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閑話 戦場の歌姫

今回は、連合軍に所属するモブ兵士のお話です。

 ドルク・ラウォーセンは訓練期間を終えて守備軍へ配属になったばかりの新兵だった。領地のために働けると意気を新たにしていたものの、その初陣が皇国正規軍とぶつかるものになるとは想像だにしていなかった。

 それでも、士気は高かった。

 新武器が支給され、初戦を大勝で飾ったこともある。だがそれ以上に、彼はレゾナンス侯爵の正当性を信じていた。


 皇族支持派閥に属する者やスカーレットが聞いたならば、何を馬鹿な事をと眉をひそめただろう。

 けれど、ドルク達が盲信するだけの理由もあった。


 レゾナンス侯爵領は皇都周辺に次ぐほど栄えている。その一因は、領民が領主を慕い、一丸となって開発を押し進めている事が大きい。領都周辺には次々と新しい建物が立ち並び、寒村であっても魔物に備えた防壁が立ち塞がる。道路の整備は怠らず、冒険者も多く招集して魔物を駆逐する。農家や工夫(こうふ)、職人の税金は安く、更に近年では兵士となれば、生活の全般を領主が保障してくれた。

 一方で商売には多額の税金が課せられたが、海を渡って取り寄せる珍しい魔道具や魔物素材、特にレゾナンスでしか取り扱いのない薬を求めて商人の往来が途切れる事はなかった。


 ただしこういった政策は、レゾナンス侯爵が領民を慈しんでのものではない。領地を発展させ、民を集めれば結果として経済が潤い、税収が増えるのだと、彼は実績として知っていた。特に防壁の建設や道路の敷設、兵士の優遇は蜂起を想定してのものでしかない。

 領民を同じ人間と見做さない皇国貴族らしい気質は、レゾナンス侯爵にもしっかりと受け継がれていた。他の貴族と異なる点が彼にあるとすれば、民を徹底して“道具”と認識しているところだろう。

 上手く使えば、利をもたらす。


 結果として善政を敷くなら、領主の人間性はどうあれ咎められるような話ではない。しかし、皇王からするとその先に見据えた欲があからさま過ぎた。侯爵位や大臣職では満足せず、国の中枢に取って代わりたいと言う渇望が透けて見えた。

 そのため、娘を輿入れさせて皇族に連なる立場を得ながら、重要な決議の場へ呼ばれる事はなく、常に距離を置かれ続けた。

 そうして十分な警戒を向けていたつもりで、皇太子の殺害を支援して決起するとまで読み切れなかったのは、皇族の落ち度だったが。


 勿論、そんな侯爵の本質を一介の兵士が知る機会などない。そんな隙は見せない。結果、多くの領民から理想的な貴族として慕われていた。

 ロシュワート皇太子が殺害された件にしても、レゾナンス侯爵が庇うのだから何か事情があったのだろうと信じて疑わない。むしろ、彼の血を継ぐ第三皇子こそが皇位に相応しいと確信すらしていた。レゾナンス侯爵領と同じ治世が国中へ広がるのなら、王意に背いたとしても正しいに違いないと、仲間達と盛り上がる。その為に戦うのだと約束を交わしていた。

 アンハルト-レゾナンス連合の多数を占めるレゾナンス領地守備軍のモチベーションは、おおむねそんな様子で保たれている。

 この一年、開戦の為の魔道具を買い揃えるための急な重課税で領内は混乱に陥っているのだが、生活を一般人から切り離された彼等が知る由もなかった。


 初戦は良かった。

 連合軍の新武装で正規軍を圧倒し、敗走させた。ちょっとしたコツで五種類もの魔法が使い分けられる新型で敵を翻弄できた。強化魔法しか使えないドルクも、術師になった気分で高揚していた。数で勝る正規軍と敵対する事への恐怖も、一度の勝利で吹き飛んだ。

 これならやれる。

 ドルクだけでなく、参戦するほとんどの者達が同じ感想を抱いたに違いない。こんな武器を入手できる領主の下で戦える事が誇らしかった。


 しかし、ヘルムス第五皇子率いる正規軍は甘くなかった。

 次の一戦では、魔法を防御にのみ特化させて術師諸共に全軍で突撃してきた。そうかと思えば、別の一戦では突撃部隊を囮に使いつつ、術師に側面から魔法を浴びせられた。またある一戦では、後退する術師部隊を追って隊列が伸びたところを、伏せていた部隊で強襲してきた。魔法効果は変えられても属性はそのままだと知られた後は、術師部隊を臨機応変に編成しなおしながら弱点属性を突く魔法の雨を降らせてきた。


 脳筋、政治を知らない無能皇子などと揶揄されているが、戦場においてはまさしく天才なのだと思い知った。

 それでも兵数が拮抗すれば装備の差で有利に進められると援軍を待ったが、その結集は鈍かった。皇族側の懸念事項であった東の貴族は、様子見を選択したのだ。皇太子殺害は間違いなくアンハルト侯爵令嬢の手によるもので、確かな利も見通せないのに味方する義理はない。

 サウザンベアからの武器の供与はあっても、兵の数が増えなければ事態は好転しない。


 ――――♪


 更に事態を悪化させたのが、この歌声だった。


「まただ……」

「折角の善戦も、これで振り出しだ!」

「ただでさえ数で負けてるっていうのに……!」


 周囲からも怨嗟の声があがる。ドルクも同じ気持ちだった。

 この歌声が聞こえるようになったのは十日ほど前、正規軍との交戦の最中に突然頭上に現れた。


 最初は意味が分からなかった。航空戦力を投入してくる可能性は前もって聞いていたから、驚きも少ない。戦場に歌を届けて、どんな意味があると言うのか。自軍の激励だとしても、戦場の苛烈さを知らない世間知らずの愚行に違いない。

 実際、細く綺麗なだけの歌声だった。

 そんなもので士気は上がらない。空を飛ぶ手段があるなら、そこから爆弾でも落とされた方が余程脅威だろう。もっとも正規軍が航空戦力を持ち出した場合の備えはあるので、特殊弾頭の餌食となるだけだろうと、軽んじていた。


 しかし、何かがおかしいと気付かされたのは翌日の事だった。

 痛み分けとなった後、本来なら戦力の立て直しに時間を要する筈の正規軍が突撃してきた。魔法の斉射で大きく戦力を削いだ後とは、とても思えない勢いだった。

 その日は何とかしのいだものの、そんな事態が何度も続けば嫌でも確信する。正規軍側には、負傷者を癒す手段があるのだ。しかも、急速な立て直しは、決まって歌が聞こえた直後に行われる。つまり、劇的な治癒を可能とする薬か魔道具をあの飛行機体が運んでくるのだろう。


 そうと分かれば、連合軍にとって歌声は悪夢でしかなかった。

 ドルク達が血止めや痛み止めで何とか動ける状態を保っている中、正規軍は溌溂として襲い掛かってくるのだ。当然、士気は大きく低下する。

 頼みの綱だった特殊砲弾も、魔法の防壁に弾かれる始末だ。打つ手がない。


 無名だった筈の第三皇女が、形勢を大きく揺るがした。

 歌声の効果は、それだけに留まらない。


 ――私は、悲しい。

 ――同じ国の民同士で争わなくてはならない今が。

 ――正しい事に命を懸ける勇者に、涙は無粋でしょう。

 ――今は、彼等を称えましょう。

 ――どうか、無事に帰ってきてください……♪


「「「おおおおーーー‼」」」

「「「フェアライナ様ぁーーー!」」」


 今では連合軍の戦意を挫き、正規軍を鼓舞して戦局を変える。多少の負傷も恐れない大軍が気勢を上げながら押し寄せてくる。確実に息の根を止めなければすぐに戦線へ復帰するのだから、頼りだった筈の新型武器が酷く頼りないものに思えた。


「うおおおおおおおおおっ‼」


 ドルクの心が折れかけた時、近くで格段の咆哮が轟いた。

 見れば、整列していた筈の同朋達がおもちゃか人形のように舞い散ってゆく。ちょっと現実とは思えない光景に、しかしてドルクは心当たりがあった。


 正規軍が盛り返した最大の要因。

 それが超人の存在。

 正規軍は魔導士二人と、それに次ぐ戦力であるヘルムス皇子を有している。彼等を止めるには、新型魔道具ではとても足りない。どれほど魔法を浴びせようと、どれだけの魔法防壁を展開しようと、突破して切り込んでくる。どれだけの兵で囲もうと、彼らが折れることは決してなかった。

 その不撓不屈は、後に続く者達の灯火として映る。

 彼等が勝利をもたらしてくれるのだと信じ、大勢が彼等の背を追う。歌声が届く前に正規軍の戦意が挫けなかったのは、彼等の雄姿が強靭な精神的支柱として働いたおかげだった。


 連合軍側にとって埒外戦力の存在も想定内ではあった。どれほど強力な魔法を使えようと、並外れた巨体を誇る海獣や竜種ほどではない。個人の武勇による被害は限定的となる。強力な魔法を扱う分、休息も必要となるので常に戦場に立てる訳でもない。

 だから、避けようのない事故のようなものとしてある程度の損害は諦めた筈だった。


 けれど、魔導士が武力の象徴である現実を思い知った。決して止められない戦力は心を削る。いつかあの圧倒的な暴力に巻き込まれるのではないかと恐れを抱く。

 そして、今度はドルクが()()に遭う番だったらしい。


 衝突は一瞬だった。

 ドルクが巨体の接近を視界の端に捉えた瞬間、彼は宙を舞っていた。人外の膂力に抗うなど、できる筈もない。ヘルムス皇子は噂に聞いていたよりもっと巨大で、恐ろしい何かに見えた。災厄そのものだと言われても頷ける。

 彼の戦術は単純だった。複雑な魔法など使えない。並外れた強化魔法で薙ぎ払う、それだけだ。それを繰り返すだけで、戦場に空白ができる。


 どうしてこんなところに来てしまったのだろう……。

 死を恐れる後悔だけが、身体を両断されたドルクの最後となった。

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