ベネットの謝罪
ディーデリック陛下の説得を約束した私は、急いで十四塔へ戻った。鏡面転移を明かす訳にはいかないから、カムランデ-ワールス間を往復するだけで時間がかかってしまう。その間にも戦況が悪化する危険を思えば、猶予はなかった。
ウェルキンはすぐに発つ。
諜報部との情報交換は、十四塔に転移鏡を残して戻ればいい。十四塔を引き払う訳じゃないから、第九騎士隊の一部をはじめとしてそれなりの人員も置いていく。
「議会の承認は下りますかね?」
「そこは、皇国に恩を売る意義を説いてみせるよ」
少し速足気味で戻りながら、ウォズと心証を確認し合う。
王国からすると緊急性がないので、陛下の一存で許可を出す訳にはいかない。国外で魔導士として活動する事について、議会の承認を得る必要があった。しかも、他国の魔導士討伐なんて、前例がない。
「でも、魔導士が暴走した場合の典型にできるかもね」
「背反された時点で手に負えないのと同義でしたから、他国の手を借りられる体制は必要だと思います」
「性根の矯正って簡単じゃないし、暗殺は失敗を考えたら危険が大きい。誓約に頼るばかりじゃなくて、前々から対策が必要な話だったよね」
「一応、考えた事はあるようですよ。あまりにも人道に反していたり、想定が甘すぎて実行できなかったりと、結局は上手くいかないまま先送りを繰り返してきた訳ですが」
「海嘯とか、手痛いしっぺ返しをもらった話もあったみたいだし」
「術師の意思を無視して利用しようと企んで、屋敷ごと海へ流された貴族の話ですね。次は王都を沈めるって脅迫と同じくらい有名な話です。彼女の機嫌を損なわない事が、対策と言えば対策だったのかもしれませんね」
私としても、あんまり行動を制限されるとイラっとしてしまう。ある程度は自由が欲しいよね。
でも、魔導士に好き放題させていた結果、今回の剛盾みたいな例を生んだ。適性のない人間を魔導士に任じた皇国の体制も問題だし、魔導士の良識に期待するのは考えが甘い。
それを思えば、国家間で協力体制を構築しておくのは悪い話じゃないと思う。
海外からの脅威が明らかになったこの状況で、大国同士が角突き合わせている場合でもないしね。その意味では、この技術交流も悪いタイミングじゃなかった。
十四塔にはウォズが伝令を走らせたので、移動準備で忙しくしていた。急な移動は二度目になるので、混乱は少なかったけど。
「お嬢様、ベネットが来ております」
私が手伝おうとするとむしろ邪魔になるので、お茶を飲みながら待とうとソファーに座った。待つだけの状況に未だ慣れない様子のウォズにも席を進めていると、フランが伝言を持って戻ってきた。
「珍しいね。何かあった?」
南ノースマークからここへは、転移鏡をくぐればいつだって来られる。領地とお屋敷を任せているベネットは相談や報告の為に何度も行き来する一人だけど、先触れも出さずにやって来た事はなかった。
「詳細はお嬢様に話すとの事でしたので、私も把握しておりません。ただ、彼女の顔色から何か不味い事が起きたらしいとは察せられました」
「うーん、あんまり悪い話は聞きたくないんだけど……、そうも言っていられないよね。通して」
「はい」
ベネットは私が生まれてすぐから仕えてくれてるメイドになる。メイドと言っても、フランと同じでメイド服を脱ごうとしないだけで、私を補佐する為の幅広い知識と技能を身に付けている。正直なところ、彼女抜きでは領地の運営が回らない。
ベネットには、かなりの権限を与えてある。フランが私を全面的にサポートしてくれるなら、彼女は私の執務を支えてくれる。細かく報連相はしてくれるけど、彼女だけで解決できない事態というのはちょっと思い浮かばない。
そんなベネットが予定を取り付ける手間も省いて突撃してきたとか、嫌な予感しかしないね。
「――申し訳ありませんでした!」
失敗の謝罪くらいはあるかなと思っていた。でも、ベネットは入室と同時に土下座した。
それ、命を差し出して償いを望む行為だよ?
付き合いの長い忠臣の首を、私に落とせって?
「ベネット、どんな失態を犯したのかも伝えないまま謝られても、お嬢様は何も分かりません。まずは何があったかを包み隠さずに話しなさい。貴女の処分はそれからです」
「……ついでに席へ着いてくれる? 視線が合わないと話し難いよ」
「は、はい……。とにかくお嬢様に謝らなくてはと、気が急いてしまいました」
フランの機嫌が悪い。何も聞いていないこの時点で、私へ土下座しなくちゃいけないようなことを仕出かしたベネットへ腹を立てている。普段は上下関係を感じさせなくても、ベネットはフランの部下だからね。
立たせたくらいでベネットが土下座した事実が消えたりはしないけど、その状態のまま話を続けるよりは私の心に負担が少ない。
頼りにしてきたベネットに対して罰は罰で考えないといけないと思うと、気が重いよ……。
「先日より行なわれております各町村を結ぶ魔導線の敷設をはじめとした公共事業におきまして、かなりの資金が他領へ流れていると発覚しました」
「はぁ⁉」
「かなり大規模な事業となりましたので、工事を担当する企業を他領からも募集しました。そうして参画した企業の一部に貴族の息がかかっており、工事の為と申請された資金の多くが他所の貴族へ流れていたのです」
「……詳しく聞こうか」
自分でも、かなり冷たい声が出たって自覚があった。
何しろ、この事業にあたって私はかなりの増税を励行している。領地の運営を始めて二年とちょっと、元エッケンシュタイン領の住民も生活に余裕が出てきたし、更に利便性を向上させる為と思い切った。
ありがたい事に、不満は大きくなかった。生活が苦しくなるなら仕事の量を増やせばいいと、工事や緑の魔法を想定した農地の開墾に協力してくれている。
そうして捻出した資金を奪った?
許せる訳がない。
「ベネット、お金の流入先は特定してるんだよね?」
「はい、お嬢様。コンフート男爵領です」
「そう。私からお金を奪おうって貴族だから、敵対する覚悟もあったと思っていいよね。まあ、なかったところで斟酌しないけど」
ベネットが、何も分からないまま謝罪に来るとは思っていない。案の定、お金の足取りは掴んであった。
多分、事件を終息させる目途を立てた上で、首を差し出しに来たんだろうね。不正を見抜けなかった責任者として。
件の業者はかなり悪質だった。
その連中は、アルドール伯爵とスターク商会の紹介状を持って現れたと言う。これが偽物だったならともかく、本物だったから疑いは持てない。どうやってそんなものを入手したのかはまだ不明らしいけど、後者は私の技術を狙っていると聞く。ビーゲール商会とも並べる業績を誇っていて、私の生み出す技術は大商会が管理すべきって姿勢らしいから、ウォズと何かあるのかもしれないね。
で、工事の一部区画を任せたはいいけど、その内容がまた酷い。
数人の地属性術師だけ動員して、ちょろっと穴を掘ってケーブルカバーだけを埋める。魔導線はお金になるからと売ってしまったらしい。穴は掘ってあるので、一見すると工事済みに見える。
工事のスピードだけは速く思えるものだから、次々追加工事を願い出て費用だけを懐に入れたらしい。
ちなみに今回の工事で最も高価なのはオリハルコン鍍金したケーブルカバーだから、一番の儲けを誤魔化し目的で埋めてた訳だけど。
そんな杜撰な工事とも呼べないものが、発覚しない筈もない。仕上がりを確認にきた役人が異常を発見してベネットへ報告を入れている。
「その業者、今はどうしてあるの?」
「リングス工業は貴族との繋がりを追う目的で泳がせていました。勿論、関係者には監視を付けてあります」
「うん、それでいいよ。その連中は私が潰すから」
この世界で、貴族の紹介状は強い効力を発揮する。偽物かどうかは精査しても、入手経緯を疑うのは貴族に対する誹謗と受け取られてしまう。アルドール伯爵家の紹介状が存在していた時点で、この事態は防げなかっただろうね。
おかげで、稚拙な誤魔化しも発見が遅れてしまった。
でもこれ、確認した担当者を罰するって訳にもいかないよね。貴族の紹介状があるなら、その業者を信頼して仕事を割り振るのは普通の事だから。しかも、アルドール伯爵家は現導師を通して私とも繋がりが深い。
非難されるべきは体制の方……って事で、私の側近として貴族に対しても毅然と対応できる自分が気付かなければいけなかったと、ベネットが恐縮してしまっている。
「ウェルキンを見送ってからこっそり王都へ向かうつもりだったけど、すぐに領地へ戻るよ。皇国の件も放っておけないから、速攻で片づける。六日後の議会出席までに、後ろにいる貴族を引き摺り出す!」
ベネットについては後で考えるとして、とりあえずはリングス工業とかって存在をこの世から消し去るところから……かな。
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