表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

644/681

楽しみな約束

 内戦が終結しても、皇国はまだまだ忙しい。戦争が終わったからこそと言うべきかな。戦後処理の為にフェリックス皇王は無理を押しているし、ウィラード皇子もあちこち駆け回っている。彼は失態の分を巻き返さないといけない。

 フェアライナ様も、西側諸領への回復薬の運搬にチャリティーコンサートと忙しくしていた。同時に貴族達と面会して復興資金も募る。出資の条件として、回復薬の優先配布を餌にしていた。復興に貢献した貴族として名前も残るから、出資を渋る貴族は少ないのだとか。

 リンイリドさんに至っては、祝勝会の後から姿を見かけなくなった。次代を支える若手として、様々な大役を任されているらしい。有事に備えてと、ヘルムス皇子が身体を鍛えているのはいつも通りだけれど。


 そんな状況なので講義再開を遅らせるって話もしてみたのだけれど、逆に一刻も早い再開を望まれてしまった。


「魔導織……、何と奥が深い! 柔軟に素材を組み合わせられる若者が羨ましい……!」

「これを、奇跡の霊薬から着想を得たというのがまた素晴らしい! 王国の特級薬に及ばない我が国の回復薬を、更に発展させられそうですな」

「魔漿液も活用できる点がまたいいですね。スライムの可能性をどこまでも広げられそうです!」


 バルト老にメルヒ老、そしてペテルス皇子、特に彼等が声高に再開を希望した。アンハルト、レゾナンス両侯爵の決起で講義を中断されて、鬱憤を溜めていたらしい。

 おかげで、戦後処理が落ち着くまで鉱化スライム片の検証をしていたいって私の望みは叶わなかったよ……。


「お二人は航空機の研究を続けなくていいのですか?」

「おお、問題ないぞい。工房長達に任せてきましたからな。基礎さえ確立すれば、後は彼等が発展させてくれる。儂等はスカーレット先生から新しい知見を得る方が大事じゃ」

「あれはあれで興味深くはあったがの、現時点で飛躍的な改造はできそうにありませんからな。次の着想を得る為にも、今は見識を広げておきたいところです」


 要するに、もう飽きたらしい。

 皇国発祥の飛行手段に遣り甲斐を感じたものの、政治的な目的で完成を急かされ、戦争を有利に運べるからと急遽の発展を余儀なくされて、関心が薄れたらしい。

 私も特定分野の専門家になれるタイプじゃないので、気持ちは分かる。飛行列車にしたって、更なる改良は気が向いた時でいいよね。


「先生、これでどうですか?」


 当然、リコリスちゃんも張り切って講義へ参加している。

 さっきバルト老が言っていたように、魔導織は固定観念に捕らわれていない子供の方が柔軟に素材を組み合わせられる。彼女の特殊な魔法感性が活躍する分野ではないものの、楽しくて仕方なさそうに特殊な効果を発現させていた。


 私の領地でも、年嵩の技術者よりシドから迎えた留学生達の方が魔導織を上手く活用する傾向が強い。私は未成年であっても、貴族として勉強してきた時間が長いせいか、頭が固いみたいなんだよね。


 で、リコリスちゃんが作った二つ折りの板を開くと、蝶の姿を模った炎と光の翅が宙を舞う。まるで生きているみたいに飛び回り、板を掲げるとそこへ真っ直ぐ戻ってきた。


「えと……、綺麗そうだなって思って作っただけですから、これを何に使おうとか考えてないんですけど」

「ううん、よくできてるよ。とっても綺麗だったし、意思を持たせている訳でも、操作している訳でもないのに本物みたいに見えたのは凄いと思う」


 魔法で生き物を模すって考え方自体が私にない。

 飛ぶ条件についていくつか設定して、ランダムであちこちへ向かっているのかな。無作為に見える設定というのが面白い。


「ふむ……。もしかすると、その板をもう一対作れば、そちらへ蝶を誘導できるのではないかな?」

「かなり離れた場所まで導けるなら、伝書鳩的な連絡手段として使えるかもしれんな」

「あくまでも素材が生む魔法の効果なのだから、板の間を魔力波が伝わるようにすればよいのではないか? 伝書鳩などより余程高性能な魔道具ができるだろう」

「綺麗なチョウチョとは全然別のものになってしまいますけど……、いくつか素材を交換すればできなくはないと思います」

「おお、それは凄い! リコリス殿、是非お願いしたい」

「はい! ちょっとやってみますね」


 あっという間に新しい技術が生まれつつあるね。柔軟に発想を生み出すリコリスちゃんと経験豊富な熟練研究者の相性はいいらしい。

 優秀な人間には誰であろうと敬意を示すのか、平民でまだ幼いリコリスちゃんを、国を代表する権威でもあるメルヒ老が敬称付きで呼ぶのも興味深い光景だった。


 一対の板につき一匹の蝶しか出せない様子だったから、一文字ずつ情報を伝達するポケベル的な通信手段になるのかな。研究が進めば、文章を送れるようになるのも早そうだけど。


 別に彼等は遊んでいる訳じゃない。今日は魔導織について理解を深める為の実習だった。


「それにしても、こうして先生から学べる時間ももうすぐ終わりかと思うと、実に名残惜しいですな」

「好奇心に突き動かされるまま好きなものを作る……。その楽しさを思い出させてもらったわい。儂に残った時間でどれだけの事に挑戦できるのか、若さがない事が惜しくて仕方がない」

「…………」


 魔導織まで教えてしまえば、後は叔父様が生み出した共鳴式の大規模魔法くらいしか残っていない。私が皇国を離れる日まで、一週間を切っていた。

 私の帰国後は、十四塔に教導技官を常駐させる話となっている。


 内戦なんてイレギュラーはあったけど、皇国滞在は決して悪いものじゃなかった。多くの出会いがあって、様々な刺激も貰えた。一度離れてしまえば、王国貴族である私が再びこの地を踏める日がいつになるのか分からない。気軽に領地へ戻っていたせいで郷愁の念を抱き難いのもあって、帰国を寂しく思う気持ちもあった。

 だからと言って、皇国に残る選択肢は私に存在しない。

 それを仕方ないと理解できてしまうご老体二人の言葉には諦めが混じる。どうしようもない別れは何度も経験してきたのだろうし、つい先日にも起きた。

 でも、リコリスちゃんは顔を伏せて黙ってしまう。


 彼女はお父さんを亡くしているから、理解できていない訳じゃない。我儘を言ったところで覆らないのも知っている。それでも、感情が付いて来ない様子だった。


 ちなみにバルト老とメルヒ老が私との別れを大人しく受け入れられたかと言うと、決してそんな事はない。

 彼等にペテルス皇子を加えた三人は、祝勝会の件を切っ掛けに国外へ出る方法を画策して、皇王陛下に叱られたらしい。私の立場は尊重できても、好奇心は抑えられなかったってところかな。

 再婚に前向きそうなご夫人の紹介を願われても困るよね。

 ペテルス皇子にしても、回復薬って優れた実績を上げた皇子を手放せる訳がなかった。人質として使い捨てるのは勿体ない。私としても、共に研究を行なうよりスライム草がそうだったように、私とは異なる角度からの検討を続けてほしいと思う。

 お城の三分の一を埋め尽くしていたスライムも無駄にならなかった訳だし、好きこそものの上手なれを邁進してもらいたい。


 そのペテルス皇子は、魔素を追って自動で動く人工スライム的なものを作ろうとしていた。魔素を集めるだけなら魔導変換器でいいような気もするけど、私から出てこない発想には違いない。

 自然発生した魔道具的な存在じゃないかって仮説もあったから、その検証にはなるかもしれないね。


 彼はこうして、スライムの可能性をどこまでも追うのだと思う。

 オリハルコンの生成に鉱化スライム片、様々な潜在能力を秘めているのも知っているから、止める気にはなれなかった。


「バルト様とメルヒ様が、この先手掛けたい研究はあるのですか?」


 あくまでも雑談。

 皇国の方針を探る気はないけれど、ちょっとした好奇心で訊いてみた。


「儂は、星の外を目指したいと思っております」

「つまり……宇宙へ?」

「はい。空から眺めた景色は素晴らしいものでしたが、更に欲が出てしまいました。遥か宙から大地を見下ろしたい」


 前世含めて、宇宙へ行った経験は私にもない。でも、宇宙での活動に興味を抱いた事はなかった。転生したファンタジーの世界へ興味が集中して、それを外に向ける余裕がなかったのかもしれないね。


「素晴らしい夢ですね。実現したなら、是非感想を聞かせてください」

「……先生は無謀だと思わんのですか?」

「何故です? 挑戦を否定する理由にはならないでしょう? 難関に取り組む過程で他へ流用可能な技術を生み出せるかもしれませんし、きちんと記録を残すなら後に続く人達の指針となります。無駄や道楽で終わる事はないですよね?」


 王国が成し遂げていない事例を目指すなら、きっと国もその背を押してくれる。気象衛星やGPS、宇宙から観測する事で広がる可能性はいくらでもあった。


 重力を振り切るだけの出力は、キャシーが開発中のガスタービンエンジンを発展させれば実現しそうなんだよね。二重貫通弾頭(ミサイル)があるくらいだから、応用はきっと難しくない。空間魔法を使えば、生活のスペースも確保できる。オリハルコンがあるから、強度や軽量化に悩まされる事もない。前世より容易に宇宙を目指せるかもしれなかった。

 でも、異世界特有の壁も存在する。


「問題は、宇宙に魔素がないとされている事でしょうな。魔道具が地上と同等に動くかどうかも分からない」


 比較的最近になって判明した事実で、魔法による制御には不安が残る。

 オリハルコンにたっぷり魔力を詰めて飛ばせば解決できる問題だとは思うけど、本当のところは検証してみないと分からない。


 それに地球の傍を周回するならともかく、月や他惑星を目指すなら宇宙船の位置や進行方向を正確に把握する必要もある。そうした情報の取得はまだまだ遅れているからね。

 開発の余地があるって事だから、挑戦する甲斐もあるんだろうけど。


「リコリスちゃんは何を作りたい?」

「リコは……先生にいつでも会いに行ける魔道具を作りたいです!」


 もっと漠然とした夢を聞かせてくれるかと思っていたら、彼女は強靭な意思を示してくれた。


「……そっか。待ってるよ、貴女が会いに来てくれる日を」

「はい!」


 私達の前に立ち塞がっているのは技術的な問題じゃなくて面倒な政治の壁ではあるけれど、私はそれを指摘しなかった。

 彼女の決意に水を差したくなかったのもある。

 でもそれ以上に、彼女を阻む障害の困難さを理解した上で、それを乗り越える強さを信じたかった。いつか現実を突きつけられても、きっと彼女は諦めない。必ず今日の決意を成し遂げてくれる。


 皇国を離れる前に、とても大切な約束ができた。

 リコリス・パーラムさん、貴女に出会えて本当に良かった……。

いつもお読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきますので、応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
転送転移系魔法は既にあるのでは(笑) スカーレットが皇国に対して秘密にしているだけで、今までも普段使いしていたのだし。 バレない状況を作ればリコリスやバルト老、メルヒ老にペテルス皇子は連れ出すことも可…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ