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理不尽な貴族

Kindle Unlimitedで書籍1巻が読み放題となっています。この機会に完全版も読んでみませんか? 電子書籍限定SSの「大きな卵」も読める筈です。

 全軍出撃。

 今回の詐取事件で私の下した決断に、周囲からは戸惑う声も上がったけれど私は迷わなかった。


 領地守備軍の目的は防衛と治安維持。犯罪の取り締まりには憲兵がいるので、逮捕権は持たない。主に反乱や暴動の鎮圧を想定している。事件が起きたからと出動する訳じゃなくて、私が必要と判断した時のみ出撃の機会が訪れる。

 領地の敵を討つのも仕事。周辺領地への警戒も任務の内ではあるけれど、その可能性は低いから、主な交戦対象は魔物となる。魔物の数を調整する間伐任務の他、人々の生活を脅かす群れや強力個体の排除を任せている。


 魔物の脅威から人々を未然に、自主的に守るのが冒険者の仕事で、被害を出した魔物に懸賞金を出して狩る場合ってのはあまりない。領民への損害が確認された時点で軍を派遣する。冒険者を頼るのは、軍の手が回らない時くらい。特に南ノースマークではコントレイルを軍で運用しているので、魔物がどこに出没しようと対応できる。

 とは言え、守備軍の出動には多額の出費も必要なので、安上がりな冒険者を頼る領地も多い。そう言った領地には高位の冒険者が集まりがちで、南ノースマークではランク査定が稼げないと敬遠する冒険者と、支払いはいいと安定を求める冒険者に二分した。


 とにかく、南ノースマーク領地守備軍に魔物討伐以外の出動を命じた事はなかった。

 それでも組織してから数年、それなりの体制は整っている。身体を資本とする職業の中でも比較的生活が安定する事、私が福利厚生を充実させた事、領民から信頼してもらえているおかげで自衛意識も育っている事、装備も充実していて私って最終安全装置(まどうし)が存在するため危険が少ない事などから志願者も多い。

 そんな領地軍の初めての対人出動が、今回の詐取事件となった。

 公共事業費を横領したんだから、明確に敵と言っていい。それなら、軍を動員する理由に足りると、規定を拡大解釈した。

 普段から訓練は怠っていないと言っても、実際に出動経験があるかないかで心構えは変わる。無駄な軍事行動とは思わない。治安維持は騎士の領分でもあるけど、軍で囲んだ方が恐怖心を植え付けられる。


 とは言え、戦闘になんてならない。

 リングス工業に所属しているのは一般人なので、軍人に包囲されて抵抗しようなんて気は起きない。武器を隠し持っていたり、護衛名目のごろつきを雇っていたりって事もない。

 そんな不審な会社に、公共事業を任せる筈もないからね。

 南方に建設された社屋を取り囲み、事情を説明して周辺住民を避難させる。社外に出ている人間は事前に把握しておいて全員捕縛したし、出入りを監視して逃げ出した人間がいない事も確認してある。初めての治安出動にしては、スムーズに包囲が完了した。

 南ノースマークに対して不正を働けばどうなるのか、思い知らせる目的で威圧する。包囲の外側では、大勢の野次馬が経緯を見守っていた。

 反対に、建物から覗く社員の顔色は悪い。


「ここまでの事態になるとは思っていなかったようですね」


 ウォズの所感に私も同意する。

 私が良識ある領主って知られているせいで、度を越えた罰はないだろうと軽んじていたのかもしれない。


「不正役人捕縛や、王都での騎士団襲撃の記憶が薄れてきたのかな?」

「ラミナ領での活躍にしても、敵への容赦無さより民を守る姿勢が噂されています。その前の発着場での暴動も、犯人をどう扱ったのかまで公表していません。罰に対しては消極的と捉えられているかもしれませんね」

「犯罪者にそれを適用させるつもりはないのにね」


 抵抗するなら軍を突入させる用意があるけれど、その気概は見られなかった。武装した兵士を見て、完全に委縮してしまっている。

 それを確認した私は、一部隊を引き連れて建物に入った。彼等を敵認定したのは本気だから、抵抗の素振りを見せたなら蜂の巣になる。それは分かっているみたいで、誰も近付いてこようとはしなかった。


「案内くらいは欲しいところだけどね」


 とにかく部屋の隅で震えている社員に強要はできないから、案内板を見て奥へ進む。

 三階の突き当りの部屋に辿り着くと、ノックの手間を惜しんでドアを吹き飛ばした。軍を動員した時点で、安全を考慮してあげる必要はない。


「い、一体何事です? いきなり我が社を取り囲むなど、横暴ではありませんか⁉」


 支社長らしい男性は、武力に訴えた私をこの期に及んで非難するつもりらしい。貴族の後ろ盾があるから、無茶な捕縛は回避できるとでも期待していたのかな。横領くらいなら動くのは憲兵までで、私は出てこないとでも?


「横暴? おかしな事を言いますね。領地で起こった事件を裁くのは私なのですから、犯罪者の扱いをどうしようと勝手ではありませんか」

「え?」


 貴族が理不尽なのは今に始まった話じゃない。貴族は領地を管理して、法を敷き、政策を決定する。極論を言うなら、民の生殺与奪を握っている。

 他所の領地が横領を重犯視しないからと言って、私が倣う必要はない。犯罪を捜査して証明する過程も、罪を確定させる過程も省略できた。犯罪者の人権なんて、貴族の権威の前には考慮する価値もない。初めから対等じゃないんだからね。


 普段の私が貴族の権威を振りかざさないのは、圧制政治が好きじゃないから。前世の良識が素地にあるのと、ノースマークの貴族観から外れる行為は控えている。恐れられる貴族より、親しまれる存在でありたい。

 でも、そうした振る舞いを禁じている訳じゃない。

 一般人と貴族の違いを明確にしないといけない事もある。たとえ恐れられようと、看過できない事もある。領地に暮らす人々の生活を背負っている以上、必要な場面で権力に頼るのも私の義務だった。


 横領される隙を見せた方が悪いって考え方もある。だから、断罪を強行した姿勢を周辺領主から責められる事もあるかもしれない。犯罪者に苛立ちをぶつけるより、是正措置を明示する方が為政者としては正しいのかもしれない。


 それでも、私は迷わなかった。

 領地のお金を奪われて、そのせいで私のベネットが罪を背負って、心穏やかでいられる訳がないんだから――!


「事件の全容解明の為に手段を選ぶつもりはありませんから、知っている事は素直に話した方が身の為ですよ。丁度、皇国で内乱中ですから、弾除けになんて使われたくはないでしょう?」

「な⁉ 我々を国外へ売るつもりですか!」

「南ノースマークで不正を働いたにしては、下調べも危機感も足りませんね。以前に私の怒りを買った者達は、帝国西部で魔物と戯れてもらっています。そちらがお好みなら検討してもいいですよ。墳炎龍によって魔物領域化した土地を奪い返すには人手がいくらあっても足りないそうですから」

「な、な? な⁉」


 国外追放にする予定だと教えてあげると、わなわなと震え始めた。

 王国が戦場になったのは既に過去の話だし、帝国の脅威も消えた。冒険者でもなければ身一つで郊外へ出る事もないから、一般の人は魔物の危険性を自分のものとして認識していない。それなりの会社の支社長で、十分な護衛を雇える立場にいるなら余計だろうね。

 なのに、突然戦争や魔物退治が身近に降りかかってきて、平常心でいられるのはなかなか難易度が高いだろうね。たかが横領、なんて余裕は完全に崩れ去った。


 でも私は鬼じゃないから、待遇くらいは考慮してあげられる。最前線で盾を構えて並ぶのと、砲弾が飛んでくるかもしれない場所で下働きに励むのとでは生還率が違う。

 支社長と言っても、上からの命令に抗えなかった可能性もある。事件解明の為に協力的なら、派遣先を考えてあげるくらいはいいかもね。

 どの道、今回の事件に関わった者は全員捕縛する。とりあえずはこの建物にいる人間を全員拘束して、事件への関与度合いを調べるつもりでいる。何も知らずに上からの命令通りに働いていただけなら、国内の強制労働程度で済ませてもいい。強要されたからって、不正だと知れる立場にいた場合は容赦する気もないけどね。私のところに訴え出たなら、今後の生活含めて助けてあげられたんだから。


「まずはこの人達を尋問して、アルドール伯爵家がどの程度まで関与していたのかを調べるところからかな」

「軍に捕縛されて、口を閉ざせる者は少ないでしょうね。それなら、スターク商会の調査は俺に任せてもらえますか? どんなつもりで紹介状を用意したのか、問い質してきます」


 ウォズもやる気になっていた。どれだけ大きな商会だったとしても、貴族に歯向かったならただでは済まない。たとえウォズへの不満を募らせていたのだとしても、男爵に内定したウォズには叩き潰せるだけの権力がある。

 紹介状を用意しただけで商会の全員が私へ敵意を向けていた訳もないから、そっちの処分はウォズに任せてよさそうだね。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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