表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

617/680

東への対策

 ロシュワート皇太子は上手く立ち回っていたものだと、今更になって痛感する。貴族達の長所を見極めて仕事を割り振り、自尊心をくすぐってその気にさせる。皇族はそういった技能を学んでいたのだと知った。

 考えてみると、覇気が少なくてのらりくらりとした様子だったフェリックス皇王の佇まいも、そうした一環だったのかもしれない。小柄で細身の皇王が尊大に振る舞ったところで、貴族達に良い印象は与えない。それなら普段は飄々とした雰囲気で、威厳はここぞというタイミングに取っておいた方が際立ってくれる。

 長い歴史の中で、癖の強い皇国貴族に立ち向かう手段として捻出した立ち振る舞いの一つなんだろうね。


 困った事に、リンイリドさんはこれを真似られない。はじめから見下している相手に言い含められる貴族はいない。適材適所に配分するだけでは、貴族連中が承知しないというのが悩ましい。

 廃嫡となった元第一皇子や、レゾナンス側についた第三皇子なら学んだ技能かもしれないけれど、第四皇子のウィラード殿下からその様子は見受けられない。それだけ、彼の順番が巡ってくる事態を想定できていなかったんだろうね。……脳筋は当然として。

 こんな時、フェリックス皇王に期待するしかないのだけれど、表舞台に戻る気配は聞こえてこない。精神的な弱体に回復薬の効果が及ばないのは確認済みで、それは皇国版であっても同じ。奮い立つのを待つしかなかった。

 おかげで混乱に歯止めが利かない。

 しかも、こんな時を見計らって無茶を言ってくる連中もいた。


「東側の貴族は相変わらずですか?」

「……ええ。この機に乗じて派兵するような真似をしてほしくないなら、東方貴族の待遇を改善しろと強気です」


 レゾナンス侯爵領が海外との貿易で栄えた土地なら、東に位置するセンタフォ辺境伯領は小国家群との取引で発展した地域となる。周辺の交易の中心地であるカラム共和国が近いのもあって、国外の珍しい品も入ってくる。

 王国と共和国は海路で行き来するのが一般的で、小国家群圏とノースマークを経由しなくてはならない陸路での交易は廃れている。大量の輸送に向いてるとは言え、海路は大型の魔物も出現するので決して安全な手段ではなく、リスクの少ない皇国との結び付きは強かった。

 そして、東側の貴族達はその恩恵をより大きなものにしようと常々目論んでいたらしい。


「センタフォの要求は、やはり入国税の撤廃ですか?」

「はい。商人の行き来を活性化させる為……との事ですが、実際は領地内での取引を推し進めるのが目的でしょう」

「現時点でも、辺境伯領内では輸入品の買い占めが横行しているそうですからね。商品が捌ける事には違いありませんし、更なる輸送費も抑えられます。商人にセンタフォで品を売らない理由はないでしょう。そして、こちらへ運ぶ際には東の商人が価格を自由に吊り上げられます」


 ウォズの言う通り、東側領地ばかりが儲けられる構造となっている。昔からこの有様なので、何度も是正を試みてはいる。それでも輸入を独占した貴族の影響力は強く、ほとんど改革できていない。あんまり阿漕な価格設定は国から勧告できる場合もあるけれど、流入してくる全てには目が届かないのが実情だった。

 領地の方針に国が介入できないって原則の弊害だね。

 入国税の撤廃は、これをもっと大規模でやろうって話。納税分が減るのは国だから、辺境伯の懐は痛まない。


「国力が衰えようと、自分達の利益が優先だと言っているも同然です。彼等には、皇国人であるという意識すらないのかもしれません。嘆かわしい話です」

「文化的に小国家群圏の風潮が強いのも影響しているのでしょう」


 歴史を振り返れば、国土拡大路線だった頃に皇国が併合した場所となる。住民の意識は勿論、国から派遣された辺境伯の意識すら塗り替わっているのかもしれないね。

 ソーヤ山脈から続く広大な魔物領域に隣接している関係上、維持は厳しく、安穏とした皇国中央からの支援より小国家群との共同作戦で防衛してきた背景も大きく影響していると思う。

 今は魔素濃度が低下して小康状態にあるって話だけど、魔物被害が深刻だった当時は部隊の派遣や補給が国境を越えて行われていたと言う。そんな歴史と団結力があって、小国家群との結び付きは今でも強く働く。


 どう考えても、辺境の状況を軽んじてきた中央貴族が悪い。

 そして、その負債は今になってリンイリドさんへ降りかかっている。とは言え、東側からの無茶な要求は同情できる範疇に収まっているとも思えなかった。


 ちなみに、小国家群と王国が隣接するのはノースマークなので、皇国で生じたような歪んだ結び付きは発生しなかった。国を頼らなくても十分な領地守備軍を魔物領域周辺に配置してあるし、隣接国ヴィーリンを頼るような真似もしていない。むしろ、積極的に支援していたくらいだね。

 帝国って敵性存在があったから、背後を突かれる隙を残せなかったのもある。


「リンイリドさん、輸送用の航空機の開発は進んでいますか?」

「え、ええ、武装を積載する目的で浮遊出力を強化しましたから、航空兵器より輸送を目的として開発を進めています。戦力を拡充させる以上、人も物も大量に運ぶ必要がありますから」


 急に話題が変わったような質問に、リンイリドさんは戸惑いながらも答えてくれた。でも、私は東側領地の話を中断していない。


「なら、センタフォをはじめとした領地の要求を飲んでしまってもいいのではありませんか?」

「え⁉ で、ですが、それをしてしまうと中央と東側の隔たりが大きくなってしまうばかりか、貴族達の増長を招いてしまいます。影響は東側ばかりではなくなってしまうでしょう」

「同時に、東との街道を遮断してしまってはどうでしょう? 意図的でなくても、事故が起きる事なんて珍しくありませんよね」


 この世界、生活領域以外は環境が整っているとは言えないので、落石や増水で移動が阻まれる事態はよくあった。中には、大型の魔物が居座って通行できないなんて例もある。そこまででなくても、強力な魔物の棲息圏となるだけで通行は止まる。


「そんな事をすれば、東側と完全に分断してしまって……あ!」


 頭の回転が速いだけあって、東側領地への対処と航空機の話が繋がっていると気付いてくれた。

 王国が都市間交通網を敷いたように、輸送機が開発できたなら移動手段に改革が起こる。それを踏まえれば、センタフォ辺境伯達の要求は時代遅れでしかなかった。


「レゾナンスと内戦中の状況で、自分達の都合のいい要求ばかり突き付けてくるなら、リンイリドさんがそんな領地を慮る必要はありません。国家群側の発着場は、交易の活性化を見越してヒューチ海洋国へ建設を打診してもいいのではありませんか?」

「……なるほど、打診と言っても、建設許可をもらうだけでいいかもしれませんね。設置費用を皇国側が負担するなら、輸送費を自由に設定できます。入国税の代わりにもなるでしょう」


 ヒューチ海洋国は皇国に隣接する小国家で、共和国から陸路で皇国へ向かうなら必ず経由する。センタフォ辺境伯と最も結び付きの強い国とも言えるけど、発着場とセンタフォとの友好関係を天秤に乗せて、後者を選んでくれるかな。


「ヒューチ国がこれまでの義理を裏切れないと言うなら、カラム共和国でもいいのではありませんか? 輸入品が集積するのはあの国なのですから、皇国‐共和国間を直接結べるなら十分な利益が見込めます」


 ウォズが更に駄目押しする。

 十分な軍隊を備えた共和国は共同防衛圏に加入していない。提案を断る理由なんてないだろうね。そして、センタフォへ向かう商人は激減する。辺境伯領と皇都周辺なら、誰から見ても後者の市場が大きいに決まってる。勿論、発着場を建設するならコントレイルだって参入させる。

 内戦の状況次第では、西側の商機開拓だって期待できた。レゾナンスが構築した怪しい交易相手は一掃するだろうしね。

 もっとも、設置費用を皇国側が負担するって甘い話に乗ってくるとは思わないけれど。


「スカーレット様、このお話、東側の貴族ばかりに有効な手段ではありませんよね?」

「ええ、勿論。皇城で権力争いに夢中の貴族も、耳を傾けると思いますよ。発着場の建設予定地となれば多大な利益が見込めるのは当然として、時流に乗り遅れれば損害だってあり得るのですから」


 東側領主達がどんな対応をしようと、交通手段の変革は必ず起こる。でも、そこに猶予期間を設けるかどうかで状況は大きく変わる。緩やかに改革するなら、対応する余裕も生まれる。

 王国はこちらを選択した。

 都市間交通網が稼働して大勢が恩恵を得る一方で、それまでの輸送に頼って損失が生じた貴族や商人には手厚く支援を続けている。いつまでも続くものじゃないにしても、その間に新しい商機を見出せばいい。これまで宿場町として機能していた場所は特にその傾向が顕著で、店をたたんで離れる人も多い。領主達も、町村の意義を見直している。そして交通手段一新の利益は、彼等の援助を行っても十分に余りあるものとなった。


 だけど、この支援って温情だとも言える。商人はともかく、変革に追従できない貴族を助けるのは義務じゃない。協力的でない貴族にまで甘くある必要はないよね。


「ありがとうございます。明日からは、少し貴族達が大人しくなってくれそうです」

「お気になさらず。私は世間話をしただけです。丁度、休憩中ですしね」


 お茶会ってほど堅苦しい場所じゃない。

 皇国の上層部がきちんと機能してくれた方が、私としても、王国としても都合がいいから、ちょっと口が滑りやすくなったかも。


 新しい技術は、それまでに存在しなかった交渉の手札も生む。折角、三権威のお爺さん達が航空機を完成させたんだから、その可能性はしっかりと活用しないとね。

いつもお読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきますので、応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
センタフォとの境界線に街道を破壊する形で魔法を撃ち込んでおけば、『誰に喧嘩を売ったのか』理解できるでしょう。 じわじわと領地が周囲から物理的に切り離されていけば、かなりの恐怖でしょう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ