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離反

 泥沼化しつつある皇国の内乱に対して傍観をやめた私は、諜報部に連絡を取った。手段はこれから考えるとしても、関わるのはもう決めた。これ以上鬱屈としていられない。

 そのためにも、今は情報が要る。


 皇国での情報収集の一環として、私は陛下から諜報部の一部指揮権を預かっている。普段は連携してないけど、私が欲しい情報を得るために彼等を使って構わない。

 そうは言っても、連絡先を明かしてくれてる訳じゃない。どこへ潜入してるかも分からない相手にこちらからコンタクトもできない。だから、連絡したい旨を書いた紙面を十四塔の所定の場所へ置いておく。そうすれば、こちらからのメッセージはいつの間にか消えて、向こうから接触方法を指定してくる。

 潜入任務を強引に切り上げる真似はしないにせよ、私の意向は優先度が高いらしい。何しろ、放っておくと私が何を仕出かすか分からないから。既にリンイリドさんへ肩入れしたし、フェアライナ様への助力も出過ぎた感はある。回復薬の販売はきちんと許可を得たけど、歌姫誕生はお小言をもらった。ああいうのって結束の切っ掛けにもなる。皇国に象徴的存在を作る必要はなかった、と。彼等は、そんな私の見張りでもあった。


 返事はすぐに届いた。

 三日後、いつもの“執事”さんが十四塔まで出向いてくれるらしい。あの人、すっかり私との橋渡し役になってるね。潜入中は姿が全然違うから、向こうから名乗ってくれないと分かんないんだけど。


 けれど、それを待つより早く皇城から招待状が届いた。

 差出人はフェアライナ様。文面は晩餐会への招待となっているものの、開催日は翌日。ほとんど召喚状と言える代物だった。もっとも、私は皇国の人間じゃないのでこれを拒否もできる。皇族の名前の強制力も、私には絶対の効力を発揮しない。

 友達じゃないんだから、明日夕食一緒にどうよ……なんて急なお誘いはあり得ない。一週間くらいは猶予を持たせて伺いを立てるのが通常のところ、それも待てない様子からかなりの事態が起こったのだと察せられる。しかも、場所が皇城である事を考えると、おいそれと外部へ洩らせない事情もありそうだね。


 これは、情報部でも掴めていない情報がもらえるかもしれない。

 そうでなくても、情報収集は一箇所に頼るだけじゃなくていいと、お誘いを受けた。諜報部の接触を無駄に待つのも効率が悪いしね。


 皇国の社交は遊興から入る。今回の場合はちょっと豪華な食事がそれだね。雑談したり、メニューについて語ったりしながら壁を取っ払うって話だけど、この日は食事の時点から空気がおかしかった。


「……」

「……」


 どうも会話が途切れがちになる。

 私も、皇族と食事するのは初めてじゃない。これまでは皇太子殿下の食事会が多かった。ヘルムス皇子は自由な人だし、ペテルス皇子とは学園での交流があるから皇城まで招かれる機会はなかったからね。フェアライナ様からのお誘いは二度目なのだけれど、どうもその違いってだけじゃない。


 そもそも、私を呼び出した時点で情報を引き出したい場合が多い。あんまりあからさまに切り込んでくるまではないにせよ、話題は王国の内容に偏りがちだった。世間話を通じて内情を探ってくる。

 当然私もそれに乗る気はないけれど、それとなく漏らした内容もあった。私にとっては大した事のない情報が、皇国からすると意味を持つ場合もある。

 例えば、都市間交通網。王国では既に日常でも、これから航空機を実用化させる皇国なら参考にできる。空飛ぶバス的な存在になりそうなキャスプ型とコントレイルでは運用方法は違うものになるだろうから、あくまで参考止まりだろうけど。

 直接尋ねられても、教える義理はない。王国を代表している私に聞くなら、国家間の交渉となって面倒事が増える。ただで情報が貰える筈もないから、皇国は対価を差し出さないといけない。当然、皇国側の価値基準で。

 だから、必然的に探り合いになる。談笑の中で漏れ出た内容なら埋め合わせは必要ない。


 そうは言っても、鏡面転移だとか、オリハルコンだとかいった本当に大事な情報に関しては私も注意を払っている。そもそも魔導契約で口外を禁じる内容にサインしているから、漏洩自体があり得ないんだけどね。

 ロシュワート皇太子は、おそらくそのあたりも分かって探りを入れていた。


 そんな故皇太子殿下と比べると、今日の晩餐会はお粗末もいいところ。社交が苦手だと言っていたフェアライナ様は戦場での苦労話をするばかりで、何故だか同席しているウィラード第四皇子は一言も喋ろうとしない。おまけにリンイリドさんも、そんな二人をフォローしようとしなかった。

 せめてペテルス皇子でもいれば、スライム談議が弾んだかもしれないのにね。


「それで、私に何を頼みたいのでしょう?」


 デザートとお茶の時間まで待って、話は私の方から切り出した。


 皇国側が急ぎで私から情報を得たい事情には思い当たらない。それ以前に、情報を引き出そうって気配すら窺えなかった。

 なら、晩餐会は方便で、貴族の目のない場所で会うのが目的だった事になる。リンイリドさんが十四塔に出入りしてるってのに、それに紛れて用件を持ってこなかった事を考えれば、指揮系統の外にいる私を動かしたいって思惑くらいしか残らない。

 食事でもてなして、私が頼み事を引き受けるって体裁を整えたかったんだろうね。リンイリドさん伝手では誠意が伝わらない。


「実は……、スカーレット様に討伐をお願いしたいと思いまして」

「ウィティ、そこから先は僕が話そう」


 重い口を開きかけたリンイリドさんを、お地蔵様みたいだった第四皇子が止める。フェアライナ様と彼女は、どうも私を招いて不自然に見えない隠れ蓑。用向きがあるのは彼らしい。


 討伐と聞いて、少し警戒が緩む。

 戦時下で軍の動員が難しい状況だから、強力な魔物の出現に対処できない事態は考えられる。内戦と魔物、どちらを優先できるものでもないところに、私がいた。私は冒険者としても登録してあるので、皇国の許可があるなら討伐依頼も受けられる。白羽の矢が立っても不思議はないね。

 その場合は素材も私の好きにできるから、私にとってもメリットがあった。魔王種……とまでは言わないまでも、災害種か壊滅種くらいは期待できるのかな。


「君に頼める筋合いでないのは分かっているのだが、ザカルト・ハーロックの討伐をお願いしたい」


 …………。

 ……。

 は?

 少し上向きかけたテンションが、一気に下がった。


「ザカルト……、確かウィラード皇子の側近でもある剛盾の魔導士殿でしたか? 一体何があったのです?」

「突如、連合軍に与して我が軍の一部を壊滅させたのだ……」

「しかも、その際に塵灰オイゲン卿を襲って負傷させているのです。しばらく彼は戦場に出られそうにありません」


 おおぅ……。

 リンイリドさんの補足に言葉がない。魔導士の片方に裏切られ、もう一方は戦闘不能に陥った。おそらく、中級程度の回復薬では完治が見込めないほどの深手なのだと思う。一気に戦況が傾くレベルの大事だった。


「オイゲンさんは剛盾との相性が悪いと聞いていましたが、そこまで一方的になるものですか?」

「どちらの魔法も、周囲を巻き込めるものだからね。対魔導士戦を想定していない状況で突発的な戦闘が起こったのだ。自軍の防衛を強いられるオイゲンと、被害を顧みないザカルトでは勝負にならなかったらしい」


 なるほど、オイゲンさんは人望が厚そうに見えたからね。戦局に関わると分かっていても、部下を見捨てて戦闘に集中できなかったからって不思議に思わない。同じ選択を強いられたとして、部下への被害を度外視して戦うなんて私もできなかっただろうし。

 強力な火属性って話だけど、汎用性が利かない点はこういう場面で弱い。


「それにしても、彼はどうして連合側に? 出身が西側だったとか?」

「いや、そんな事実はありません。ザカルトは北のフォージョ出身だった筈です。親類がいるような話もなかったと思います」

「僕の側近と言っても、強力な魔法を得て増長した気質を持て余していた。王族の権威で従えていたものの、事あるごとに不満をこぼしていたよ。戦場に送ってもらえれば、オイゲンを遥かに超える戦果をもたらして見せるのに、と」

「指示に従う事もできない人間が、成果を上げられるとは思いませんわ。わたくし、英雄願望を拗らせたあの人が、活躍の場を求めて連合軍側についたと言われても驚きませんもの」


 フェアライナ様は相当嫌っている様子だった。

 ここまでの情報から推察すると、ヒエミ大戦以来武功を上げ続けているオイゲンさんに嫉妬を募らせていたんじゃないかな。活躍の場さえ用意してもらえたなら、自分の方が凄いのにって。

 オイゲンさんを積極的に襲った事からも、その執着が窺える。

 そうした危険思想が、彼をますます戦場から遠ざけさせた。皇国からすれば、魔導士ってだけで一定の抑止力は発揮する。暴走の危険がある魔法使いを戦場に投入する意味はなかっただろうからね。


 でも、西側諸侯征伐の為にはそうも言っていられなくなった。

 折角の戦場なのに、称えられるのは指揮するヘルムス皇子ばかりで、思ったほどの活躍も叶わない。おまけに皇国軍優勢で、このままだと碌な成果もあげられないまま決着の空気が漂う。相当面白くなかったんじゃないかな。

 そう言った性根を知っていたなら、連合軍側も唆すのは簡単だったかもしれない。


「更に、今回は国家間戦争でなかった事が災いしました」

「魔導士の宣誓が効力を発揮しなかった訳ですね」

「ええ、連合軍に参加する者達も皇国貴族ですから、彼等の意向は国に仇なすものではないと判断されたのでしょう」


 魔導士の宣誓って神様と結ぶ契約だから、人間社会の機微は考慮されない。私も騎士団を襲撃した覚えとかあるから、国民を害せないほどの縛りは無いんだと思う。王国では人間性に問題のある魔導士が誕生した前例がないから、何処に線引きがあるかは知らないんだよね。

 でも、国の体面と神様の基準は関係ない。国家の為に尽くすと国民の前で誓っておきながら、国軍を害すような術師を放っておけない。

 そこで、私のところに討伐依頼が来た訳だね。誅罰に手段を選んでいられない。


「ヘルムス皇子では駄目なのですか? 流石に皇族へ牙を剝いて、無事で済むとは思えないのですが」

「そんな……、それでヘルムス様に何かあったら……」


 魔法的な相性だけで代案を提示すると、リンイリドさんが悲鳴を上げた。

 ちょっと気遣いの足りない発言だったかもしれない。


「すみません。戦車砲を打ち落としたとか、ゴーレムに踏まれても大丈夫だったとか、病の類を経験した事がないだとか、いろいろな噂を耳にして、頑丈な印象が先行してしまっていました」

「確かに、剛盾程度に害されるヘルムス様は想像できませんが……」


 先の悲鳴は何の心配?

 もしかして、冷静に考えると心配が要らなさそうって気付いた? 実妹も頷いてしまっているし……。


「でも、今の状況でヘルムス様が劣勢に陥れば、前線の精神的支柱がなくなってしまいます。結果がどちらに傾くか分からない賭けには出られません」

「……それもそうですね」


 そうなると、やはり私って話に戻る。剛盾がどれほどのものかは知らないけれど、まさか墳炎龍より凶悪って事もないだろうし。

 連合側の心を折る為にも悪くない話ではある。


「どちらにせよ、私の一存では決められません。一旦王国へ戻って、国王陛下にお伺いを立ててからの判断となりますね」


 こればかりはどうにもならない。私も魔導士として国に縛られている以上、技術面の開示や諜報部の一部指揮権と違って、私の裁量外の話となる。魔導士である私が、国外での魔法行使を勝手に判断する訳にもいかない。

 ついでに、私と陛下が通信だけで決定を下した場合も、貴族の反感を買う。国内最大戦力だからこそ、その運用は公然の場で決める必要があった。

 剛盾みたいな反逆を恐れる貴族もいるからね。私が皇国の意向に従うと、王国を離れるつもりなんじゃないかと多分騒ぎ出す。


「ふむ、それは想定している。とは言え、僕達もそれほど待てる訳ではない。オイゲン敗退の報が皇都まで届くのもそう遠い話ではないだろう。そうなれば、相当な混乱に陥ってしまう。なるべく急いでもらえるかい?」

「それは構いませんが、私からも条件があります」

「何だろう? この事態だ、それほど無茶なものでないなら受け入れよう」

「そう難しい話ではありません。私が剛盾ザカルトの討伐に赴く際、ウィラード殿下にも同行していただきます」

「……」


 この際だから、神に誓約した魔導士が皇族へ歯向かった場合の結果を確認しておきたかった。それで自滅してくれたなら、私の手間も減る。

 裏切り者を処罰する為に皇族自ら前線に行く。制御できなかった失態を挽回する機会でもある筈なのに、ウィラード皇子は嫌そうな顔になった。

 貴方の側近だよね?

 人間性に問題があったなら、一緒に前線へ赴いて監督するくらいでないといけなかった筈だけど?

いつもお読みいただきありがとうございます。

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