戦場へ…
面倒事を片付けた私は、予定通り皇国へ戻った。
自分のメイドができた事が嬉しくて、過剰に愛でて叱られた覚えはあるけど、自分に対してそれと同じか、それ以上の視線が向けられているとは思わなかったよ……。
事件の裏で糸を引いていた人物については気になるものの、正式に領主代行に就任したベネットが目を光らせてくれる。とりあえず、治安が悪化傾向にあるというコキオ南部から調べてみるらしい。
意欲の基盤はともかく、頼りにはなる。
どうしてもメイド服を脱ぎたがらなかったので、メイド服標準着用のおかしな領主代行が誕生した。メイド服にはロマンがあるから別にいいけど。
皇国ではウェルキンの到着を心待ちにしていたらしく、登城する余裕も惜しんで南西へ向かった。空間魔法で積載限界が桁外れのウェルキンならいろいろ補給物資が運べるって都合もある。私達が移動するついでだし、そのくらいの協力は惜しまない。
「凄いものだね。キャスプ型航空機を完成させて、漸く王国に迫れたのかと思っていたけれど、こうして見せつけられるとまだまだ遠いと思い知る」
いろいろ機密があるので案内はできないけれど、外観と違って広々した運送車両内を見たウィラード皇子が嘆息する。彼が見て回れるのは貨物車両限定。離反した剛盾ザカルト討伐の実験に必要なピースなので、機材と一緒に運搬しているといっていい。
出発前は前線行きなんて嫌だと散々ごねた第四皇子も、ウェルキンに乗ると気が逸れたらしい。キャスプ型複数台で運んでいた物資も、ウェルキンなら貨物車両に収まるどころか余裕がある。
決して覚悟を決めた訳ではなく、皇位継承の箔付けと唆したんだけどね。継承の可能性が残った中で、戦場に赴いていないのは彼だけとなる。ここで挽回しておかないと、臆病者だと噂されて、皇位が遠ざかるのも嘘じゃない。実験の素材として役立ってくれればなんでもいいってだけで。
「ウェルキンは私専用の飛行列車ですから、最新のものどころか試作中のものまでふんだんに使ってあります。王国の飛行列車全てがこうではありませんよ?」
「それは分かる。それでも圧巻だと思ってね。僕の知っている魔道具より随分小型化してあるし、床に下ろした荷物はひとりでに収納場所へ向かっていく。僕は概要を伝え聞くだけで詳細を把握している訳ではないが、これらは本当に教授してもらっている技術で造れるものなのかい?」
反重力で浮かせて、誘引力で引っ張る魔道具だね。
一見自動で働いているように見えるけど、奥に魔道具を操作している騎士がいる。動作を魔道具が判断するような機能はまだ組み込めていない。
「どう組み合わせるのか、どんな素材を用いるのか、どんな魔法を用いるのかといった違いはありますが、その標となる理論は全て伝えましたよ」
「なるほど……、基礎さえ伝授してもらえれば全て上手くいくと思っていたけれど、そう単純な話ではなさそうだ。基礎はあくまで基礎でしかないのだね」
「そんなものでしょう。後は技術者達の試行錯誤あってこそです」
基礎となる理論を教えてもらったのに、どうして王国と同じものが作れない! ……だなんて無茶を皇族が言ってもらったのでは困る。彼が皇王を継ごうってなら特に。脳筋、スライム馬鹿、趣味人、臣籍降下が決まっている第六、第七皇子含めて継承者全員に不安があるから余計だね。
王国は後継に恵まれていたのだとつくづく思う。
キャスプ型航空機やスライム新薬草がそうだったようにバルト老やメルヒ老、ペテルス皇子が既に実践しているから、それほど心配していないけど。
「スカーレット様!」
実験物資扱いでも皇子なので、放置はまずいと私が相手をしていたところ、深刻な様子のウォズが駆け寄ってきた。
タイミング的にはそろそろ到着する頃だろうけど、先に何かがあったらしい。
「まさか、間に合わなかった……⁉」
皇国にはまだ通信機がないので、情報の伝達にはタイムラグが発生する。航空機の開発で短縮したといっても限界はあった。皇国軍壊滅の報告が私達の到着より遅れる事態も十分考えられた。
「いえ、そこまでは。しかし、既に戦端は開かれています」
「それは仕方ないね。私達が王国に帰っている間も、小競り合いは続いていたって話だし」
「はい。ですが、連合軍側は新しい手を投入してきたようです。これをご覧ください」
そう言ってウォズが手にした端末を操作すると、ウェルキンの下に広がる光景が床に映った。勿論、床が透けた訳じゃなくて車体の下部に設置した映写晶の映像をリアルタイムで投影してるだけだけど、ウィラード皇子は狼狽えている。床が抜けて落ちるのかとでも思ったのかな。
それより問題は、連合軍の最前部隊。明らかにおかしなものが見える。
米粒みたいな人間とは明らかに大きさの違う何かが足並みを揃えている。上空からでも形状が分かるくらいの巨大さで、人に似た四肢を持つ。
「あれって……、ゴーレム?」
「俺も同じ判断です。石色の風体、人を大きく上回る体躯、その異様に見合った鈍重な動き、そうだとしか思えません」
「魔物が連合軍に混じって進軍しているって?」
「あれだけの個体が群れを形成する話も、聞いた事がありませんね」
パッと見で百体以上。
その後方を連合部隊が続く。
ゴーレムってレアな魔物だから、あれだけの数が揃っている時点で普通じゃない。当然、人間と協調するのもおかしい。
ゴーレムは高濃度の魔力に浸された大地の一部が意思を持った存在と言われていて、滅多に発生しない。大きなものだと二十メートルを超える個体もいて、歩くだけで農地を荒らし、防壁を破壊する災害となる。
意思はそれほど明晰ではないようで、何かを捕食したり敵意を持ったりといった目的のある行動をとらない。多分、存在の維持は魔素の吸収に頼っていて、そのためにもとにかく動く必要があるんだと思う。おそらく脚部から地属性魔力も補給している。言ってみればスライムの土くれ版、ただしその大きさから被害の度合いはまるで違うけど。
積極的に人を襲ってくる事も害意もないので、生活圏に迷い込んでこなければ問題とならない。それでも大きさだけで脅威になる為、冒険者ギルドの判別は壊滅種。近隣にゴーレムが発生したなら、その生息領域から逃げるのが最善とされる場合もあった。
ちなみに、構成する物質で呼称が分別される。土や泥なら土巨人、金属でできているなら鉄巨人、ここから見えているのは石巨人かな。歴史上には金巨人や貴石巨人なんてのもいた。
当然、人が制御できる存在じゃない。盗賊が火事場泥棒狙いで村落に向かうゴーレムの後を追ったって話はあるけど、戦略に組み込んだなんて例は聞いた事がない。
「連合軍はゴーレムの制御方法を構築したのでしょうか?」
「うーん……、精神干渉系の魔法の一種? はっきりした自我を持たないからこそ、外部から働きかける事も可能なのかな。ちょっと方法は思いつかないけど」
「けれど、連合軍と動きが連携している以上、何らかの方法で従えている事は確かです」
「うん、それは間違いないね。しかも、銃型の魔道具を防御に使っているみたいだから討伐も簡単じゃない」
あれだけの大きさなら、部隊が接近してくる前から脅威は伝わる。王国軍は施条砲で迎撃しようとしているけれど、魔法の防御に阻まれている。
強力な魔物であっても、軍が対処するならどうにかなってきた。動きが鈍重なので、目撃情報が届いてからでも対応は間に合う。十分な戦力を揃えて砲撃すれば、討伐可能な魔物だった。
でもそれは、ゴーレムが単体だった場合の話。
発生自体が稀なゴーレムの群体だなんて想定していない。敵軍と協調するなら尚更だった。まだゴーレム部隊と皇国軍の間には距離があるけど、あれと衝突したなら甚大な被害が出る。
このままなら確実に迎える未来に、皇国軍の統制も乱れて見えた。戦場で死ぬ可能性は呑み込めても、無謀な突撃にまで納得できている訳じゃない。逃げたところで追ってくる。一方的に有利な状況で連合軍が手を緩めるとは思えなかった。
最悪の未来が目の前にあるなら、フェアライナ様の歌でも士気が保てる筈がない。
「スカーレット様!」
「先生……!」
ノーラとリコリスちゃん、今回の作戦で要となる二人も不安を抱えてやって来た。できればウィラード皇子の前に姿を現さないでほしいところだったけど、あれを見たならそうも言っていられない。
「ノーラ、普通のゴーレムとの違いは何か分かる?」
「すみません。ゴーレムを見る事自体が初めてなので、違いと言われましても……」
そういえば、私も実物を見た事ってなかった。
発生自体が奇跡みたいな存在なので、その個体数は竜より少ない。繁殖できるような物体でもないしね。
「けれど、そう聞かれるという事は、あのゴーレムが普通の個体とは違うとスカーレット様はお考えなのですね?」
「うん。はっきりした根拠がある訳じゃないけど、間違いないと思う。そうでないと、あれだけの数が自然に生まれるとは思えない」
だとしても、脅威であるのは確かだった。
どんな存在か、どうやって操っているのか、理論を考えるのは後でいい。
桁外れの質量が生む有利は簡単に覆せない。しかも、あれだけの数がいるなら一般の兵士をどれだけ集めても抵抗できると思えなかった。
それでも、この内戦に介入できる大義名分を私はまだ手に入れていない。皇国軍が一方的に蹂躙される未来より、連続して砂埃が立ち上る一角へ目を向けた。
「まずはあっちから片付けようか」
迫る連合軍に先んじて、皇国軍の隊列が乱れつつある場所。間違いなく、あそこに剛盾の魔導士がいる。
あのゴーレムの軍勢がレゾナンスの切り札だとするなら、裏切り者の活躍は霞んでしまう。ザカルト・ハーロックの離反より、ゴーレムの投入が勝利を確定させる。
満足に活躍できていないからって離反を選ぶような人間が、活躍の場を奪われる事態を黙って見ていられるとは思わない。先に自分の実力を見せつけようと、勝手に先行したんじゃないかな。
魔法が派手で、見つけやすいのは都合がいい。
「う、うわああああああああああぁぁぁっ~~~‼」
マジックハンド魔法でウィラード皇子を掴むと、私は解放したハッチから戦場へ飛び降りた。
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