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ちょっと特別な食事会

書籍2巻の発売日が4月19日に、決まりました。

オンラインショップや書店での予約も始まっています。今回も、TOブックスオンラインストアの限定予約特典と、電子書籍限定書き下ろし特典を準備する予定です。

よろしければ、連休に読書なんてどうでしょう?

 戦場で動きがないままのある日、私は食事の招待を受けた。

 そうは言っても、相手はこの国の貴族じゃない。開戦前には社交の一環として食事に赴く事もあったのだけれど、今は全て断っている。王国の魔導士である私が、この情勢下で特定の勢力に与する訳にはいかない。

 内戦にあたって、王国は現政権の支援を決めたものの、それは国同士の約定。貴族の思惑に左右されるものじゃない。


 だから、先日のリンイリドさんへの入れ知恵もあくまで独り言。

 もっとも彼女の場合は、現政権を支えているって実情もあるけどね。


 そんな訳で、今日のお誘いは政治に全く絡まない食事会となる。大勢を招いての晩餐会や、どこかへ食べに行くならともかく、仲間内でも食事に招かれるって意外とないから楽しみにしている。

 招待してくれたのはリコリスちゃん。

 どうも、彼女のお母さんが私にお礼を言いたいって話らしい。講義を再開する目途は立ってないけれど、彼女の魔法実習は週三回の頻度で続けている。リンイリドさんはそれどころじゃないから、私が教えられる範囲だけ。そんな特別扱いにも感謝しているのだとか。


 彼女の家は、皇都の南端にある。街道を南へ下ると少し大きめの川を跨いであり、その先は生活水準が明らかに下がる。立ち並ぶ民家は古く、道路の整備も間に合っていない。皇都がヴァイシンズへ向けて繁栄を広げる一方で、開発計画から忘れられた地域。

 農業従事者が多いものの、カムランデの外に広がる農場地帯と比べればどうしようもなく規模が小さく、他に目立つ産業もない。自然を生かした景観と言えば聞こえがいいけれど、実際は放置されているのが実情だった。

 非公式に囁かれる貧民区画って呼称が、的を射てしまっている。民家は点在して風通しが良く、衛生面の心配をしなくて済むのが幸いかな。川に隔てられて物資の運搬が困難だったのが、開発が遅れた原因だと聞いた。スラムと呼ぶほど治安は悪化していないものの、住む場所を追いやられた住民が行き着く先として知られる。


 リコリスちゃんのお父さんは今回とは別の内乱に出兵し、帰ってこなかったらしい。その結果、当時の家を売り払って今の場所での生活を余儀なくされたのだと聞いた。まだリンイリドさんが実務を担っていなかった頃で、当時の担当者が戦没者遺族への補償をいい加減に処理したのだと思う。

 講義に参加する以前、彼女は徒歩で橋を渡って魔道具の工房へ出入りしていた。


 そんなところへ空から向かうと大騒ぎになるので、移動は車を使う。おおよそ貴族が足を運ぶ場所ではないので、それでも随分と目立っていた。


「せんせぇ~、こっち、こっちぃ~……!」


 私達が彼女の家を見つけられないかもと思ったのか、近くまで来るとリコリスちゃんが手を振って迎えてくれる。

 それで私達の目的地を知った住民達は、巻き込まれては堪らないと散っていった。皇国貴族の気質を考えれば、面倒事以外は運んでこない。私が王国貴族だなんて知る筈もないから、その察知能力はきっと正しいのだと思う。


「リコリスちゃん、今日はお招きありがとう」

「いらっしゃい、先生。リコもいっぱいお手伝いしたから、今日はゆっくりしていってください」

「……リコ? 先生、いらっしゃった、の…………?」


 車から降りた私がリコリスちゃんと挨拶を交わしていると、彼女の母親らしい女性が立て付けの悪い扉を開けて、家から出てきた。彼女によく似た明るい雰囲気で、苦労しているのか聞いていた年齢より老けて見える。

 その女性が、玄関から顔を覗かせたまま固まった。


「お、お貴族様っ⁉」


 あまり悪目立ちしないように華美な服装は避けたものの、赤のニットワンピースにレースのスカートを重ね履きして、白のコートを羽織った装いは、一目で貴族と分かるくらいには良質な品だった。

 国を代表してこちらへ滞在している身なので、品格を貶めるような格好は許されない。リンイリドさんにも許可をもらった正式な訪問だったから、お忍び服って訳にもいかなかった。

 ウォズも灰のスリーピーススーツに黒のチェスターコートと、礼を欠いていない。扉を開けた先にこれがいたなら、衝撃は強過ぎたかもしれない。


「……もしかして、話してなかったの?」

「リコ、ちゃんと言ったよ。先生は貴族だけど怖くないって」


 気位ばかりが肥大化した皇国貴族は、庶民からすると絶対に関わりたくない対象だと思う。怖くない貴族なんている訳ない。

 最初のうちはリコリスちゃんも警戒の色が濃かったけれど、彼女の知る貴族とは違うのだと、少しずつ受け入れている。好奇心を否定しない先生だと、慕ってくれた。

 貴族への固定観念に縛られた上で、リコリスちゃんから私の人となりを聞いて、貴族って前提を失念していたのかな。食事会はリコリスちゃんが強く推したのかと思っていたけど、貴族を招待した自覚がなかっただけらしい。


 とは言え、ここで遠慮するのも変な話なので、リコリスちゃんの案内で家の中に入る。皇国の家庭料理にも興味があったしね。

 同行するのはフランだけ。護衛まで詰め込めるほど広さがないし、どう見てもよく食べそうなグラーさんとか、余計に気を遣わせそうだったからね。彼等には外で警戒してもらって、後で何か買って帰った方が喜ぶと思う。


「ご招待、ありがとうございます。王国子爵、スカーレットノースマークです」

「貴族待遇で迎えてもらっております、ウォージス・ストラタスです。爵位はまだ持っておりませんので、気兼ねなく接していただいて構いません」


 警戒を解すつもりの自己紹介だったかもしれないけど、あまり効果はないと思う。ここの生活環境からすると、富豪も違う世界の存在なんじゃないかな。


「ル、ルナット・パーラム、リコリスの……は、母です」

「ええ、姉弟三人を育ててくれた素晴らしいお母様だと、リコリスちゃんから聞いています」


 貴族に気後れしていても芯は強いのか、震えながらも自己紹介してくれた。


「い、いえ……、そんな」

「その事で、私からもお礼を。おかげで、彼女という素晴らしい才能に出会えました」

「そう……なのですか?」


 娘さんへの称賛に対して戸惑いの方が大きいのは、リコリスちゃんの特異性を知らないからだろうね。彼女の才能は日常生活に直結するものじゃないし、彼女自身の保有魔力は少なくて、本人は魔法に生かせない。魔道具の工房に通っていても、誰もその特異性に気付かなかったくらいだし。

 そのあたりも、分かってもらえる機会になればいい。


 用意してもらったメニューは、川魚のフリット、菜の花の素揚げ、蒸し野菜の盛り合わせ、ゴロゴロ野菜と鶏肉のスープ、キノコのバター焼き、ロールキャベツの水煮と、バラエティーに富んでいた。


「お貴族様にお出しするようなものでなくて、申し訳ないのですが……」

「いえ、十分に美味しそうで、ありがたいです」


 恐縮するルナットさんはスルーしておく。これだけの品数、それに伝えた人数分をしっかり用意するのは簡単じゃなかったと思う。リコリスちゃんがお世話になっている“先生”を歓待しようと腕を振るったのは分かる。

 高級店に行けばもっと見栄えのいい料理を注文できても、相手をもてなすって意味ではこれ以上の心配りはなかなかないんじゃないかな。恐縮されても、謙遜にしか聞こえない。


 味付けにと用意されていたのは様々なスパイス塩だった。どの香辛料も塩と一緒に炒ってあるので、香りが強い。

 工夫を凝らした有名店のソースもいいけど、こうして自分の好みで作り上げる味もいいよね。特に、香りの強いカルダモンっぽい種子と黒胡椒の組み合わせは衝撃だった。帰ったら、この味付けで新しい料理を作ってもらおうと決める。ウォズはマヨネーズソースにたっぷりの山椒を効かせたものを好んでいたね。


「あー! お姉ちゃんがあたしのソーセージとったぁ……!」

「リチルはそれで何本目? お姉ちゃんにも一つくらいちょうだい」

「ボク、キャベツ嫌い……」

「トビア! キャベツをはがして食べたら、ロールキャベツの意味がないじゃない!」


 食事を始めると弟妹ちゃん達の緊張もほぐれて、すぐに賑やかになった。普段は子供枠のリコリスちゃんがお姉ちゃんしてるのも面白い。

 三人とも、育ち盛りだけあってお肉が大好きみたいだね。魚は骨が多くて不人気みたいなので、遠慮なく貰っておく。ちょっと辛めのペッパーも合うね。蒸してあったブロッコリーと白菜は朝採れだそうで、とっても甘い。これなら塩だけで十分だけど、一緒に蒸したチーズをかけるのも捨て難い。


「あの……スカーレット様。ちょっとお聞きしたいのですが……」


 最後はデザートの時間になった。

 お土産に買ってきたケーキとジュースをフランが用意すると、子供組は幸せでいっぱいの顔になる。トビア君なんて、クリームで口の周りを真っ白にしている。


 私はお腹に余裕が残らなかったのでその様子を眺めるだけにしていると、ルナットさんが話しかけてきた。ケーキに夢中のリコリスちゃんに気付かれないよう、いくらか忍んで見える。


「その……、やはり、リコリスは戦争に取られるのでしょうか?」


 深刻そうにしている理由は、その質問でダイレクトに伝わった。この食事会を計画した本当の理由も。


 一般の人間が、国から手厚い保障を受けて勉強できる理由なんて、普通は想像できない。貧民区画までは名前が届いていなかった私と違って、ヘルムス皇子から信頼篤いリンイリドさんを知らない皇都民はいない。

 そんな女性からの特別授業なんて、戦争に結び付けるくらいしか心当たりがなかったんだと思う。


 固有魔法を戦争に利用した例は過去にある。特定の範囲内の血を固める魔法は、暗殺に最適だった。膨大な魔力を制御できない火属性の魔法使いは、爆弾の代わりにされた。周囲を沼地に変える魔法使いを、戦場に埋めたなんて酷い話もある。

 戦争に勝つためなら、人間はいくらでも非道になれる側面を持つ。


 リコリスちゃんの特別扱いが始まった直後に戦争が起こって、そういった戦局を変え得る魔法に目覚めてしまったのではないかと不安になったのだと思う。楽しそうに特別授業へ通うのも、騙されているのではないか、と。

 戦没者遺族なのに、貴族から心無い扱いを受けたみたいだから余計だったのかもね。

いつもお読みいただきありがとうございます。

書籍2巻発売4月19日と、あまりお待たせせずに済みました。

挿絵(By みてみん)

今回の表紙は、王都を跳ねるレティのイメージで書いてくださいました。

背景には魔塔、ついでにスライムが舞い散ります。

前回に引き続き、素晴らしいクオリティでありがたいです。

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