。気付くとおむつが濡れている事も多々あった。自分の身体なのにままならない。だから、気にする事自体をやめた。

 今の私は赤ん坊。

 おしっこでおむつを濡らすのも、後始末をメイドさんにお願いするのも当然なのだと割り切った。羞恥の心もとっくに捨てた。


 それでも一歳になったのだからと、我慢する訓練は始めている。尿意を感じたなら、決壊する前に周囲のメイドさんに訴えておまるを用意してもらう。メイドさん達の前で用を足すのにも抵抗を覚えたけれど、おむつを濡らすよりマシと諦めた。

 どうせ、終わった後は全部綺麗に拭かれる訳だし。

 今の記憶自体、成長の過程で消えてくれたらいいなぁ……とは思っているけど。


 更に夜ともなれば、我慢でどうにかなる領域にない。

 体内で生成される尿が膀胱の許容量を超えるのだから、お漏らしは免れない。尿意で目を覚ますような機能も、まだ実装されていない。


「おはようございます、お嬢様」


 その日の私は、おむつの不快感に顔を歪める前にふわりと抱き上げられた。

 朝の挨拶と同じくらいの自然さでおむつ台へ運ばれて、ぱぱっと濡れたおしめを交換してくれる。おしりを拭う濡れタオルも人肌で気持ちがいい。


 ああ、今日の当番はエステルだったんだね。


 手早くおむつ交換を終えてくれたのはお世話係の一人で、エステル。

 長い髪をお団子にまとめて、普段は物静かに少し離れたところで控えている。表情の変化は少ないけれど、周囲に無関心な訳じゃなく、むしろ鳥瞰するみたいに周囲を細かく観察している。

 今みたいに、私が感情を表に出す前に動いてくれる事も珍しくない。


「あーあと、えってる」

「いえ、今日もお嬢様がご機嫌で、私も嬉しいです」


 私がご機嫌なのは彼女が不快感を消してくれたからだけど、エステルが笑顔だから訂正しなかった。滑舌がまだまだで、上手く説明できる気もしないしね。

 こうして笑顔を向けてくれると、義務感でお世話してくれてる訳じゃないと分かってほっこりする。新しいおむつの質感や離乳食の微妙な味付けとか、言葉にしなくても表情から感想を読み取って対処してくれるので、今の私にはとてもありがたい。


 私の体調の変化に真っ先に気付くのも彼女だった。

 身体は間違いなく赤子なので、些細な事でも体調を崩す。一時間前まで元気だったからって、そのまま一日を終えられるとは限らない。発熱があっても違和感を覚えず、具合の下降を自覚できない事も多かった。それを、エステルが目聡く見つけてくれる。僅かな兆候も見逃さない。悪化する前にお医者様を呼んで、症状が本格化する前に薬を用意してくれた。

 私の健康は、彼女のおかげで保たれていると言って過言じゃない。


 彼女は十六歳って話だけど、本当に⁉ って思う。

 前世の私が彼女と同じ年頃だった時点の記憶を思えば、あまりの違いに愕然とするよね。高校一年生の頃なんて、スマホいじって好きな教科の勉強だけしていた記憶しか出てこない。

 良家のお嬢様のお世話係として働くなんて、当時の私にはとんでもない事だった。


 世界も境遇も違うとはいえ、いろいろ至らなさを突き付けられる。

 今世の私は、もっと自分を律した方がいいかもしれない。


「おはようございます! あ、お嬢様起きていたんですね。今日はお天気で風が気持ちいいですから、窓を開けておきますね。日向ぼっこもいいかもしれません。きっと、素晴らしい心地でお昼寝できますよ。リクライニングソファー、出しておきましょうか?」


 私とエステルが穏やかな朝を過ごしていると、元気なメイドがやって来た。

 彼女はアルテ、私のお世話係の一人だった。


「このソファー、とっても手触りがいいんですよねぇ……。クッションもすっごく柔らかくて、ここでお昼寝できるお嬢様がいつも羨ましいです。私、頑張ってお金を貯めて、こんな自分だけのソファーを買おうって決めてるんですよ。でもこの柔らかさはきっとムーニシープの毛ですよね? うーん……、十年で買えるかな? いや、この魔性の魅力には抗えない。絶対に手に入れてみせます! お嬢様も応援してくださいね」


 黙ると死ぬ呪いに侵されているに違いないと言われる彼女は、いつも空気を明るくしてくれる。

 元気なのは口だけって訳でもない。ちょっとした力仕事や伝達係なんかも、積極的に引き受けるところをよく見かけた。短く切りそろえた明るい色の髪が、彼女の行動的なところを象徴してるね。ちょっとくらい失敗しても、あのテンションで謝られると責める気もなくなってしまう。それに、失敗は繰り返さないように陰で努力する頑張り屋さんだから、信頼してもいいかなって気持ちにさせてくれる。


 ちなみに、どうして私がそんな彼女の本質を知っているかと言うと、担当割り当ての都合や不寝番で他のメイドがいない時、こっそりお辞儀や挨拶の練習をしているところを何度も目撃しているから。

 アルテの中で、赤子の私は人目とカウントしないらしい。ちょっと、おっちょこちょいなところもあるよね。


 そんな愛されキャラが許されているのは、彼女がまだ十四歳だからってのもある。私のお世話係の中ではフランに次いで若くて、今世の法律でも未成年。多少未熟でも、改善の意思があるなら様子見って扱いらしい。

 メイド長に見限られて突然いなくなる……なんて事が無いよう祈ってる。


「そう言えば、西のゴーラクで冒険者がオピオタウロスを討伐したそうですよ。まさに一攫千金ですよね」

「お、ぴた……お、ろす?」

「はい、半竜半牛の恐ろしい魔物です。珍しい草食の竜なんですけど、食べる量が半端じゃないんです。人里の近くに現れると山を丸裸にするような勢いで草木を根こそぎ食べて、それで足りないようなら進路の全てを薙ぎ倒しながら移動するそうです。上半身は牛でも竜だけあって、討伐は困難だと聞きます」


 脈絡なく垂れ流される彼女の雑談は、実のところ私が今世の知識を得るのにも役立っていた。この世界には魔物がいるって話も彼女から聞いた。

 私に合わせるって事をしないから早口気味で、未だ聞き取りが困難な部分も有ったりする。何気に、言語習得にも貢献してくれてるね。ただのお喋り好きで、そんなつもりはないんだろうけど。


「おはようございます。オピオタウロス、ですか。きっと美味しいのでしょうね……。一度食べてみたいものです」


 挨拶もそこそこに、アルテの話題に反応したのはベネットだった。

 少し癖のある薄い黄色の髪を後ろで束ねて、いつもキビキビ動いてる印象がある。確か、エステルと同じで十五歳。私のお世話に一番積極的なのが彼女だね。私の粗相にエステルが気付いた場合でも、ベネットがいるなら進んで後始末を買って出る。

 仕事の後、得意そうに私へ報告するまでがセットだね。

 まだ碌な返事もできない私と、なるべく会話しようとするのも彼女だった。


「べえっと、食べる……無理?」

「食べたい……とは思っていますけど、すっごく高級なお肉なのです。私のお給料では、とても手が出ません」


 残念そうに俯くベネットは食べるのが大好きで、顔つきも少しふっくらしてる。片言で褒めた時、丸い顔にふんわり浮かべる笑顔がとっても素敵なんだよね。


 世間話がアルテの担当なら、食べ物関係についてはベネットが話してくれる。昨日何を食べた、以前に美味しかった何とかをまた食べたい……彼女の何気ないお話を聞いていると、お腹が鳴りそうになった事もある。

 まだ固形物を食べられないから特に。前世のせいで、味の想像だけはできてしまうから困る。


「私が目標にしているソファーと違って、オピオタウロスのお肉なんてお金を貯めてもいつ買えるか分かりませんからね。ほとんどがお貴族様用に確保されてて、一般の市場には出回らないと聞きます。お値段もとんでもないですから、仕留めた冒険者はこれから遊んで暮らせるんでしょうね。ホント、羨ましいです。このノースマークでもモイラさんとか、レオスさんとか、時々騎士から冒険者に転向する人っているじゃないですか。私、安泰の立場を捨ててまで危険な冒険を志す気持ちが理解できなかったんですけど、こんな話を聞くと納得しちゃいますよね。……なんて言っても、私には無理だと――」

「アルテ」


 元気に話していたアルテだったけど、たった一言でピタリと止まった。


「おはようございます、お嬢様。今日も顔色がよろしいようで、フレンダも安心しました」

「……おはよ、ふえんだ」


 私のお世話係の最年長でメイド達の教育係でもあるフレンダは、アルテを放って私に頭を下げる。彼女は決して優先順位を間違えない。

 きちんと私と挨拶を交わした後で、彼女は改めてアルテへ視線を向けた。


「雑談するなとは言いません。けれど、お嬢様を置き去りにしてお話に興じるようでは感心できません。お嬢様の為にわたくし達はここにいるのですから、雑談するにしてもお嬢様の反応を窺わなくてはならないのです。分かりますね?」


 不満ってほどでもないけれど、固有名詞が出たあたりで戸惑いは覚えていた。それに気付いていたエステルも、きちんと叱れる彼女の登場でホッとしたんじゃないかな。


「……すみません。反省しています」

「ええ、きちんと改悛できる貴女を信用しています。二度とお嬢様を困り顔にさせる事がないよう気を付けるのですよ」

「はい。お嬢様も、申し訳ありませんでした」


 彼女は決して声を荒らげたり、感情的になって叱りつける事をしない。けれど諄々と説く内容は正論で、異議を挟ませない。

 彼女が教え導く対象には私も入っていて、お小言がこちらへ向く事もあった。


 なんでもお屋敷中のメイドの中でも古株で、彼女がメイド長になる話もあったのだとか。現メイド長であるテトラを気に入ったお母様の意向でその話は流れたものの、侯爵家の第一子である私の教育係が回ってきた。私のお世話係に若い子が多い理由でもある。

 出世の話が流れたからと不満を燻らせる人じゃないし、私のお爺様の代から仕えてきたって話だから、お父様からの信頼も厚い。


 必要な時に厳しい一面はあっても、基本的には穏やかで優しい人なので、私は苦手ってほどじゃない。自分も他人も律せられる人って信用できるからね。

 それでもアルテはともかく、幼いフランは嫌って見えた。子供に好かれるタイプじゃないかな。本人も、好感を向けられるより成長を願っている節がある。四十六歳って人生経験は、フランがへそを曲げるくらいでは太刀打ちできない。物静かであっても、貫録が伝わってくる。


 フランにアルテ、ベネット、エステル、フレンダ、ここにもう一人を加えた六人が私のお世話係となる。

 可愛い服着たメイドさんは大好きだったけど、まさか自分がお世話される立場になるとは思わなかった。転生、最高だよね。

 実のところ、彼女達を眺めながらごろごろしてるだけで幸福感に包まれる。楚々とした仕草や礼儀を弁えた様子がたまんない。私に向かう奉仕の心も本物だった。格好だけのなんちゃってメイドじゃなくて、紛れもない実物だからね。

 可愛かったり綺麗だったりのメイドさんがかしずいてくれる訳だから、気分がいいに決まってる。私が不満を抱いたり何か大きな失態を犯さない限り、彼女達はずっと私に仕えるって話だから尚更だった。

 一緒に成長できるメイドさん、ご主人様冥利に尽きるね。

 本当に貴族って凄い。私、この家に生まれて本当に良かった……!


 で、最後の一人のカティは、この日は夜になってやって来た。

 どうも彼女が不寝番の担当だったらしい。


 カティは深い色合いのサラッサラロングヘアで、ちょっと目を見張るくらいの美人さん。その容姿で選んだ職業がメイドでいいのか、疑問に思う。

 この世界の事をそこまで知っている訳じゃないけれど、アイドルだったり役者さんだったり、引く手数多だったりしないのかな。十八歳って、そんなのに憧れたりしない?

 他のメイド達だってレベルが高いし、お母様とかめちゃめちゃ綺麗。これが一般的だとすると、ちょっと私は危機感を覚えるよ。


 けれど、この日は彼女を眺める余裕が残っていない。

 部屋中のモヤモヤさんをお掃除したせいで、身体を拭いてもらった後はもう眠い。暖かい日差しに包まれたお昼寝でチャージした活力も、今日はすっかり底を突いていた。


 フレンダ達ももう引き上げて、部屋の中にはカティと私の二人。

 こうなると、決まって彼女が取る行動があった。


 ――ぷにっ


 人差し指で私の頬を突く。しかも、すっごく満足そう。


 ――ぷにっ、ぷにっ


 私が反応しないので遠慮をなくしたのか、今度は続けて突いた。眠気を散らされるみたいで煩わしい。


「やー!」

「お嬢様、可愛い……」


 味を占めた三度目を遮ると、カティは表情をだらしなく緩ませた。ついでに、ホゥ……って恍惚とした吐息もこぼれる。私の抵抗も、彼女を喜ばせるだけだったらしい。


 普段の彼女はこうじゃない。

 所作に気品があっていつも落ち着いている。汚物の処理や大変な仕事を任されても、いつも涼しい顔でこなしていた。あまり自己主張する方ではないけれど、フレンダに話を振られたならしっかりと意見を述べる。そんなだから、フレンダからの評価も高い。

 エステル同様に、少し離れたところで見守っている事が多いかな。そして、時々物憂げに顔を俯かせて静かに息を吐く。


 表面的にはクールビューティーと評して差し支えない彼女だけれど、一年近くもお世話されていると本性も見えてくる。

 不満だったりつまらなかったりしているのかと思っていた溜め息は、さっきの艶っぽいのと同質のものだったらしい。アルテによると、カティの趣味は私の観賞なのだとか。


 私を観賞するって何?

 観察ですらないの?

 私を眺めて、何を楽しむと?

 誰かを楽しませるような不思議存在じゃないよ?


 とにかく、何かと不可解な女性だった。メイドの中で、一番ザンネンなのは間違いなく彼女だよね。私を愛でる事を至上としている。何が気に入ったのか分からない。

 お世話係としては優秀なので、扱いにも困ってしまう。

 ちっちゃい子が好きってだけで、私が成長したなら態度を変えてくれるのかな? それなら分からなくもない。そうあってほしいと、切実に思う。


 何はともあれ、個性豊かなメイド達に囲まれて満悦です。

コミカライズにあたって、さいピン先生がレティのメイド全員をデザインしてくださいました。

出番の少ないベネットやエステル、フレンダは勿論、これまで設定にしか存在していなかったアルテとカティまで、です。

それに触発されて生まれたSSとなります。

今回のメイド達は、コミックス1巻のおまけマンガにも登場予定です。

そちらではレティが通常運転で? 暴走してくれています。是非そちらも楽しみにしていただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
無自覚に窓を多重エンチャントで対弾装甲加工したことでこの後の狙撃事件を回避できたのでしたね。 転生者じゃなかったら、確実に死んでいましたね。
いつも楽しく読んでます! 今更ながら転生でなく普通の子だったら、あの時の窓ガラス弾丸反射事件が終わりだったのだろうな〜 さらに、転生してても力まだまだだったら危険だったのだろうな(笑)無意識の発動…
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