揺れる祝勝会
フェリックス皇王の登場以降、祝勝会の空気はまるで変わった。
多くの貴族にとって、連合軍に加担した領主と王国を糾弾し、取り潰しとなる領地を管理する権利を主張して、更なる栄華を得る筈だったパーティーは一変した。皇王陛下が態度を切り替えた以上、徒党を組んで押せば無茶な要望も通ったこれまでは通用しない。少しでも影響力を持つ大貴族を引き入れようと、公爵や侯爵家に行なってきた数々の工作も無駄になる。
皇王に貴族を更迭する権限はない。王が貴族を任じた瞬間から、その領地や役職の全てはその人物のものとなる。統治権の一部を委譲した訳だから、王であっても口を挟めない。その立場にいつまで居座り続けるか、誰に譲るか、決めるのは貴族の特権となる。おまけにその立場に守られて、罰するのすら簡単じゃない。
その前提に高をくくって、彼等は好き放題を繰り返してきた。
けれど、何事にも例外はある。さっきみたいに無能の烙印を押すってのもその一つだし、そもそも特権には法律の許す範囲でって制限がある。さて、この中に法の順守を徹底した貴族ってどのくらいいるのかな。
帰りたそうにしている貴族が多く見られる。でも、戦勝を祝う場でそんな真似は許されない。さっき領主失格を言い渡された貴族だって残らされているくらいだからね。
それにリンイリドさんから得た情報によると、祝勝の場への参加に貴族を呼び出すのと並行して、諜報部隊を多くの領地へ向かわせたって話だった。今更戻ったところで、証拠隠滅が間に合う筈がない。
しばらくは統治監督官って役職の人間が領地を取り仕切る事になる。
リンイリドさんをはじめとしてこうした人物が育成されているあたり、ロシュワート殿下が備えていたんだと思う。貴族が増長を続ける国を憂いていた。レゾナンス侯爵とジェノフィン第三皇子も、決起を遅らせていたなら違った結末があったかもしれないね。
とは言え、皇国の改革に関わる気はないので私は食事を楽しむ。ノーラが皇国のソース文化と王国料理を合わせるのに嵌まっているから、この機会にいくつか味を覚えて帰りたいんだよね。つまんない貴族の思惑が働いていようと、皇城料理人のオードブルが味わえる機会なんてあまりない。
ある意味私が切っ掛けになってしまった部分はあったけれど、これほどの事態になったのは皇国の体制が歪んでいたせい。私が必要上に責任を感じる事でもない。
「ノースマーク卿、少しよろしいですかな?」
祝勝の目的が行方不明になった空気とは別に、積極的に私へ話しかける貴族もいた。善良な貴族だっているだろうし、法は犯しても軽微であったり、影響力が強ければ条件付きで許される貴族だっている。皇王の発言に戦々恐々としている貴族ばかりじゃない。
それに、彼等は、私を無視できない。
ウニやエビを使ったソースへの未練を断ち切って、私も彼等と向き合った。
「私の息子を改めて貴女の講義に参加させたいのだが、可能だろうか?」
この手の話が一番多い。
キャスプ型航空機を目の当たりにした上、南大陸の技術について聞かされて、漸く危機感を抱いたらしい。今更感はあるけれど、その感情を抱けるだけ皇国貴族としてはマシな方なんだよね。
「私の講義はもう二週間もすれば終わります。今からではついていくのも難しいでしょうし、理解できない講義に参加するだけでは無駄も多いでしょう。それなら、次の機会を待った方がいいのではありませんか?」
「次の機会……?」
「ええ。皇王陛下としては王国の技術を学園だけで独占するつもりはなく、多くの知見を取り入れる為に皇国中へ広げたいと考えておられます。そこへ私が出しゃばるつもりはありませんが、ペテルス皇子をはじめとした受講者達がそれぞれに伝授の機会を作ると思いますよ」
こうして取り入ろうとしてくる背景には、フェリックス皇王が王国を友好国と明確に認めた事がある。
王国と帝国ほど剝き出しの敵対関係でなくとも、これまでの両国は決して相容れるものではなかった。三大強国間で突出する事を望み、それぞれが独自の発展を目指してきた。
けれど、これからの関係は変わる。
帝国が王国に屈した事もあって、彼の国は王国の影響を強く受ける。そうなると皇国は孤立してしまう。小国家群の助力を得てもそれほど足しにならないし、あの辺りの国は優位な方へ擦り寄るので信用も難しい。
飛行列車やキャスプ型航空機、移動手段が一新する契機に、国同士の関係を見直す必要もあった。
全部終わってから聞いた話だけど、南の国境前に配置していた帝国軍は国賓待遇で受け入れたらしい。これからも対魔物戦の連携を約束して親交を深めたのだとか。
負け戦に参加せずに済んだって思惑はあっても、新しい両国関係構築の一助にはなると思う。
正直、私もエノクに借りができたよね。帝国行きに肯定的で、胸の大きな女の子でも紹介した方がいいのかな。今回の件にニョードガイ辺境伯が協力的だった事を考えれば、私の知り合いってだけで歓迎してもらえそうだし。
戦力でも王国に劣っていると皇王が明言したのも大きい。懐古主義に傾倒したままでは、時代に乗り遅れてしまう。王国には魔法籠手があり、南大陸製の魔操銃なんてものも知ってしまった。これまでの旧態依然とした軍隊では戦争にもならなくなる。
実際ウォズなんて、魔物の襲撃に悩まされるサウザンベアに向けて、魔法籠手を貸与する気満々だった。それで王国への敵愾心は削げるし、技術格差も見せつけられる。しかも、試作品として鉱化スライム片を導入した新型も混ぜると言う。南大陸産の魔操銃は忌避されても、魔法籠手を拒絶する理由はないからね。
相変わらず、私の功績を広めるのとお金儲けには余念がない。
「……自ら生み出した技術を手放してしまうと? それでは、ノースマーク卿に旨味がないのでは?」
「私が独占したところで、開発できる製品には限りがあります。それなら、広く基礎技術を公開した方が色々な可能性を生み出せるでしょう」
「おおっ! なんと慈悲深い……」
慈悲じゃなくて、好奇心なんだけど。
それに、基礎から発展させた内容については秘匿してあるから優位性は失っていない。
「聞けば、フェアライナ皇女殿下が配られた回復薬の開発にもノースマーク卿が関わっていたのだとか。惜しみなく新技術を提供いただいて、感謝申し上げます。おかげで、息子が戦地から無事に戻れました」
「私も、戦場へ歌を届けたのはノースマーク卿の提案と伺っております。あのような方法で兵士を鼓舞し、敵の戦意を削ぐなど、大魔導士殿は戦略にも秀でておられるのですな!」
だと言うのに、私を持ち上げようとする貴族が寄ってきてしまう。
割って入ってきた子爵はウォズと、そっちの男爵はさっきまでノーラと話していたよね。一体、なに聞いた?
私を煽てて何か言質を引き出そうとしているお世辞なら切って捨てるのに、本気で感じ入っている様子だったから大変だった。帝国を三日で下した戦略について聞かれても、早く終わらせて研究に戻りたかったとは言えないから困る。
最終的には七人にまで増えていた皇国貴族を満足させて食事に戻ると、並べてあったメニューは取り換えられていた。
私のエビ……。
「お疲れ様ですわ、スカーレット様。急に態度を変えられて、不快ではありませんでしたか?」
仕方ないからローストビーフ入りサラダのドレッシングを選んでいると、少し疲れた様子のフェアライナ様がやってきた。
「ああして時流に乗って領地を維持しようとするのも彼等の処世術でしょうから、否定まではしませんよ。あからさまに恩恵を欲してのものでもありませんでしたから、不快とまでは思いません」
「お気遣い、ありがとうございますわ」
「それより、フェアライナ様もお疲れのご様子。お話は弾みましたか?」
「どうでしょう……? それでも腫れもの扱いされなくなった分だけ、居心地は悪いものではありませんでしたわ。過分な二つ名に応えられていたかどうかは分かりませんけれど」
フェアライナ様の立ち位置は、戦場へ出た時点で大きく変わった。
戦場に救いをもたらした聖女、懸命に兵士を鼓舞した歌姫、凄惨な戦場に目を逸らさなかった女傑、兵士達の心をも癒した佳人、天翔歌姫以外にも多くの表現で形容される。今更、彼女を残念皇女扱いする人なんていない。
回復薬で助けてほしい、領地で歌ってほしい。彼女を利用しようって思惑も多くある。祝勝会に参加している令嬢達もその例外じゃない。この機会に繋がりを得ておこうと群がっていた。
これまで貴族との関係を上手く構築できていなかったフェアライナ様には、悪い事ばかりじゃないけどね。
「お父様がああして貴族の取り締まりを明言した以上、わたくしに泣きついてくる方も増えると思いますわ。そう言った方達に流される事なく、関係を構築していくのもわたくしの責務だと思っております。泣き言なんて言っていられませんわ」
「その覚悟はご立派ですけれど、お一人で立ち向かう必要はないのでは? 殿下のご友人達も、きっとお力になってくれると思います」
「……そうですわね。大切な助言、ありがとうございますですわ!」
これまで彼女が失敗を繰り返してきた理由の一つとして、皇族だって自意識が強過ぎたのもあったと思う。皇王陛下やロシュワート殿下の治世を見てきた筈だし、ヘルムス皇子って反面教師もいたから無理もないけど、皇族が誰かを頼っちゃいけない訳じゃない。
むしろそのあたりは、自分が苦手な分野についてはリンイリドさんとかに丸投げ状態の実兄を見習うべきだよね。あくまで参考程度に。
「今度、一緒にレゾナンスへ行く約束をしていますから、その時に相談してみますわ!」
「そう言えば、戦争で傷ついた兵士達の治療へ向かわれるのでしたね」
「はい。戦争を目論んだ者達はともかく、彼等のほとんどは大切な皇国の民ですもの。戦争はもう終わりましたわ」
ついでに、彼女の友人達を正式な協力者にするのも悪くないと思う。緑の魔法は使えなくても園芸には長けていたし、薬草栽培を女性の仕事にできれば雇用も広がる。歌姫活動でユニットを組むのもいいよね。貴族なら芸術面の教育も受けているだろうし。
フェアライナ様も提案に乗り気の様子だったので、そのまま雑談を続ける。今を時めく歌姫殿下と王国の大魔導士の会話に割り込んでこられる人はいなかったので、適度に食事をつまみながらお話しできた。
でも、何事にも例外が生じてしまう。
周囲の貴族がさっと割れたかと思うと、その先には白のタキシードに大輪の花束を抱えた姿。趣味が悪いのか、豪華な方が人目を引くと思ったのか、花束にはじゃらじゃら宝石も輝く。
盛り上がっていた歓談の場は唐突に終わりを告げた。
うん、嫌な予感しかしないね……。
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