フェリックス皇王の変心
皇都カムランデを前にした私達は、飛行ボードで降下してヘルムス皇子達と合流した。今回、私は皇国からの要請を受けて、王国の許可を得た上で剛盾の討伐に参加した。国家間で正式に協定を結んでいた訳だから、ここから先は他人事って訳にいかない。
皇族的にはこれからの王国との友好関係をアピールする為にも、私とウォズを前面に押し出す必要がある。国を代表して来ている以上、避けられないお役目だった。
そういった根回しが不十分だった道中とは違う。
先頭はヘルムス皇子とウィラード皇子であるものの、その後をペテルス皇子、フェアライナ皇女と一緒に皇城への道を進む。
「ヘルムス皇子、万歳!」
「勝利に感謝を!」
「歌姫様ぁー! ありがとうございます……!」
「皇国軍、万歳!」
「ペテルス様、次も期待しています!」
「列強なる皇国軍に祝福を!」
凱旋を迎えた人々は口々に勝利を讃える。
大領主であるレゾナンス、アンハルトが反旗を翻し、泥沼の内乱継続が予想できた。初戦敗退、連合軍の大幅増員、魔導士の離反、不詳魔道具の投入と、不穏な噂も続いた。レゾナンスが大都市だけあって、侯爵軍を中核とした反乱勢力が皇都まで押し寄せるのではないかって不安もあった。
そうでなくても、戦争が続いていい話なんてない。
西への通行が制限されて、度重なる臨時徴収が行われ、軍が町を離れる事で魔物に襲われる危険が高まり、治安も悪化傾向にあった。あらゆる物資を軍へ優先して届ける為に、物価だって高騰する。状況が悪くなれば、徴兵に応じなくてはならない事態だってあり得た。
戦地が西に離れていたとは言え、皇都の人々にとっても他人事ではなかった。
それに応えて、ヘルムス皇子は右手を高く突き上げ歓声に身を委ねる。何度も内乱を収めてきた皇子が今回もやってくれたと、誰もが彼を英雄皇子と絶賛した。
レゾナンスをはじめとしたいくつもの領地が取り潰しとなり、内乱は終わっても南大陸の脅威は去っていない。その上フェリックス皇王の予後について良い話は聞かず、今後も厳しい舵取りを強いられる。
せめて皇都民の人気だけは得ておこうって、リンイリドさんの都合も察せられた。
で、謎宝石の研究において光明を見出した私がどうして皇国にいるかと言えば、単純にタイムリミットを迎えたからだった。
結果として、スライムに金属塩を溶かす試みは上手くいった。
方法は難しくない。溶かしたい基質に少量の魔漿液を垂らして魔素を少量含ませておけば、後は勝手にスライムが取り込んでくれる。一定量を越えたあたりから弾性が急激に強くなり、更に摂取量を増やすとほとんど硬質化した。
基質を溶解させた魔漿液にスライムを浸すとか、ある程度を取り込ませた上で蒸留するとかいった手順すら必要ない。ゼリー状部分が硬質化するからと、スライムが魔素の摂取をやめる事もなかった。伸縮できなくなってしまえば、スライムは移動の手段を失う。自力での魔素供給ができなくなる。それで生命活動を維持できなくなったとしても、魔素の供給を止めるような知性はないらしい。
宝石と言っていいものか分からないけれど、そうして硬質化したスライムを砕けば、光彩を持った非金属鉱物が得られた。強く握ると僅かに弾性を残しているけれど。
「わずかに地属性を含有する無属性……、こんなの分かる訳ないよね」
「スライム……、スライムですから、基本は無属性。溶解させた金属塩の分だけ地属性へ偏る訳ですか。単一物ではなく、混和による指向性の獲得だったのですね」
魔法によって混合したなら、全体が地属性の影響を受ける。物体へ多重付与魔法を施した際、術式の種類によって阻害し合うのもこれが理由。局所的に魔法を作用させるなんて都合のいい真似はできない。
スライムの生態を利用した硬質化だからこその特異性だね。
魔法を日常で使っていたから、盲点になっていたと言ってもいい。ノーラの魔眼も、そのあたりを見分けられるほど便利にできていなかった。
技術確立のプロセスが違う訳だから、こういう事態も起こり得るよね。
硬質化させたスライム片を魔操銃に繋げば、使用者の意思に反応して魔法を切り替えられた。一見宝石に見えても生体の一部なので、光属性の基板に繋げば思い描いた通りの色に発光させられた。
魔力波を飛ばせば、遠隔でも意思を伝えられる。複数の基板と組み合わせれば、ゴーレムが動いているように見せかける事も可能だと思う。勿論ゴーレムの構造を見直せば、おそらくもっと複雑な動きも可能になる。
戦争に投入しなくても、作業用人形くらいは作れるんじゃないかな。操縦者は離れたところから安全に操作すればいい。
そうして利用方法に頭を巡らせていたところで、制限時間となった。
明らかに寝不足の状態で皇国の要人の前へ出られる訳もないから、身嗜みを整える時間も要る。
「検証が中途半端になってしまうのは残念ですけれど、スカーレット様が不在の間にできる限りで進めておきますわね」
「いや、ノーラも一緒に皇国へ戻るからね」
「え⁉」
神罰現象を見届けて、お役目は終えたつもりでいたらしい。正式な手続きを経て皇国入りしている訳だから、急に姿を消すとかできる筈がない。どこに潜伏したのかって国際問題になるよ。
「ノーラの鑑定を頼れないのは残念ですけれど、あたし達だけで頑張ってみますね」
「……いいえ、そろそろ姉様は領地へ戻ってもらわなくては困ります」
「え、メアリ……?」
他人事みたいに私達を送りだそうとしていたキャシーを止めたのは、転移鏡でやって来た彼女の実妹だった。グリットさんなら大目に見てくれても、キャシーの補佐でもあるメアリは優しくない。子爵家になろうってウォルフ領にも、当主をいつまでも遊ばせておくゆとりはないだろうし。
ここまで待ったあたり、私の予定を把握してキャシーを連れ出しても構わないタイミングを見計らっていたんだろうね。研究に穴を開けない程度には猶予をくれた。
私だって研究を続けたい気持ちはあった。面倒な皇国貴族に取り囲まれるより、硬質化スライム片の可能性を探った方が面白いに決まっている。けれど、それを優先してしまうと大勢に迷惑が掛かる。諦める他なかった。
私のところに就職しているマーシャだけは残ったので、魔道具の試作をお願いしてある。その出来を参考に研究の方向性を考えればいい。
マーシャばっかりズルいってキャシーの苦情は聞き流した。
貴族であり続ける事を選んだ私達と、平民に下る事を望んだマーシャでは立場が違う。
「よくこんなところまで顔を出せたものだ。皇太子殿下を死なせておきながら」
「戦争の活躍? 自分が切っ掛けになった内戦の後始末をしただけではないか」
「そうとも、あんな小娘が来なければ惨劇事態が起きなかった」
「そもそもあの戦争自体、我が国の戦力を削ぎたい王国の目論見なのではないか?」
「実際、まんまと剛盾の魔導士を墜とされてしまったからな」
けれど、公務を優先した事を後悔しそうになってしまう。
皇城までの行軍で問題は起きなかったものの、戦勝の祝宴では一部の貴族から悪意を向けられていた。
未だ、彼等の中では私のせいで起こった戦争らしい。私が挑発したからローザリア・アンハルトは皇太子殺害の暴挙に及んだ。王国から新技術がもたらされる状況を憂いたレゾナンス侯爵が兵をあげた。皇太子の死亡も内乱の勃発も全て私のせいだ、と。
ただし、居並ぶ貴族のほとんどから敵意を向けられていた最初の謁見時とは状況が変わった。
皇国貴族の反応は、大きく三つに分けられる。
一つは、連合軍誅罰に本人、或いは親族が兵を率いて参加した貴族。彼等は私が剛盾を圧倒したところを目撃している。決して軽んじていい存在じゃないと、心に刻んだ。皇国貴族として媚びへつらうような真似はしないものの、私を恐れ、距離を置いてある。勿論、私の故国を悪く言うような真似もしない。
もう一つは、正確に情報収集を行なっている者。現場を見た訳じゃないから殊更に私を恐れる様子は見せないものの、私の機嫌を損ねるような言動も避けていた。私を見極めようとしているのか、主に話しかけてくるのは彼等だった。
そして最後は、何ら学習しない人達。大陸の勢力図はとっくに塗り替わったのだと、未だ理解していない様子だった。レゾナンス侯爵は皇国の変革を望んでいたって話だから、私が切っ掛けにならなくてもいつか起こった内乱だったとも理解できない。
彼等は私を貶める事で、結束を高めているつもりなんだろうね。
皇王陛下が臥せっていたから、その隙に自分の発言力を高めるのが目的なんだと思う。でも、戦争に協力的でなかったので実績がない。戦況を見極めようとしていたのかもしれないけど、彼等が決断を下す前に内乱は終結してしまった。
そうなると、似た者達で結束して影響力を高める他ない。協力者を増やす事で、無視できない勢力を作ろうと今更画策していた。その為の敵性存在として私を選んだみたいだけど、それで得られる同意者は既に限られているとも気付けない。
そもそも前提として、数の暴力による強行は皇王が不在でないと成り立たない。大人数による結束も、封建社会では鶴の一声で覆される。
そんな特殊条件の終焉に、無能の極みは気付けない。
「ノースマーク卿の行動に、どんな問題があったと言うのだ?」
「……へ、陛下⁉」
告知はなかったとしても、皇族専用の入口に動きがあれば普通は気付く。そんな貴族の前提すら忘れた愚か者達は、私を呼んだフェリックス皇王への批判とも取れる陰口を聞かれて悲鳴を上げた。
久しぶりに公に現れた皇王陛下は、これまで以上に瘦せ細って車椅子を押してもらっている状態だった。顔色は悪く、心労が病患を呼んでしまったらしい。戦勝を祝う場とは言え、無理をしているのが明白だった。
けれど、その瞳には沸々とした怒気を湛える。
考えなしの貴族に憤ったとか、私を庇おうとしたって迫力じゃない。多分だけど、第三皇子の離反理由を聞かされたんじゃないかな。その覇気は憎悪にすら見えた。
「アンハルトの令嬢の暴走で、ロシュワートは死んだ。あの令嬢をあそこまで追い込む事がなければと、私も理不尽な憤りを一時抱いたのも事実だ。だが、怒りを向けるべきは凶行に走った令嬢本人だ。あのような令嬢を野放しにしたアンハルト侯爵家だ。……違うか?」
「い、いえ……、その」
「ノースマーク卿がいたから事件が起きた? 彼女は私達の要請に応えて来てくれたのだ。それで何か起こったなら、招いた我々の責任であろう。どうして非難などできる?」
「そ、そんな……」
「そもそもとして、彼女は我が国に新技術をもたらしてくれた恩人であり、剛盾の離反によって窮地に追い込まれていた我が軍を救ってくれた英雄であり、友好国の代表者だ。そんな彼女に暴言を吐いて、王国との関係にヒビを入れるつもりか?」
「ま、まさか……」
フェリックス皇王がこんなふうに貴族達を批判する事はこれまでなかったのか、陰口を叩いていた貴族達はしどろもどろだった。
「いい加減、理解するがいい。三大強国だなどと思い上がっていられた時代は終わった。国力を削ぐ目論見など講じなくとも、技術力で先んじられ、兵力で劣り、内乱によって損耗した我が国は、王国の匙加減一つで滅ぼされかねない危機にあるのだ! そんな状況でノースマーク卿の機嫌を損ねるなど、国を滅ぼそうとするに等しいと自覚せよ!」
「「「――‼」」」
明確に皇国の後退を認める発言に、会場中が騒然となった。特に、叱られていた連中は不満そうな態度を隠しもしない。
「未来を見据えて国が一丸とならねばならず、南大陸の脅威も去っていないこの状況で、軽はずみな言動を続ける其方達は皇国貴族として相応しくない。後進に立場を譲る事も考えてみてはどうだ?」
「…………え?」
不適格だとはっきり告げられて、無様を晒していた貴族達は揃って青くなった。
これまで、こうも歴然と批判された経験はなかったんだろうね。だから、思い上がりを肥大化させ続けてきた。退任を勧める様子を目の当たりにして、皇王の前言に騒めいていた貴族達も静まり返った。
王国同様に、領主の進退を決める権限を皇王は持たない。
けれど、今回は大勢の前で不適格だと烙印を押した。皇王陛下に否定された事実は噂となって領地まで届く。当然、ここでの目撃者達も貴族失格の人物として今後は接する。そんな人物が領主であり続けるのは、余程厳格に領地を治めていないと難しいだろうね。
それに、彼等が如何に領主に向いていないのか、皇国を危険に晒した発言も含めて、風聞を意図的に流布させるんだと思う。多少はマシな人物をこっそり擁立させるなんて事もあるかもしれない。
詳細は把握していないけど、私に関する情報を正確に収集してくるくらいには優秀な諜報機関を有している筈だからね。
少なくとも、内乱を収めてめでたしめでたし……とは終わらないらしい。皇太子殿下や第三皇子の死を無駄にしないだけの覚悟は察せられた。
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