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皇城の混乱

 戦況は泥沼の状態に陥っている。アンハルトに続いてレゾナンス侯爵領でも強制徴用を発動し、二万近い一般人を動員したらしい。それまで領地の発展に努めてきただけあって、急な徴用でも規模が大きい。

 しかも、その全てが銃型の魔道具を装備しているのだから侮れない。


 それだけの一斉攻撃となれば、いくら策を練ろうと皇国軍は接近できなかった。付け入る隙も見つからない。ヘルムス皇子は脳筋ではあるけれど、獣並みの直感も備えているので勇猛と無謀を履き違えるような真似はしない。いくら頑丈でも、数十数百の集中砲火に耐えられないってくらいは分かるらしい。

 一方で、連合軍側も、組織だった行動がとれない事から決め手を欠いていた。不用意に進軍して、指揮官を狙って攻められたのでは混乱を余計に抑えられなくなる。ほとんど何も分からないまま戦場へ送られて、士気も恐ろしく低かった。


 連合軍の目的が時間稼ぎなのは間違いないと思う。だからこそ、領民を使い潰すと決めた。共に蜂起した領主達にも強制徴用を迫っているらしい。そんな事をすれば今後の運営が立ち行かなくなるため、二大侯爵領以外の動きは鈍いけど。

 皇国軍も、この間に増援の手配とキャスプ型航空機の完成を急いでいる。


 しばらく状況は膠着しそうなので、私は十四塔に籠って書類仕事を進めていた。こんな時に処理しておかないと、どこまでも積み上がってしまう。


 同じ部屋では、ウォズが回復薬の分配で奮闘している。スライム草の増産は決まったものの、栽培はとても間に合わない。なので、供給分のほとんどは王国版に置き換わりつつあった。これから皇国軍も増員するなら尚更だよね。

 供給自体に問題はない。王国での量産体制は整っているので、中級程度までの品質であれば少しの増産で一日数万本は製造できる。王国の必要分を優先的に確保したとしても、皇国へ支給できるくらいの余裕はあった。最近は各国の貴族を中心に需要が増えていたからね。その分を皇国に提供するくらいはできる。

 王国以外では一般の使用が普及していないから、国内需要に比べれば少ないくらいだった。


 ただ、急な発注だったから各工場の余剰分を引き取る事になるので、その調整は簡単じゃない。ここしばらく、ウォズはかなり忙しそうにしている。確実に儲かる話なので、目は爛々と輝いてるけどね。

 激しく揺れる尻尾が幻視()える。


 皇国からの要望を陛下に伝えて、支援の名目で輸出許可をもぎ取ってくるまでが政治の領分。出荷の手続きや増産の指示はストラタス商会の仕事となる。

 そういった私に関わりの薄い業務の場合、これまではウォズの自室で処理を済ませる事が多かったところ、ここ最近は私の傍を離れようとしなくなった。はっきり告げられた訳じゃないけど、どう考えても先日の放置して帰った件が尾を引いている。気にしなくていいとは言ってくれたものの、こうして行動には表れていた。

 間違いなく私が悪い。言い訳のしようもないから、好きにしてもらっている。

 今更、ウォズが視界にいるくらいで生活に支障はないし。


「はああああああぁ……」


 この日はお客さんが来ていた。

 領地の開発計画とか重要書類を彼女の目に届く場所へおいておける訳もないから、低階層にある事務スペースで会う。食堂なんかも同じ階にあって、ちょっとした書類仕事をしながらリコリスちゃんの指導とかにも使う部屋だね。くつろげるようにソファーや給湯設備も揃えてあった。

 治外法権が適用される場所ではあるものの、何度も訪ねて来ているのでいい加減緊張はない。リンイリドさんはソファーに深く腰掛け、紅茶を楽しんでいた。


「ここに来てお茶を飲んでいると、いつも癒されますね」


 彼女も、フランの淹れた紅茶の虜になったらしい。彼女の腕前なら、当然だよね。私も鼻が高い。

 ここを喫茶店扱いされる事に思うところがない訳じゃないけれど、リンイリドさんにとって皇城は決して心休まる場所にならないと考えれば、悩ましい話ではあった。特に、今はヘルムス皇子が皇都を開けているから後ろ盾がない。彼女の優秀さを買っていた皇太子もいなくなった。


「皇城は相変わらずですか?」

「ええ、フェリックス陛下が臥せっている間に実績を上げようと、誰も彼もが躍起になっています」


 ロシュワート殿下の逝去で、次代の継承は白紙となった。しかも、ジェノフィン第三皇子が去り、後継問題に関して何ら明言していない状況にある。

 順当に考えれば第四皇子ウィラード様なんだけど、貴族達との繋がりが薄い。実務的には優秀でも、社交面は上の二人に任せてきたらしい。先日の若干軽い調子からも、四面四角な社交を苦手としているのは想像できた。

 そして、ペテルス皇子とフェアライナ皇女、弟妹二人が回復薬で大きく貢献している。今は戦争の支援に集中していても、世に出ればその影響力は計り知れない。加えて学園長を兼任している関係上、キャスプ型航空機の開発もペテルス皇子の成果として数えられてしまう。

 更に、戦果という意味ではヘルムス皇子がぶっちぎっている。これまでなら脳筋が皇王になる未来などあり得なかった筈が、情勢の不安定さが露呈し、海外からの侵略も懸念される時勢では可能性を無視できなかった。

 一方でウィラード皇子の戦果は、側近である魔導士、剛盾ザカルトを軍へ貸し出しているくらいだから功績としては弱い。護りに特化したザカルト氏は銃型魔道具対策に活躍しているとは聞くけれど。


 どの皇子が次代に指名されてもおかしくない状況なので、皇族派閥の貴族達は彼等と繋がりを作ろうと必死らしい。

 だからってペテルス皇子が研究を放って社交に精を出す訳もないし、歌姫皇女は薬草の栽培で忙しい。そもそも脳筋は皇都不在だし、あれほど社交が似合わない人もいない。それでも、第二妃の血縁と比べていくらかまともってだけで、ウィラード皇子を推すのは心許ない。


 そこで、皇王が臥せっている間に成果を上げて、次期皇太子の覚えを良くしようって方法を貴族達は選択した。若い者達は側近の座を狙い、大臣達は重用の継続を目論む。

 結果、内乱中って非常事態である事すら忘れた要望書が大量に届いたらしい。


「幹線道路の敷設や皇都の拡張が、この時世でできる訳がないでしょう……!」


 それらを取りまとめるリンイリドさんには、自然と心労が積み重なる。

 この情勢に寄り添っているようで、戦略兵器の量産だとか、冒険者部隊の動員だとか、銃型魔道具の大量購入だとか、現実味のない申し出が多いと言う。

 特に最後のは、レゾナンス侯爵領で買い揃えられたのだから、皇国側も真似ればいいって短落さが過ぎる。そんな伝手があったなら詳細不明のままになっていないし、レゾナンス侯爵に独占される事もなかった。しかも侵略が不安視されている中で、思惑不明の国を頼ろうとかどうかしている。

 王国に支援を要請するって方がまだ現実味があるよね。

 国力が大陸随一だって信じる皇国貴族からすると、いざこざの歴史が尽きない王国を頼る選択肢は存在しない。


 ちなみに冒険者については、ギルドに所属して国際法に守られた存在なので、本人の同意なしに兵役は課せられない。どれだけ戦力として期待できても、国の都合で彼等は動かない。王国でもそうだけど、その前提を忘れてる貴族って多いんだよね。

 帝国との開戦時、王国でも同じ提案があった。一般人と同じで、どうも命令すれば自由にできると勘違いしている。


「その様子だと、お茶に毒でも仕込んでリンイリドさんを殺害すれば、楽に皇国を無力化できそうですね」

「……その方が、私も楽になれるかもしれませんね」


 否定しないあたり、かなり情緒不安定になっているらしい。

 私が連合軍側なら、間違いなくリンイリドさんの排除を画策する。それだけの中核的存在にもかかわらず、未だ彼女を成り上がりと蔑んでいるのだから救えないね。

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― 新着の感想 ―
プライド“だけ”が高い貴族は、『他人の足を引っ張ること』が仕事だと勘違いしている。 “他人の意見”に反対するなとは言わないが、『なにがなんでも反対する』ことだけの馬鹿と、『問題点や改善点があるから』“…
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