二つの紹介状
アルドール伯爵家とコンフート男爵家には、釈明を求める書状を送った。どういうつもりだって問い質す強めの内容で。
コンフート男爵家とは、領地間抗争も辞さない構えでいる。実行はリングス工業だったにせよ、領地のお金の強奪は許せる話じゃない。知らなかったと言い張ったとしても、いち企業が動かせる金額を超えている。これに気付かない無能に領主の資格はないと糾弾するつもりでいた。
アルドール伯爵家にしても、実害が出ているのだから中途半端な言い訳で済ませるつもりはない。現導師には学院での恩があるけれど、それでこの件を有耶無耶にできない。
「それで……、それでアルドール伯爵家は分家に誑かされていた訳ですか?」
「誑かすと言うか、リングス工業自体は真っ当な会社らしいよ。伯爵家の遠縁が経営していて、西部を中心に公共事業も手掛けているって」
「ええ、あたしのところの道路整備もお願いしています。今回の事があって調べましたけど、ウォルフ領の工事に問題はないみたいですよ」
「なら、どうして……」
「業績が好調で事業を拡大した結果、一部の派閥が暴走したみたい。会社が信用を得てきたのをいい事に、その裏で不正を繰り返す連中が紛れてたらしいよ」
リングス工業躍進の一端には、導師へ就任したアルドール先生の高名がある。魔塔を正常化した功績もあるのに、その信頼を裏切っていた。
「そうなると、伯爵家に悪意があったとまでは言えませんね」
「うん。他所への紹介状を書こうっていうのに状況把握が甘かったって咎はあるから、丁寧な謝罪文が返ってきたよ」
だからオーレリア、腰の剣からは手を放そうね。伯爵領へ殴り込む気はないよ。
社交の実習続きでストレスが溜まっているのか、どうも最近の彼女は暴れる機会を欲している。
そうだとしても、今回は彼女を解き放つ訳にいかない。管理不行き届きを詫びて是正を約束してくれたし、損害の賠償も申し出てくれている。分家の事業自体は正当なものだった部分もあるから、これ以上の報復は遺恨となる。
リングス工業も社会的な制裁を受けるだろうし、きちんとした事業も手掛ける会社を潰そうとまでは思っていない。勿論、不用意に紹介状を書いたからって伯爵家の当主交代も望まない。
「隠れて不正に加担していた連中は、まとめて戦場へ送るけどね」
「伯爵家も、徹底して膿を出すでしょう」
「ここで……、ここで対応を間違えると、アルドール導師の引責問題にまで発展しますからね。反省の姿勢は信じていいと思います」
今の導師が醜聞でその地位を退けば、不祥事による辞任が二代続く事になる。貴族は実家と無関係でいられないから、導師自身の問題行動でなくても魔塔の信用が失墜してしまう。世間の目も厳しいから、恥の上塗りはないと信じたい。
「でも、前線行きが決まった支社長が気になる事を言ってたんだよね」
「何です?」
「……ワクワクしないで。オーレリアの出番じゃないから」
「残念ですね」
「騎士学校の設立を急いだら? 指導って名目で気分転換できるかもだし」
「それはできる限りで動いてます。でも、情報が行き渡らないと生徒が集まりませんから、今は待つしかないんです」
「レティ様、オーレリア様、話が脱線してます」
「「あ」」
オーレリアの鬱憤は待つしかできないもどかしさからだと分かったところで、話を戻す。
「どうも、外部の人間に唆されたみたいなんだよね。もっと少額を着服して満足していたところに、いい儲け話があるって持ち掛けられたんだって」
「どんな人物なんです?」
「当人達も知らないみたい。顔を隠してたし、分け前をよこせって再び現れる事もなかったらしいよ」
「それ、よく信用しましたね」
「そこはあれじゃない? ほら、隠密行動の魔道具」
主に貴族が不審な行動を隠す目的で、好んで使う魔道具がある。愛人のところへ通うとか、後ろ暗い取引に向かうとか、禄でもない場面で使う魔道具で、軽い催眠で怪しむ思考を阻害する。それがあるなら、目出し帽の人物や全身ローブ姿が目の前にいても不審に思われない。
勿論、犯罪に利用が容易だから管理は徹底している。誰にでも手に入れられる代物じゃない。
「それって、レティ様。貴族が関与したって事ですか?」
「可能性は高いよね。貴族なら、比較的緩い審査で手に入れられるから」
でも、コンフート男爵家の関係者って線は薄い。正体を隠して接触したのに、自分のところへ送金させるとか意味が分からない。
「でも……、でもレティ様。貴族でなくても、ある程度の立場があるなら手に入れられますよね。非公表案件ほど厳重に秘匿していませんから」
「うん。それこそ、国に貢献してる商会とかね。ウォズ、スターク商会はどうだった?」
「ああ、あそこはもう駄目ですね」
かつては有力な商会だった筈なのに、今を時めく商会長からはばっさり切り捨てられた。
「流行する魔道具を模倣した上、低品質の商品を安さだけで売って収入を得ている有様だそうです。そんな商売ですから、どんどんと名を落としています。以前のような隆盛は影も形も見られませんでした」
「そこまで酷かったんだ。王都から離れて、情報に疎くなっていたね」
売買関係は全部ストラタス商会に任せた弊害でもある。他所を利用する予定がないから、評判の移り変わりに無頓着だった。私が積極的に情報収集しないんだから、ベネット達臣下にも詳細が伝わらない。
今回の件にしても、ウォズがコキオにいたなら委託業者の選定も任せていた。アルドール伯爵家のものはともかく、スターク商会の紹介状を信用する事はなかったかもね。
「分割付与の成功をねたんで技術公開後も多重付与にこだわり続け、すっかり売り上げを落としていたそうです。客が離れるのはあっという間ですから」
「多重付与では虚属性を組み込めない。複雑な組み合わせもできない事もあって、どうしても機能が限定的になるよね。時代に乗り遅れた訳だ」
「自分達で選んだ結果ですから、仕方がありません。それでもその失敗を生かして魔導織には大きく研究費を注ぎ込んだそうです」
「でも、あれってまだまだ未解明の部分も多いから、すぐの成功は難しいんじゃない?」
「ええ、その通りです。投資に見合う成果は上げられず、不採算部門となって商会のお荷物になっています」
根気よく続ければ新しい発見もあるかもだけど、話を聞く限りじゃその余裕はなさそうだね。勿体ない。
「そうした経緯があって、こちらはリングス工業の不正一派を知って紹介状を書いたようですね。連中が何を目論んでいるのかまでは知らないまま、私達への嫌がらせ目的で紹介状をしたためたとの事でした」
「じゃあ、悪意は明確なんだね」
「はい。面白がって成り行きを見守る係を寄こしていましたので間違いありません」
「なにそれ?」
「うちにも出入りしている業者の一つです。その中の何人かに小銭を握らせて、経緯を報告させていたようです。真面目に働くなら小遣い稼ぎくらいは制限していませんが、こちらに悪意を持った者と繋がるなら二度と見る事もないでしょう」
何かいい思いができるかもと、私の領地と繋がりを持ちたい企業、業者は多い。これまで頼って来たからと、問題ある人物を受け入れ続ける理由はないね。義理や人情は信頼あって働くものだし。
「ですがスカーレット様、スターク商会への制裁は俺に任せてもらえませんか?」
「いいけど、何かあるの?」
「信用できない者を貴族へ紹介したのですから、スカーレット様の権威でもって叩き潰すのは簡単です。しかし、それでは得られるものが多くありません。ですから、多額の賠償金を求めて更に力を削いだ上で、商会を吸収してしまおうかと」
「レティ様に嫌がらせを目論んだのは経営者の一部でしょうから、使えるものは使ってしまっていいんじゃないですか?」
「はい。技術的な蓄積や顧客との繋がりなど、失くしてしまうのは惜しいですからね。勿論、経営陣の悪意が伝染している可能性も考えられますから、商会員の思想調査はしっかり行います」
「いいんじゃない? 私も、短い間でも本気になった魔導織の研究成果は欲しいし」
これまで築き上げてきた全てを奪われると言うのも、相当な恐怖かもしれない。十分な見せしめにもなる。
「しかし不思議なのは、スターク商会とリングス工業の繋がりが見つけられない点ですね。スカーレット様、彼等はどういった経緯でスターク商会を頼ったのでしょう?」
リングス工業はその名の通り、土木、建設などが業務となる。対するスターク商会は家庭用魔道具、個人向けの魔道具調整が中心で、その業務形態は繋がらない。
「それが不思議な話なんだけど、スターク商会の方から話を持ちかけたらしいよ。南ノースマークで仕事を受注したいなら力を貸すって」
「確かにおかしな話ですね。露見すれば極刑は免れないのですから、慎重を期した筈です。おかげでレティが損害を被った事を思えば、情報を漏らす隙があったとは考え難いです」
「貴族に……と言うか、レティ様に損害を与えようって話をリングス工業の人達が不用意に吹聴したとも思えませんよね?」
どうしても、何故って疑問が宙に浮く。
「じゃあ、ウォズ。商会長を早く叩き出してもらえる? その上で詳しく尋問かな」
「分かりました。ちょっと無理やりでも連行してきます」
貴族から多額の資金を騙し取る計画を立てた一派のところに、その貴族を逆恨みする人物が偶々接触してきた? そんな偶然ってある?
どうしても、仲介した人物の存在を疑ってしまう。
そして、正体を隠してリングス工業に接触した人物がいたと言う。
これで無関係ってあり得ない。
それが誰なのか、どんな意図があったのか、コンフート男爵家周辺にも関わっていないか含めて、慎重に探ってみるしかないね。
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