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尽きない不安

「その心配は必要ありません。リコリスちゃんを育てているのは、その先を見据えての事。彼女は、多くの魔法を生み出し、新しい発展を導けるだけの可能性を秘めていますから」


 戦争を終わらせるために使い捨てる。そんな勿体ない事はできない。彼女の評価が、その程度のものであっていい筈がない。

 ルナットさんが心配するような事態は起きないのだと、はっきりと否定した。


「リコリスが? そんな……」


 親なら彼女の才能を正しく評価してほしい……なんて単純な話じゃない。何しろ、彼女の特性は傍目から分かり辛い。そもそも魔法って自分のイメージを膨らませるもので、その構築を誰かに任せたりしない。

 自分の中で理屈を組み立てた時、魔法感性が働いてそれを実現してしまう。あくまでも、そのイメージは当人だけのものとなる。一見すると火の玉を作り出しているように見えて、想像する過程は千差万別だった例なんていくらでもある。何もない空間って感覚を拡大解釈して、空間魔法を生み出した例もあったよね。

 その隔たりが、魔法の発展を妨げ続けた。

 魔道具が発展する過程で簡略化した効果を組み合わせる習慣が生まれたものの、個人差を解消するには至っていない。連携魔法とか、一定のイメージを共有するのが未だ課題だったりする。王国では個人差を画一化するより、術師も魔法小手を装備して部隊の魔法を揃える方向へシフトしつつある。

 戦術的な意義は理解できても、これはこれで魔法の可能性を狭めているみたいで、私的には賛同しかねるんだけど。


 で、リコリスちゃんは万人が理解しやすい理屈を、属性を超えて練り上げてしまう。それが誰にでも適用可能かどうかまでは検証できていないけど、少なくとも大多数がってくらいは確信してる。

 これまで、固有魔法を発現させた例はいくつもあった。でも、それは魔法感性が特異的にある分野について働いただけ。浄化魔法を生み出した初代聖女はあらゆる病魔を祓って人々を救ったけれど、回復魔法すら使えなかったと言う。クリスティナ様は限定的な瞬間移動を可能にしても、光属性の術師としては並み程度だった。

 言ってみれば、固有魔法術師は一芸特化。磨く余地はあるとしても、他の魔法にまで影響を与えるような才能じゃない。

 けれど、リコリスちゃんは違う。

 当人の保有属性の枠に収まらなかったのがその証拠。非常に汎用性が高い。

 身近な例を挙げるなら、ノーラの才能に近い。彼女は魔力の動きを理解する事で、他者の魔法を模倣できるようになった。リコリスちゃんも、これから多くを勉強して魔法に関する理解を深めるようになったなら、独自の解釈で魔法を作り出してくれるんじゃないかって期待してる。


 そういったリコリスちゃんの特殊性を嚙み砕いて説明したのだけれど、何故だかルナットさんの顔色は晴れなかった。


「それはつまり……、あの子が大勢を死なせてしまうだけの発明をするかもしれないのでしょうか?」

「え……?」


 私はルナットさんの不安を、戦争と絡めて考え過ぎだとか、彼女の未来を深刻に捉え過ぎだとか、心配が過ぎると流す事ができなかった。

 そんな事態はあり得ないと、軽率に否定もできない。


 だって、私は知っている。

 例えばダイナマイト。僅かな衝撃で爆発するニトログリセリンを珪藻土に染みこませる事で持ち運びを容易にし、雷管の発明で爆発のタイミングを制御できるようになった。この発明によって爆薬の扱いやすさが飛躍的に向上し、安全な土木工事が可能になったけれど、同時に戦争を目的とした利用も進んだ。

 強力過ぎる兵器が戦争の抑止力として働く未来を期待したって話もあるけれど、結果として戦争は激化して大勢が死んだ。ダイナマイトの誕生によって戦死者数は増えた。結果として巨万の富を得たアルフレッド・ノーベルの名は、死の商人として知れ渡るようになる。

 世界で初めて液体燃料ロケットを打ち上げたロバート・ゴダードは、第二次世界大戦がはじまると海軍の為の研究を行なっている。彼の開発した艦載機の補助ロケットは、短距離滑走での発艦を可能にした。

 もっとも彼の研究は時代を先取りし過ぎて、周囲や軍上層部の理解を得られなかったというけれど。

 同じく宇宙への関心を抱いたヴェルナー・フォン・ブラウンの場合、開発が軌道に乗った頃、ドイツではロケットの実験が禁止となった。彼はミサイル開発を余儀なくされる。

 その後、アメリカに亡命した彼は米ソ宇宙開発競争の中核となるものの、亡命の決め手になったのは弾道ミサイルを作ってきた経歴だった。彼はドイツでミサイル製造を指揮した過去について、宇宙に行くためなら悪魔に魂を売り渡してもいいと思ったと語っている。


 こうした歴史は、何も前世に限った話じゃない。

 爆弾の戦争利用が推し進められているのはこの世界でも同じだし、連携魔法による高威力化は対魔物より戦争を想定した技術だった。複数人で発動させる大規模魔法や呪詛を利用した兵器も、戦争を有利に運ぶために研究が続けられてきた。

 発展の象徴とされるエッケンシュタイン博士だって、魔導変換炉の開発で国内魔力に余剰が生じた事で帝国への侵攻を招いている。豊かな王国を目指した結果が戦争を生んだ事に違いはない。

 開発者個人の意思は、戦争って特殊な環境下では政治や軍部の都合で容易く歪められる。


 私はいい。

 技術の発展がそういう側面も持つ事は覚悟していた。魔物って脅威があるから武器は決して捨てられず、魔物への備えは軍事力の強化と直結する事も理解していた。

 何より、私自身が大量破壊兵器としての期待を背負ってる。

 貴族として生きると決めたから、領民を護るためには武力を手放せないのだと現実を呑み込んだ。平和を望む事と、兵士に武器を与えて訓練を課すのは同義なのだと常々言い聞かせている。

 それに、私が生み出した技術を悪用されそうになったなら、それに抗えるだけの権限も持っている。お父様やカロネイア将軍、陛下達との繋がりも作って、勝手する勢力を牽制するための体制も作っているしね。


 でも、リコリスちゃんは違う。

 学ぶ事、魔法を作り出す事にまだ夢を抱いていてもいい。彼女は貴族ではないのだから、重い責任を背負う必要はない。


 幸い、彼女の後見人であるリンイリドさんは、兵器開発を強要する人じゃない。ヘルムス殿下も頭を使わないのもあって、非道を嫌う。民は守るものって意識があるから、リコリスちゃんを利用しようとは考えない。

 だけど、亡くなった皇太子にどんな思惑があったかまでは分からない。平民である彼女を保護し、教育を与える機会を作った裏には、皇国の軍拡を託す意図もあったのかもしれないね。私自身、王国との技術格差を解消して軍備を整える目的で呼ばれているし。


「少なくとも、リンイリドさんはそうした心配からリコリスちゃんを遠ざける目的で、後見人を買って出てくれたのだと思います」

「……お貴族様が?」

「彼女の特殊な経歴はご存じでしょう? ご自分が貴族の思惑に振り回されたからこそ、リコリスちゃん自身が判断できるだけの知識を教えて、実績を積ませようとしているのではないでしょうか」


 それでも、彼女が兵器開発に携わらないとは断言できない。

 今回の西側貴族連合軍との紛争が何とかなったとしても、この国は南にも東にも不安を抱えている。多分、軍事力強化を必要とする状況はこれからも続く。今は私が抑止力になれても、私がこの国を離れる未来は遠くない。ルナットさんの心配を解消するだけの説得力は持たなかった。


 だから、説得の代わりにウィッチを取り出して魔力を籠めた。

 発動させるのはミスト洗浄魔法。部屋中を水浸しにする訳にはいかないから効果範囲を区切った上で、視界を白く染める。


「え?」

「なになに?」

「先生、これって……」


 子供組三人が気付いたところで、更に魔法を重ねる。解き放つのはそれぞれ異なる属性の魔力。黄、青、赤、緑、白、黒、それぞれの魔力がミストの中で乱反射して部屋を彩る。時々兎や猫の形を映して弟妹ちゃん達を興奮させた。


「わぁ~、きれー」

「何これ、何これ!」

「あの……スカーレット様、これは?」

「リコリスちゃんの開発した魔法です。これを改良すれば、空中へ任意の映像を作り出せる魔法になるのではないかと期待しています」

「リコが、これを……?」


 術師が思い描いた映像を他者に見せる幻影魔法というのがある。でもあれは、消費魔力が大きくて大勢に情報を伝達するのに向いていない。そもそも心象画像を対象者の脳へ送る魔法だから、実際に映像を投影する訳じゃない。

 虚像を作り出す光属性の幻覚魔法は、詳細な幻像を作り出すのに卓越した魔力制御力が要る。見慣れた対象ならともかく、想像だけで作り出した幻覚は歪になる欠点もあった。


 でも、水煙をスクリーンに見立てたなら応用の幅が広がる。ミスト中でそれぞれの属性が発色する事も分かったから、映写晶から空中へ映像を投影できる。光属性だけより発色が容易なのもいい。幻影魔法と違って、大勢で映像の共有が可能になる。魔道具で制御したなら、使用者の属性に関わらず大勢が映像作りに参入する未来が生まれる。


「信じてあげてもらえませんか? これだけのものが作れるリコリスちゃんを。彼女の可能性を信じたリンイリドさんやヘルムス皇子を。新しい技術が戦争を生むだけではないと知っているペテルス皇子やバルト老達も、きっと彼女を守ろうと動いてくれると思います」

「せ、先生、恥ずかしいよ……」


 照れてるリコリスちゃんは可愛いけれど、彼女は無限の可能性を秘めている。兵器へ転用可能な魔法を作らせて、彼女の心を潰してしまうなんて勿体ない。

 そう思うのは、絶対に私だけじゃないと思う。


 それに、いつかは彼女自身の意思で兵器開発に関わるかもしれない。そんな時が来るとするなら、国や大切な人達を守りたいって本人が願った時だろうから、その選択肢まで摘もうと思わない。


 この実演で、ルナットさんの不安をどれだけ取り除けたかは分からない。親が子供へ向ける心配なんて、どこまで行っても尽きないとも考えられる。

 そもそも貴族の意向に逆らえる訳がない。母親だからってリコリスちゃんを止める手段は最初からないんだよね。今日の食事会が、気休めくらいにはなればいいと思う。


 とは言え、ああして不安になるのも、実際に戦争が起きているからってのは間違いない。

 私は王国貴族で、ここで内乱に関わる権限を持っていない。領地にいたなら、どこか遠くの話で済んだ。

 でも、私は今、皇国にいて、不安を募らせる人と出会ってしまった。リコリスちゃんの家に向かう途中でも、沈んだ町の雰囲気を目にしている。正直なところを言うなら、こういった空気は好きじゃない。

 このまま他所の国の事情だって傍観していていいのかな……?

いつもお読みいただきありがとうございます。

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