オーレリアの進捗
TOブックスのXをチェックしている方はご存じかもしれませんが、コミカライズの連載開始日が5月15日に決定しています。
可愛い赤ん坊レティのお披露目まで、もうしばらくお待ちください。
謎宝石の再現は、思っていた以上に難航していた。思い上がっていたつもりはないけれど、研究室のメンバーが本気で十日間も取り組んで、何一つ手掛かりが得られないとは思わなかった。
もしかしたら……なんて仮説すら成り立たない。
「特殊な環境でないと発生しない……なんて事もあるのかもしれませんわね」
「そうだとしたら……、そうだとしたらお手上げですけれど、何か発生条件くらいは突き止めたいところです。すぐは無理でも、自然に手を加えて環境の再現も可能かもしれませんから」
「きっと、南大陸には不思議鉱床があるんですよ。その周りには妖精さんや精霊様が暮らしていて、その影響で宝石にもおかしな性質が宿るんです……」
「まさか、精霊の死骸だったりしないよね」
「「「……」」」
精霊の存在自体、御伽噺の域を出ていないから、誰も答えを持ち合わせていない。そんな道理に反した存在じゃない筈だと、頭によぎった考えを振り払う。貴石ゴーレムの破片の方が、まだ精神に優しいかな。
こんな不毛な議論も何度目だか分からない。
この大陸の科学は、あらゆる物質が魔力を内包する前提で成立している。特殊な物性を示す場合には高魔力を含有している事がほとんどなのに、この宝石はその通念に当て嵌まっていない。そうなると、何を起因にイメージを伝達しているものか、さっぱり分からなかった。
「随分と……難航しているようですね」
オーレリアが戻って来たのはそんな折、騎士学校設立に向けて忙しくしていた彼女は鬱屈とした研究室の空気に戸惑う様子を見せた。
剛盾討伐を終えて皇国から戻った事は通信で伝えていたものの、特殊な素材の調達を頼む段階にも達していないから経過を知らせていなかったんだよね。部屋に入るのを躊躇ってしまうくらいには鬱然としていたらしい。
「あ、丁度良かった。お茶にでもしない?」
「息抜きの理由を探している程度には集中できていないのですね、レティ」
「集中しようにも、そこまでの成果が上がってないからね。気分転換してからの方が、頭も冴えるかもしれないし」
いい方向へ進んでいる実感があって集中できるのであって、方向性も定まらないままのめり込むのは難しい。暗中模索も必要な過程ではあるから軽んじている訳ではないけれど。
「研究に水を差す状況でないなら、少し私に時間をください。レティに会ってほしい人を連れてきているのです」
騎士学校の件で進展があったらしい。
彼女の事業ではあるものの、学舎を南ノースマークに建てるのだから他人事ではいられない。正式に領主代行に就任したベネットに進捗を取りまとめさせてもいいのだけれど、友人と会う機会を減らすほど薄情にもなれないよね。
「お久しぶりです、スカーレット様。この度、オーレリア様の試みに協力させていただく事になりました」
「……エリーゼ様、思ってもみない形でお会いしましたね」
「そうですか? 今回、新設する騎士学校の教師役を務める事が決まりましたので、今後はお顔を合わせる機会も増えるかと思います。よろしくお願いいたしますね」
エリーゼ・コールシュミット。
彼女と私は面識がある。その名の通り四大侯爵家の一角、コールシュミット家のご息女で、学院の在籍も一時被っていたので新入生歓迎式典の場で挨拶を交わした。それ以外でも、コールシュミット侯爵家の窓口として交流を続けてきた。
「それにしても、流石スカーレット様ですね。女性躍進の為に騎士学校を設立しようだなんて、とても驚かせていただきました」
「……えーと」
私の功績みたいに言われても困る。オーレリアが騎士学校の設立を決めた場には立ち会ったけれど、私の担当はシャピロ家のロバータ様で、ハートウィグ伯爵家次期当主のルーナ様とオーレリアの間でどんな話し合いが行われたのか、把握していないくらいだからね。
困ってオーレリアと顔を見合わせた私を目にして、エリーゼ様も漸く思い違いを知った様子だった。
聞いたところによると、彼女の縁談を私が間接的に破談としたらしい。
当時のエッケンシュタインの影響を削ぐ目的で支援者達を脅迫してまわった時、彼女の婚約者の家もあったと言う。強硬に孫との結婚を推し進めていた伯爵家の当主を挿げ替えた結果、縁談は立ち消えとなったのだとか。
それで恨まれているといった話はなく、望まない結婚をしなくて済んだと感謝を綴った手紙を貰っている。以来、何かと慕われるようになった。コールシュミットから続くエッケンシュタイン、南ノースマーク観光ラインの構築なんかにも協力してもらっている。
私の目的は結婚話を潰す事じゃなくて、旧エッケンシュタイン伯爵家を盲信する老害の排除だったのだけど。
「それにしても、騎士を指導できるほどエリーゼ様が武術にも明るいとは思いませんでした」
「あ、いえ、その……」
「レティ、彼女は座学が専門ですよ」
「あ」
兵士じゃなくて騎士の養成学校なのだから、文武を隔てなく指導するのは当然だよね。脳筋ばっかり育成しても仕方ない。
「申し訳ありません、伝えるのが遅れました。わたくしは礼儀作法と倫理、社会情勢を担当する予定となっております。それから、運営の補佐ですね」
「エリーゼ様が支えてくださるなら心強いです。女性専門とは言え、戦闘技能習得に偏りがちになると消極的になりがちな作法の細やかさや、主に不快感を与えない立ち回りなどを伝えてもらえると助かります」
「はい、それこそがわたくしの役割だと思っております。男性に侮られないことも大切ですが、優雅さを忘れるようでは女性専門の意味がありませんもの」
この辺りがカロネイアに丸投げしなかった一因でもあった。あそこは強さ至上主義がまかり通ってしまうので、そちら方面にばかり傾倒して雇用先を見つけられないようでは困る。護衛として傍に置く以上、戦闘能力を備えているのは勿論だけど、貴族令嬢が拒否感を覚えないだけの立ち振る舞いが必要になる。
そして、コールシュミットの令嬢ならオーレリア不在時を任せられるだけの家格を持つ。
将来ノースマークの侯爵夫人になるオーレリアが常駐できる訳じゃないからね。
ちなみに、かつての縁談が立ち消えになって以来、エリーゼ様に婚約の話が立ち上がった事はない。どうも男嫌いを拗らせた上、無理な結婚を強いた事でコールシュミット侯爵も強く出られなくなったらしい。
その頃から彼女は積極的に活動を始めて、結婚なんて興味がないように仕事へ全力を注いでいる。
「漸く、南ノースマークで働きたいという夢がかないました」
「コールシュミット領の観光業をますます躍進させたエリーゼ様にそう言っていただけるのは嬉しかったですけれど、侯爵家のお嬢様に出仕してもらう訳にもいきませんでしたからね」
「はい。ですから、今回のオーレリア様からのお誘いは願ってもないお話でした」
実際、何度も南ノースマークでの就職を望むお手紙は貰っていた。個人的に悪い気はしなくても、他領の令嬢を臣下として迎えたのでは世間的に角が立つ。コールシュミット侯爵家のどんな弱みを握ったのかと悪評も上る。
かと言って、領主の類縁者がいない南ノースマーク領では分家に嫁ぐって常套手段も使えない。
なので、コールシュミット侯爵と一緒に必死で止めている状況にあった。
レオーネ騎士学校の主動は私じゃないけど、オーレリアの成功は私も望むところだし、私の為ってのも過言じゃない。騎士学校が軌道に乗れば、領地の発展に寄与するのも間違いないからね。
「こちらに移ってくるのは学舎が完成してからですか?」
「その予定です。ただ、施設の設計や制度の相談のため、しばらくはコールシュミットから通う事になっております。オーレリア様の予定によっては、王都での合流となりますが」
「そうですか。……もしも時間が空くようでしたら、シドから預かっている子供達を教えてあげてもらえませんか? 折角他国から留学してきているのですから、他領の声も聞かせてあげたいと思っていたのです」
「え? いや、でも、それは……」
思い付きでお願いすると、エリーゼ様は一瞬固まってしまった。その顔には、話が違うと困惑が映る。
まあ、留学生は男の子も多いからね。
「いえ、問題ありません。スカーレット様が望まれるのでしたら、是非とも協力させていただきます!」
けれど、戸惑いは本当に一瞬。すぐに彼女は表情を改めた。
うーん……、この様子だと、長期の教師役は無理そうかな。了承は得たから、一、二度コールシュミットの話をしてもらうくらいにしておこう。無理しているのが明らかなのに、強がりを真に受けるべきじゃない。
「入学者の希望状況はどんな感じ、オーレリア?」
「そちらも順調です。各地の領主を通じて希望者を募ったところ、想定を超えた願書が集まっています」
騎士志望者を募ったところで、これまで荒事と無縁で生きてきた令嬢は対象となり得ない。特に貴族の息女は、就職の適齢期よりずっと前におおよその進路を決めている。家を繋ぐ目的で結婚が避けられないから、どうしたって進路選択も早くなる。
だから、王都の騎士学校みたいに教養を身に付けた令嬢の勧誘は上手く進まなかった。
そこで、オーレリアは入学の門戸を広げる事にした。
騎士に一定以上の教養が必要なのは変わらないけど、それは騎士学校で指導すればいい。それで改めて適性がないようなら、兵士や冒険者になれるように斡旋する道も残した。騎士に不適格だからと放り出すような真似はしない。
その結果、危険な冒険者になるよりはと騎士を志望する女性が増えているらしい。
「授業を単位制にしたのも良かったのかもしれません。座学も武術も、入学前の環境で差が大きく開きますから」
「そうだね。苦手な座学だって、しっかり時間を取って指導すれば乗り越えられるかもしれないし」
「ええ。いつまでもは待ってあげられませんが、できる限りの機会は作りたいと思います」
これには、時節の区切りに縛られないって利点もあった。単位が揃っても卒業できない学院と違って、卒業資格を得たならすぐにでも出仕先を探せる。在籍期間は当人次第で変わる。つまり、体制さえ整ったならいつでも騎士学校をスタートさせられるって事でもあった。
「教養がないからと、学ぶ機会がないからと、冒険者になるしかなかった子供達を掬い上げられた事は素晴らしいと思います。武術にしても、一朝一夕で身に付けられる方たちばかりではありませんもの。適性を見極めながら育成したなら、きっと優秀な騎士を輩出できるに違いありません」
「集団行動を身に付けさせる必要もありますから、個人ばかりに焦点を当てる訳にもいきませんけれどね。それに、ある程度の成績を上げる事を条件にレティが奨学金制度を提案してくれたのも大きかったです」
「流石スカーレット様……!」
「出資は聖女基金だからね。私は提案しただけ、ほとんどウォズだよ」
「……」
男性の事が話題に上る度、エリーゼ様の動きが止まる。詳細は聞いてないけど、彼女の闇は深いのかもしれない。
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