天裁
岩の鎧で身を護るザカルト・ハーロックは、地面に突き刺さったくらいでダメージを負わない。ただ硬いってだけじゃなくて、魔法による防御も働いている。
そして、懲りずに何度も向かってきた。
その度、私は箒を振って軌道を逸らす。周囲から見れば、彼が魔法を失敗しているように見えたかもしれない。何度も飛び上がり、同じ数だけ私から随分離れた地面へと激突した。
「ぐっ……、何をしやがった⁉」
勿論、ザカルトの失敗でも、彼が目測を誤っている訳でもない。
彼は私の術中にある。
剛盾の得意戦術を聞いた時から疑問に思っていた。
岩の鎧をまとって突撃する。そこまでならいい。でも、彼は戦場を縦横無尽に飛び回るという。駆け回るくらいなら、強化魔法を使えばできる。魔導士が万能タイプであっても驚かない。上へ跳ぶまでなら、納得できた。
だけど、地属性の術師が空中で軌道は変えられない。落ちてくるだけならともかく、加速しながら襲いかかるだなんて、できる筈がない。
それを可能にするだけの別属性を保有している話は聞いていない。魔導士として認定するにあたって、皇国が詳細な調査を行なった筈だから、虚偽も隠蔽も許されない。
なら、どういう事か。
――人間は地面を活動の場と宿命づけられている。だから、跳躍などによって一時的に地面を離れる事はあっても、できるだけ速やかにその本来の位置である地面へ戻ってこようとする力が働く。
重力の概念が一般化するより前、地面へ引き付けられる現象を解説した俗説ではあるものの、重力が地属性の一端だとされてきた時代があった。当時の闇属性魔法は影を動かしたり光を遮るのが一般的で、物体を引き付ける力は弱い念動力として、重力への干渉と認識されていなかった。
思い込みを魔法が実現する。
風属性術師が空気を温めたり冷やしたりできるのと同じ、魔法感性さえ作用したなら物理法則さえ超越して魔法で具象化できる。
ザカルト・ハーロックは固有魔法の使い手ではないけれど、地面が物体を引きつけると認識する事で、地属性での重力への干渉を可能とした。先入観が理論を超越する。
さっき降下ついでに蹴った際、この不自然な性質に気が付いた。
これは知識が未熟な子供に起こりやすい現象で、常識を確立しきれていないからこそ自由な発想ができる。私のラバースーツ魔法やマジックハンド魔法、空間魔法もかつてはその産物だった。
今では理屈を構築して、再習得してあるけどね。
で、ザカルトはそれをしていない。子供の頃に実現した魔法を、魔力量に任せて今でも歪んだ認識のまま使い続けている。
その分、魔法の構築が甘い。
反重力で突撃方向を逸らされている事にも気付けない。本人は真っ直ぐ私へ向かっているつもりで、明後日の方向へ誘導されていた。魔法への理解が雑なものだから、何が起こっているのかも分からない。
「まるで猪ですね。突撃を繰り返していれば、いつか上手くいくとでも?」
「手前ぇがなんか小細工してやがるのか⁉」
「さっき、打倒すると言ったのが聞こえませんでしたか? ただ突っ立って的になってあげる訳がないでしょう?」
そもそも見た目と威力が派手なだけで、直線的に突撃するだけの魔法だから、何かおかしいと思ったところで、対応する経験も対策を講じる知識も彼は持ち合わせていない。これまで、この魔法ひとつで敵を捻じ伏せてきた。生まれ持った才能に頼り切ってきた。
相手が塵灰オイゲンさんだったなら、これほど圧倒させてもらえなかったと思う。あらゆる状況を想定して鍛錬を積み、いくつもの戦術を用意するのが戦士ってものだろうからね。歴戦の武技に、咄嗟で対応するのは私でも難しい。
だから、手合わせの誘いへ簡単に頷けなかった。
そもそもとして、得意戦術が有名になっている時点でおかしな話だったんだよね。噂になるって事は、対策が立てられる。国の最終兵器である魔導士が、無駄に手の内を晒すだなんてあり得ない。そのせいで、私の噂は独り歩きしている訳だし……。
でも剛盾の場合、隠せるだけの手札を初めから持ち合わせていなかった。
「くっ……、卑怯者がっ‼」
実際、こうして執拗な特攻を続けている訳だからね。
自分が未熟である事を棚に上げて卑怯者扱いはしないでほしい。
とは言え、このままブンブン飛び回られるのも鬱陶しくなってきた。私は一歩も動いていなくても、ドカドカ音だけはうるさい。威力だけは大きいのと、何処に飛ぶのか予想できないせいで、ウィラード皇子も皇国軍兵も大きく遠ざかっていったけどね。
「これならどうだっ‼」
これならも何も、速度しか変わっていないザカルトをマジックハンド魔法で掴み上げると、私は彼を連合軍側へ放り投げた。
落下方向を多少変えられるだけで、空中で自在に動けるような魔法を持ち合わせていないからよく飛ぶ。最終的に、連合軍の前列に並ぶゴーレムの一体へ激突して漸く滑空が止まった。呆気なくゴーレムの巨体は崩れ去る。
魔導士だけあって、彼の岩鎧は石人形より硬いらしい。
「あのままゴーレムを壊してもらえば、後が楽かな?」
あくまでザカルト討伐の一環だから、連合軍を狙っていないと言い訳できる。
跳躍でこちらに戻ろうとするザカルトへアーリーを向けて、ゴーレム部隊を薙いでみた。一度に六体が砕け散る。
うーん、全部壊すにはボールが持ちそうにない。
「なら、こっちだね。……魔力集束、射線確認」
私は箒をリュクスに持ち替えて、魔力波集束魔法でザカルトを狙う……振りをしながら照準をゴーレムへ固定した。
魔導士同士が争うともなれば、周囲に被害が及ぶのも仕方がない。でもって現在の剛盾の所属は連合軍側だから、巻き添えは向こうに被ってもらう。そのせいでゴーレムが減るくらいは自業自得だろうから。
「――魔力波集束魔法、乱射!」
魔弾魔法を昇華させた閃光が石巨人を襲う。強力過ぎる魔法を兵士に対して向けたくないから、無駄に大きいおかげで都合が良かった。ザカルトの周辺にいたゴーレム五体の上半身が綺麗に吹き飛ぶ。
着弾周辺がざわめき、連合軍全体が浮足立ち始めた。あれで進軍が遅れるなら丁度いい。
ザカルト本人も狙っておくべきかな?
難癖付けられるほど戦意を残す気はないけど、面倒事は少ない方がいい。
「もひとつ、魔力波集束魔法!」
ゴーレムを壊している間にザカルトは立ち上がり、今度は攻撃に備えるだけの余裕があった。
連合軍兵が逃げ惑う中、彼は地面に手を突くと高大な土壁を現出させる。彼はあの防御で、今回の内戦でも自分と周囲の味方を幾度となく守った実績がある。
「――!」
然して剛盾の異名の元となった土壁の魔法は、大穴を開けて敗北した。集束波は後ろのザカルトへ直撃する。
銃型の魔道具や砲弾程度と一緒にしてはいけない。
「……お、終わったのかい?」
あんまりな状況に、腰が引けたままのウィラード皇子が確認に来た。普通に考えて、あれに耐えられる人間なんていない。
「あ、あそこまで違うものか……?」
「我々を蹂躙した剛盾が、まるで子ども扱いじゃないか」
「あんな魔法、どうやって防げばいい?」
「あれが王国の魔導士……本当に同じ人間か⁉」
皇子だけでなく、恐れは皇国軍にも広がっていた。
これも想定通り。
今は敵対していなくても、私が王国に属している事に違いはない。頼もしく思ってもらうより、敵対する可能性のある存在として畏怖してもらった方がいい。
「まだ無事だと思いますよ。防御に特化しているだけあって、あの岩の鎧は相当なものみたいです。ずいぶん遠くへ飛んだので、戻ってくるのは少しかかりそうですけど」
「そ、そうか。あれだけ圧倒されても、ザカルトもまた魔導士なのだね」
「というか、本質の問題でしょうね」
子供の妄想の延長線上にいる魔法使いだから、そのイメージには性根が色濃く影響する。理論を重ねて構築した魔法じゃないせいで、術師の本質をそのまま具象化する。
守りに特化……つまり、傷つくのが嫌。
自分が可愛い。自分だけが無事であればいい。
おそらく、代名詞となった土壁はその派生。その証拠に、彼がまとう岩鎧だけが特別秀でて見えた。術師の安全を確保した上で、攻撃に転用できるほどに。
ウィラード皇子を臆病者だなんて、よく言ったものだね。彼自身が何より傷つく事を恐れて、鎧の中に引き籠っている。誰より苦痛を恐れている。
「それはどういう……?」
ウィラード皇子に問われたけれど、そんな人間を魔導士として重用してたって皇国の恥部を突き付けていいものか迷ってしまう。その間に、ザカルトが戻ってきた。
その顔は怒りで真っ赤に染まる。
でもあれは、不屈だとか反骨心だとかいったものじゃない。
普通、あれだけの目に遭えば怖いと思うし、敵わないなら逃げたいと思う。逃げたところで、連合国にとって時間稼ぎでしかなかった彼を止める者もいない。彼のせいで被害を受けたから尚更に。
多分、彼の心中は不満でいっぱい。
どうしてこんな目に遭う。
どうして俺様が勝てない。
こんな筈はない。
俺様が勝てないなんて、間違っている……!
挫折を経験した事がないから受け入れられない。これまで、暴力を振りかざせば大抵の事が上手くいっていたから、ここでどうしたらいいか分からない。敵わない事実を認められない。
結果、全ての不満を怒りに転用させる。要するに、子供の癇癪と同じ。
「殺す……。殺してやる……! 絶対に許さねぇ……‼」
「まるで、これまでその気がなかったみたいなことを言いますね。気持ちを切り替えたくらいで、何か変わるのですか?」
「うるせぇ! もう手加減はやめだ。どんな小細工を弄そうと、俺様の全力で捻じ伏せてやる……‼」
当たれば対象をミンチにできる魔法を何度も使っておきながら、手加減とかよく言うよね。
それに、彼は重力に抗うような魔法を持っていない。どれだけ全力を捻り出したところで、突貫を逸らすのは簡単だった。
でも、今回は私もアプローチを変えてみる。
リュクスの柄を伸ばして、私は地面を突いた。途端に箒らしくなったリュクスの先端から魔法を流すと、巨大な土壁が聳え立った。
「軌道への干渉は不評のようですから、こちらにしてみましょう。今度は狙った通りに飛べますから、確実に私を捉えられますよ。勿論、この守りを貫けたら……の話ですが」
「この俺様に地属性魔法で対抗しようってのか⁉ 模倣で俺様が止められると⁉ ふざけやがって……! 後悔させてやる。――粉々になりやがれ‼」
意図的な挑発は思ったより効果があったみたいで、ザカルトは目を血走らせながら上空へ跳んだ。全力と宣言した内容に嘘はなかったみたいで、これまでよりずっと高い。強襲の勢いからも、これまで以上に魔力を漲らせているのが分かった。
「「「――!」」」
皇国軍も連合軍も固唾を飲んで見守る中、激突によって砕け散ったのは――剛盾の方だった。性根に難はあっても皇国戦力の拠り所、魔導士だった男の敗北に声にならない悲鳴が上がる。
とは言え、私はこの結果を不思議に思わない。
感覚だけで魔法を使う術師にありがちな話だけれど、魔力任せに魔法を構築すると精度が荒い。外観はどっしり構えて見えても、その実脆い壁となる。魔法の基礎を疎かにして大した修練も積まず、結果に繋がる訳がない。
彼が剛盾だなんて称えられたのは、保有魔力が並外れていただけ。
魔法そのものはお粗末にもほどがある。あの程度の土壁、私なら十分の一以下の魔力で構築できる。
で、私が造ったのはしっかりとした魔法理論をもとに、土の組成や性質、凝集の原理も応用した堅牢な土壁。見た目は似ていても別物と言っていい。
そこへ全力でぶつかったなら、反作用の衝撃をまともに受ける。
しかも、彼は見境をなくしてしまうほどに怒り狂っていた。彼のような感覚に頼った魔法使いは、感情が強く魔法に影響する。身の安全より、私への殺意が上回っていたんじゃないかな。そうなると推進力に魔力を浪費して、術師の保護効果は下がる。
自慢の鎧も、砕け散るに決まっているよね。
「ふざけるな……、ふざけるな……、ふざけるな……、ふざけるな……、ふざけるな……、ふざけるな……、ふざけるな……、こんなの間違っている……っ‼」
それでも防護機能は最低限働いたようで、頭から血を流してあちこちが折れ曲がった状態でザカルト・ハーロックはまだ立ち上がった。不屈の闘志って訳じゃないだろうけど、負けを認められないその執念だけは大したものだと思う。
脳内麻薬ドバドバで痛みを認識できていないだけかもだけど。
こうなった人間が選択する行動は、二つほど予想できた。
一つ目は、現実を受け入れられず、喚きながら無駄に特攻を繰り返して自滅する事。でも、その可能性は低い。
痛い思いが嫌な人間が、再び私へ向かってこられるとは思えなかった。
そうなると――
「お前だ! お前が俺様を退屈な城なんぞに縛り付けたからこんな事に……っ!」
激昂したザカルトは、ウィラード皇子を襲った。
まあ、そうなるよね。
常に強者でなければ気が済まなかった臆病者は、安易な方法へ逃げる。明確な力量差を見せつけられて、それでも私に挑む気概は持ち合わせていない。
「――!」
これに対して、私は何もしない。
こうなった事態に備えて、皇子には私の魔法に耐えられる程度のお守りを渡してある。
それ以前に、彼は紛れもなく魔導士の誓約に違反した。
ウィラード皇子が行なった魔導士認定解除の宣告は、あくまで周囲の兵士に知らしめるためのもの。王国の魔導士である私に名分を与える為の手順だった。
そもそもとして、気分が変わったからと神様との契約を破棄する方法なんて存在しない。一生を縛る誓いだからこそ、国民からの信頼を生む。だというのに、ザカルト・ハーロックは覚悟を違えた。
皇族へ牙を向けるという形で、約定に背いた。
だから、当然の帰結として報いを受ける。
無慈悲な裁きが彼を襲う。
――天から、光が落ちた。
私からはそう見えた。本当に一瞬の出来事だった。直視するのも難しいほど濃密な光が、違背者を焼いた。消し炭すら残らない。
地面へ深い穴を穿ち、比較的近くにいた私とウィラード皇子のお守りが余波だけで発動するほどの高威力だった。備えがなかったら……だとか考えたくもない。直撃はもっと嫌!
というか、私の場合は他人事じゃない。
「これが、誓約を破った魔導士の末路……」
好奇心で試してみたものの、想定を遥かに超えたトンデモ威力にゾッとした私だった。
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