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一応の決着

 結局、本当に知りたかった情報については碌に出てこなかった。男爵の記憶にも正体を隠した若い男って印象しか残っていないらしく、肝心の素性は分からないままだった。そうなると、この事件から黒幕を追う手段は断たれてしまう。

 凄惨な映像を我慢して見た甲斐もない。

 あれはあれで、バレクさん達に隠蔽の意図がないって証明と、尋問の信用性確認のために必要ではあった。私的には心の疲労が酷いけど。


「そんな怪しい人物の甘言を、そうも容易く信じるものか?」

「申し訳ございません。美味しい話を持ってくる者ばかりを重用し、当てが外れたなら責任をその者に全て押し付けて叱責する。そういった父でしたので、近寄ってくるのは貴族の権力を利用して小銭を儲けようとする者ばかり、連中は煽てるのも得意でしたから、父は疑う事をしなくなったのです」


 呆れる殿下に、男爵令息は更に縮こまる。男爵には領地を運営するだけの才覚がはじめから無かったのだと言っているようなものだから、無理もない。

 自分に都合のいい人物なら、疑う事も怪しむ事もしなかったらしい。その手段すら、どうでもよかった。


「父は、貴族の家に生まれた事を殊更に特別視していたように思います。天に愛されたからだと、それだけで根拠のない万能感に浸っていたのでしょう」

「貴族と言っても男爵だ。それほど驕るものか?」

「殿下、下位と言っても貴族内での序列です。国全体で見れば、極一部の特権階級である事に違いはありませんよ。おまけに領地を任せられていますから、その中に限れば最高権力者です」


 自覚のない殿下を嗜める。

 国の頂点に位置する家に生まれて、会う人物のほとんどは貴族か官僚となると、流石に認識にずれがある。


「その通りです。良い話を持ってくるのは当然で、それに乗っていれば領地は安泰なのだと思い込んでいました。最後まで、何が悪かったのかを理解していなかったと思います」


 その様子は私も見た。殴られながらも口から出てくるのは罵声か不満ばかりで、心が折れてからは覚えている事を説明しただけ。反省も謝罪もなかった。

 分別を理解していなかったなら、あの反応も仕方ない。おそらく、幼い頃から自分に都合のいい情報だけを耳に入れてたんだろうね。学院でもそういう子女を多く見た。


「あんな父でも尊大に振舞う姿を見て、幼い頃の私は格好よく思ったものなのですが……」

「周囲から見れば不遜であっても、子供心には頼もしく映ったかもしれませんね」

「ええ。しかし、道理を学んでから見た父は、醜悪そのものでした。アウローラ様に叱っていただかなければ、自分も同類となっていたかと思うとゾッとします」


 あ、そこでお母様が関わってくるんだ。

 どうしたって、子供は親に似る。バレクさんがあの父親の子らしくないところに違和感を抱いていたんだけど、お母様から変わる切っ掛けをもらえたのかな。そうなると、あんな男爵でも反面教師として働く。


「それで、子爵は男爵家をどう裁くつもりだ?」


 脱線していた話題を殿下が引き戻す。ここは窃取事件の追及の為に取り持った場で、罪人が来なかったからって目的は変わらない。コンフート男爵の人間性については本題じゃない。


「私としては、賠償金を払ってもらえるならそれ以上を望みません」

「悪意を持って領地に損害を与えられたにしては、随分と甘い裁定だな」

「そうは言っても、男爵の身柄をもらっても役に立ちませんし、回復させる価値があるとも思えません」


 戦場送りにしても、皇国が困ると思う。

 労働力として期待できるリングス工業の連中はともかく、良識のない元貴族は本当に役に立たない。肉壁として立っている事すらできそうになかった。


「領地を譲られても土地が離れて不便ですし、現男爵の治世で荒廃した場所を貰っても旨味がありません」

「其方が管理しなくても、家を取り潰すだけでもいいのではないか? その後は国が任命した者に任せればいい」

「言っておきますが、ウォズは領地を望んでいませんからね?」

「…………」


 空いた領地を手早く任せられる人物となると、叙爵を予定しているウォズとなる。殿下が黙ったところを見ると、そのつもりがあったらしい。ウォズが治めるなら、必然私を巻き込める。

 でも、商売の忙しさに加えてコンフート領の立て直しまでってなると、ウォズが過労で死ぬよ?


「男爵の手に渡った資金が、他に流れた形跡はないのですよね?」

「はい。一部は父が遊興に使ったようですが、まだほとんど手付かずのままです。唆した人物が取り分を要求する事もなかったようですね。賠償の上乗せ分はともかく、スカーレット様の資金はすぐにでも返還できます」


 その情報を入念に吐かせたシーンは私も見てる。

 そうなると黒幕の人物の目的がますます謎だけど、領地間の諍いには一応決着できる。犯行が私を狙ったものなのか、公共事業で大金が動いていて偶々都合が良かったからのか、前者だとすると今後も気を抜けない。それでも、あるかもしれない次への備えは私の仕事となる。


「それなら、当主を交代して、貴方の手で領地を立て直す未来を望みます。現男爵とは違うところを、私に見せてください」

「ご配慮、感謝いたします。必ず、期待に応えてみせると約束しましょう」

「ええ、頑張ってください。……あ、でも、お父様への釈明はそちらでお願いしますね」

「……ええ、勿論です」


 私が許したところで、派閥の長への事情説明はまた別となる。信用を裏切ったのは現男爵だとしても、それを止められなかった責任はなくならない。

 それを思うと気が重いのか、返事の音量は小さかった。


「甘いとは思うが、慈悲深いと定評のある其方の事だ。領民を直接害されたような事態でないなら、あまり処断が苛烈でない方が周囲に過度な警戒をされずに済むだろう」

「すみません、殿下。折角お出ましいただいたのに、仲裁が必要になる事もないまま終わってしまって」

「時間は取られたが、あまり大事にならなくて何よりだ。其方が激昂すると、巻き添いになりたくないと泣きついてくる貴族が多いからな」


 陳情で余計に時間のロスが発生するらしい。


「そんなどうしようもない貴族が一つ片付いたと思えば、こちらとしても悪くない。この流れがもっと加速してほしいものだが」

「殿下に泣きついてくる時点で何か瑕疵があるのは間違いないのですから、その内情を調査して是正を求めればいいのでは? 私に取りなす交換条件とすることもできる筈です」

「勿論、しているとも。だが、王家に助けを求めてくるくらいだから揃って小物でな。家を取り潰すほどの罪がないのが悩ましいところだ」


 ここでも貴族の特権が面倒に働く。領地を任せているんだから、容易く排除もできない。


「でも、当主を挿げ替えるくらいはできるのでは? 王族を動かすなら、そのくらいの対価は必要です」

「……考えても見ろ、過剰に其方を恐れている者達だぞ? 当主を交代させようにも、次を任せられる者がおらん。今回のように後継は真っ当に育っている方が稀だ」

「それもそうですね」


 じゃあ、学院の改革が先かな。

 ジャーノ・コンフートのように学びが身に付いていない者は卒業できないか、家を継げない体制を作ればいい。議会の反発が強そうだけど。


 アドラクシア殿下の愚痴はともかく、コンフート男爵家への罰はほどなく決まった。これから立て直しが必要となる領地に大金は吹っ掛けられないから、分割で十年以上に亘って支払う事になる。私がどんなに甘くても、慣例を無視した減刑はできない。

 最初に量刑は私に全て任せると宣言したとおり、バレク氏が口を挟む事はなかった。


 これで、事件そのものはともかく、コンフート男爵家との遺恨は解消できた事になる。

 そうなると、私にはもう一人裁かないといけない人物がいる。


 土下座した人物への処断は、命を奪うか、罪に見合った罰を下すか。

 大事にならなかったからって有耶無耶にしたり、口先だけで許すなんて決着は存在しない。土下座した時点で罪を全面的に認めて罰を望んでいる訳だから、罰しない選択肢は初めから無い。


 ノーラの時は彼女自身が事件の当事者じゃなかったし、贖罪の為だと捧げてきた時間が罰として十分だっただけ。

 中途半端な決着は許されない。

 これを適当に済ませれば、周囲からも反発を生む。慣習を軽んじたって誹りを受ける。失態を心から恥じて、頭をこすりつけたベネットの覚悟をも汚す事になる。

 私は、物心ついた頃から仕え続けてくれた忠臣を裁かなければならない――


いつもお読みいただきありがとうございます。

書籍をご覧の方はお気づきと思いますが、ここで登場しているコンフート男爵家は書籍の追加エピソードででやらかした人達です。

未読の方でも困らないようにとの配慮に加えて、

当時のレティは貴族として勉強を始める前だったので名前を記憶していません。騒動は覚えていても、名前が一致していないので、ほとんど知らない相手として対応しています。

二人いた「オットー」さんと違って、うっかり同じ名前で登場させた訳ではありません。

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― 新着の感想 ―
ノースマークの派閥にいたんですよね? 派閥から外すのはレティの親とやり取りする部分なのかな。 今回の件をきっかけに、無能な領主が代替わりしないと王族や上位の貴族から働きかけるようなことになりそう
いつも楽しく読んでます! う〜ん!時代劇とかだと、『罪は罪』『罰は罰』そして『人は人』の人情裁きで終わることも出来るけど。 この世界の貴族で力ある存在の自分が甘い裁決はできないと分かってる悲しさ!…
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