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王太子とその臣下

 会議の後、私とアドラクシア殿下は大議堂に残る。ここに、コンフート男爵を呼び出していた。殿下はその立ち合い。


 別に、上位者の立ち合いは必須じゃない。男爵を追及して詐取の事実を認めさせたなら、私の一存で処罰もできる。私の方が上位者なので、かなり厳しく追及できた。

 でも、言った言わないの水掛け論に発展しやすい。特に賠償側が頑なに罪を認めず、理路整然とした追及すら受け入れない事態も考えられた。感情的になって一方的に話し合いを打ち切るとか。酷い場合は、賠償を求められた側が周辺貴族へ泣きついて、不当に支払いを迫られたとある事ない事吹き込んだ……なんて例もある。

 勿論、そんな責任回避は許せない。

 そうなれば、政争に発展する。周辺貴族を味方に付けて男爵領へ打撃を与える。あらゆる会合の場で爪弾きにする。領地の有力者を引き抜く……なんて方法で。かつて、お父様は元エッケンシュタイン領へ向けてそれをした。相手が音を上げるまで、決して手を緩めない。

 他にも、親族の誰かを唆して当主を挿げ替えるって方法もある。私に対して決して頭の上がらない、属領と言っていい状態になるだろうね。


 それは面倒だから、今回アドラクシア殿下を呼んだ。

 話が拗れる前に王族を呼ぶ例は少なくて、普通は伯爵や侯爵がその役を負う。忙しい王族は煩わせない。ガノーア子爵と敵対した時は明確な王国法の違反があったけど、金銭がらみってだけならそこまで深刻じゃない。

 今回の場合なら、お父様を呼ぶのが通例だったと思う。コンフート男爵家は昔からノースマーク派閥なので都合がいい。犯罪に手を染めておいて、私の身内が調停者なのは不公平だなんて不満は通じない。


 でも、ノースマークの傘下貴族が私の領地に損害を与えて、まともな話し合いができるとは思えなかった。他からお金を騙し取るならともかく、対象が私って時点で普通じゃない。新興貴族の私を見下しているとか、未成年であっても爵位を得た私に嫉妬しているとか、くだらない思い上がりが考えられた。

 感情的になった貴族相手に道理は通じない。貴族って特権に守られているから、明確に罪を立証しないまま処分はできない。派閥からの除外だとか、支援金の停止だとか、お父様が与えられるペナルティでは、口を割らせられない可能性が高かった。

 元エッケンシュタイン伯爵やガノーア元子爵のように“今”にしがみつくためなら領地の凋落も意に介さない貴族もいるのだと、私も学んだ。


 でも、王族が立ち会うなら偽証罪を適用できるから、醜い言い逃れの可能性が減る。勝手な離席もできない。真面に話し合おうともせず、良識のない言動があんまり過ぎるなら、貴族の権威も剥ぎ取れる。

 普通は男爵と子爵の諍いに介入する人じゃないけど、侯爵令嬢って私のコネと、散々国に貢献してきた実績があるから、殿下のご登場が叶った。たった今も、皇国に戦力差を見せつけてくるって寄与を約束したばかりだしね。


「…………」


 当の殿下は憮然としてるけど。


「不機嫌を抑えてもらえませんか? 王族が少ないせいで殿下を煩わせてしまった事は、申し訳なく思っています」


 不満なら、このくらいは任せられるように顔を見せない三番目を教育し直してほしい。もう、あれから何年?


「それに、イローナ様に嫌な思いをさせたくないと出張って来たのは、殿下自身ですよね?」

「……」

「生まれが卑しいと彼女が蔑まれる風潮は、いい加減何とかするべきでは? 陛下とエルグランデ侯が後ろ盾だと、もっと強調するべきでしょう」

「……分かっている。だが、それだけで黙っていた訳ではない」


 あ、そうなの? 子供みたいに拗ねてる訳じゃなかったんだね。


「さっきの事だ。まだ若いディルスアールド侯爵はともかく、父上や他の侯爵達ほど大局を見られていなかったのだと思い知らされた」

「……それは私も同じですね。未熟をまざまざと見せつけられたように思います」


 私が皇国から持ち帰ったのは魔導士派遣の話。善意の協力を求められた。

 それが、皇国からの要請を利用して優位性を築く話に、いつの間にやら切り替わっていた。あの大局観はまだ真似できる気がしない。

 一般人への被害を私がそろそろ放っておけないって事も、お父様には見抜かれてたっぽいし。


 多分、殿下のこうした不足はジローシア様が補っていたんだと思う。単純に、考える担当が二人になるだけでも視野は広がる。入念に話し合ったなら、多角的な考えを取り入れられただろうね。


「それなら尚更、イローナ様に経験を積ませるべきではありませんか? あの人はジローシア様が育てた才女、きっとアドラクシア殿下の期待に応えられると思います」

「だが……」

「あの人が貴族から軽んじられた程度で怯むと、殿下は本気で考えているのですか? 殿下が悲しみを乗り越えられないで塞ぎ込んでいた時、最善を求めて南ノースマークまで乗り込んできた方ですよ?」


 アドラクシア殿下への思慕は疑わない。恋情もない私が彼の隣に立つ事を、イローナ様が本気で望んでいたとも思わない。それでも、ジローシア様の代わりに強権を振るえる妃が殿下には必要だと、私へ頭を下げた。

 自分の願いだとか、好悪だとか、感情を切り離して決断を下せる人だと思う。或いは、そんなふうに導いてもらった。


「そんなイローナ様が、貴族から侮蔑の視線を向けられたからと、今更怯むとは思いません。貴方の妃として立つ覚悟は、とっくにできていると思いますから」

「……そうだな。あの時、悲しみを乗り越えるより、私の為にできる事を模索していたのがイローナだった」

「ええ、そんな彼女ですから、貴族からの侮辱は全て覚えて交渉の材料とするのではありませんか? それでも心配なら、心を殿下が支えれば済む話です」


 領地を賜ったばかりで、侯爵家の令嬢、おまけに魔導士って特権を持つ私のところへ来るのが、当時簡単だったとは思わない。魔導士の宣言の直後だったから、王家が私を取り込む気かって警戒も湧いた。その火消しも彼女自身が請け負っていた。

 そのイローナ様が、国母として不足だとは思わない。

 問題があるとするならむしろ……。


「イローナに対して過保護だったのは私か……」

「ジローシア様を亡くされて、臆病になった気持ちも分かります。けれどイローナ様は常に、殿下の役に立とうと尽くしておられます。実績を上げれば、あの方を侮る声も減るのではないでしょうか。頼る事こそが、あの方を強くし、自衛の手段を身に付けさせます」


 実際、お茶会を通じて味方を増やしている。周囲を頼らなければいけないと本人が発する事で、お母さまやロバータ様を引き入れた。彼女に馬鹿な事を言えば、奥さんや派閥の長から大目玉を食らうだろうね。

 血筋が心許ない弱みを武器に変える手腕はなかなか見事だった。


「……分かった、考えてみよう。すまんな、其方を煩わせて」

「お気になさらず……とまでは言いませんが、恩に着せるつもりはありません。お父様達を見て、不甲斐なさを痛感したのは私も同じですから」

「うん?」

「あの傑物達を目指さなくてはいけない訳です。殿下も、貴方を王に頂いて次代を担う私達も。ですから、自己嫌悪に陥った殿下を蹴り上げるくらいはしますよ。ウジウジしていて届く目標ではないのですから」

「違いない。イローナと違って其方は容赦がなさそうだからな、致命的な怪我を負わされる事がないよう私も気をつけよう」

「怪我ならいつでも治せますよ? 回復魔法は得意ですから」

「……知っている。加減をする気がないのも分かった。痛い思いをするのもご免だ。背中を押す役はイローナに任せるとしよう」


 勝手にイチャイチャしてほしい。

 臣下の前に悩む姿を晒す王族でないなら、私が蹴りに行く必要もないだろうから。


「失礼します。コンフート男爵家の方が到着なされました」

「……漸くか。通せ」


 殿下が苛々していたのは、自己嫌悪、面倒事に巻き込まれたってだけじゃない。男爵の到着が遅れていた。

 遅刻の連絡はあったけど、王族を待たせるとか普通はしない。心証は落下の一途を辿っていると思う。しかも、訴えられた側が遅刻とか、いい度胸してるよね。私だっていい加減頭に来てる。


「遅くなりまして、申し訳ございません。言い訳にもならない事は承知しておりますが、この場に参じる為にどうしても済ませておかなければならない所用があり、お待たせしてしまいました。アドラクシア殿下にも、ノースマーク子爵にも、失礼は承知しております。お怒りなら、如何様にもご処分ください」


 けれど、入ってきた人物は慇懃に頭を下げた。その所作は完璧で、釈明を求めようとした出端は挫かれてしまう。

 筋骨隆々で威圧感のありそうな大男にしては、振る舞いがとても丁寧だった。


 というか、私の記憶にあるコンフート男爵は小太りで傲慢そうな困った人物。登場した巨漢とはまるで違う。

 どうしてここにこの人が?

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― 新着の感想 ―
王族や迷惑を掛けた相手の子爵待たせてやることとは…? あらかじめコンフート男爵は捨て石だったんだろうけど レティや他の上位貴族達は、男爵の裏に誰かいるくらい想像付いてるだろうし、そいつらが何を画策して…
さすがに飛ぶ鳥落とす勢いの最年少魔道士に喧嘩を売ったと知ってこれは駄目だと諦めて当主の首を切ったと言う事か? 物理的か社会的かは知らんけど
いつも楽しく読んでます! 流石に首をすげ替えてきたとか?(笑) だったら凄い早業だよね~!!
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