フェアライナ様の覚悟
何故だか前話のタイトルを入力していなかったので修正しています。
フェアライナ様のデビューは成功したらしい。
もともとは私の聖女騒動を真似て、病院で苦しむ重傷者を救って奇跡を演出するつもりだった。ところが準備の段階で内乱がはじまり、新薬を必要としているのは病院より戦場って話になった。
でもって、薬を配るついでにチャリティーイベントでも企画しようかと練習してもらっていた歌唱が、だめ押しで彼女を象徴する事になった。空を飛んで現れるのもあって酷く目立つからね。
活動開始から二週間、すっかり戦場の歌姫として定着した。
「薬草の栽培、そしてそこから調整した薬を届ける役目を提案してくださって、本当にありがとうございますわ、スカーレット様。おかげで、この有事に一線で活躍する方々の力になれました」
今日は近況報告お礼を兼ねて、お茶会に招いてもらった。
誰の役にも立てないのだと鬱屈としていた先日より溌溂として見える。喜びが全身に現れているのもそうだけど、成功体験が自信を身に着けさせたんだろうね。
「うむ。兵士達の命を繋げているのもそうだが、両軍の士気への影響も大きい」
「新薬の存在を印象付けられる機会にもなりました。今後、あの薬草は多くの人を救うでしょう」
戦場で活躍中のヘルムス皇子と、薬草の開発で貢献したペテルス皇子も参加している。
フェアライナ様は今朝まで兵士の治療にあたっていて、脳筋皇子は帰還する飛行機体を追って駆け戻ってきた。その足でお茶会に出席するとか、どんな体力をしているのか分からない。
ちなみに、薬剤の投与には専門の医療チームを派遣している。皇女様だって事実を置いておいても、不器用なフェアライナ様に負傷者の看護を任せられる訳がない。
薬の運搬も大型のトラックで行い、到着の周知の代わりに歌うのがフェアライナ様のお役目となる。治療の最中は鼓舞の目的で歌を響かせ続けているのだとか。昨日も夜を徹して歌っていて、喉に噴霧用の回復薬は手放せない。
実際に戦う訳でもない彼女に使うより傷ついた兵士に投与すべきって意見もあるけれど、戦況を左右する存在となったフェアライナ様の喉は、ある意味一般兵一人の命より重い。
なお、スライム草から薬効成分を抽出した新薬も、回復薬と呼ぶ。
魔漿液に回復魔法を付与するか、スライムを介して回復成分を定着させるかって違いはあるけれど、結果にほとんど違いがないので統一した。どうしても区別が必要な場合には、王国版、皇国版と使い分ける。
そうなった背景には、フェアライナ様が届ける回復薬には王国版と皇国版を混同しているって事情もあった。瓶だけ揃えて中身が違う。何しろ、スライム草は栽培を始めたばかりで、戦場での実用化も想定していなかったから生産が追い付かない。そこで、輸出可能な王国版の低級、中級品質分を提供した。
ここが戦局の大事と見たリンイリドさんが、特別予算を申請して議会を通してある。輸送の手間賃と、国外特価の差額が懐に入るウォズがほくほく顔で運ばせていたよね。
王国版は魔素さえあるならいくらでも増産可能な代わりに、その設備を整える必要がある。皇国版は誰でも育てられる代償として育成に期間が必要で、特級回復薬ほど薬効を高められないと、どちらにも一長一短あった。
将来的に、王国版の生産は上級と特級に限定して、輸入したスライム草の苗を農地へ広めた方が価格を抑えられるかもしれない。災害などの急な需要に対応できるよう、移動型の王国版量産設備なんてのもいいかもね。
「未完成だと思っていたキャスプ型がここまで活躍するとは……」
「航空機がもたらす最大の変革が移動手段だという初心を忘れておったわ。攻撃力だの機動性だの、枝葉にばかり気を取られて本質を見失っていたとは恥ずかしい」
作戦成功を祝うお茶会なので、フェアライナ様の移動舞台を開発したメルヒ、バルト両老伯も参加してる。
新型のお披露目は、ヘルムス皇子同様に走って現地へ見学に行ったらしい。豊かな発想は健全な肉体から生まれるって信条は、脈々と受け継がれている。
完成した航空機一号は開発者の名から、キャスプ型航空機と決まった。
「それにしても、あの忌々しい二重貫通弾頭を防ぎきった時には、胸がすいたわい!」
「おお! 搭載した魔力増幅機による三重障壁の前には、数に限りのある特殊弾頭など何という事もない」
「だが、次は機動力で度肝を抜いてやろうぞ」
「いや、並外れた火力で思い知らせてやるべきじゃ」
メルヒ型とバルト型をそれぞれ作る気なのかな?
あの二人とヘルムス皇子が手にしているのはお酒で、子供舌のペテルス皇子は果実水、お茶会の定義を疑う集まりとなった。フェアライナ様お手製のローズヒップティーは美味しいけども。
「これまでなら、国が揺れる中でわたくしは何もできず、無力さに打ちひしがれるだけだったと思います。そのわたくしが、微力ながらも戦場でお役に立てているのですから、こんなに嬉しい事もありませんわ」
「僕からもお礼を言います、スカーレット先生。これで、妹を侮る者もいなくなるでしょう。これからは軍部がフェナの後ろ盾となります」
回復薬の効能は勿論、フェアライナ様の歌がもたらす癒しは歓喜で受け入れられたらしい。
当然の動きとして、回復薬の提供者と開発者への期待は、戦場以外の場所からも集まる。改めて病院を巡れば、戦場で活躍した薬を庶民にまで提供してくれたって聖女騒動の再現もまだ狙えるしね。
「私は方針を提案しただけです。過剰な感謝は必要ありません。薬草を育てただけでも十分な貢献と呼べるのに、戦場へ行く事を決めたフェアライナ様の、綺麗事だけでなく見たくないものからも目を逸らさなかった貴女の成果です」
こうして話す傍ら、リンイリドさんが気まずそうに視線をそらしていた。フェアライナ様の舞台が病院の慰問だった時点では既存の楽曲を使用する予定だったところ、状況は大きく変わった。そこで適当な楽曲の用意を彼女に依頼した結果、リンイリドさん作詞作曲で戦場に反響をもたらし、本人はいたたまれないらしい。
彼女的には、治療を進めるついでとして、皇女が歌でエールを送るってくらいのつもりだったのだと思う。戦略に組み込めるほどの影響力を甘く見積もった。
真摯に歌うからこそ心を打つ。
フェアライナ様が心から兵士達の身を案じ、無事を祈り、彼等が戦いに身を投じる気概に感謝を捧げ、無力さを痛感しながら懸命に歌う姿勢が求心力を生んだ。
おまけに、事情を知らないヘルムス皇子もお気に入りで、時々口遊んでたりするしね。
「見たく……そうですね。多くの事を知りましたわ。回復薬があっても失われる命、意識が朦朧としながらも負傷が深刻な者の治療を優先してほしいと懇願する兵士、そうかと思えば大勢の敵兵を屠ったのだから自分の治療を優先しろと主張する将校、死にたくないと震えながら戦場へ向かう若者、今日は何人殺したと戦果を誇る豪傑、同郷者へ手を掛ける一瞬の躊躇いで反撃を受けた騎士……多くを見てきました」
「フェナ……」
「やはり、わたくしは無力なままですわ。皇族であるなら、レゾナンス侯爵を交渉の場へ引き摺り出せるよう尽力すべきなのでしょう……」
それは一つの正論ではあるのだろうけれど、ロシュワート殿下を欠いた現状で実行できそうな人材が皇国にいない。
それにあれだけの準備を進めて蜂起のタイミングを見計らっていたのだとすると、敗北が濃厚な状況にでもならない限りはどんな条件にも耳を貸さない気がする。仮に交渉で事を収めたとしても、今後の皇国の安寧を考えれば、首魁であるレゾナンス侯爵をどこかで排除するか、資金の供給源を絶つ必要があったんじゃないかな。
加えて、戦況は更に悪い方向へ進みつつあった。
「戦局が皇国軍側へ傾き始めた状況で、向こうは一万近い増援を迎えたのでしたね」
「ええ……、ほとんどはアンハルト元侯爵領からの出兵ですわ」
東と南の領地は動かない状況で、連合に与する貴族が供出できる兵力は多くない。第三皇子を擁立して現行の統治を継続するつもりのないレゾナンス侯爵は例外として、領地の治安維持や魔物への戦力を残しておかなければならないのだから、初戦の時点でほとんどの兵士を吐き出している。次々増援を送る余裕はないだろうね。
その状況での大量投入って事は、正規の軍人ではないんだと思う。あの領地は、レゾナンス侯爵とは別の意味で手段を選んでいられない。義勇兵と言えば聞こえがいいけど、実態は臨時徴兵だろうね。
便利な新型武器があるから、ほとんど訓練が入っていなくてもある程度の戦力にはなってしまう。
「自国の人間、しかも一般人とも言える人々が散る現場へ行くのは辛いですか?」
「……正直なところを言うなら、ですわ」
それが普通の感覚だとは思う。
相手にどんな事情があろうと、圧倒しなければ対話もできないなら討つしかない。それに多分、戦いたくないならと降伏を促したところで届かない。家族を人質に戦場へ送るとか、皇国貴族が考えそうな手口だからね。
「けれど、こんな事で怯んではいられません。わたくしが政治に関して無力なのは今更なのですから、一人でも民を助けるのだと、少しでも早く諍いを終わらせるためだと信じて支援を続けるだけですわ……!」
そうと決めたら迷わないところは、ヘルムス皇子に似ているかもしれないね。困惑や逡巡は周囲に伝播するから、偶像となった彼女が見せるべき姿じゃない。
皇族だけあって、案外資質は備わっていたように思える。
フェアライナ様のおかげで随分有利にはなったものの、それで悪足搔きまでは止められない。まだまだ暗晦とした状況は続きそうだった。
総合評価50000ptを達成しました。
用意していたSSをお正月に投稿してしまったのと、書籍化作業中で余裕がないので何もできませんでしたが、とても感謝しております。
正直、ここまで来られるとは思っていませんでした。
今後も応援よろしくお願いします。