大噓つき
コミックス1巻の発売が決まりました。
6月14日の予定です。よろしくお願いします!
戦闘の後始末をウィラード皇子に任せた私は、上空で停止したままのウェルキンに戻った。
幸い、剛盾の敗北とゴーレムの破壊で連合軍も混乱していて、進軍が止まって猶予がある。何しろゴーレムを容易く破壊したものだから、前線に不安が広がっている。必勝を信じて進軍してきた筈が、開戦前に少なくない数が失われてしまった。私がいる以上、ゴーレム部隊では勝てないのではないかと士気も低下する。
でも、私はまだ戦争に介入できるだけの建前を得ていなかった。
王国の魔導士である私と、皇国の魔導士の違いを見せつけるって第一段階が終わっただけ。急ぐ必要がある。
「先ほどの閃光は、全属性の魔力によるものでしたわ。魔導士の誓約自体が世界に働きかけるものですから、その罰則機構も同時に発生しているのではないでしょうか」
今回、ノーラは見届け役として皇国へ来ている。他国への魔導士派遣自体が初めての試みなので、詳細な記録を残すのがお役目となる。
それに、今回ザカルト・ハーロックのあからさまな離反で、誓約の強制力に疑問が生まれた。国民の不安解消が目的なのに、束縛が働かないのでは意味がない。誓約の効果範囲を検証する必要があった。明確に違反した場合の確認もその一環。
そこへ、私がノーラを捻じ込んだ。他の人物が候補に挙がっていたところ、特級鑑定士なので私達に見えないところまで観察できると説得して。
でも実際は、さっきの天裁光線を解析してもらうのが目的だった。
「おそらく、どんな防御も突破する性質が働いています。どんなに備えていたとしても、あれが直撃して無事で済む手段はないと思いますわ」
「対象を確実に滅ぼす“現象”ってところかな」
「はい。人が魔力を扱って“魔法”を使い、魔力で変質した魔物が“異能”を発揮するように、魔力によって世界が引き起こす“現象”があっても不思議ではありませんわ」
神様と結ぶ契約って時点で、その可能性はあった。
かつてはそのあたりへの理解もあって誓約を行なっていたのかもしれないけれど、残念ながら詳細は伝わっていない。大勢の前で誓約しておきながら、それを破る魔導士がいなかった。
もしかすると、神殿の資料を探せばあるかもね。
「性質的には、スカーレット様の臨界魔法と近いように思いますわ」
「一定以上に圧縮した魔力は、あらゆるものを魔素に分解するからね。並外れた高圧魔力を叩きつけるなら、確かに防御なんて意味をなさないよ。ザカルト・ハーロックが跡形もなく消えた訳だね」
「それだけの魔力集束があの一瞬で行なわれた訳ですから、魔力を凝縮する機構があると思うのですけれど……」
その兆候は見られなかったらしい。
「ダンジョン核みたいに、高圧魔力をどこかから持ってくるのかもしれないよ。それなら、圧縮の過程を省けるから」
「なるほど……、誓約に反した瞬間に光線が転移してくるのですね。それなら、前触れを察知できなかった事にも頷けますわ」
つまり、魔導士の頭上は常に転移口が開放を待っている状態だ、と。
なかなかゾッとする話だね。
とはいえ、世界が引き起こす現象に暴発はない。誓約さえ破らなければ、危険がないのと同じだった。
誓約前なら躊躇ったかもしれないけど、今更なかった事にしたいとも思わない。無駄に恐れられる事態を回避できているのは確かだし、生活に不便を覚えている訳でもないからね。
「で、リコリスちゃん。そっちはどう?」
「……一応、そう見える程度のものは考えてみました。でも、本物と比べると全然足りていません」
私の確認に、リコリスちゃんは躊躇いがちにメモ用紙を差し出した。今回の課題は、彼女的に満足できていないらしい。
彼女に頼んだのは、さっきの天裁現象を疑似的に模倣する魔法。
リコリスちゃんだけだと光が落ちたとしか分からなくても、ノーラが現象を解説したなら魔法感性が働く。あの凄まじい閃光そのままは無理でも、見せかけるくらいはできた。
「えーと、問題ないんじゃないかな。……臨界魔法をそう何度も使えないから威力は随分劣る分、発光を強めて印象を補強するんだね。風魔法で干渉範囲を広げて、手元じゃなくて上空に魔力を集束させる……広範囲に影響が及ぶから、魔素を補給しながら魔力を集める訳だね。うん、よくできてる」
「で、でも、とんでもない量の魔力が必要になっちゃいます。ホントに大丈夫ですか?」
「うーん……、このくらいなら全然平気だよ」
「え⁉」
改めて私の常識外れを知って、リコリスちゃんが絶句していた。さっきの戦闘でも大した魔力を使った実感がないから、そこを基準にされても参考にはならない。
ワーフェル山の消失を知っているノーラとは理解に差があるね。
威力的には、魔力波集束魔法より少し上くらい。ゴーレムの破壊にはそれで十分だって確認したから問題ない。魔力的にコスパが悪いのは間違いないけど、内戦に介入する為と思えば無駄とまでは思わない。
強いて難点を挙げるなら、こっそり練習できる魔法じゃないからぶっつけ本番になってしまう点かな。そこは、ノーラとリコリスちゃんを信じよう。
私はウェルキンの上に出ると、連合軍側のゴーレムを視界に入れながら魔力を集中させた。
「――適用範囲観測、風属性探知広域展開、…………対象捕捉、標的固定」
迷いはない。
魔法の構築を始めた瞬間から、成功するのだと信じられた。新しい魔法を生み出す度、体感してきた慣れ親しんだ確信。魔法感性が新境地の開拓を告げる。
「蒼天掌握、魔素収縮、指向性供与、凝集点を対象の上空へ固定……」
大きく離れた場所へ自分の魔力を生み出すのは不思議な感覚だった。普段、無意識に行なっている魔素から魔力への変換を自覚的に行なう。
これまで必要性に迫られなかっただけで、理論はずっと前から構築してあった。魔導変換器の機能を魔法で実現する。異なる点は、変換の触媒としている魔石を私の魔力で代替する点。空へと散らした私の魔力を、ビー玉化や液状化して物理的性質を得ない程度の圧縮して魔法の起点とする。
新しい魔力操作技術を習得できた。今後、魔法の活用範囲を広げられそうだね。
「魔力充填、魔素補充、――必要魔力量到達……!」
戦場となった土地だけあって開けているので、周囲に漂うモヤモヤさんは少ない。足りない分はウィッチを抜いて、巨峰ハンマストンにある魔物棲息方向から調達する。
「穿て! 天罰模倣魔法‼」
ウィッチを振り下ろすと同時に、おびただしい数の光が連合軍へ落ちた。それによって連合軍の切り札は砕け、倒れ、瓦礫を晒す。例外はない。
「――‼」
「――!」
「……‼」
はっきりとは聞こえないものの、あちこちから悲鳴が上がった。本物と比べれば大きく劣っても、混乱をもたらすには十分な威力があった。巨大な石人形を軽く粉砕できる手段なんて、普通は存在しない。
しかも、攻撃は天から降ってきた。
どうしても、先ほど消滅した剛盾の末路を連想してしまう。後方の兵士には因果関係が分からなくとも、前線ではウィラード皇子を襲ったザカルトを大勢が目撃していた。その情報も徐々に伝播していく。
混乱に陥ったのは連合軍だけじゃない。光が降った連合軍ほど恐怖に彩られていないだけで、突然の超常現象に理解が追い付いていない。
勿論、あれが魔法だなんて察せられる筈もなかった。
ついでにウェルキンはかなりの高度にいるから、視力を強化したところでウェルキンに隠れて私の姿は映らない。多少怪しく思えても、攻撃と私を結び付けられる証拠は残していない。ノーラみたいに、魔力の流れを察知できる人物が都合よくいるとも思えないしね。
「王国でなら、スカーレット様が何かしたのではないかと疑われたかもしれませんわね」
「騎士団への襲撃とか、ガノーア子爵領への突撃とか、ワーフェル山以外でも色々やらかしてるからね……」
突然巨木が出現した、なんてのもある。
一部からは、神罰より私の方が恐れられてる気もする。
天罰モドキを落として終わりじゃないけど、しばらく何かする気はない。錯乱が浸透するのを待つ。剛盾討伐後についてはウィラード皇子にも話してないから、一緒に慌てふためいている様子が想像できた。
『皆さん、落ち着いてください』
三十分は放置してから、拡声魔法で語りかける。勿論、光撃したのが私だなんて、おくびにも出さない。
『先ほど、誓約を破った剛盾ザカルト・ハーロックが天からの光で消滅したのはご覧になった通りです。彼が神様の不興を買った事実に間違いはありません。彼に自覚はなかったかもしれませんが、それだけ重い制約に身を委ねたのです。神様がお怒りになって、当然でしょう』
そのあたりが伝わっていない人もいるだろうから、念を入れて教えてあげる。
こんな事して大丈夫なのでしょうか……ってリコリスちゃんが不安そうだけど、神様を利用しないって誓約をした覚えはない。神様に不敬を働いたって処罰されるなら、教国はとっくにこの世から消えていたと思う。
存在が感じられるせいで信心深い人が多いから、神様を冒涜しようって発想が湧かないだけで……。
私の場合、死後に楽園へ行った覚えもないから遠慮もしない。
『そして、同じ光が連合軍を襲いました。神様のお怒りは明らかです!』
皇国軍には安堵の空気が、連合軍には恐慌状態が広がっていく。
『レゾナンス侯爵は禁忌に手を染めました! 魔物を生み出すばかりか従え、人を殺す道具としたのです。その蛮行が、許されなかったに違いありません』
もともとの予定では、外の大陸へ国を売った行為を糾弾するつもりでいた。海外の技術を借りてヒエミ大陸に混乱をもたらした所業が、神様の意思に反すると。
ついでに、原理が不明の銃型魔道具を異端兵器だと責め立てる。何故だか宝石が組み込んである点を利用して、妖精の命を使い捨てにしていると非道をでっち上げるつもりだった。多少論法が強引な自覚はあった。でも、天罰の模倣で威嚇するなら真実味を帯びる。
実際にはゴーレム部隊を投入してくれたおかげで、その必要はなくなった。教義上、魔物は人間にとって絶対の敵性存在、神敵である悪魔が作り出した侵略の尖兵。人とは決して相容れないもので、その戦争利用は悪魔に魂を売るのに等しい。
魔物素材を利用して文明を発達させている昨今、教義を盲信している人は少ないけれど、瞬く間にゴーレムを破壊された恐怖には抗えない。神様が怒っていると言われてしまえば、許しを請う他ないと思う。
教国を解体して、人工ダンジョンを運用する私が何言ってんだって話だけども……。
『私は、ヴァンデル王国魔導士スカーレット・ノースマークは、神の怒りを買ったウィリー・レゾナンスを討ちます!』
つまりレゾナンス侯爵に神罰を落としに行く、と。
『私を止める意思がないなら、武器を捨てて投降してください。神様も、詳細を知らされないまま利用された方々を罰するほど無情ではないでしょう。しかし、事情を知ってなお侯爵に与するならば、一切の容赦はしません! 神様が罰を下す前に、私が悉くを叩き潰して差し上げます!』
この宣言で、連合軍の戦意は完全に崩壊した。神罰が恐ろしいのは当然として、私が剛盾を捻り潰したところも目撃している。ゴーレムだって、易々と叩き潰した。どこまでが罰の対象になるか分からない神様より、想像しやすい暴力として連合軍を脅かす。
従軍を強制された連合軍に、命を懸けるような忠誠心は存在しない。
そしてたった今、彼等の盟主は神敵になった。
これに味方すれば、死後の安寧すら失ってしまう。国への不満があったとしても、神意に歯向かうのは別の話。レゾナンス侯爵は正当性を失った。
そして、神敵に対して王国も皇国もない。これは内戦ではなく、神様の敵を排除する聖戦に変わった。
これなら、私も堂々参戦できる。
さあ、投降に応じない連合軍を蹂躙しようか……!
冒頭でもお伝えしましたが、遂にコミックスが発売されます。
ちなみに、まだ連載は始まっていません。……連載開始より、コミック制作が先に始まったりするものなのですね。
連載はもう少し先になりそうです。で、急ピッチで1巻収録分を公開します。
漫画担当はさいピン先生。
とても可愛い幼児レティを描いていただきました。コミカライズ用に新しくデザインしていただいたキャラも沢山……幸せです。本編で禄に触れていない子も登場します。
コミックスには、私も巻末SSを書きました。内容については、採用が決まってからXで発信しようかと。(ここでコメントすると、長文になりがちなので…)
興味があるなら、是非購入の検討をお願いします。
それから、来週は書籍2巻の発売日!
私はそろそろ、サイン本制作作業が始まります。こちらも、是非どうぞ。