大魔導士立つ
走行中のウェルキンから飛び降りた訳だから、当然落下する感覚を味わう事となる。私は何度も飛んでいるし、反重力の魔法で安全は確保できているから重力に引かれるまま降下する場合も多い。
でも、ウィラード第四皇子はその限りじゃなかった。
「わ、わああああああっ‼ 落ちる、落ちる……、助けてぇぇぇっ!」
正直、うるさい。
連行した事を後悔したい気持ちにもなったけど、私が皇国で存分に魔法を使うのに必要なファクターだった。
皇族である彼が、裏切り者に向かって最後通告を行う手筈となっている。それを拒否して初めて、皇国の敵と認定できる。私に討伐も要請できる。ちょっと面倒な気がしないでもないけど、魔導士の所属は国にあると国際法で明確に定義されている。これを私が勝手に攻撃したなら、王国は戦争の意思があるものと見做されてしまう。
皇国から排除したのだと、瞭然に知らしめる必要があった。それには皇子が欠かせない。
予定通りにウェルキンでゆっくり下りる方法もあったけど、剛盾が暴れているのが明らかなのに被害が広がる様子を傍観していられない。時間を掛ければゴーレム部隊が到達するから、猶予もなかった。
皇子が恐怖で喚くくらいは些事だよね。
それから、降りるついでに乱れ飛ぶ剛盾を蹴り落としておいた。
「――!」
弾丸みたいな勢いで飛んでいたので、目標の皇国部隊を大きく逸れて地面へ激突する。質量、速度共になかなかのものだったから、外部から加えられた衝撃に反応して突撃角度を変えるなんてできない。勢いそのままに地中へ埋まった。
どこへ跳ぶのか全く予想できないオーレリアの鍛錬に付き合っている私だから、真っ直ぐ飛ぶだけの魔法使いを捉えるなんて訳無い。ラバースーツ魔法による視力強化も反射神経強化も、すっかり慣れたよ。
ちなみに、これは攻撃じゃない。
好き放題暴れまわって聞く耳を持っていなさそうな魔導士の意識をこちらへ向けるためには仕方のない措置だった。ウィラード皇子からも苦情が上がらないから、問題はなかったのだと解釈しておく。
皇子、青い顔で地面にへばりついてるけど。
そんなに地面が恋しい?
「誰だ⁉ こんな大それた事をしやがった奴は!」
土煙を巻き上げながら、剛盾ザカルト・ハーロックが元気に叫ぶ。
地面に叩きつけられたからって、致命傷を負うほど甘くはないらしい。硬化した岩石をまとって高速で突撃する戦術を得意としているだけあって、岩の鎧は衝撃を散らす役割も負うみたい。
と言うか、大それた……だなんてどんな立場にいるつもりなんだろうね。
ヒエミ大戦での活躍や数々の内乱を収めた実績で騎士爵に叙された塵灰オイゲンさんと違って、人格に問題を抱えた彼はただの一兵卒。しかも、明確に軍規へ違反したから、既に軍に所属が残っているかも怪しい。
兵士として集団行動もできず、訓練は真面目に取り組まず、問題ばかり起こす事から皇族の監視下に置かれたと聞いている。ただの一度も出世はしていない。内乱の収束に一役買った事はあっても、度重なる命令無視と相殺され続けたのだとか。強力であっても、使い勝手の悪い駒でしかなかった。流石に皇族の言葉は聞くようで、第四皇子預かりとなったらしい。
そしてゴーレムに活躍の場を奪われそうになっているくらいだから、連合軍側に重用されているとも思えない。適当な口約束に舞い上がってたんじゃないかな。
「そこまでだ、ザカルト」
お怒りのままに特攻してきそうなところを、ウィラード皇子が止めた。かつての部下に毅然とした態度を見せる。青い顔であっても役目を忘れた訳ではないらしい。
「おや、これは臆病者の皇子様ではありませんか。珍しいところでお会いするものです」
対して、皇子に気付いた剛盾からは敬意の欠片も感じられない。本当に主従であったのかも疑うレベル。
「アンタの下に付かされたせいで、悉く活躍の場を奪われた! 臆病者のアンタがヘルムス皇子の半分でも戦場に出ていたら、俺様がいつまでもアンタの下で飼い殺される事もなかったんだ!」
恨み骨髄と言った様子で不満を吐き出す。皇子付きとなって思い上がるどころか、常に不満を燻らせていたらしい。
だけど国を背負っての戦争ならともかく、国内の小競り合いに普通は皇子が参戦したりしないものだけどね。内乱が頻発する皇国であっても、国に弓引く事態は流石に少ない。領地同士の争いにまで顔出す脳筋皇子が特殊なだけで。
「だから離反したと?」
「他に何がある? 皇子のお守りをしていれば実績を稼げると思ったのに、荒事の一つ起きやしない。戦場に行かないで、何のための魔導士だ? どうして俺様が、弱いアンタに従わなくてはいけない?」
「君の言う弱肉強食は、獣の論理だ。そうでない我々は、権威に従う。僕は君に、そんな当然を求めただけだよ」
「そんな事を言って、アンタは怖かったんだろう? 俺様が活躍して、出世して、アンタの立場を奪われるのが。だから、俺様が功績を上げないように手をまわしたんだ。こんなところまで愛人連れでやってくる間抜けに、俺様は活躍の機会を奪われ続けたんだ!」
「……」
「……ウィラード皇子、彼は本気で言ってます?」
「どうも、そうらしい。ここまで愚かだとは僕も思わなかったよ」
あんまりな言い分に、正気を疑いたくなってしまう。
骨肉の皇位争いをしている訳でもないのに、そうそう皇子が襲われては堪らない。期待する方向を間違えている。
それ以前に、どんなに出世したところで皇族の立場には並べない。国家間の戦争で成果を上げたならともかく、国内紛争の解決や魔物の討伐では騎士爵が限界だと思う。魔導士がどれだけ優秀であっても、兵士と貴族の間には生半可では越えられない隔たりがある。下級貴族なら優秀な血を求めているから、実権を持たない婿入りがせいぜいかな。
そして、爪弾きにされた原因が自分にある認識もないらしい。故・ロシュワート皇太子にすら諦められていたのに、人より強力な魔法が使えるってだけで思い上がっている。
そう言えば、敵対するような事があるなら、遠慮なく叩き伏せていいと許可を貰っていたね。ウィラード皇子の愛人だとか失礼な勘違いをされた以上は、気兼ねなく乗っておこう。
「分かった。君と言葉を交わすだけ無駄なようだね」
「はっ! ここは戦場だぜ? 命のやり取り以外に何がある」
「それでも、通告はしておこう。連合軍に利用された自覚があるなら、投降するんだ。今後の自由は保障できないが、命を奪うような罰までは与えない」
「ご免だね。こうなったなら、もう皇国軍も連合軍も関係ない。どっちも潰して、俺様が一番だと知らしめてやる。弱い奴は、怯えながら強者に従えばいい!」
最後の勧告は、思った以上にあっさりと決裂した。
魔導士となれるだけの才能を得たからと、あそこまで自分を過信できる気持ちはまるで理解できない。いっそ哀れにすら思えた。
『分かった。ならばウィラード・ウォーズ・ダイポール第四皇子が、君の魔導士認定をここで解きます。制御できない魔導士級の魔法使いは国にとって害悪でしかない。ここで君を処断しましょう!』
立場の剥奪が周囲にも伝わるよう、拡声魔法を使って皇子は宣言した。
皇国軍からは動揺が、連合軍には困惑が見られた。魔導士級だった人間を討伐するとなれば、普通は多くの血が流れる。そして、戦場でそんな事態が起こる事も普通はなかった。
「はっ! 臆病者に何ができる? 言うだけ言って、兵士の後ろで震えているのか?」
『では、大魔導士殿、お願いします』
『はい、承りました。皇国からの正式な要請により、スカーレット・ノースマークが助力しましょう。国難にあって更に混乱を望むような元魔導士は、私が確実に打倒します!』
私の名前は皇国にまで届いている。むしろ、好戦的な人物として噂が独り歩きしていると言っていい。皇国軍の動揺は期待に変わった。
「大魔導士……? そんな小娘が?」
「信じなくても構いませんよ。私がする事は変わりませんから」
「いや、好都合だ。アンタみたいなか弱そうな女を叩きのめすだけで、魔王種より恐れられる存在になれるって訳だ。ははは! こんな美味しい話もなかなか無いな」
「お好きにどうぞ。品性も良識も持ち合わせていない蛮族に、言葉が通じるとは思っていません。弱肉強食が好きなら、その道理でお相手します」
普段の私は、力を誇示する事をしない。
強さの序列なんてどうでもいいし、周囲にどう思われようと気にしない。私にとって魔法は可能性を探求するものであって、ただの暴力として扱うだなんて勿体ない。
でも、魔導士としてここにいる私は、王国の威信を背負っている。
強気な態度も、過剰な自身も崩せない。
『どうして私が大魔導士と呼ばれているのか、格の違いを教えてあげましょう!』
「……やってみろ‼」
ザカルト・ハーロックに対してでなく周囲へ向けて意思表明した私へ、再び岩の鎧をまといながら跳躍した彼が特攻する。
けれど、アーリーの一振りで彼は明後日の方向へ飛んだ。
うん、また地面に埋まったね。
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