礎となるもの
GWなので、何とか月曜更新の時間を捻出してみました。
エリーゼ様は騎士学校の建設予定地を見学してから帰って行った。その上で校舎の設計図を確認してもらい、修正について協議する約束となった。
それで問題なければ、早速建築を終わらせる。既に予定地にはキミア巨樹資材を運び入れてあった。後々修正点が生じたとしても、設計図があるならいつでも魔法で調整できる。そろそろオーレリアは訓練場を充実させていきたいみたいだしね。
「ダンジョン核があるなら、実習用の小規模ダンジョンも作りたいところなのですけれど……」
「それ、何処かのダンジョンを消滅させるって事だから、交渉が簡単じゃないよ」
「そうなのですよね。悩ましいところです」
難しいから諦める……って話ではないみたいだった。おっとり困った様子でも、オーレリアだし。
産出鉱石が乏しくて、管理が負担となっている領地のダンジョンを狙っていそうだね。
国としても、そうした小規模ダンジョンを人工物に切り替えて、何か旨味を見出そうとしている。そこへ騎士の練度向上とか、新人冒険者の基礎研修受け入れとか、付加価値を示せたならあり得ないほどの話じゃない。特にオーレリアには、彼女の為ならそのくらいの交渉は苦にしないブレーンがついている。持ち前の根気強さで無理を通してしまうかもしれないね。
と言うか、カロネイア以外の騎士がダンジョンに入る機会ってあったっけ?
「レティはいつまでこちらにいられるのです?」
「ウォズの話だと、あと三日くらいかな。もうすぐカムランデの隣、キャロトーベに着くらしいから」
「……実験室から離れる気のないレティの代わりに、ウォズが両国を行き来しながら状況を調整してくれている訳ですね」
「うん。気の乗らない晩餐会への招待とかも断ってくれてるよ」
謎宝石は再現に着手する段階まで進んでいない。つまり素材を集めてもらう段階にないって事だから、商売関係の指示を出した後のウォズは皇国滞在の振りを続けている。おかげで、私は解明作業に専念できた。
それに応えるだけの成果が上がっているかどうかは別として。
「相変わらず、仲が良さそうで何よりです」
「うん?」
「それなら、移動までに魔力を貯めておいてもらえますか? 校舎の建築はレティのいない期間になりそうですから」
「分かった。オリハルコンでいい?」
「……気兼ねなく常用している事に少し戸惑いますが、レティの判断に任せます」
「ありがと」
個人レベルの邸宅を建てるならキミア巨樹から魔力を融通すればいい。魔石を実らせるくらいには魔力が有り余っているんだから、コキオの開発にも活用してきた。
でも、施設丸ごと構築するなら、計画的に魔力を溜めておかないといけない。住民の生活にも必須の魔力源となっているので、供給量が不足したなら混乱が起こる。各種研究施設や、その成果物の生産工場でも大量の魔力を必要としているから、コキオの魔力消費量は王都に並ぶほどに多い。
なので、急に湧いて出た騎士学校設立のために魔力貯蔵量を調節するくらいなら、私が用意した方が早い。魔力タンクに徹するつもりはないけど、オーレリアの為と思えば私的な協力も惜しまない。
で、領地の外へ出すのでなければオリハルコン製魔力充填器の容量が一番大きい。必要量とか考えずに大量の魔力を残しておけるので、旧型を用意するより手間も省けた。余って困るものでもないし。
伝説の金属だとしても、南ノースマークでは有効活用すると決めたのだから特別扱いしない。
「レティ達が壁を越えられていないのに、私が力になれるとは思えません。宝石についても詳しくありませんから、今日のところは帰りますね」
「勉強中って言ってなかった?」
ライリーナ様含めて、カロネイアの人達は過度に着飾る事をしない。アクセサリーは非常時の邪魔にならない程度か、魔石を代用して護身魔道具を兼ねたものを使っている。
「ノースマークの一員になりますから、あくまで必要に迫られてです。関心が湧いた訳でも、装飾品の収集に目覚めた訳でもありませんから、とても詳しいとは言えませんよ。それはレティもではありませんか?」
「そうだね。盛装に必要な分はフラン達が揃えてくれてるし」
「恥ずかしくない程度の知識は身に付けるつもりですけれど、私もレティと同じになると思います」
まあ、侍女や秘書に任せたので十分だよね。煌びやかな宝石をカミンにねだるオーレリアとか、想像できないし。
オーレリアを釣るなら、どう考えても武器の方が効果も望める。実際、カミンが贈った小刀を大事に携帯しているのも知っている。精一杯の装飾が施してあった。
「それより、アウローラお義母様に相談してみればいいのではないですか?」
「ああ……、間違いなく詳しいね。でも、研究の詳細をお母様に相談するって発想がなかったよ」
「それなら、頼ってみてはどうです? 今は平民向けに、人工的に宝石を合成する方法を検討しているそうですから、意外な切っ掛けを貰えるかもしれませんよ」
「え、そうなんだ?」
聞いてない。
そうは言っても、私が独立したから領地の産業についてなんかは情報が回ってこない。共同で何か立ち上げる訳じゃないなら余計にね。
オーレリアが知っているくらいだから、機密って訳でもないんだと思う。聞けば教えてもらえるんだろうね。
「人工宝石か……」
「なにか切っ掛けになりそうですか?」
「うーん、上手くいくかは分からないけど、検討材料は増えたかな」
「つまり、これから試行錯誤で忙しくなる訳ですか」
「そうかも」
「なら、お邪魔にならないうちに私は退散しておきます」
「ごめんね」
「いえ、成功を楽しみにしていますね」
オーレリアと別れた私は、実験室へと戻る。
人工宝石については、勿論知っている。あんまりこだわりはなかったから前世で身に着けていた事もあるし、技術的な興味で製法を調べた事もある。お母様に相談すると言うか、助言くらいはできるかもしれない。
「人工的に宝石を、ですか……」
話を聞いたキャシー達のピンとこない反応も、予想通りだった。
この世界で宝石は、貴族の富を示すもの。模造品は論外。人工的に合成してまで見栄を張ろうって発想がない。身の丈に合わない盛装は、むしろ不格好とされる。ノースマークで人工宝石を流行らせようとしているお母様の考え方は、かなり先進的な着想と言えた。
その試みが間違っている訳じゃない。
おそらくだけど、事業的には成功するんじゃないかな。貴族以外にも優美な装飾品をって考え方は悪くない。私の興味を刺激しないから、前世の技術を再現しようと思えなかっただけで。
でも、貴族の市場には影響を与えないんじゃないかな。
おそらくお母様もそのつもりでいる。あくまで平民向けの新トレンド。財力の乏しい弱小貴族でも、人工物で自分を彩ろうとは思わない。宝石を揃えるだけの財力がないなら、アクセサリーを減らして清楚に装う。家格に見合っていないのでない限りは、それを不快に思われる事もない。
「しかしスカーレット様、人工ダンジョンの産出品が他と違う様子はありませんでしたわよ?」
そして、私が人工宝石を検討から外していた理由のもう一つがこれ。
この世界、宝石の多くはダンジョンで産出するものって固定観念がある。
勿論、天然物が存在しない訳じゃない。ダンジョンでは不純物が混入しにくい関係上、色差が生じにくい傾向にある。その点、色彩に深みのある天然物は高値で取引される場合も多い。
それでも、天然物とダンジョン産に分け隔てはない。
天然物だからと殊更にありがたがる傾向がないから、自分達で宝石を生み出そうって発想が生まれなかった。宝石発生のメカニズムも自然とダンジョンで違うから、どちらか一方だけには注視しにくい。価値に差が生じないせいで、魔物と遭遇する危険もある鉱床で発生の原因を解明しようって試行も起こりにくい。
そして現状、宝石が増産したいなら合成方法を確立しなくても、人工ダンジョンの鉱石発生条件を調整すればいい。貴族視点的には、宝石合成の必要性がますます下がっていた。実際、宝石専門のダンジョンを造ってほしいとの要請が届いているくらいだからね。
反面、混じりけの少ないダンジョン産の宝石に忌避感を抱かない訳だから、分子組成の揃った人工宝石も受け入れられやすい気はするんだよね。価値観がすぐに塗り替わる事はないとしても、将来的には区別がなくなるかもしれない。今は関係ない話だけれど。
「ダンジョンの宝石は、ちょっと置いておこう。あれはダンジョンの排出物だから、特殊な性質は残っていない」
「人工ダンジョンを開発する過程で、散々検証しましたわね」
そのあたりはノーラの鑑定頼りだったから、保証の重みが違う。
「それに……、それにダンジョンで産出する宝石が必要だったとして、発生が運次第なのにあれだけの量産が可能だったとも考えにくいです」
「うん、私もそう思う。私が注目したいのは、自然で発生する仕組みの方。マグマの熱で融解した鉱物が結晶化したり、水に溶け込んだ金属が地中深くで混じり合って特殊な組成を生じたり、かなり奇跡に近い現象が起きる訳でしょう?」
私が知っているのはこの二つ、ベルヌーイ法とフラックス法。他は、高温高圧下で炭素の結晶構造を変化させるってくらい。
正直なところ聞きかじり程度で、生産体制を整えようと思えば多くの検証が必要となる。
「自然現象なら……、自然現象なら奇跡でも、火属性魔法で融解させるくらいならできると思います」
「わたくしも、金属塩を過飽和させるくらいなら可能ですわ」
そう、この世界には魔法がある。前世なら大掛かりな設備が必要でも、小規模で試すくらいなら魔法が可能にしてくれる。
火属性と水属性術師の保証も心強かった。結晶化を地属性で制御する必要もあるかもね。
「なるほど、宝石そのものに手を加えるんじゃなくて、宝石の生成過程を変更するって訳ですね!」
「うん。ただ結晶化する過程をなぞるだけだと足りないと思うから、思いつくだけ試してみよう」
「意思を伝える訳ですから、生命に近い性質を持たせる必要があるのですわよね?」
「そこは……、そこは魔力の流れを変えるといった単純な動作だけですから、明瞭な自我は必要ないと思います」
レゾナンス製のゴーレムは傍の術師が動かしているだけだったからね。歩くのがやっとで、積極的に人を襲うような複雑な動きはできなかった。巨大質量物が複数歩くだけで脅威になる訳だけど。
そして、またも成果が上げられないまま三日が過ぎた……。
どうしてこうも時間って、経つのが速いんだろうね。
「無理です。駄目です。もう嫌です。これ以上頭が働きません!」
「……酸化アルミニウムを限界まで溶かしましたわ。ええと、次は何を試すのでしょう?」
「ソーニャちゃんの餌やり、随分と上手になったね。クロの大きな口に驚いてスライムを投げ捨てたケイン君も可愛かったけど」
「クロが……、クロが慎重に食べてくれるからでしょう。最初の時はケインと一緒に驚いて、歯を立てないようにソーニャからスライムをそっと受け取るようになりましたから」
「そこ二人、ケイン君とソーニャちゃんに癒しを求める気持ちは分かりますけど、いい加減現実逃避から戻ってください」
だって、現実は厳しいよ?
結晶化速度はいろいろ変えてみたし、天然には発生し得ない結晶構造も試した。生命に近い性質が必要ならと、融解した鉱物に虫やスライムも加えてみた。本来ならあり得ない熱や圧力も加えている。
それで分かったのは、どうも方向性が違っているらしいという事だけ……。
皇国へ戻らないといけないタイムリミットばかりが迫っていた。
「あ、魔力の充填をオーレリアから頼まれていたんだった」
「覚えているうちに……、覚えているうちに済ませておいた方がいいですよ。後で思い出せるかどうか分かりませんから」
頭が碌に働いていない自覚は私にもある。
転移鏡で戻れば済むからって、約束を忘れるのは印象が良くない。オーレリアが苦手な社交もこなしているんだから、水を差す真似もしたくない。
クロ用の餌として常備してある魔力過多スライムの棚には、オリハルコン製充填器も積んである。作っては見たものの、そこまでの容量は私くらいしか満たせない。何かに使う機会もあるかもと残してあった。
「そう言えば、オリハルコンもはじまりはフラックス法だったよね」
宝石じゃなくて魔石を作る目的で、水ではなく魔漿液を使っても、原理的には違わない。今回の宝石に過剰の魔力は必要ないし、結晶構造に魔力が干渉すると別物に変質する。
なら、魔力が干渉しなければ……?
更に、魔力過多スライムとも目が合ってしまう。
眼球はないから感覚的に。
「…………」
まさかと思いたい。
でも、水に近い性質に生命モドキ、魔漿液の塊で魔力は含有していても極微量、条件の一致と私の直感が逃がしてくれない。なかった事にしたい気持ちを、論理的思考が否定する。
「レティ様?」
「スカーレット様、どうかされましたか?」
頭を抱えたい気持ちで固まっていた私に、不審に思ったキャシー達が声をかけてきた。
どうも、観念するしかないみたい。
心情的には受け入れ難くても、思い付きを試さないなんて選択肢は研究者的にあり得ない。この世界の根幹はどうなっているのかと疑問を呈したい気分ではあるけども……!
「ねえ、スライムに鉱物って溶かせると思う?」