開ける見通し
リコリスちゃん家からの帰り道、言葉少なく車に揺られる。学園と貧民区画は皇都の北と南の端、碌にスピードを出せない車ではそれなりに時間がかかる。夕食後、早めにリコリスちゃん家を出ても、十四塔へ着くのはどうしても遅い時間になってしまう。
私達の都合で夕食を急かすような真似はしたくなかったから、これも予定の内。
だけど、私が大人しいせいで、グラーさんすらお腹がすいたとか余計な事を言わなかった。
「ねえ、ウォズ」
「はい。何かありましたか?」
景色を見るともなしに窓へ視線を向けていた私と違って、空いた時間で書類を確認していたウォズがさっと顔を上げる。まるで、私が声を掛けるタイミングを知っていたみたいだった。
「ここで何かしたいって考えるのは、間違ってるのかな……?」
ルナットさんと話して、私は今の状況に、まるで納得なんてできていないんだと思い知った。
ここは王国じゃない。私はこの国の貴族じゃない。この国がどうなろうと、私には関係ない……そう繰り返しながら、私はずっと息苦しかった。
連合軍の新武器に関する知見も話したし、リンイリドさんを唆しもした。でも、それだけ。
回復薬の件は、スライム草を手に入れたいって思惑があった。ここで恩を売っておく事で、中級までの製造量を減らして王国でもスライム草を栽培する。これは私の発案じゃなくて、ウォズが考えて陛下に許可をもらっただけ。国策だから、私の都合は入っていない。
フェアライナ様を歌姫に仕立て上げたくらいかな。私が聖女と呼ばれたように、皇国にも象徴が欲しかった。多分、戦争の後も公演依頼が殺到する。
このまま放っておいても、おそらく皇国側が勝利すると思う。いくつか不安要素があっても、戦況を引っ繰り返せるほどの地力が連合側にない。
あとひと月も講義をすれば皇国でのお役目も終わるって時点で、私は気持ちを燻らせている。待てばいいと、自分を言い聞かせてきた。
「儲け話を見つけた時、国や貴族の都合に振舞わされる事を嫌って、俺の祖父は叙爵の話を蹴りました。決められた領分から外れたところで勝手をすれば、周囲から非難される。それで成果を上げようと、誰かを助けようと関係ない。立場や慣習の方を重んじる……貴族って、そういうものでしょう?」
「……うん」
知ってる。
貴族として生きていく前提で、幼い頃から散々学んだ。多くの責任を背負っている。大勢に支えられている。国から今の立場を与えられている。
だから、勝手は許されない。
「ここは皇国です。もしもスカーレット様が内戦に関与した場合、内政干渉として非難されるでしょう」
「皇国には皇国の面子がある。王国の魔導士に助けられたなんて歴史は、残せないよね。たとえ皇族が願ったとしても、貴族も国民も受け入れない」
「ええ、戦況が劣勢だったとしても同じです。一方的に恩を売られるなんて許せない。スカーレット様に助けてもらわなければ滅んでいた事実も忘れて、自分達だけで勝利を掴んだような顔して、恥知らずにもスカーレット様を糾弾するでしょう」
「あー……、だろうね」
そういうの、すっごく皇国貴族らしい。王国にも、似たようなのいっぱいいるけど。
「……と言っても、それはあくまで口先だけです」
「うん?」
「王国に帰ってしまえば、抗議なんて届きません。報復しようにも、経済力でも武力でも劣った皇国にできる事なんてありません。しかも、内戦で傾いた財政状況で、貴族の憂さを晴らす為だけの経済制裁などできないでしょう。侵攻なんて、もっと無理です。大陸の最高戦力を敵に回すなんて、やっと航空機が形になり始めたばかりの皇国にとって現実的ではありません」
その通りではある。所詮は他国だから、戻ってしまえば知らぬ振りができる。
「王国側も似たようなものですよ。ディーデリック陛下は体面を気にして叱るくらいはするでしょうが、スカーレット様が勝手した事について罰するなんてできません。現政権の継続は方針の通りで、内政干渉への責任はスカーレット様に押し付けられるのですから」
「王国としての損はないかもね。私って戦力を見せつけて皇国を牽制できるし」
「騒ぐのは周りの貴族だけでしょう。許可を得ずに他国の内戦へ介入した事を前面に押し出して、一方的にスカーレット様を糾弾できる機会ですから」
「王国貴族に相応しくない。国の代表としてあるまじきって? この機会に、私が未成年である事をあげつらうってのもあり得るね」
「けれど、具体的な制裁に踏み切れるかどうかには、疑問が残ります。何しろ、スカーレット様の機嫌を損なうと、国内最高戦力が敵に回るのですから」
武力は交渉のカードになり得る。その部分が競り合わなければ、交渉にすらならない。どれだけ正論を訴えようと、戦力が伴わなければ押し潰される。
私の敵対勢力は、許可のない領地間紛争を禁じた王国法を盾に舌戦を仕掛けてきている。反スカーレット派のほとんどがこれ。でも、我慢が限界を超えたなら許可を得ればいい。私は侯爵家出身なので十分な権威があるし、実績的にも許可を得られる立場にあるんだよね。王国の発展を牽引する私の障害になるなら排除してしまえばいい。
「若い女性が活躍する状況が気に入らない、私を排斥してしまえばコキオに残る新技術を手に入れられる……って短絡的な貴族ならね」
言うほど単純な話でもない。
国王陛下の意に反して動く訳だから、国の面目を潰す。積み重ねてきたヴァンデル王国って歴史に泥を塗る。普段は敵対していない勢力も私へ厳しい目を向けるよね。秩序を乱す存在として認識される。
個々の家は敵じゃなくても、国を構成する集団の不興を買う。勿論、他国で気ままに動く私に対する国民感情も、決していいものじゃない。陛下や殿下だって、どこまで私の味方ができるか分からない。
「それでも、オリハルコンを活用した独自発展を決めた南ノースマークなら、できない話ではありません。反感が治まるまで他領との交流を絶つ事もできますし、逆に他の領地はコキオだけが栄える状況を無視できません」
「まあ、引き籠れる状況にはあるね。観光業の代わりを考える必要はあるけど」
「何なら、俺も手伝いますよ? 魔法籠手を緊急で量産して、できる限りの傭兵を集めます。スカーレット様個人でなら、ナイトロン戦士国からも兵団を雇えるかもしれません。オーレリア様にも声を掛けて、敵を殲滅してしまいましょう」
……連合軍どころか、皇国を滅ぼせそうだね。
でも、それだと私はともかく、ウォズの叙爵の話はなくなってしまう。暫定を取り消すには十分過ぎる。私をしっかりと罰せない分、ウォズに責任を押し付けるとも考えられた。
「全部、分かって言ってるよね?」
「……特に惜しむものはありませんから」
まるで迷いは感じられなかった。爵位の話はなくなっても、ストラタス商会は残る。それで十分だと……。
冗談や励ましで言ってる訳じゃないのは分かる。私が頷けば、すぐにでも取り掛かる。そういう人だってくらい、いい加減長い付き合いだから知ってる。もしかすると、書類を確認しながらずっと考えを張り巡らせてくれていたのかもしれない。
これがウォズの覚悟。
自分の願いが叶うより、私の願いを叶える方の優先度がずっと高い。
これが、私を好きだと言ってくれた人……。
「ありがと」
だからこそ、今は甘えられない。
「そういう選択肢があるって分かっただけで、気持ちが楽になったよ。他所の国にいるからって、何もできない訳じゃないってだけで救われた」
突き通したい信念があるなら、その分余計に責任を背負えばいい。
私の原点。私が貴族として生きるための指針。そんな基本的な事を、無力感に打ちのめされるばかりで忘れていた。
それで言うなら、私の我儘に領民を巻き込んではいけない。国王陛下の了解を得ないまま内政干渉を犯す悪名が、人々の生活に影響してはいけない。
皇国の内戦に関わるとしても、周囲を納得させられるくらいの言い訳は必要だよね。皇国との関係にしても、すぐの報復は無理だからって、遺恨を残せばいつまでも不安が燻りかねない。
「そうですか? スカーレット様の覚悟が決まったなら、俺はいつでもお付き合いしますよ」
「うん。でもその前に、もう少し手段を考えてみるよ。後の面倒事は少ない方がいいからね。で、何か思いついたら真っ先に頼りにさせてもらう」
「ええ、お任せください」
それでこそってみたいにウォズが笑う。
確かに、私らしくなかったね。
連合軍の武器の供給源を絶つとか、皇太子殺害へのレゾナンス侯爵の関与を証明して大義名分を折るとか、戦争を終わらせる手段は一つじゃない。
私の我儘を通そうって訳だから、私も目いっぱい頭を捻らないとね。ウォズの爵位だって守らなきゃだし。
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