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閑話 レゾナンス侯爵の敗北

昨日更新できなかったのでこっそりと……

ゴメンナサイ

 二十年前、私は息子を失った。

 戦果を挙げてレゾナンスの勇猛さを知らしめてくると、意気揚々行軍していった次男は戻らなかった……。


 クーロン帝国の王国侵攻に端を発したヒエミ大戦は、ダイポール皇国の参戦を契機に戦況が変わったとされている。国土を蹂躙され、防戦一方だったヴァンデル王国は、我が国との衝突で二面戦争を強いられた帝国軍に対して反攻作戦を決行した。


 時機を計ったような王国軍の反撃に、援軍を建前に侵攻部隊を駐留させて王国の一部を実効支配するという目論見は外れたものの、王国に対して小さくない貸しを作り、帝国を非難する口実を得た。

 我が軍の犠牲者は数百人と、戦いの規模からすると異例の少なさだった。その被害に対して破格の利益を得た事から、現皇王フェリックスの偉業の一つとして数えられる。


 だが、どれほど犠牲が少なかろうと、私の息子は死んだのだ。


 国家間の闘争こそこの一度きりであったが、国の平穏は幾度となく乱れた。

 何故か? 

 王が甘いからだ。

 一見盤石な大国に見えて、基盤は脆いのだ。各地の貴族が力を持ち、それぞれの政治を敷く。統合前の体制に戻した領地も多く、地方自治というより連合国に近い。領地では頂点に立つものだから、誰も彼もが増長してしまう。

 だと言うのに、フェリックス皇は貴族共をのさばらせていた。そのせいで、内乱が度々起こる。

 誰も彼もが皇王の制止より、自領の利得を優先する。小国家群から流れ来る利益を貪るセンタフォがいい例だろう。本当に独立するほどの気概は備えていないが、皇族を殊更恐れてもいない。国を敵に回したなら潰されるが、領地での事なら裁量の内と言い張れる。


 強い権威が必要だ。

 経済でも、軍事力でも、貴族共を捻じ伏せられるくらいの力が要る。

 王国と帝国を牽制した一度きりの偉業ではとても足りない。それだけの権威の補強ではすぐに色褪せるし、大国間の騒動などそうあるものでもない。

 圧倒的な威光で押さえつけなければ、貴族の根本は変わらない。


 だから、私は南大陸を頼った。


 交易に力を入れる。西の大陸には魔道具を、東には食料を大量に輸出した。折角港湾都市を有しているのだ。活用しない手はない。皇都に近接するヴァイシンズより、北のリータオールより、寄港が増えるように根回しを続けた。幸い、センタフォが陸路を独占してくれるおかげで、小国家群との交易を活性化させるのは容易だった。税をできる限り下げ、渡来品を高値で買えば、商人の関心はこちらへ向く。

 交易特区を設けたのも成功した。沖合に浮かぶ島に限り、停泊しても入国扱いとしない。それで更に税を節約でき、取引船が集まった。交易の足掛かりとするために島も開発してくれる。次の船まで滞在する客も増え、それぞれの文化を生かした町が生まれた。

 橋を渡ってこちらから島へ向かう場合は出国扱いになってしまうが、風変わりな街並みを求めて行き来も活性化した。開戦前は他領から訪れる観光客も多く、領地に更なる好景気を運んでくれる。


 そして、南大陸は魔物素材を必要としていた。

 なんでも、南では強力な魔物が出没しないらしい。魔王種は勿論、災害種の目撃例も歴史になく、壊滅種でも数百年に一度現れるかどうかと言う。危険種が発見されるだけで、国中に知れ渡る騒ぎなのだとか。この大陸では考えられない話だ。

 その影響か、一風変わった技術が発達していた。

 ヒエミ大陸に無い可能性、それこそ私が欲していたものだ。私は彼等の誘致に躍起となった。実のところ他国との交流を拒絶していたのだが、大量の魔物素材を手土産に門戸を開かせた。


 無論、連中の思惑は承知の上だ。だが、付け入る隙もある。

 何しろ、()()()()()()()()()()()ゆえに驕りが見えた。自分達が()()()()を費やして生み出した技術を、我々が簡単に真似られると思っていない。

 実際、連中がもたらす道具の核となる不思議な宝石については、解析すらできていなかった。何かを封入してあるとは聞くものの、鑑定魔法でも組成分析でも分からない。それでも、絶対に解明してみせると研究へ予算を投じた。


 そうした流れは、確実に国を変えるものとなる筈だった。

 しかし、王国と帝国の開戦で状況は一変する。

 墳炎龍を討伐した魔導士も脅威だったが、何より私を驚かせたのは帝国を蹂躙した二両の飛行列車だった。連携しながら帝国を駆け巡った存在は、船舶に頼った我が領の交易を脅かしてしまう。その懸念を肯定するように、コントレイルと呼ばれた小型車両が度々皇国でも目撃されるようになる。


 あれの登場を深刻に捉えたのは、私だけではなかった。

 事実として帝国を圧倒した戦略兵器、これまでの輸送の常識も塗り替える。あれを王国が独占するなら、あの国の発展を止める術がない。教国への襲撃でも活躍し、その有用性を見せつけた。

 何とか独自開発しようと研究費を積み上げたが、取っ掛かりも掴めぬまま時間ばかりが過ぎた。

 あれだけの重量物が縦横無尽に走り回るのだ。力学的にも必要魔力量的にも意味不明が過ぎる。しかも、車内には見かけ以上に広大な空間が広がり、膨大な貨物の輸送が可能だと言う。どんな出鱈目だと怒鳴りつけたい気分になった。


 遠い南大陸の未知技術とは違う。身近に迫る明確な脅威だ。

 更に情報を集めれば、魔道具の小型化を実現した新技術、適性に関わらず装着するだけで魔法を撃ち出せる新武装、容易に魔力を回復できる薬に、飲めば傷も病も癒す新薬、果ては呪詛技術を一層発展させたと言う。

 十年以上を費やしてきた苦労を思うと、泣きたい気分にすらなった。たった一人の天才が生まれたおかげで、私が積み上げてきた政策が理不尽にも徒労に終わろうとしている。……とても、受け入れられるものではなかった。


 しかし、南大陸からの客人達は王国の飛行列車にこそ驚いたものの、戦力の拡充には脅威を抱いていない様子だった。

 実際、魔法籠手と呼ばれる武器の上位品を用意してみせた。飛行列車にしても、撃墜できるだけの特殊弾頭があると言う。()()()の積み上げはなかなかに引き出しが多いらしい。

 それに、国を売るにも等しい施策に手を染めておきながら、今更退けるものでもない。私は南大陸との密通を続けた。


 しばらくして、フェリックス皇は王国へ技術供与を持ち掛けた。

 気持ちは理解できる。自国で新しい技術を生み出せないならば、他所を頼るしかない。だが、順序が違う。

 国を挙げて王国の教えを請うならば、まずは貴族共を黙らせなければならなかった。未だ危機感を抱かない貴族共は邪魔にしかならない。事実、自分達の無為を棚に上げて皇等を非難するしかしなかった。

 その中に孫が混じっていたのは赤面ものであったが……。

 三権威から得られる技術もあるのではないかと学園に入れたが、周囲の子息達に煽てられてすっかり連中に染まってしまっていた。


 私は、フェリックス皇の全てを否定している訳ではない。一度は忠誠を捧げたのだ。信じたい気持ちもあった。

 だが、あの皇王は貴族共に甘過ぎる。

 権威を強化して懐柔するより、徹底的に叩くべきなのだ。先に王国へ下手に出てしまえば、連中は尚更思い上がる。そうなれば、折角の発展すら無能共に阻害されてしまう。二度と歯向かう気が起きないようにしてこそ、従わせる価値が生まれる。それすら理解できないなら、家ごと消えてしまえばいい。

 ――そう、何度も詰め寄ったが、フェリックス皇に聞き入れられる事はなかった。


 そしてロシュワート皇太子もまた、同じ路線を踏襲していた。彼が次代である限り、貴族共へ強硬姿勢に出る事はないだろう。

 私と彼等は相容れない。ヘルムス殿下の方がまだ理解し合えただろう。


 だから、私は賭けに出た。


 アンハルトの愚令嬢を唆して皇太子を殺害、それを機に兵をあげる。現政権を打倒し、武力でもって貴族共を従え、皇国を作り変えると決めた。

 敵も味方も、大勢の死者が出るだろう。貴族共に思い知らせるためには、更に多くの血が流れる。これまで上手く操ってきた領民の信用も失う。

 それでも、引き返す気にはなれなかった。強い国を作り上げるためには必要な代償だ。息子と同様に――!


 魔操銃は十分に用意した。飛行手段に対抗する二重貫通弾頭の有用性も確認できた。魔操銃の宝石を利用して、石人形を操る手段も確立した。十分に勝機はある……


「……筈だったのだがな」


 飛行機体の実用化や皇国産の回復薬、想定外はあったが、おおむね想定通りの流れだった。


「まさか、あんな方法で引っ繰り返されるとは……」


 石人形の大部隊でもって、皇国正規軍を圧倒する。そのとっておきが裏目に出た。

 岩塊がどうして動くのか不明なゴーレムと違い、稼働の為の機構を内包した石人形は魔物と別物なのだが、実態は兵士に伝わらない。正規軍に対策を練られないために存在を秘匿してきたが、それが悪い方向に働いた。


 窓の外を見れば、遥か遠くから正規軍と連合軍が足並みを揃えてこちらへ向かってきている。神敵を討て、逆賊を許すなと、意気を揃えているのだろう。

 屋敷も領民に取り囲まれている。自分達を裏切った、禁忌に触れたと非難する声も聞こえ、石を投げる者もいる。どうも扇動者がいるらしい。石人形の工場を狙って閃光が落ちた事を思えば、反論が通じるとも思えなかった。


 あんな都合のいい神罰があるとは思わない。だがそれ以前に、神罰を真似られるような常識外れがいるとも思えなかった。とは言え、あれを見て怖れを抱かない民がいる筈もない。

 ある者は義憤に駆られ、ある者は神敵に与した恐怖から逃れようと、ある者は私の非道を訴え、ある者は子供を返せと泣いている。その感情の矛先は、どう考えても私となる。それを逸らす方法もなければ、言い訳できる道理もなかった。石人形と魔物の違いを説いたところで、今更領民達は納得しない。


「――お爺様」


 打つ手もなく自室の椅子にもたれていると、盆を持ったジェノフィンがやって来た。

 使用人は全て退去させたので、こんな雑用も自分達でやる他ない。


「先ほど、サウザンベアから連絡がありました。援軍は出せなくなった、と」

「帝国軍まで動くとはな……」

「国境防衛軍が辺境伯領を離れるならば、領地を放棄したと見做して侵攻すると兵が睨みを利かしているそうです」


 混乱に乗じるのが常道ではあるが、どう考えても正規軍と動きが連動している。正規軍と帝国の間に伝手がある筈もないから、中継したのは王国の令嬢だろう。

 伝達の迅速化のためにと南大陸製の通信装置を導入したが、そんな報告を聞くとは思わなかった。短い文章を送り合うだけのものでも連携を向上できると期待したが、兵が動かせないのでは効果を発揮しない。


 もっともそれ以前に、私が神敵認定されているこの状況では援軍になり得なかっただろう。こちらへ向かったところで、私を非難する集団が増えるだけだ。

 完全に状況を引っ繰り返されてしまった。

 逆転の目は、もうない。


 私は、ジェノフィンが運んできた杯の一方を取る。中は黒い液体で満たされていた。毒杯だ。

 とは言え、敗北すれば全てを失う覚悟はあった。

 躊躇う事無く一気に煽る。


「お爺様、最後に一つだけよろしいでしょうか?」

「うん?」

「――私は、兄を敬愛していました」


 知っている。だから、皇太子存命中は決して私の誘いに乗ろうとはしなかった。


「……私を、恨んでいるか?」

「少しだけ。それでも、最終的に決めたのは私です。結末に後悔はありません、……ただ、別の方法をお爺様と一緒に模索していればよかったとは思っています」

「うむ。私の積み重ねが無に帰して、これからも連中がのさばり続けるかと思うと、業腹だな」

「ええ、後を託せる相手くらいは見つけておくべきでした」


 朦朧とする中で、ジェノフィンも杯を煽る気配を感じた。

 そう言えば、今更になって考えてみるとロシュワート皇太子の説得は試していない。フェリックス皇と同じで受け入れられないだろうと思い込んでいたが、ジェノフィンの口ぶりからすると違う可能性もあったのかもしれない。


 急ぎ過ぎたのだと非難されたのを後悔しながら、私は苦痛に埋没した……。

書籍2巻、いよいよ明日発売!

全文を見直して随分な量を描き足したので、結構印象が違うかもしれません。強襲作戦に同行したり、魔物被害に遭った町を助けたりもします。興味があるなら是非どうぞ。

新たにデザインしてもらったカミンとヴァンもめちゃめちゃ可愛いですよ!

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