男爵令息の覚悟
私はともかく王太子殿下が待つ場所へ、部外者が入ってこられる筈はない。王城では、王族区画に官吏区画に司法区画など細かく役割が分かれていて、そのそれぞれで厳しく身元確認を行う。国の中枢で、王族が暮らす場所でもあるから、悪意を持って侵入する隙は残していない。
大議堂は国の政治を司るところでもあるから、不審物を仕掛けられる訳にもいかない。だから、これまた出入りを厳しく監視してあった。
つまり、ここに現れた時点で、何人もの騎士が問題ないと認めた証ではある。
そうは言っても、待ち人以外の人間が現れたとなると不審は募る。
「其方は?」
「申し訳ございません、アドラクシア様にはお初にお目にかかります。コンフート男爵家の子、バレク・コンフートと申します。本日は、出頭できなくなった父に代わって、事情を説明に参りました」
男爵令息は大きな身体を縮こまらせて丁寧に礼をする。その所作は、闖入の不快感を和らげるくらいは洗練されていた。最近、皇国で脳筋を見慣れているのに加えて、彼が酷く恐縮しているから、体躯に見合った迫力は感じない。
初対面の挨拶を交わしたのは殿下に対してだけで、いつかの婚活パーティーで筋肉踊りを披露していたから私とは面識がある。あの時、挨拶以上の会話は交わさなかったけど。
「事前連絡もなく現れた代理を認めろと?」
アドラクシア殿下が不満げに詰めるのも仕方ない。
王族が立ち会う場に、当人以外が参列するなんて認められていない。王族からの呼び出しより優先できる用向きなんてない。突然の体調不良や領地でのトラブルなど、不参加が認められる場合がない訳ではないものの、そういった連絡はなかった。特に今回は南ノースマークの資産を窃取した件に関する喚問だから、当事者でなければ意味がない。
「ご指摘は当然です。事前連絡が間に合わなかった点につきましては、謝罪する他ありません。しかし、この期に及んで反省する素振りすら見せなかった父を看過していては、男爵家の存在が危ぶまれると判断し、勝手ながらこちらで身柄を拘束させていただきました」
「だから、男爵家の存続を許してほしいと?」
「いいえ、そうではありません」
「うん?」
「今回、父の罪業は明らかです。量刑についてはノースマーク子爵に一任する他なく、自分達は何かを望める立場にございません……」
父親を切り捨てて男爵位を継承したからと、有耶無耶にしようって訳ではないらしい。
裁定を私に委ねて、異議を挟もうとしない姿勢はいっそ小気味いい。私が怒っているのはコンフート男爵にであって、それを事件に無関係な令息にまで向けようとは思わない。
安易に土下座しない姿勢にも好感が持てた。あれは咎人自身が全てを差し出して贖いを望む作法であって、当人以外に強要するものじゃない。だからこそ、ノーラに贖罪を強いた旧エッケンシュタインに怒りを覚えた訳だし。
「量刑を任せると言われましても、それを判断する為の事情聴取だったのですけれど?」
「それは理解しております。けれど、魔導士として戦場で活躍し、数々の発明で国に貢献するスカーレット様を子供、小娘などと罵る父と面会しても、スカーレット様を不快にさせるだけで真面な話し合いにはならなかったと思います」
その想定はあった。だから、アドラクシア殿下の前に引き摺り出した。でも彼は、それでも不足だと思った訳だね。
「書面だけでは真偽を疑われると思いましたので、尋問の様子を映像に残してあります。どうぞ、ご確認ください」
そう言って取り出したのは、光沢をもつ正十二面体。映写晶の記憶を留めておく媒体で、光属性の魔石を削って作る。面の数だけ映像を残せるので、記録の持ち運びには都合がいい。一枚一録の薄い板状の媒体もあって、そちらは保管に適している。
差し出された証拠品を確認しない訳にもいかない。尋問と聞いて油断したまま魔力を流すと、両腕を天井から吊った男爵をバレクさんが殴りつけるところから始まった。
うぇ……。
尋問というか、拷問だった。はじめのうちは、こんな事をしていいと思っているのか、育ててやった恩も忘れて……と反感を覚えていた男爵も、顔の形が変わるくらいに殴られると消沈していく。
上背は同じくらいでも、だらしない体躯の男爵は鍛えた長男と違って堪え性はない。尊大だった鎧はあっという間に剥がれ落ちた。
息子であるバレク氏としては、男爵に口を割らせるなら初めからこのくらいは必要だと判断したらしい。そりゃ、話し合いが成立する筈ないね。
思った以上にショッキングな映像だったので、漏れそうになった奇声は呑み込んで、慌てて感情を殺す。普通の感性で残虐シーンは見られない。涙目になりそうな自分を抑えて、心と感情を切り離した。
隣のアドラクシア殿下も少し顔が歪んだ。
貴族は様々な特権に守られている。王族であっても、それを剥ぎ取るなら相応の名分が必要だった。貴族を薄い根拠で一方的に断罪しただなんて前例は作れない。当然、白状しないからと安易に拷問になんてかけられない。少なくとも、罪を確定するか、貴族として不適格であると証明する必要があった。
そうなると、事件の解明は難航したかもしれないね。
バレクさんは、その手間を省いてくれた。身内なら、多少強引な取り調べも許される。拘束した時点で継承を終えていた事にするなら、そこから先は貴族として遇する必要もない。
「他の方の了解は得ているのですか? 確か、バレクさんには弟さんがいましたよね?」
貴族は情より家を重んじる。そう言うものだと学んでいても、前世のある私には肉親を拷問するとか許容し辛い。
それに、貴族は当主を中心に指揮系統を構築する。男爵であっても、分家や大勢の家人がその下に集う。たとえ継承候補だとしても、当主を切り捨てるような真似を強行して大丈夫だったのか案じての問いだったのだけれど、バレクさんは動じる様子を見せなかった。
「ご安心ください。先代も含め、一族の総意です。あの男に領地を任せたままでは先行きがないと、父の意思を排除した代替わりの根回しを進めていたところで、今回の事件を起こさせてしまいました。もう決して人前に出すべきではないと一丸となっております」
「もしかすると、遅刻の理由はそれか?」
「はい。一族の調整に手間取ってしまい、尋問の時間がギリギリになってしまいました。申し訳ございません」
「構わん。これを見れば、其方の懸念も理解できる。身内を処断した覚悟に免じて、遅刻の件は不問としよう」
立ち合いに駆り出されただけでも機嫌が悪かったのに、口汚い言い逃れなんかに付き合いたくはないよね。
「ありがとうございます。ですが、覚悟と言うほどのものではありませんでした。散々ノースマークの支援を受け、失態も許してもらっておきながら、恩を恩とも思わず、スカーレット様の領地を害したあの男に向ける情けなど残っておりません」
「……そうか。コンフートはノースマーク派閥か」
そう、これが私の怒りの一つ。ノースマーク傘下でありながら、お父様まで裏切った。支援を願うばかりで返済も改善も見られない負債領地なのに、恩を仇で返した。
どうも男爵の中では、ノースマークと私の領地は無関係で、女の身で一足飛びに子爵となった不遜な私を思い知らせる目的があったらしい。それが悪行だとはまるで思っていないみたいで、映像の向こうでいい訳にもならない主張を繰り返していた。
「……お見苦しいところを申し訳ありません。どうに頭に血が上ってしまい、つい責め手に力が入ってしまいました」
ジャーノ・コンフート男爵は、体が浮くほどに殴りつけられている。
報告を受けたお父様も随分と怒り心頭だったのだけれど、お父様が手を下す分まで残りそうにないね。
そのまま映像の確認を続けると、男爵が何か答えるごとに真偽を問う暴行が繰り返され、途中で角材を持った人物が拷問を代わった。拳は身体ほど鍛えてないせいで、先に悲鳴を上げたらしい。
当然、弟さんも手を緩めない。
どれだけ家族のヘイトを集めてたんだろうね。もう、許してくれ、許してくれとしか言えなくなっている。それでも責め苦は終わらない。
「わたくしは、この機会を心から待ち望んでいました……!」
極めつけは、凄絶な笑顔と共に鞭を持って現れた男爵夫人だった。ここまでの発言を聞いても男爵の女性蔑視は明らかだから、彼女の結婚生活が悲惨なものだったくらいは想像できる。
その夫人が笑いながら鞭を振り上げたところで、映像は途切れた。
「すみません。ここからは有用な情報を得られませんでしたので、映像を別にしてあります」
見るなら上にする面を変える必要があるらしい。そんな関心は何処にもない。と言うか、関係ない残虐映像まで見ないといけないなら、私、帰るよ?
「つまり、私刑という事だろう? 個人的な復讐まで見る趣味はない。それより、男爵はまだ生きているのか?」
「はい。万が一、聞き漏らしがあってはいけないと思い、一応は生かしてあります」
殿下の問いに、バレクさんは生きていると明言しなかった。多分、何とか命が残っている程度なんだろうね。
……あまりの凄惨さに、私の怒りが先に萎えたよ。貴族って怖い。
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