飛行機体のその後
新型武器の解析をノーラたちに任せて皇国へ戻った私に、奇妙な依頼が届いた。
なんでも、メルヒ老とバルト老を激励してほしいのだとか。講義が中断状態で、国全体が社交どころじゃない。王国と行き来もできず暇って事になっているとは言え、私の仕事じゃない気がする。
これも内情を知る一環だとして受け入れたけども。
古くからの友人を失った二人は現在、航空機の完成を目指して研究に取り組んでいる。皇国側としても、かなり優先度の高い事項として人手を割いている状況にあった。
何しろ、飛行手段は戦争の戦略を大きく塗り替えるから。
その事実は私達が帝国戦で証明している。皇国側が航空戦力を投入したとなれば、連合軍の戦意を大きく挫けると思って間違いない。発展の象徴となる筈だった機体は、内戦の勝敗を左右する兵器に生まれ変わろうとしていた。
「おお、先生。見学ですかな?」
「まだ実験機ですが、儂等の渾身の作品をじっくり見ていってくだされ」
久しぶりに会った二人は、怒りも悲壮感も滲ませてはいなかった。事件の前と変わらず、新しいものを生み出す試みに専念しているように見えた。
その一方で、航空機は随分と様変わりしている。
無駄を省いた丸い機体は大型化して、大量の爆薬を積載できるように搭乗席も削って武装を充実させていた。複座式で前席は運転に集中する一方、後下部座席に火器管制を集約させてある。高機動戦闘機として運用するつもりなんだろうね。浮力を生むアームの数も増えていた。
その分、機体バランスが崩れて、飛行の為の出力も大きく増大したので、大幅な再調整が必要となっている。お披露目の場で雄姿を見せる予定だった機体とは別物と言っていい。
機密ではある筈だけれど、私の来訪で開発が早まるならそちらの方がメリットも大きいと、今回の立ち合いが実現した。現状、王国と衝突する可能性は、連合軍打倒に比べれば優先度が下がる。
この効率優先で私をいいように使うやり口は、リンイリドさんの発案だろうね。彼女にはお世話になっているから多少の協力くらいは構わない。飛行機体のその後については私も興味があった。
「折角造るなら、向こうでキャスの奴が悔しがるくらいの仕上がりを目指さんとなるまい」
「戦場で鈍足ではただの的になる。連中の度肝を抜くくらいでないとな」
少なくとも、彼等のモチベーションは復讐ではないらしい。武装化を忌避しない代わりに、殊更敵愾心を抱く様子もない。
まあ、初期型の時点で王国に対抗する為って目的もあったからね。
「問題は防御面ですな。回避性能を上げても着弾の危険がある以上、一撃での大破を免れるくらいの防護は用意しておきたいところです」
素人のローザリアがお披露目会場の外から飛行中の新型へ命中させられたくらいだから、二重貫通弾頭には優秀な照準補助装置が導入してあった。
狙いを定める際にスコープから魔力波を照射し、その的中対象へ向かって弾頭が飛ぶ。魔法的な補助が入るので、発射のタイミングや弾道が自動で調整される。追尾するほどの性能はないものの、魔力波が不可視なせいで捕捉は発射の後となってしまう。
多分、ウェルキンやコントレイルとの敵対を見越したシステムなんだろうね。レゾナンスでの開発か、弾頭と一緒に海外からもたらされたものか分からないけど。
「量産ができたなら撃墜を前提で大量投入も考えられるが、素材が稀少でそうもいかんのです」
「浮遊力場の調整も、任せられる人間が限られている。量産は遠いですな」
「それはコントレイルも似た状況です。交通網としての運用はできても、何台も墜とされるような事態は想定していません。二重貫通弾頭と補助装置の組み合わせは厄介ですね」
帝国侵攻時にはまるで警戒していなかった対空手段が、既に現実のものとなっている。魔法防御を突破して城砦を破壊するような特殊弾頭に対抗しようと思えば、高出力の魔法障壁を展開する他ない。
けれど、飛行に大量の魔力を消費している状況で、防御にまで回す余裕はない。現状でそれが可能な機体は、私が防御付与を施しているウェルキンとオリハルコンによる魔力貯蔵を採用したコントレイルⅡスカッド型くらいだろうね。
オリハルコンを使うなら、複雑な魔法回路を用意しなくても機体自体を覆ってしまえばいいって話なのだけども。
折角の航空戦力も、連合側に解析、複製されたのではすぐに優位性を失う。せめて、被弾しながらも戦場を離脱できるくらいでないと実戦投入は難しかった。
平時より、どうしても異常時の方が頭を絞る。勝たなくてはならない、負けられないって窮迫が発想を刺激し、模倣で更なる可能性を広げる。手段を選んではいられない。あんまり肯定したいとは思わないけど、戦争のこういった点が技術を向上させるのも現実だった。
「何とか考えるとするなら、魔力を集束させて局所的な障壁を構築するくらいでしょうか。それなら魔力消費を抑えられます」
「問題は、展開を手動に頼るしかないところでしょうな。飛来する危険物を察知して自動で防御してくれるような装置を開発できるとは思えません」
「目視が必要となると、搭乗員を増やす方向で再調整する必要があるな。もう三、四人は防御担当がいなければ安全を確保できん」
付与魔法を施した基板を組み合わせて効果を発揮する関係上、魔道具は臨機応変な自動発動が難しい。コンピューターのように何通りもの想定を組み込めるほど発達していなかった。
予測不能な事態への対応となると、手動に頼らざるを得ない。飛行列車なら防御担当の人員も多く乗せられるけれど、高機動戦闘機のコンセプトでは課題が多いね。これ以上の大型化は、機動性を犠牲にしてしまう。
「武装を全部排除して、防御に特化した機体って造れますか?」
「……外した武装の分、魔力充填機を積載すれば二重、三重の防護壁も展開できます。それなら、二重貫通弾頭であろうと機体へ損害は与えられんでしょうな」
「しかし先生、攻撃手段がないなら、敵側が警戒する事もなくなってしまうのでは?」
実際、コントレイルを必要以上に恐れる事はない。初めて姿を現した時点では衝撃をもって迎えられたけど、皇国から飛行許可も得ていたので混乱も少なかった。危害を加えないって実績が信頼を生んでいる。
そのせいもあって、航空手段ってだけでは脅威を覚えない。投石くらいなら魔法で防げるって事情もあった。
「けれど、航空機体の投入は連合軍へ損害を与える事と同時に、皇国側の士気向上も目的ですよね?」
「う、うむ。先生の帝国での活躍はこの国まで伝わっております。その再現ができると言うだけで兵士の戦意は盛り上がるでしょう」
「それなら、一挙両得を狙わず、現状で実現可能な方だけを優先しませんか?」
航空機体の武装化はこのまま進めればいい。完成したなら二度目の戦意高揚が狙える。
「先生には何か妙案があるのですかな?」
「ええ、このために用意した訳ではありませんでしたが、投入時機としては適当だと思います」
私に作戦を立案する権限も義理もないけれど、この件に関しては開戦前から準備していた。舞台が慰問から戦場へ変わったところで役割は変わらない。むしろ、インパクトは随分と増大した。きっと注目を集めて、その名を知らしめるに違いない。
何より、本人の望みが国への貢献なのだから、これ以上条件に合致したステージもない。
「そろそろ、フェアライナ様にも活躍していただきましょう」
いつもお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきますので、応援よろしくお願いします。